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Family tale

File3 執念
「――つまり、こういうことですね」
その邸宅のリビングには十名ばかりの人が集っていた。その中央で、霞が警察手帳を手に言う。
「昨日の午前1時頃、有楽町にある本社ビルで仕事を終えて車で帰宅した丘野さんが、自室の隣である神坂さんの部屋のドアが開いたままになっているのに気づき、室内を覗いてみたところ、神坂さんが倒れているのを発見した――間違いありませんか?」
「え、ええ…」頭頂部の禿(は)げ上がった中年の男――この館の主である丘野 庸介が言う。「それで、急いで警察に連絡を…」
「検死官によれば、神坂さんの死亡推定時刻は昨夜11時頃、凶器は死体の傍に転がっていたゴルフクラブと見てまず間違いないようですね…このゴルフクラブは丘野さん、あなたのものですか?」
「ええと…」遺体の写真を見せられた丘野が云う。時哉も彼の背後からその写真を覗き込む。「…ああ、そうですね。でも、このクラブは私の部屋にありますから、誰でも持ち出すことは出来たかと…」
「そうですか…」写真を仕舞う霞。「では丘野さん、あなたは昨夜の11時頃、何処で何をしていましたか?」
「その頃だと…丁度本社ビルで会議をしていました」丘野は後方に居た若い男性に云う。「深堀君、そうだったよな?」
「え、えーっと…」深堀と呼ばれたその男性は、手帳を開きながら言う。「あ、はい、10時10分頃から12時前くらいまで…」
「2時間も?正月だってのに大変なのさね」と時哉。
「あ、はい、最近は休日も返上して働きづめでしたので…」深堀が言う。「あ、でも丘野社長は11時頃ちょっと席を外されましたけれど…」
「本当ですか?」と柏木。
「トイレに行っただけですよ…」丘野が言う。「たかだか10分程度です、そんな時間じゃどれだけ車を飛ばしても神奈川県にも入れませんよ」
「そうですか…」手帳にメモをしながら言う霞。「では丘野さんの奥さん、奈保子さんでしたか、あなたはどうです?」
「私、ですか…?」奈保子と呼ばれたその女性は、白髪の混じった長い髪を後ろに束ねていた。「昨夜は、姫乃さんと夕食を摂った後、主人に起こされるまで部屋で眠っていました…」
「ずっと、ですか?」
「はい…」
「…丘野さん、あなたが帰宅された時、家の鍵はかかっていましたか?」
「え?はい…私の持っている鍵で開けて入りましたが…」
「この家の合鍵は?」
「合鍵ですか?そうですね、妻の奈保子と神坂君とが持っているだけかと…私達には子供もありませんので」
「…なるほど」手帳をぱたと閉じる霞。「…悪いですが篁君、時哉君、この勝負は勝負にすらなりませんね」
「は?な、何云ってんのさ…?」
「今の話を聞けば一目瞭然でしょう?この事件の真相は」
「え…?」
「奈保子さん、あなたは昨夜、殺された神坂さんと2人だけでこの家に居たことになりますね」
「え、ええ…」と奈保子。
「そしてこの家はいわば密室状態で、鍵は丘野さんと神坂さん、そしてあなたの3人だけが持っていた、と」
「…だから奈保子サンが犯人だ、ってか?」
篁の発言に、驚いた表情を見せる一同。
「ふ、君は結論に急ぎすぎですよ…まぁ、私が云いたいことはそういうことですがね」中指で眼鏡を上げる霞。「君たちが解決した事件にも、似たような事例があったんじゃないですか?」
「そ、そう言えば…」勝呂が言う。「密室内に被害者と2人きりで居た少年が本当に犯人だった、ということがあったような…」
「そんな、短絡的すぎるさ!」
「そんなにややこしい事件ばかりが起こるわけでもないでしょう?恐らく奈保子さんは神坂さんを撲殺した後、精神的に錯乱して自室に残ってしまった、そこに丘野さんが帰宅した、という単純な構図と見て間違いないでしょう」
「そ、そんな、私じゃありません…!」青ざめた表情の奈保子。「それに、どうして私が姫乃さんを…」
「…まさか、例の件をまだ引きずっていたんじゃ…」ぼそりと呟く丘野。
「例の件、と云いますと?」霞が聞き返す。
「先日、写真週刊誌に私と神坂君が一緒に居る写真が掲載されて、“愛人ではないか”とか書かれたんです…それは本当に仕事だったし、それは深堀君も証明してくれたんですが、それ以来暫(しばら)く夫婦間の関係が何となく悪くなって…」
「…なるほど、夫を取られたと思っての怨恨、ですか」
「そ、そんな…違います、私じゃ…」
「すみませんが奈保子さん」霞は奈保子の前に立って云う。「別室で詳しくお話を伺えますか」
「あ、えっと…」戸惑った表情の奈保子。「く、薬だけ、先に飲ませて戴けますか…?」
「薬?」
「はい…最近不眠症とか高血圧とか続いていて、精神安定剤をお医者様から戴いているので…」
「…分かりました、その後事情聴取をさせて戴きますね」

「…どう思う、篁」
奈保子が別室につれて行かされてから、部屋の隅で友人に話しかける時哉。
「そうだな…一応は霞の推理に穴はねえように聞こえるが…」
「…なんか俺、先刻から妙に違和感感じてんのさ」
「違和感?」
「ああ、それが何だかは思い出せねえんだけど…何だっけ…」
「それにしても、先程から何やら外が騒がしいような気がするんですけど…」と勝呂。
「ああ、どうせマスコミでしょ?」柏木がため息混じりに云う。「例の報道と重なってるから、マスコミにとっちゃ格好のカモだわね」
「例の報道?何さ、それ」
「丘野物産が巨額の脱税をしてるっつー噂が持ち上がってんだよ、近頃新聞でもニュースでも云ってんぜ」
「へぇ、俺新聞とかあんま読まねぇからなぁ…」
「深堀君、マスコミに帰ってもらうよう云ってきてくれないか」丘野が云う。
「あ、は、はい!」深堀はそう云うと、玄関まで小走りで向かい、扉を開けて外に出て行った。おそらくは平社員であろう彼に対しても、かなりの数のフラッシュが浴びせられる。
「…あ」
「ん?何だ?」間の抜けた声を出した時哉に、祥一郎が云う。
「もしかして、先刻の違和感って…」時哉は思い出したように云う。「勝呂サン、柏木サン、どっちか現場の写真持ってねぇさ?」
「え?ええ、持ってるけど…」柏木はその写真を時哉に差し出す。
「…矢っ張り」写真を凝視して言う時哉。
「ん?どうした?」祥一郎は怪訝そうな表情を見せる。
「…この勝負、俺達にも分がありそうさ」

「ふぅ…」
マスコミへの対処を終え、戻ってきた玄関で深いため息をつく深堀。ふと視線を上げると、そこには2人の高校生が居た。
「あ、え…?」
「ちょっと深堀サンに聞きたいことがあってさ」

「それじゃあ、ホントに丘野サンはその10分くらいしか席を外してなかったんさね?」
リビングや奈保子が連行された部屋とも別の部屋に場所を移して質問を始めた時哉と祥一郎。
「はい…僕の他にも何人も参加してましたし、2階のあの会議室には防犯カメラもありますから、それは間違いないです…」
「丘野サンはいつも車で会社に?」
「あ、ええ…秘書の神坂さんは車を運転できないそうですし、奈保子さんも体調を崩されていますから、いつも一人で車に乗って…」
「駐車場は矢っ張り他の社員と別のところさ?」
「そう、ですね…我々一般社員は本社ビルの地下駐車場を利用していますが、社長は通用口脇に駐車しています…」
「なるほど…あ、ちなみに深堀サンは昨夜の丘野サンの様子に不審な点とか、何か感じなかったさ?」
「不審な点、ですか…?うーん…あ、確か妙に厚着をしていたような気がします…」
「厚着?」
「はい、普段はスーツの上に薄手のコート1枚を羽織ってる感じなんですけど、昨夜は厚手のコートを2枚程着ていたように思います…僕はさいたまに住んでいるので、神奈川の方は寒かったのかなと思って、あたたかい缶コーヒーをそっと社長の鞄に入れて差し上げたのですが…」
「昨日そんな寒かったか?」と祥一郎。「俺はそうでもなかったように思うけどな」
「…なるほど」立ち上がる時哉。「色々ご協力ありがとうございました」
「あ、いえ…」深堀も立ち上がって云う。「あ、ちょっと会社に電話してきますね…」
深堀が部屋を出て行くのと入れ替わりに、勝呂が血相を変えて入ってきた。
「ん?何かあったさ、勝呂サン」
「な、奈保子さんを、署に連行するって、霞警部が…」
「な、何だって?!」

携帯電話の着信音が鳴る。
「…あれ、羊谷君からや」その持ち主、烈馬が電話を取り上げる。
「何か進展でもあったのかなあ?」と千尋。
「かもな」烈馬は通話ボタンを押す。「もしもし、何やあったんか?」
その場に居た全員が烈馬に注目する。
「…は?突然何そんなこと聞いてんねん?」不可思議な顔をする烈馬。「そらまぁ、それはそうなると思うで?小学校か中学校の理科のお話やと思うけど…って、おい、羊谷君?羊谷君?!」
「ど、どうしたんっスか…?」知之が聞く。
「分からん、なんや切羽詰った感じで一つだけ質問してきて、俺が答えたら電話切りよった」終了ボタンを押しながら云う烈馬。
「何なんですかねー…って、あっ、お魚が焦げてますー!!」湊は慌ててキッチンに駆け戻った。
惣史は缶ビールをあおりながら窓の外を見ていた。

「だから云っているでしょう?現場の状況から見て、神坂さんを殺害できたのは奈保子さんしか有り得ません」
丘野邸のリビングで、嗜(たしな)めるように云う霞。「奈保子さんに重要参考人として署で話を伺うことは、いたって正当だと思いますけどね」
「けっ、どうせ署で強面(こわもて)の刑事とかが無理矢理自白を強制すんだろ」篁が吐き棄てるように言う。
「…勝負に負けたくないからってあまりに妙なことを云っていると、公務執行妨害で君も逮捕しますよ?」
「ちょ、ちょっと霞警部…」制しようとする柏木。
「その心配はねえさ」
「え?」一同は声のしたドアの方を見た。勝呂と、時哉が居た。
「羊谷…」勝ち誇ったような表情の時哉に、祥一郎は何かを確信したようだった。
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おまけ
はい、なんかえらくジェットコースター的な事件の展開で申し訳ないんですけど(苦笑)。
実は直前まで殺されるの奥さんの予定だったんですけど、直前に色々人物関係変えたもので、奈保子さんのキャラ設定とか結構ふわふわしてます^^;
神坂さんも実は男性だったのを女性に変えたんですが、その際どーしても名前を「ミサ」にしたい衝動が疼いてしまいました。「カミサカミサ」…どう?(ぇ
てか祥一郎と時哉以外のメインキャラの出番少ねえ(爆)

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