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此処に在る理由

第1話 Raison d'tre
オレは、時々考えてしまう。
オレは、此処に居ていいのだろうか。
この麻倉の家に部屋を当てがわれ、半ば当たり前の様にこの家で生活をしているが、オレは、「麻倉」じゃない。
麻倉 汐里の胎内から出てきたらしいが、でもオレは「麻倉」じゃない。「篁」だ。
オレに、こんな安穏とした生活をする権利など無いのに…

「えーっ?!瑠璃、今度の連休北海道に行くのー?!」
日下高校の一教室から、歓声にも似た女生徒の声がした。
「えー、いいなぁ瑠璃ちゃん」その声とは別の声。
「あのねぇまこっちゃん」瑠璃と呼ばれる少女の横に座る、長い茶髪の女生徒が言う。「瑠璃ちゃんはあくまで里帰りするために帰るんだよ?」
「あれ?石原さんって実家北海道だったの?」いつの間にか話の輪に入っている女生徒が言う。
「う、うん…まぁね」青色の髪が眼を引く女生徒――石原 瑠璃が言う。
「あたし北海道って行ったことないんだよねぇ」取り巻きはどんどん増える。
「あっ、私もー」
「ねぇねぇ瑠璃ー、私たちも一緒に行っちゃダメかなぁ?」
「あ、それいいねぇ」
「ちょっとちょっと、安(あん)ちゃんもミッチーも…」瑠璃の隣の女生徒が言う。「瑠璃ちゃんに悪いでしょ?」
「えー、千尋ってばケチだよー」安ちゃんと呼ばれた生徒が言う。
「ケチとかじゃないと思うけど…」千尋と呼ばれた女生徒は呆れ顔で言う。
「ねぇねぇ瑠璃ちゃん、どう?」今度は他の生徒が訊く。
「小池さんまでー…」千尋はどうしようもないといった表情。
「あ、でも別にいいよ」瑠璃が言う。「多分父さん、人が大勢来る方が喜ぶだろうし」
「えっ?!ホントぉっ?!」色めき立つ一同。
「うん」と瑠璃。「あ、でも何人来るかは電話で言っといた方がいいと思うから、行きたい人ちょっと手挙げてみて」
「はーい!」女生徒7人の手が挙がる。
「7人、ね。とりあえず父さんに電話してみてからだけど、多分大丈夫だと思うよ」
「うわー、やったぁっ!」女生徒達の歓喜が溢れる中、始業のチャイムが鳴り、一同は各自の席に散らばっていった。

「…あのさぁ、瑠璃ちゃん」授業中千尋は、隣の席の瑠璃にこっそり言う。
「ん?何?」
「…わたしもさ、行ってもいいかな」周囲の眼を伺いながら言う千尋。「ほら、さっきあんなコト言ったから言うに言えなくて…」
「アハハ、そりゃそうだね」笑いを堪えつつ言う瑠璃。「うん、いいよ。じゃあこれで、8人ね」

それから数日後。
「あ、あのさぁ、瑠璃…」瑠璃の机に女生徒が集う。
「ん?どうしたの?加川さん」
「あたしとミッチーね、今度の連休にテニスの地区予選出ることになったから、北海道行けなくなっちゃったんだ…」
「えっ?!加川ちゃんも?!」彼女の横に居た女生徒が言う。
「徳ちゃんも?」と加川。
「私と、あとまこっちゃんと小池さんもなんだけど、連休の補習にかかっちゃってさ…」
「そりゃ困ったなぁ…」徳ちゃんと呼ばれた女生徒の隣に居た少女が言う。
「え?ミズキも何かあるの?」
「うん…わたし、安ちゃんと一緒に委員会の仕事しなくちゃいけなくなって…」ミズキと呼ばれた少女が申し訳無さそうに言う。
「また随分抜けちゃうのねぇ…」と瑠璃。「千尋ちゃんは?」
「ううん、わたしは用事は無いけど…」
「それじゃあさ千尋ちゃん、ちょっと悪いんだけどさ…」

「ねぇ、兄さん聞いてるっスか?」
「……え?何か言った?」
黄昏の帰り道、2人の男子生徒が歩いている。
「さっきから何度も呼びかけてるっスけど…」背の低い方――麻倉 知之が言う。「何か悩み事っスか?」
「…いいや、別に」もう一人――篁 祥一郎は、小さな溜め息を混じえて視線を背ける。「で?何だ?」
「ほら、携帯に千尋さんからメール届いたんっスけど…」
「ああ、北海道に一緒に行かないかってヤツだろ?」と祥一郎。「オレのにも届いたぜ」
「あ、そうだったんっスか」知之が言う。「兄さんどうするっスか?」
「うーん…ま、オレは用事ねぇから行ってやってもいいけどな」
「そうっスか、じゃあ一緒に行けるっスね」満面の笑みを浮かべる知之。
「…そういう屈託のねぇ笑顔すっと、読者が誤解すんだろ」
祥一郎はそう言いながら、麻倉家のドアに手をかけ、開いた。
「お帰りなさーい!二人とも!」
「……」祥一郎と知之は、彼らの母、汐里が異常なまでにハイテンションで出迎えたことに呆気に取られた。
「…何か、あったのか?」恐る恐る尋ねる祥一郎。
「あ、そっか」その時、知之が閃いた様に言った。「今日って、母さんの誕生日だったっスね」
「そうよ」汐里は満面の笑みを浮かべ二人を中に招き入れる。「ほら、早く早く」
「た、誕生日ぃ…?」祥一郎は訳が分からないという表情のまま、リビングに入った。其処は多くの飾りつけが施され、宛(さなが)らクリスマスか何かのパーティーの様であった。「何だ、これ…」
「母さんは、息子の僕だけじゃなくって母さん自身の誕生日も大いに祝うヒトなんっスよ」と知之。「ちなみに今年の僕の誕生日の時はまだ兄さんは居なかったっスけどね」
「…あっそ」祥一郎はそう言って、どかと椅子にもたれかかる。
「ほらほら祥一郎も。そんなムスっとした顔しないでさ、色々ご馳走も作ったんだから」キッチンから豪勢なパスタ料理を運んでくる汐里。「ほら、食べて、祥一郎」
祥一郎は、返事をしない。
「…兄さん?」知之が祥一郎に近づいて言う。「体の調子でも悪いっスか?」
「どうしたのよ祥一郎」汐里も近づく。「折角のおめでたい日なんだからさぁ、ね、祥一郎」
「…っるせぇ!!」祥一郎は、汐里の持っていたパスタ料理の大皿を手で払い、リビングを早足で出て行ってしまった。
「…祥一郎…?」飛び散ったパスタを思いっきり頭から被ってしまった汐里は、そのパスタを除(の)けることも忘れ呆然と立ち尽くしていた。
「たっ、多分兄さんちょっと機嫌が悪いだけなんっスよ…」必死でフォローする知之。「ぼ、僕兄さんと話ししてくるっスね」
知之が出てゆき、独りきりになったリビングで汐里は、徐(おもむろ)に散らばったパスタの片付けを始めた。
「…祥一郎」

知之は、2階の自室の隣にある祥一郎の部屋の前に来た。
知之には、祥一郎が何故先刻(さっき)あんな行動を取ったのか見当もつかなかった。だから、今部屋の中に居る筈の彼に何と言ったら良いのかも、見当がつかなかった。
言葉を探して立ち尽くしていると、先に声を発したのは部屋の中からであった。
「…んだよ、麻倉」
「えっ」急に祥一郎から呼ばれ驚く知之。「なっ、なんで分かったんっスか?!僕が此処に居るって」
「バーロ、足音がオレの部屋の前で止まったら誰だって分かるだろが」声は未だどこか不機嫌そうに知之には感じ取れた。「…で?何の用だ」
「え、えーっと…」知之は戸惑いながらも、敢えて平静を装って言う。「…さ、先刻、なんであんなコトしたんっスか?」
返事は無い。
「あ、まさか自分は誕生日を豪勢に祝ってもらえなかったから、とかじゃないっスよね?兄さんそんなタイプじゃないし…」
「…まさか」先程より若干小さめの声が聴こえた。「んなわけねぇだろ」
「…じゃ、じゃあ何で…」
「オレに、あの場に居られる資格が無いから」
「…え?」知之は、祥一郎の言葉の意味が分からなかった。
「オレは、"篁"なんだ。"麻倉"じゃねぇんだよ」どことなく吐き棄てる感じにも聴こえた。「汐里(あのひと)に息子扱いされる資格も無いし、あんな場所に居られる資格も、有りはしねぇんだ」
「…兄さん」知之は、どう言葉を返していいか分からなかった。自分には当たり前の生活であると思っていたから。知之は、何も言わずに階段を降りていった。
「……」部屋の中では独り、床に敷いたままの蒲団の上に祥一郎が仰向けになっていた。彼の視線は、机の上に立てられた写真立てに向けられていた。

「祥一郎、何だって?」
リビングに戻ってきた知之に、汐里が言う。
「…なんか、気分が良くないみたいっスよ」何でもない表情を繕う知之。「僕らだけで食べといていいみたいっス」
「…そっか」
知之は、汐里の顔を覗き込む。口許は少し笑っているが、瞳は潤んでいた。
「…今年は、3人で迎えられると思ったのにな」汐里が、ぽつりと呟いた。
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おまけ
今作からは1話ごとにおまけつけときます。って誰が読むねんって話ではありますが(爆)。
いきなり遊んでるトコがあります。と言っても冴戒の同級生しか分からないネタなのですが。
瑠璃を除く千尋のクラスメートの名前、実は冴戒達を受け持つ(or受け持った)先生方のお名前だったりします。
いや、単に7人分名前欲しかっただけなのですが(何故7人かは次の話読むと分かります)。
同級生の皆さんは笑いながら読んでください(笑)。

あ、一応知之たちはみんなケータイ持ってます。やっぱ今の時代の高校生なわけです。って、冴戒をはじめ吟遊メンバー4人は誰もケータイ持ってないのですが(爆)。

そして祥一郎の葛藤に突入するわけで。このヘンはフ○バの影響を受けてると言われても否定できないなぁ。(爆)
でも此処の辺り少し分かりづらかったみたいなのですが(虹星に「反抗期?」って言われた^^;)、ま、分かる人は分かって下さい。(ぇ

知之はベッドだけど祥一郎は万年床なんだなぁ、とか勝手に発見しちゃっていいですよ(笑)。

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