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偽りの銃弾


File1 〜偶然の出逢い〜
麻倉 知之っス。
今日もいつも通り学校に来て、いつも通り朝のホームルームの時間が始まるっス。
けど…
「きりーつ、きをつけー、れー」
クラス委員の岩代(いわしろ)君の号令で僕を含めたみんなが先生に礼をするっス。
「ちゃくせーき」
これが終わればもうホームルームが終わったようなものっスよ。なにしろ、生徒の半分以上が先生を無視しておしゃべりを始めるからっス。今日もやっぱり、着席した途端みんなが話し始めたっス。
「えーっと、殆ど聞いてくれてないかも知れないけど一応連絡しておくよ。えっとねー…」担任の海瀬先生は、去年教師になったばかりの新米女性教師っス。しかも、初めてクラスの担任をしてるそうっスよ。だからみんな先生をあまり尊敬してるふうには見えないっス。「今日の生物は生物実験室、体育はグラウンドだよ。それと、放送委員の人は昼休みに内藤(ないとう)先生のところに行くようにね。他は特に連絡はないから、一時限目の数学の準備しといてね。それじゃ」海瀬先生は教室を出ていったっス。ちなみに、こういう連絡はどうやらクラス委員の岩代君だけがちゃんと聞いておいて、あとでみんなに知らせたり黒板に書いたりしてるから、みんなその内容は一応把握してるっスよ。なんか海瀬先生の存在がないに等しいって感じっスね…(^^;)

その日の放課後。
「あっ、マクラ!」
教室を出て帰ろうとしてた僕を呼び止めたのは、羊谷君だったっス。隣には矢吹君もいたっス。
「え?何っスか?」僕は2人のほうに近づいたっス。
「夏休み最初の土日、お前ヒマさ?」
「夏休み最初の土日っスか?別に用事はないっスけど…」
「ほなちょうどええな。実は、千尋のおふくろさんの知り合いに、千葉の九十九里の辺りでホテルを経営してる人がおるんや。それで、その人から千尋が直接ホテルの宿泊チケットを貰ったんやって。6枚あって、千尋と俺、羊谷君、つかさと篁君の5人は決まったんやけどあと1人分あるんや。麻倉君、行くか?」
「つかささんも行くっスか?」
「ああ、そやけど…、あ、そっか、麻倉君は…」
「わ〜っっ、その先は言わないでくださいっスっっ!!!(*><*;)」
「それじゃ、マクラも来るさね」
「…うん」
そんなわけで、僕たちは千葉のホテルに旅行に行く事になったっス。

夏休みになって最初の土曜日。
「うわぁ、すっげぇいい眺めだなぁ」ホテルの一室のバルコニーに出て篁が言う。
「ホントっスねぇ…さすが19階のスイートルームっスね」
「ホントにいいんですか、邑井さん…こんな高そーな部屋泊めさせてもらって」千尋が部屋の入り口に立っていた50過ぎくらいの男性に言った。
「いいんですよ、千尋ちゃんのお母さんにはお世話になってますから」
「そう言えば千尋、このヒトって千尋とどういうつながりがあるわけ?」とつかさ。
「あぁ、この邑井 塔二ってヒトは、わたしのお母さんと仕事柄親しくってね。子供の頃は結構邑井さんにカワイがってもらったんだ」
「へぇ…まさか千尋がホテルの支配人と親しかったとはなぁ」と矢吹。
「私が支配人になったのはまだ4年程前ですよ…このホテルが出来たのも4年前ですから」
「そう言えばさ、俺たちって今日この部屋に6人で泊まるさ?」
「そうですよ」邑井の横にいた従業員が言った。「ちゃんとフトンは6人分用意してありますから」
「あれ?その従業員の人って、中国かどこかの人?」つかさが聞く。
「ええ」邑井が答える。「彼は日系中国人の黄 朱牙くんです。彼は中国語と
日本語と英語が出来るので、まだ21歳なんですが従業員として雇っているんですよ」
「へぇ…」つかさは朱牙を見ながら言った。

篁たちはホテルのプライベートビーチにやって来た。
「さすがに広いさね」
「無茶苦茶混んでるって訳でもないから、結構のびのびできるね」
そう言うと千尋はウェストポーチからしっかりと膨れ上がったビーチボールを出した(どうやって?!)。

2、30分程遊んだ頃。
「そろそろ休憩しねぇ?」と篁。
「そうね、誰かジュース買って来ようよ」とつかさ。
「じゃあじゃんけんで決めるっスか?」
てなわけでじゃんけんぽん。羊谷と麻倉の負け。
「それじゃあ行って来るさ」二人は自動販売機のほうへ向かった。
「えーっと、俺はコーラにすっかなっと…」二人がジュースを選んでいると、後ろから声がした。
「あのー、すみません」
「はい?」二人が振り向くと、そこには水着の上に薄い上着を羽織った20代
半ば程の若い女性と、同い年位で明るい色のアロハシャツを羽織り眼鏡をかけた男性が居た。
「悪いんですけど、写真撮って貰って構いませんか?」女性がカメラを取り出して言った。
「え?でも僕達別に有名人とかじゃないし…」
「…マクラ、このヒト達が俺達を撮るんじゃなくて、俺達がこのヒト達を撮るのさ」
「え…(*・・*)」一同に笑いが起こった。
「別に俺達は構わないさ。二人だけさ?」
「いや、向こうにあと2人…」もう一人の男性が言った。羊谷と麻倉は彼らに連れられて行った。

「それじゃあ撮るっスよー、3、2、1」麻倉はシャッターを押した。「1枚でいいっスか?」
「じゃあもう1枚お願いするよ」先程の男性と別の男性が言った。彼は長めの茶髪で、180cm以上はあるように見える程長身だった。
「ラジャーっス」麻倉は先程と同じようにシャッターを押した。
「ありがとね、やっぱ4人全員写真に収まりたいからさぁ…」もう1人の女性――茶色で長い髪の、かなり奇麗な女性が麻倉からカメラを受け取りながら言ったが、急に言葉を止めた。「…も、もしかして麻倉君?」
「へ?」麻倉はその見覚えの失い美女からそんなことを言われ当惑した。「あ、あの、どこかで会ったことあったっスか?」
「わたしだよ、わたし」彼女は羽織った上着のポケットから細い紐のようなものを取り出し長い髪を結い、さらにポケットから眼鏡をかけて麻倉に向き直った。「あなたの担任の、海瀬 紘乃だよ」
「…えええええぇぇぇぇぇっっっっっ???!!!?!?!」麻倉と羊谷は余りの驚愕に大声を上げた。
「かっ、海瀬…先生ってこんなに美人だったさっ…?!」
「あれ?紘乃、もしかして教え子なのか?」眼鏡の男性が言った。
「うん、いつもはこーやって髪結んで眼鏡掛けて授業やってたから気付かなかったみたい」海瀬は眼鏡をはずし髪をほど解きながら言った。
「で、でも何で海瀬先生がこんなトコに居るっスか?」
「ここの支配人の邑井さんって人が、この峰岸君の叔父さんなんだって。だからいっつもこの時期になったら国立大学OBのこの4人が集まるってわけ」
「へぇ…」
「で、麻倉君たちはどうしてここに?」海瀬が聞き返す。
「僕達は友達と一緒に…あっ、篁君たち忘れてたっス!!」

ここはプライベートビーチのすぐ傍(そば)にあるシーフードレストラン。
「それにしても…まさかこんなところで海瀬…先生に会うとはなぁ」と篁。ちなみにさっきの羊谷もそうだが、篁は教師を"先生"と呼ぶことに慣れて居なかったりする。
「こっちだってまさか生徒に会うなんて思ってないよ」海瀬が笑いながら言う。「ところで…君、誰だっけ」
「…え?」思わずずっこけそうになる篁(笑)。「し、C組の篁 祥一郎です」
「あ、ごめんね。わたしって、自分のクラスの生徒位しか名前覚えてなくって(^^;) えっと、君は藪沢(やぶさわ)…じゃない、藪内(やぶうち)…でもなかったなぁ…えーっとぉ…」
「矢吹です、A組の」
「あ、そうそう、矢吹君だ矢吹君だ」
「教師がそんなんでいいのさ?」羊谷がツッコむ。
「いーのいーの」海瀬は明るく笑って言う。「で、君が牛…ヤギ…じゃなくって…馬、馬谷だったっけ」
「…谷さ」呆れ顔で言う羊谷。
「そう言えば、誰かホテルの支配人の人と親戚だって人がいるってさっき言ってたっスけど…」
「あぁ、僕だよ」茶髪で長身の男性が言った。「あ、僕は峰岸 玲二って言うんだけど、僕の父さんが支配人の邑井さんの弟なんだよ」
「うわぁ、そりゃまた偶然ですねぇ」とつかさ。「千尋も邑井さんと知り合いなんだもんね」
「え?そうなんだ」と峰岸。
「そう言えば、」もう一人の女性、磯貝 麻那美が言う。「もしかしてその女の子二人って男の子の中の誰かと付き合ってるんですか?」
「えっ…」麻倉がちょっと口走ったその言葉は、彼の意中の人物には届いていなかった。
「わたしは烈馬と付き合ってるけど、つかさは、ねぇ」と千尋。
「あたしはまだフリーですよぉ」笑いながら言うつかさ。
「そんなこと言ってるけど、もしかしたらこの中の誰かが好きだったりするんじゃないの?」海瀬がからかい気味に言う。
「あはは、そんなことないですよぉ」すぐに大笑いして否定したつかさを見る麻倉は、ちょっと浮かない顔だった。

昼食を食べ終えると、篁たちと海瀬たちは一緒にプライベートビーチで過ごすことになった。
峰岸ともう一人の男性、松浦 剛はサーフィンで波に乗りカッコいい姿を魅せていたが、元来泳げない麻倉と磯貝、あとつかさの3人は波打ち際に座っていた。
「そう言えば…」つかさが言う。「磯貝さんや他の2人も海瀬先生みたいに教師やってるんですか?」
「ううん、私たちは一応教育学部に居たんだけどね。先生になったのはヒロちゃんだけ。私はなかなか学校に就職できなくて結局今市役所で働いてるんです」
「他の二人は?」
「松浦君は今も国立大の大学院に居て勉強してるそうですよ。峰岸君はまだバイトしながら就職先探してるみたい」
「へぇ…先生も就職難なんっスね」
「私は元々教師に向いてなかったから…」磯貝がそう言っていると、ふと沖の方から一人のサーファーが突っ込んできた。
「きゃあっ!!」3人は一瞬の差でなんとか避(よ)け切ったが、サーファーはその場に転んでしまった。
「だっ、大丈夫っスか?」麻倉はつかさや磯貝にもその言葉を掛けた。
「あたしは大丈夫だよ」つかさはそう言いながら立ち上がった。磯貝もどうやら大丈夫そうである。
「いたたた…ごめんな、キミたち」そのサーファーも体についた砂を払いながら立ち上がって言った。髪は黒で短かったが、日焼けをした肌は黒いというより寧(むし)ろ茶色だった。
「おーい、大丈夫かぁ」つかさや磯貝の悲鳴を聞いて篁たちや海瀬たちが集まって来た。
「うん、大丈夫…」と磯貝。
「あっ!!」サーフィンボードを持ったまま駆けつけた峰岸が、サーファーの顔を見て言った。「まさか、プロサーファーの高浜 巽さんですか?!」
「えっ?高浜 巽って、よく雑誌とかに出てくるあの有名なサーファーさ?!」羊谷が驚いて言う。
「いやぁ、いつの間にか僕もそんなに有名になっていたんだなぁ」彼は頭を掻きながら言った。「如何(いか)にも、僕が高浜 巽だよ」
「うわぁ、すごいなぁ」松浦が言う。「こんな所で高浜サンに会えるなんて」
「へぇ、そんなに有名な人なんだぁ」海瀬が高浜の顔を覗き込みながら言う。
「そうだ、高浜さん」峰岸が言う。「よろしかったらサインか何かもらえますか?」
「サインって言っても、キミたち多分紙もペンも持ってないでしょう?」と高浜。「だから代わりに、今夜一緒に食事でもしましょう」
「えっ?!いいんですか?!」と松浦。
「いいとも。僕は休みだったから一人で来ただけだし。キミたちはどこのホテルに泊まってるの?」
「この蓮沼(はすぬま)観光ホテルですけど…」と磯貝。
「それじゃあ7時にホテルの中の中華料理屋"蓬莱(ほうらい)"で待ち合わせよう。あそこの料理はおいしいからね」
「わかりました。待ってますね」笑顔で言う海瀬。

その日の夜。
「それにしてもいいんっスか?高浜さんまだ来てないのにお店の中に入っておまけに注文までしちゃって…」と麻倉。
「もう7時過ぎちゃったし、入口に誰もいなかったらとりあえず中に入ってみると思うから、たぶんいいんじゃない?」と海瀬がコップの水を飲みながら言う。
「それに高浜さんの分も注文したしな」と篁。
「ところでさ、このお店随分空いてない?あたし達が6人がけの円卓2つも占領しちゃってるのに全然余裕ありそうなんだけど…」とつかさ。
「そうですね…。こんなに夜景も綺麗なのに」磯貝がすぐ隣に広がる大きな窓から見える景色を見ながら言った。
「最近はホテルの宿泊客も減ってるんですよ」
一行は後ろからした声に振り向いた。そこには、支配人の邑井と従業員の黄 朱牙がいた。
「邑井の叔父さんもここで食事を?」と峰岸。
「ああ、私はいつもここで黄君と一緒にね」
「黄さんって日系やけど中国人なんやろ?毎日中華ってとっくに飽きてるんちゃう?」矢吹が尋ねる。
「そんなことないです。中華料理おいしいですから」と朱牙。
「ところで、いつの間に玲二君たちと千尋ちゃんたちは一緒に?」
「あ、いろいろとあって…」峰岸は邑井になりゆきを話した。

松浦と千尋の料理、それと円卓の真ん中に置かれた餃子が運ばれてきた頃、ようやく高浜が姿を現した。焼けた肌に白のタンクトップがやけに映えて見えた。
「いや、悪いね。ちょっと遅れてしまって…」高浜は空いていた磯貝の隣の席に座った。「もう僕の分は注文してしまいましたか?」
「あ、すみません…何か食べたかったものとかありました?」と磯貝。
「ううん、別に構わないよ。ここのメニューは何でもおいしいからね。ねぇ、黄君」高浜は隣の円卓で邑井と二人で食事をしている朱牙に言った。
「え、ええ、まぁ…」
「あれ?黄さんと高浜さんって知り合いさ?」と羊谷。
「ああ、僕もほぼ毎日ここに来てるからね」
麻倉はふと朱牙の顔を見た。が、どことなく浮かない表情をしているように思った。


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