恋人はネコ☆ 〜Cat I love you!〜
12ひき目☆君という光「今日からこのクラスに編入することになった、犬養 鉄くんです」
1年前の初夏のこと。黒板の前に担任とともに立つのは、ブレザー姿の在りし日の俺の姿。
「あっ、ども。はじめまして。よろしくお願いしまーす」
「んじゃあとりあえず…一番後ろの、音桐の隣の席が空いてるから、そこに座って」
「うぃーっす」
俺は「音桐?変わった苗字だな…」などと思いつつ、指定された席に歩いていって腰掛けた。
「ん?」
ふと、隣の席の生徒を見た。そして、はっと息を呑む。
黄土色の髪を腰まで垂らし、空ろな瞳で本に目をやっている。その儚くも凛とした顔つきに、俺はだんだん心魅かれていた。
(な…なんか、背は低いけどすげー綺麗な奴…女?いや、ネクタイしてっから男だし…こいつが先刻(さっき)の“音桐”って奴か?)
こんな独特のオーラを発する奴には、そんな珍しい苗字がしっくりくるような気がした。
その日の昼休み。職員室で。
「何すか、俺に話って」
「あ、わざわざ呼び出すほどのことでもなかったんだけどね。来月の修学旅行のことなんだけど」
「しゅ、修学旅行…?」
担任の言葉に、俺は一瞬顔を引きつらせた。
「ええ、来月の6日から9日まで、北海道に修学旅行に行くの。それでその班分けと選択野外活動なんだけど…」
「あ、えっと、申し訳ないんすけど…それって、お休みさせていただくことって出来ないですかね…?」
「えっ?何か都合悪いの?」
担任は俺の予想以上に驚いてみせる。
「あ、えっと…その日どうしても家庭の事情で旅行いけないんすよね…本当に残念なんですけど、どうにかならないすかね…?」
「んー…まぁ職員会議で話し合ってみるけど…でも私初めてだわ、1クラスで2人も修学旅行を欠席するなんて」
「え?2人?」
んでもってその日の放課後。
「…流石に、俺みたいな犬畜生が修学旅行になんざ行けねえよな…」
俺の家は、おとなになるまでは陽が沈むと体が犬に変身してしまうという特異な体質の家系だ。そんな事実は俺のごく身近な人間しか知らない。だから小学校でも外泊のある行事は全て欠席していたのだ。
「…ん?」
俺はふと、目の前に見たことのある人物の姿を認めた。あれは…音桐?
そして気がつくと、俺は何故かそいつに向かって駆け出していた。
「おーいっ!!」
「…えっ、僕…?」
ちょっとズレたタイミングで、そいつは振り向いた。やっぱり、あの音桐だ。
俺は急に走り出したせいか、音桐に追いつくと一気に肩を落として息を切らしてしまっていた。
「あ、えっと…君、犬養君、だよね…?うちのクラスに転校して来た…」
「おお。覚えてくれてたんだ?さんきゅ」
「で…どうしたの…?」
「えっ…」
俺はその時初めて、今の状況をどのように説明したらいいのか分からずひよっていた。
「あ、えっとー…なんかたまたま見かけたから、ちょっと」
「…?」
音桐はいぶかしげな表情を見せている。そりゃそうだよなー、俺自身もよく分かんねえし…とは思いつつ、俺は開き直って笑顔で言ってみた。
「…とりあえずさ、一緒に帰ろうぜ」
音桐は、やっぱりきょとんとした表情をしていた。
「…そんな遠いところから引っ越してきたんだ」
通りすがった公園のベンチに、俺と音桐は腰掛けていた。早く帰ろうとしていた音桐を、俺が何とか無理矢理引きとめただけなのだが。
「ああ。あ、そう言えばさー…」
俺は自販機で買ったコーラを一口飲んでから言う。
「来月、修学旅行あるんだってな。いいなー、北海道だろ?羨ましい」
その言葉のあとしばらく、音桐が何も言わないので、俺は不思議に思って音桐の顔を見た。うつむく顔にはいっそう憂いが滲んでいた。
「え?お、おい…俺、なんか悪いコト言っちまったか…?」
「あ、ごめん…僕、修学旅行、行けないから…」
「…えっ?」
俺は、思わずコーラを落としてしまいそうになった。担任が言っていた、俺の他にもう1人修学旅行に行けないのって、こいつ…?
「…あ、えっと…ワリ…いや、俺も、行けねえからさ…」
「えっ…?!」
音桐は、いきなり顔を上げて俺を見た。その目は、どこかすがるような目つきに見えた。
「もしかして君も…その…オレと同じ“ビョウキ”なの…?」
「ビョウキ…?」
音桐は、何故か突然俺を自分の部屋に招いた。
「…ねえ、犬養君…」
「な、なんだ…?」
俺は音桐の真意が見えず、もう間もなく陽が沈みそうであることも懸念して、思わず声をどもらせてしまった。早く帰らないと…
「僕…君になら“みせても”いいかなって思ったんだ…。ねえ…誰にも言わないでね、そして…笑わないでね」
「…え?」
そして次の瞬間、俺“たち”は、変身していた。
そのまた次の瞬間、俺たちは互いの姿を見て、しばらく固まっていた。
「…かっ…」
その膠着を破ったのは、オレンジ色のネコ耳やしっぽを生やした音桐のほうだった。
「…へ?」
「かわいい〜〜〜〜っっ☆」
音桐はものすごい勢いで、犬の姿の俺に抱きついてきた。そして、ネコ手で俺の体を掴むと、思いっきり頬ずりしてくるのだった。
「…えっ、お、おいっ、音桐っ?!」
「…はっ。」
音桐は急に我に返ったような顔で、俺を解放した。
「あ、ご、ごめん…オレ、じゃない僕、つい…」
「あ、いや、そんなカッコでそんなしおらしい態度取られても困るっちゃ困るんだけど…でも…」
俺は音桐を見つめて言う。
「今のが、“ホントのお前”なんだろ?」
「…え?」
「普段あんだけ澄ました、つーか人を寄せ付けない感じの態度取ってるけど、ホントはたぶん、お前はもっと快活で明るくて、それで、その…かわいいもの好きだったりするんだろ?」
俺は自分のことを“かわいいもの”とか言うのにものすっごい抵抗があった(笑)。
「……」
黙ってうつむいている音桐。
「それに俺、お前のその姿も、嫌いじゃないぜ。お前は“ビョウキ”呼ばわりしてたけど、そんなことねえよ。寧ろお前のほうがかわいいと思うし。それに…俺も、同じ想いを分かち合えるはずだしな。だからほら、せめて俺の前では、その姿をさらけ出してみなよ」
「…うんっ☆」
音桐は、泣き出しそうな目で笑った。
それから俺たちは、転がってく雪ダルマ並みに急速に親しくなった。
互いに下の名前で呼び合うようになり、俺は“よーじ”の家にしょっちゅう入り浸ったりしていた。
例の写真も、そんな中で写真好きの俺がカメラをよーじの家に持ち込んで撮ったものだったりする。
よーじは周囲に対しても少しずつ心を開くようになってきていた。
そんな或る日のことだった。
「おっはよーっ、鉄っちゃーんっ☆」
「…えっ、よ、よーじ?!」
前の日家の用事で放課後によーじに会わなかった俺は、教室に入ってきたよーじを見て吃驚仰天した。
腰まであった長い長い髪の毛が、うなじ程度までになっており、後ろで軽く束ねられていた。ほどくとボブカットくらいだろうか。
「おっ、お前どーしたんだよ、その髪?!」
「へっへー☆オレ、思い切ってばっさり切っちゃいましたーっ☆」
お茶目な笑顔を振りまくよーじに、クラス中が蒼然となっていた。
ちなみに後から2人きりの時に聞いた話だが、よーじは生まれてから一度も髪の毛を切っていなかったらしい。それを、心機一転するつもりで短くしてみたのだそうだ。もちろん、男にしてはまだちょっと長いのではあるが。
それ以来、よーじは学校でもそのキャラクターをあらわにしていた。当時担任が俺に、「音桐君、頭をぶつけるか何かしたの?」と本気で相談してきたこともあった。それくらい周囲には衝撃的だったらしい。
それからは、俺とよーじは恋人同士かと思われるくらいのフレンドリーさを振りまき、一緒の高校に行き、今に至るのである。
「…とまあ、そんなわけで、その写真は俺たちの親友っぷりを証明する大事な大事な一枚だっつーことっすよw」
鉄は満面の笑みで言い切った。
「ああ、そう…」
美菜緒は内心、「そんなに胸張って長々と語られてもなー…」とかちょっと思ったが、ふと一つ、疑問が浮かんだ。
「…じゃあ、さ。その大親友なあんたに一つ聞きたいことがあるんだけど…」
「ん?何すか?」
鉄もよーじも、きょとんとして美菜緒を見つめる。
「犬養から見て、私は、どう見える?」
「え?」
鉄は、少し考え込んでから、言った。
「そうっすねー…確かに、最初よーじが美菜緒先輩と付き合うって言い出した時はめちゃくちゃびっくりしましたよ。耳のこととか知られたらヤバイっていうのもあったし、何つーか、ちょっとした嫉妬みたいなのも感じちゃったんすよね。あっ、べ、別に俺が男色家だったりするわけじゃないっすけどっ」
「別にそんな焦んなくても分かってるわよ」
顔を真っ赤にする鉄に、美菜緒がぽつりとツッコむ。
「あ、そ、そうっすよね…でも、実際先輩と付き合いだして、よーじも美菜緒先輩のこと本気で愛してたり明るくなってきてたりすんの分かるし、美菜緒先輩もよーじのことを全部受け入れてくれてるし、“あー、この2人はぴったりだな”って思うようになりました。正直俺じゃ適わねえっつーか、美菜緒先輩でよかったっつーか…俺も、美菜緒先輩のこと好きになりそうっつーか。あっ、べ、別に俺三角関係になろうとか掠奪愛しようとかそんなことは全く思ってないっすけどっ」
「なんで鉄っちゃんそんなにまっかっかなのお?」
顔を真っ赤にする鉄に、よーじがぽつりとツッコむ。
「まぁ、心配しなくても、私にとっちゃあんたは全くのアウトオブ眼中だからwねーよーじw」
美菜緒は笑顔でそう言うと、よーじの頭を撫でる。
(それはそれで男として…)と、鉄はフクザツな気分に陥るのであった。