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偽りの銃弾


File4 〜Fake Shock〜
篁達は海瀬達4人や邑井、朱牙らを現場となった706号室へ集めた。
実は篁のウェストポーチの中には"証拠"が入っている。例の部屋から失敬してきた代物だが、これをいつ使うかは慎重に考えなければならないこと位は彼自身知っていた。そして、そのタイミングは恐らく…
「なぁ、篁君だったっけ、君は俺たちをこんなトコに呼び出して何をしようって言うんだ?」と松浦。
「もちろん、事件の真相を解き明かすんですよ」
「し、真相…?」磯貝が言う。
「ああ。高浜 巽さんを殺害した犯人は、この中にいるんだから」
篁のその言葉は、その場にいた全員に少なからず衝撃を与えていた。特にその犯人は尚更であるが、その人物は周りの人間と同じような驚きの表情を演じていた。心に秘めている驚きはそれの何倍でもあったが。
「こ、この中に、高浜さんを殺した人が…?」峰岸は周りを見渡した。「…って、それじゃあまるで、まるで僕たち4人の中に犯人がいるみたいじゃないか」
「ちょっと待ってよ、篁君…」と海瀬。「さっきも言ったけど、この4人は高浜さんとは今日初めて会ったんだよ?なのにどうして…」
「初めてやなかったとしたら?」
「え…?」
矢吹のその言葉に、海瀬は冷や水を浴びせられたような想いを抱いた。「それって、どういう…?」
「つまり、犯人はずっと前から高浜サンとはかなり近い関係にあったっちゅうことや。恐らく他の3人には気づかれへん距離で。で、何らかの事情で高浜サンに殺意を抱き、彼に予めここに来るように言っておきここで彼を殺した。そうしたら彼とは表面上何の関係もない筈の犯人は疑われへんっちゅう算段やったんや」
「じゃ、じゃあ、わたし達が高浜さんに会ったのって偶然じゃなかったの…?」と海瀬。
「ああ、予め言うてたんや。"偶然を装って見ず知らずの2人として会いましょう"ってな」
「なるほど、だったらこの4人にも十分動機はありますね」と堀内。「でも、その4人からは硝煙反応は出なかったんですけど…」
「そんなの、ゴムか何かの手袋をして、拳銃にビニール袋を被せて輪ゴムで固定したものを撃てば反応も空薬莢(やっきょう)も回収できるっスよ。あとは拳銃ごとどこかに処分すればいいだけっス」
「そうか…でも、手袋をつけたりそんな拳銃を持ったりしていたら、幾ら何でも高浜さんが気づくんじゃ…?」堀内が言う。
「気づくわけないさ」と羊谷。「だって、額を撃ち抜かれる前に高浜サンは既に亡くなってたんだからさ」
「えっ…?!」一同は唖然となった。
「殺してから銃で撃っただと?だったら何のために銃なんか撃ったんだよ」と松浦。
「それは、ホントの死因を誤魔化すためさ」
「ホントの…死因?」
「で、でも、死因は間違いなくショック死だと…」堀内が言う。
「確かにショック死だったさ。ただ、感電によるショック死だったのさ」
「か、感電…?」
「そう、犯人は高浜さんに風呂を勧め、隙を見てその湯船にドライヤーをぶち込んだんだよ。だから現場には殆ど血が残らなかった…。そうだろ?磯貝 麻那美さん?」
「……」磯貝は篁によって自分の名前が摘発されても、頑なに表情を変えようとはしなかった。しかし、その表情には明らかに焦りの色が見えていた。
「ま、麻那美…?」海瀬が信じられないといった表情で磯貝の顔を覗き込む。
「まさか、お前が…?」松浦と峰岸も同じような表情だ。
磯貝は暫く沈黙を保っていたが、口を開いた。
「…ちょっと待ってよ、篁君?確かに、私達の中に犯人がいるかもしれないっていうのは分かりましたし、そのトリックを使ったんだなっていうのもなんとなく分かりましたけど、だからって何でそれを私がやったってことになるんですか?」
「まずは…」篁はゆっくりとウェストポーチから"それ"を取り出した。「コイツだよ」
「それは、ドライヤー…?」と峰岸。確かにそれは、ホテルの各部屋に備え付けられているドライヤーだった。
「それが何だって言うんですか?ドライヤーならどの部屋にもあるでしょ?」だが、磯貝の顔色にはその言葉とは裏腹に、何かに気づいている色が雑じっていた。
「ああ、どの部屋にも1つずつある筈だ。けど、この部屋にはないんだ」
「え?」堀内は急いでシャワー室に向かった。「た、確かにここにはドライヤーがないですね…」
「てことはここのドライヤーは誰かがどこかへ持って行ったってことになるんだけど、わかりますか?」篁は突然邑井にふる。
「え…」唐突に質問された邑井は驚いたが、少し考えて答えた。「た、多分、犯人が自分の部屋に…」
「当たり」と篁。「それが一番簡単な処分方法ですよね。漏電を起こしたドライヤーを現場に残してしまったりすれば、調べられたらあっさりトリックが見破られますからね」
「そ、それが、どうしたって言うの?」と磯貝。
「じゃあ、このドライヤーがあなたと海瀬先生の部屋のシャワー室から見つかったとしたら、どうですか?」
「え…?」磯貝よりも海瀬の方が驚いているようだった。
「このドライヤー、実は1113号室のシャワー室にあったんですよ、本来その部屋に置いてある筈のドライヤーとは別にね。このホテルの各部屋には確かにドライヤーが置かれていますが、それは厭(あ)くまで1つずつ。2つある部屋なんてない」
「でも、」磯貝が反論する。「それだけじゃ犯人は私だとは決め付けられないんじゃないかしら?あの部屋は私だけじゃなくヒロちゃんも泊まってるし、峰岸君や松浦君だって来てたじゃない」
「海瀬先生は10時前までずっとあの部屋にいたって自分で証言してる。だったらあの部屋にドライヤーを置いとくのは心理的に不自然さ。鞄の中とかどっか別のところに置けばいいしさ。それに、峰岸サンも松浦サンもあの部屋のシャワー室やトイレには行ってなかったさ」と羊谷。「でも磯貝サンはゲームに参加する前にトイレに寄ってたさ」
「そ、そんなの証拠でも何でもないでしょ?ヒロちゃんは10時前にどっか出かけたんですよ、だから犯人はそのスキに…」
「オートロックのある部屋なのにそんなことは無理や」矢吹があっさり否定する。「そんなに認めへんのなら、もう1つ証拠をあげたろか?」
「え…」磯貝の顔にはじわじわと冷汗が滲んで来た。
「ほら、これや」矢吹は磯貝に1枚の写真を渡した。
「これは…」他の3人も写真を覗き込む。「晩ごはんの時に撮った写真?」
「この写真が何なんですか?確かに私は映ってますけど、どこに証拠が…」
「間違い探しだよ」
「え?」篁の放った言葉に皆訳がわからないという表情だった。
「その写真に写ってる磯貝さんと、今ここにいる磯貝さん、どこに違いがあるかわかりますか?」
「どこにって言われても…」峰岸は視線を写真の磯貝と目の前の磯貝に数回往復させた。「…あ、あれ?」
「なっ、何?峰岸君…」
「麻那美…、服が前後ろ逆じゃないか?」
「え…」磯貝は自分の胸元を見た。「あ……」
「そういうことだよ」篁が言う。「その写真の時点で、磯貝さんは間違いなくその胸元の開いたシャツを普通に着ていたが、今は何故か前後ろを逆にして着ている…」
篁はちらりと磯貝を見た。表情にはどんどん曇りが見えてきた。
「つまり磯貝さんはどこかでこの服を一度脱いだってことになる。そしてそれを慌てて着直した…。晩ごはん以降にオレ達の視界から磯貝さんがいなくなったのは2度だけ。1度目はトイレに行った時」
「…もう、いいわよ」小さな声で磯貝が言った。が、篁はまだ続ける。
「そしてもう1度は…」
「もういいって言ってるでしょう?!」磯貝はジーンズのポケットからバタフライナイフを取り出し、語気を荒めて吐き捨てるように言った。
「麻那美…?!」
「そうよ、私よ、私が巽をやったのよ」磯貝は警官たちの方に向けてナイフを向け威嚇しながら言う。「私の人生無茶苦茶にしたあの男を、この手で殺してやったのよ!」
「じ、人生を無茶苦茶に…?」海瀬が訊く。
「ヒロちゃんたちは知らないでしょうね、私去年の冬にあの人と付き合ってたってことも、あの人と別れた後、私の家に多額の請求書が届いたってこともね」
「そ、それってまさか…」
「そう、あの男は詐欺師だったのよ。私の家から印鑑と通帳を持ち出して、何十万と使い込んでたのよ!お蔭で私の生活は一気に苦しくなって、教師になるのも諦めざるを得なくなって、そして1ヶ月前にあの男に偶然街で会って、これを思いついて、インターネットで拳銃手に入れて…そして…!!」
磯貝は突然持っていたナイフを振り回し、部屋から出て行った。
「まっ、待て!」
「もう私終わりなんだから!あんな男殺した位で捕まるんなら、死んだ方がマシなんだから!!」磯貝は追って来る警官たちをナイフで威嚇しながら廊下を走り続けた。
「来ないで!!」磯貝がそう言った瞬間、彼女は手首に痛みを感じた。次の瞬間、磯貝の手からナイフが落ちていた。
「な…」磯貝が振り返ると、そこには黄 朱牙がいた。「なんで、あんたが…」
「知ってましたか?このホテルの通路は各階をぐるっと1周しているんです。だから、あなたが走ってくる方へ逆回りしてくる事くらい…」磯貝は朱牙の話し方が昼間と違ってとても流暢な事に気がついた。朱牙は次第に語気を強めた。「簡単なんですよ!」朱牙は磯貝の右腕を掴むと、彼女の腕を反らし、プロレスの関節技のようにして彼女を制した。
「痛っ…」
警官たちは磯貝と朱牙のところへやって来た。
「磯貝 麻那美さん、あなたを殺人の疑いで逮捕します」堀内は磯貝の手に手錠をかけた。
「何で…?何であんたが私なんか…?!」磯貝は朱牙に向かって言った。
「…自殺なんて、どんな人にもさせたくないからですよ…。自分の命を絶つなんて、莫迦なマネはして欲しくないんだ」
「……」磯貝は朱牙のその言葉を聞いてからは、何も言わず警官たちに連れられて行った。
「だ、大丈夫ですか、黄さん?」千尋、麻倉、つかさの3人が朱牙に駆け寄る。
「私は大丈夫です」朱牙はまた独特の感じをもつ日本語で喋った。「かすり傷一つありません」
「それにしてもすごかったっスよ、さっきの。黄さんって何か格闘技でもしてたんっスか?」
「え?ま、まあね」
つかさは朱牙の顔をじっと見つめていた。
「な、何か?」
「ううん、別に。あ、そうだ、黄さん」
つかさは朱牙の耳に口を近づけ、何かを囁いた。
「は、はい、分かりました…」朱牙はそう言うと邑井の元に戻っていった。
「ねぇつかさちゃん、黄さんに何って言ったの?」
「別に千尋たちには関係ないって」つかさも元の場所に戻っていった。
「……?」麻倉はつかさの態度を虚ろな目で見ていた。
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