inserted by FC2 system

Family tale

File4 君を想ふ
「その心配はない、とは、どういう意味ですか?」と霞。
「心配しなくても、俺らの勝ちは決まったって言ってんのさ」時哉は薄い笑みを浮かべて云う。「奈保子さんは、犯人じゃねえよ」
「な、何を…」
「奈保子さんは恐らく、かなり強烈な睡眠薬を飲まされたのさ。精神安定剤とすりかえられてな。んで、一晩中自室で眠らされて、アリバイを無くさせられ罪を着せられた」
「それじゃあ君は、奈保子さん以外に誰が神坂さんを殺害できたと云うのですか」
「そりゃあ勿論、もう一つの合鍵の持ち主である…」時哉は人差し指を相手の目の高さまで上げて云った。「丘野 庸介サン、アンタさ」
「なっ、何?!」
一同の視線は、リビングのソファーに腰掛けていた丘野に向けられる。
「…な、何を言っているんですか、君は」丘野は平静を装って云う。「私にはちゃんとしたアリバイがあるじゃないですか」
「そうですよ、時哉君」と霞。「丘野さんは神坂さんが殺害された午後11時頃、此処から遠く離れた有楽町の本社ビルに居たんですよ?10分程席を外したとは云え、10分じゃ此処まで来ることも到底不可能です。それをどうやって…」
「こっちが行けないんなら、相手を来させれば良いさ」
「…え?でも神坂さんは車を運転できない筈じゃ…」と勝呂。
「電車がダメなら公共の交通機関があるじゃないの」柏木が云う。「此処の近くの桜木町駅から有楽町駅までだったら、京浜東北線に乗って40分鳥渡、それも乗り換えなしで行ける筈よ」
「そう、丘野サンは会議が始まる前に神坂サンに電話をかけ、有楽町まで電車で来るよう云い、本社ビルに停めてある丘野サンの車付近まで呼び出したのさ。んで、あらかじめ持ってきておいたゴルフクラブでその10分の間に彼女を殺害して車の中に隠しておいて、仕事が終わって十分アリバイが確保できてから、遺体ごと車で帰宅して彼女の部屋に運び込めば完了さ。家の中には睡眠薬で眠らされてる奈保子サンしか居ないし、塀とかあって外から見られる可能性もかなり低いさ」
「なるほど?会議室が2階で、車が止まってるのが1階の通用口の脇、防犯カメラもねえようなトコだから、10分でも平気ってことだな」と祥一郎。
「で、ですが、遺体はその後2時間も車内に放置されていたというのですか?」霞が反論する。「それでは、遺体は車内の温度で多少損壊が進んだり、車内に血液や腐臭が付着したりするのでは…」
「んー、多分車ン中にビニールでも張り巡らしてたんだと思うさ。返り血浴びねえようにビニールかっぱとかも着てたんだろうし、そのビニールをまとめて庭に埋めるなどすれば一先ずごまかせは出来るさ。それに…」時哉は丘野の目を見て云う。「丘野サンは多量のドライアイスを車内に置いておいた筈だから」
「ドライアイス…?!」
「ああ、深堀サンの話だと、丘野サンは昨夜妙に厚着をして来てたそうさ。でも車で来てんなら車内に暖房をつけりゃいい。そうしなかったのは多分、車内の気温をめちゃめちゃ下げてたからさ。じゃあなんでこの冬の真っ只中でンなことをしてたのか、そう考えれば一目瞭然さ」
「しょ、証拠でもあるのか…?」冷や汗を滲ませて云う丘野。
「そうですよ、君の云ったことはあくまで憶測に過ぎない。そんな証拠など…」
「だから、それを今見つけてきたんだっつーの」時哉は勝呂からビニール袋を受け取る。「コレが、その証拠」
「え?それって…缶コーヒー…?」
「あ、はい、丘野さんの部屋にあった鞄の中に入っていて…」と勝呂。
「あ、それ、もしかして…」深堀が思い出したように云う。「僕が昨夜、丘野さんの鞄に入れた…?」
「何?」思わず深堀を振り返る丘野。
「い、いえ、その、社長コーヒー好きでいらっしゃるので…」
「そう、これは深堀サンが丘野サンの鞄に入れたホットの缶コーヒー。プルタブが動かされてねえし、丘野サンも今初めて知ったみたいだから、まだ飲まれても開けられてもねぇわけだけど…よーく見てみ」
「よく、と云われても…」缶をじろじろと見る霞。「…ん?確かにプルタブは元のままだが、開封される箇所が少し盛り上がっている…ま、まさか…?」
「ああ、普通缶の飲み物を開ける時、プルタブによってそこは押し下げられる筈のところさ。なのにちょっと盛り上がって、少し中のコーヒーが零れてる」
「それって、どういうことですか…?」と勝呂。
「簡単なことだ」祥一郎が云う。「液体は凍って固体になると容積が増える。恐らくかなり冷えた車内に置かれた鞄の中にあったその缶コーヒーは凍り、体積が増えて缶そのものを押すかたちになったんだろうよ」
「そういうこと。だからこいつは、車内が異常に冷やされていた証拠。あと、今監察の人に庭を捜索してもらってっから、処分しきれてない血つきのビニールが出てくるのも時間の問題だと思うさ」
「そ、そんな…あなた、本当に…?」奈保子が云う。
「…ああ」丘野はうつむいて云う。「姫乃を殺したのは、私だ」
「丘野さん…」淋しげな表情を浮かべる深堀。「でも、どうして…?」
「例の脱税疑惑、あれを掴んでマスコミに垂れ込んでいたのは、姫乃だったんだよ」
「な…?」
「しかも今度は、『バラされたくなかったらお金を頂戴』と来たもんだ…それで…」
「それじゃあ、奈保子さんに容疑がかかるように仕向けたのはどうして?」柏木が云う。
「…奈保子もその疑惑を調べているようだったからだ」
「え…」目を丸くする奈保子。
「知っていたんだ、お前がウチの社員の何人かに連絡を取って、帳簿の確認をさせていたのをな」丘野は奈保子を見て云う。
「……」奈保子は目を伏せた。「…矢っ張り、私はあなたに信用されていなかったんですね…」
「え?」
「確かに私が、その疑惑を調べていたというのは事実です…でもそれは…」そして再び丘野を見る奈保子。「あなたの無実を証明したかったから…」
「なっ…」
「写真週刊誌の件もあったから、今回もきっとあなたが無実だと信じていたんです、それなのに、それなのに…」奈保子はその場に泣き崩れた。
「…奈保子…」立ち上がる丘野。「…すまなかった」

柏木の車で丘野が署に連行されたため、時哉と祥一郎は霞の車で羊谷家まで送られることになった。
「それにしても時哉さん、すっごくかっこよかったです!」助手席の勝呂が言う。「よく被害者があの家で殺されたんじゃないって気づきましたよねー」
「そ、そうさ?ありがとさv」照れ笑いを浮かべる時哉。「現場があそこじゃないって気づいたのは、遺体の写真を見た時さ」
「写真、ですか…?」勝呂は遺体の写真を取り出す。「え、これの何処に…?」
「ちょっと写真では見切れかけてっけど、足許をよーく見てみ」
「足許ですか?えーっと…あっ!!」写真を凝視していた勝呂が大声を出す。「靴です!靴履いてます!!」
「何っ?!」バックミラー越しに見る霞の顔も驚きを隠せない。
「ああ、屋内で見つかったのに靴履いてるなんておかしいさ。だから、どっか別んトコで殺されたんじゃないかなって思ってさ」得意顔の時哉。「ところで霞サン、勝負は俺らの勝ちさ、約束通り…」
「分かっていますよ」ハンドルを握り、前を向いたまま云う霞。「それに、あなたのお父さんは私の部下ではなくなりましたから」
「…ふぇ?それってどういう…」
「なるほどな」と祥一郎。「アンタが羊谷ン家に来た時『用事は2つある』っつってた。片方が勝呂サンと柏木サンに対するものだったのにわざわざ羊谷ン家に来たからには、もう片方の用事は羊谷の親父さんに対する結構重要な用事だった筈だとは思ってたが」
「ええ、本日付で人事異動の発表がありましてね」赤信号で停車し、霞は鞄から一枚の紙を時哉に手渡した。「本当はこちらの方が言いたかったのですが、なりゆきで渡せず仕舞いでした」
「えーっと何ナニ…?」書類に目を通す時哉。「…えっ、オヤジ、警部に昇進したのさっ?!」
「ほ、ホントですか?!」シートベルトが外れそうな程喜ぶ勝呂。
「何でも、このところ多くの事件を解決に導いているからだ、とのことですけどね」車を再発進させる霞。「まぁ、それがあの人の力かどうかは怪しいですが」
「何ぃ?!」後部座席から前に乗り出しそうになる時哉。「あんた早速オヤジのこと…!」
「悪いけど…」窓の外を眺める祥一郎。「俺らが関わった事件は警察のメンツもあるし、羊谷刑事の手柄ってことになってんだ。それで文句でもあんのか、霞サンよぉ」
「別に、文句はないですけどね」と霞。「それより君も、その突っかかるような言い方は控えた方が良いと思いますよ」
「るせぇ、こういう性分なんだよ」
「あー…霞警部と篁さんの仲がどんどん悪くなっていく…」困惑気味の表情を見せる勝呂だった。

「そんじゃ、新しい年と、オヤジの41回目の誕生日と、それからオヤジの昇進のトリプル記念を祝して、かんぱーいっ!!」
「かんぱーい!!」羊谷家のリビングにグラスの音が響く。
「さあ、どんどん喰ってってくれなv」一応警察官の前でもあるのでジュースをあおる時哉。
「作ったのあたしらなんだけど…」とつかさ。「っていうかもうおせちとか冷めちゃったんだけど」
「まぁいいじゃない、おせちくらいなら冷めたって大丈夫だし、他のも温め直したんだから」千尋が料理を取り分けながら云う。「それにしても、本当に警部昇進おめでとうございます、羊谷刑事」
「いやいや、それほどでもあるけどな」昼からビールを空けて完全にできあがっている惣史。 「え、羊谷の親父さんって警部になったの?」驚いた様子で云う秀俊。「俺、てっきり今まで警部だと…」
次の瞬間、烈馬の無言のハリセンが秀俊の頭部に直撃した。
「っ痛て、何すんだよ矢吹!」
「…だから、それどっから出してるのってば」つかさは呆れ顔で云った。

一同が帰った後、惣史はふと、カーテンの隙間から見える空を見上げた。時哉はこたつの中で爆睡している。
「…また一つ、お前より年上になっちまうな、可南子…」
そしてまた、ビールを一口流し込む。
「…まぁでも、今年は賑(にぎ)やかに歳をとれたから、良かったのかもな」
そして、リビングの方を振り向く。皿やグラスなどが所狭しと鏤(ちりば)められている。
「…って、賑やかはいいんだけどよ…片付けんの俺かい!!」
惣史の悲痛な叫びは、テレビの上の写真立てだけが聞いていた。
最初に戻る前に戻る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
おまけ
奈保子さんのキャラをこうしたら割といい感じになりました(笑)。
時哉パパの役職って、しばらく考えてなかったんですよね。で、何となく警部補っぽいなーなどと思ってたので、この度年齢も考慮して昇進いたしました(笑)。
ただこんな時期に人事異動するかどうか知らないですけど^^;
ラストは結構良い出来のつもりです。

inserted by FC2 system