inserted by FC2 system

偽りの銃弾


File5 〜幼い記憶の片隅に〜
翌朝、僕達は帰ることになったっス。海瀬先生達は磯貝さんのこともあるのでしばらくホテルに残ることになったっス。
「海瀬先生、元気出してくださいっスよ」麻倉がロビーまで見送りに来てくれた海瀬に言う。
「わかってるって。新学期にはちゃんと元気になって戻ってくるから」海瀬は笑顔で言った。「ところで…1人足りなくない?えーっと…つかさちゃんかな」
「あ、ホンマや、つかさちゃんどこ行ってしもたんやろ」
「ちょっと探してみっか」
僕達はホテル内を探し回ることにしたっス。

建物の外を探していると、プールのところで一人の男の人が立ってたっス。黄さんだったっス。
「あれ?黄さんあんなとこで何やってるのかしら」千尋さんが黄さんに声をかけようとしたその時。
「あ、黄さん」
「え?」僕達はふと繁みに隠れてその声の主が現れるのを見てたっス。やって来たのは、つかささんだったっス。
「なんでつかさがこんなトコに…」僕達はもう少しその様子を伺う事にしたっス。
「ごめんなさい、こんなトコに呼び出したりして」…昨日の耳打ちはこれだったっスね。二人でこっそり会っちゃうってことは…まさか……?
「いえいえ、いいですよ、今はそれ程忙しくないですから。で、何の用ですか、古閑様」
僕達は息を飲んで見てたっスけど、次のつかささんの言葉で一気に空気が翻(ひるがえ)ったっス。
「…なぁにが"古閑様"よ」
「え?」
「あんただって"古閑様"でしょーが。何が"黄 朱牙"よ。自分の名前並び替えただけじゃない」
「自分の名前を並び替えたやて?」僕達は少し考えて、一つの結論に辿り着いたっス。「ほんなら、あの写真のって…」
「そろそろ白状したら?あたしの兄、古閑 修(しゅう)さん?」
「えーっ…?!!」僕達は声に出さなかったけど、その驚きは声に出したら空(てん)まで届きそうな程だったっス。
「…なんだ、バレてたのか」黄さんがゆっくりと言ったっス。「さすがに実の妹までは欺き通せないってわけか」
「わざわざ整形までして、日本語カタコトなフリまでして、一体こんなトコで何やってるわけ?あたしや父さんや母さんを置いて、突然どっか行っちゃってさ…」
「あれ?俺言わなかったっけ?将来何になるか考える為に旅に出るんだって」
「それは耳に胼胝(たこ)が出来る程聞いたけど…」つかささんは海の方を見ながら言ったっス。「でもさ、やっぱ納得できないんだよねぇ」
「別にお前に納得してもらう必要はねぇよ」
「あるわよ!」つかささんは黄さん…じゃなくて修さんの胸元を数回叩いて涙声で言ったっス。「どれ位あたし達が心配したかわかってんの?あの時あたしまだ14だったのよ?ねえ」
「…お前、もう19か?」あれ?つかささんって18じゃなかったっスか?
「そうよ?今日、7月20日はあたしの19回目の誕生日よ、まさかそんなことも忘れたっていうの?」
「……」無言で立ち竦む修さん。
「…もう」つかささんが沈黙を破るように言ったっス。「もう、いいわよ…勝手にすれば?」
「つかさ…」
「あたし、もう兄さんのことなんて知らないから」つかささんは踵(きびす)を返して、その場を立ち去ろうとしたっス。
その時、修さんが大きな声で言ったっス。
「お前がどう思おうとなぁ、俺は、お前のこと忘れたことはねぇからな」
「え…」つかささんは振り向いたっス。修さんは、首にかけていたネックレスみたいなのを外して、つかささんに見せたっス。それは、写真の入ったロケットみたいだったっス。
「これなぁ、お前の写真が入ってんだよ。お風呂に入る時とか以外は、仕事中でもだいたいつけてんだ」
「…なんで…?」つかささんがうつむいたまま訊いたっス。
「はぁ?そんなの決まってんじゃん」修さんは言うっス。「俺は、お前の兄貴だからだよ」
「……」次の瞬間、つかささんの瞳には涙が見えたっス。そして、つかささんは修さんに思いっきり抱きついたっス。
「…莫迦」つかささんは小さく呟いたっス。

 
その次の日の夜。麻倉家にて。
「あ〜っ、兄さん、それ僕のお肉っスよ!!」麻倉は椅子から立ち上がり大声で言う。
「別にいいじゃねぇかよ、焼いたら誰にも所有権はねぇんだからよ」篁はそう言うと、焼肉プレートから摘(つま)み上げたその肉片を口に放り込んだ。
「…二人とももう少し静かに食べたらどう?」2人の母、汐里はそう言ったが、2人は全く聞いていなかった。
「ひどいっスよぉ、そんなの、僕が兄さんより長い時間焼いた方が好きだってこと知っててやってる策略じゃないっスかぁ」
「んなこと知らねぇよ」篁は叉肉片を摘み上げる。
「あっ、それも僕のっス!」
「…ったく、んなことでカッカすんじゃねぇっての」
「もう…」麻倉は椅子に腰掛け言った。「つかささんのお兄さんとは大違いっスね」
「…はぁ?」篁は麻倉の言葉の真意が分からぬまま肉片を頬張っていた。


最初に戻る前を読む

inserted by FC2 system