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此処に在る理由

第2話 Little Snow
「それじゃあ、行ってくるっスね」
それから数日後、麻倉家の玄関先。
「お土産は蟹かラーメンでお願いね」笑顔で言う汐里。「車には気をつけるのよ」
「分かってるっスよ、子供じゃないんだから」
笑って言う知之。その隣には、帽子を深く被った祥一郎が居た。
「祥一郎も」
汐里が付け足した言葉に、祥一郎は何も答えずに背を向けて歩き出した。

「…っていうか千尋」
待ち合わせ場所――駅前にあるねずみ地蔵前には、7人の男女の姿があった。その中で、最も背の高い青年が言った。
「なぁに?烈馬」
「なんでこの場に…」烈馬と呼ばれたその青年は、隣に居た背の低い青年を抓(つま)んで言う。「この弥勒君がおんねん!」
「痛てて…何すんだ矢吹」弥勒と呼ばれた背の低い青年が起こった表情で言う。
「だって、どうしてもあと2人が見つからなくて、1人は知之クンが湊ちゃん誘ってくれたけど、もう1人が居なくて…」
「っていうかさ千尋」金髪の女性――古閑 つかさが言う。「いつの間にこのヒトの連絡先教わってたの?」
「そりゃもう最初に会った時に決まってるじゃないですかつかささん」と弥勒。「まぁ正確には、2人きりになった時だけど」
「あのなぁ弥勒君…」怒りに震える烈馬。
「何か?」たじろぐこともなく烈馬を見据える弥勒。その場の全員に、2人の視線の間に火花が散っているのが見えていた。
「まぁまぁ二人とも、こんなトコでケンカすることないじゃない」瑠璃が止めに入る。
「そうさそうさ」残る青年――羊谷 時哉も二人の間に入る。「まだ朝早いからつっても、観客(ギャラリー)はちらほら居るんだしさ」
「…そやな」視線を背ける烈馬。「どっかのおバカさんのために恥かくんはゴメンやし」
「何だとこら」烈馬に飛び掛ろうとする弥勒を、時哉が抑える。
「あの二人、べらぼうに仲悪いんですねー…」もう1人の少女――園川 湊は、茫然とした表情でつかさに呟いた。
「あ、そっか」とつかさ。「湊ちゃん、秀俊クンにちゃんと会うの初めてだったっけ」
「あ、はい」湊が言う。「いつの間にかみんな仲良くなっててびっくりしましたよー」
その声を聞いた弥勒は、時哉の腕をさっとすり抜けて、湊の前に立って澄ました顔で彼女の手を取って言う。
「あー、名乗るのが遅くなってしまったね。オイラは弥勒 秀俊。秀文高校の1年で、野球やってるんだ。背は低いけど心やさしくて…」
「やめんかい」どこから出してきたのかピコピコハンマーで軽くどつく烈馬。
「何しやがる矢吹」再びいがみ合い出す弥勒。
「…あいつ、女だったら誰でもいいのかよ」
「え?」背後からした声に振り向く時哉。「あ、篁にマクラじゃん、いつの間に居たのさ?」
「さっきから居たけど」呆れ顔の祥一郎。
「遅かったですねー、麻倉先輩」湊が駆け寄って言う。
「そうっスか?」腕時計を見て言う知之。「まだ待ち合わせの5分前っスけど…」
「あ、えーっと…」放ったらかしにされたままだった瑠璃が言う。「祥一郎さんと知之さん、だったっけ」
「え?」振り向く知之。「あ、千尋さんの友達の…?」
「うん。私が石原 瑠璃。よろしくね」
「あ、よろしくっス」深々とお辞儀をする知之。後ろで祥一郎も軽くお辞儀をする。「北海道に連れてってくれるなんて、ホントにありがとうございますっス」
「いえいえ」笑って言う瑠璃。「さ、それじゃ早速行きましょ」
一行は駅の構内に入っていった。

「特急で札幌まで行って、そこからは迎えの車で4、50分くらいかかるの」
個室(コンパートメント)の中でお菓子やら飲み物やらトランプやらを広げわいわいしている一同。
「ふーん…てことは結構田舎の方ってコトさ?」と時哉。「ほい、革命」
「えーっ、ちょっと待ってよー」焦った表情の千尋。「もー…せっかくあと1枚になったっていうのにぃ」
「そんなセコいて使うんじゃねぇよ」と弥勒。
「そういうルールさ」すまし顔の時哉。「ほら、3の2枚で6で上がり」
「羊谷君久々の大富豪っスね」と知之。「そう言えば、いつの間にか丁度5人になってるんっスね」
「烈馬くんは隣の個室で生徒会の仕事やってるんでしょ?(9人と大人数なので2つ個室を取ってる)で、つかささんは湊ちゃんとジュース買いに行って…」瑠璃が指折り数えながら言う。「あれ?祥一郎くんって何処に行ったの?」
「そう言えば…」と知之。「あ、僕も上がりっス」
「気分でも悪いのかなぁ」瑠璃が言う。「はい、上がり」
「ただいまー」袋一杯の缶ジュースを持って個室に戻って来るつかさと湊。
「ねぇつかさ」千尋が言う。「祥一郎くんって何処に居るか知ってる?」
「ああ、あの電車の連結部のトコに一人で居たわよ。声かけたんだけど、なんか何も言わなくってさ」
「…じゃあ、僕見てくるっスよ」席を立つ知之。
「え?マクラが?」時哉は何か戸惑ったような表情だ。
「僕もう上がってるし、つかささんでも後やっててくださいっス」そう言うと知之は去って行った。
「何だろ、知之クン」不思議そうな顔で扉を見つめるつかさ。「まいっか、富豪だし」
「あーっ、また大貧民かよーっ!」弥勒の叫びが空しく個室に響いていた(笑)。

知之は、つかさに言われた場所に来た。何処か空(うつ)ろ気に虚空を見つめる祥一郎が、其処にいた。その様子は、何故か些(いささ)か美しくも思えた。
「…兄さん?」その麗しい程の静寂を、恐る恐る破ってみる知之。
「…あんだよ」視線を動かす事なく、特に何らかの感情を含ませる様子もなく言う祥一郎。
「あ、えっと…」祥一郎の反応に、逆に戸惑う知之。「み、みんな心配してるっスよ、兄さんがどっか行っちゃうから」
「放っとけ」猶も祥一郎は表情を変えない。
「…で、でもぉ…」知之は言葉を返す。「折角の旅行なんだし、楽しんだ方が…」
「オレは此処に居るのが好きなんだ、悪いか」
知之は、その祥一郎の言葉に恐怖すら感じた。思わず後ずさりしてしまった。
「…降りる前に叉来るっスね」そう言うと、知之は個室に戻っていった。
「……」祥一郎は、少し眉を顰(ひそ)めた。

札幌駅に着くと、細雪(ささめゆき)が降っていた。
「うわー、もう雪が降ってるなんてなんか不思議ですー!」駅の外に出て、空を見上げて言う湊。
「いつもこれくらいなモノだよ」瑠璃が言う。「…で、あの二人何やってるの?」
瑠璃と湊が振り返ると、立ち尽くす千尋の前で口論をしている烈馬と弥勒が居た。どうやら、どちらが千尋の荷物を持つかで口論しているらしい。仲裁役の時哉が知之とトイレに行っているため、二人のバトルは北海道の冷たい空気とは正反対に加熱してゆく。
「…まーったく」溜め息をつくつかさ。「あの二人は北海道に来てまでケンカするかねぇ」
「で?この後どうすんだ?」と祥一郎。
「えっと、迎えの車が来てる筈なんだけど…」周囲を見回す瑠璃。「…あっ、居た居た。ちょっと待ってて」
一同は瑠璃の駆けて行った方向を見た。其処には、70歳は越えていそうな背広の老人が居た。そして、その後ろには黒光りしている大きな車があった。
「…お、おい、あれってまさかリムジンさ…?」トイレから戻ってきた時哉は、目を丸くしている。
「あ、ああ、そうだよな…」思わず口論を中止してしまう弥勒。「しかもすっげぇでけぇ…」
全員が驚き切っている中、瑠璃がその老紳士を連れて戻ってきた。
「えーっと、この人はウチの執事をやってる真田 利光さん。わざわざ迎えに来てくれたの」と瑠璃。
「どうも、真田でございます」真田は深々とお辞儀をする。「瑠璃様のご友人方でいらっしゃいますね」
「あ、どうも…」自分達より50歳以上年上な真田が自分達を慇懃(いんぎん)に扱うことに、一同は更に驚いていた。
「も、もしかしてさ瑠璃ちゃん…」と千尋。「瑠璃ちゃん家ってまさかかなりの大富豪だったりとか…?」
「うーん…まぁ、地元だと結構名は知れてるかな」瑠璃が言う。「父さん、時々TVか何かの取材受けてるし」
「さあ、そろそろ参りましょう」と真田。「輝彦様もお待ちかねでございます」
「そうね。さ、みんな乗って」
当たり前のようにリムジンに乗っていく瑠璃に驚きながら、一同はそのリムジンに乗った。

運転している真田を含めれば10人も乗っているというのに、リムジンの中は全く狭さなど感じさせなかった。
「なんかお姫様にでもなった気分ねー…」千尋が呟く。
「千尋ちゃんがお姫様だったら、オイラが王子様かな」弥勒が笑って言う。
「んー?何か言うたー?」烈馬は笑顔で、弥勒の両こめかみをぐりぐりする。
「痛てててっ…何しやがんだよ!」
「あー、この二人見てておもしれぇ」ぽつりと呟く祥一郎。
「そう言えば瑠璃さん」知之が言う。「瑠璃さんのお父さんって何やってるヒトなんっスか?」
「父さんは、2年前までは東京の宝橋大学附属病院ってトコで医者をやってたんだけど、その時の給料と株で儲けたお金で、医者辞めて宝石収集をし始めたの。家に展示室まで作って、お客さんをしょっちゅう呼んでるんだ」と瑠璃。「まぁ、私も兄弟も宝石にはあんまり興味ないんだけどねぇ」
「あ、兄弟居たのさ?」時哉が烈馬を制しながら言う。
「うん、兄と弟がね。どっちも実家に住んでるから、後で会えるよ」
「真田さんも瑠璃さんが生まれた頃に執事になったんですかー?」と湊。
「いえ、輝彦様――瑠璃様のお父様――のおじい様に当たる聖一(せいいち)様が地方議会の議員をなさっていた時、私の父が秘書をしていたのです。それがきっかけで真田家は代々石原家に仕えてきたのでございます」
「へー…」
「今は真田さんの孫に当たる珠里さんも使用人として働いてくれてるのよ」と瑠璃。
「…なーんか、話を聞けば聞くほどスゴイ感じになってくさね」時哉が言う。「絶対家とかでっかいさ」
「うーん…私はそんなことないと思うけどなぁ」
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おまけ
2話はホントに遊んでるなぁ…(笑)
祥一郎の葛藤より周りが主張しまくりですよね。
烈馬と弥勒は祥一郎の科白にもあるけど書いてて面白いんですよ(笑)。こういう何かにつけて仲たがいしてそれがギャグっぽくなるっていうのは僕のツボかも。

あと細かいトコいろいろ。
待ち合わせ場所の「ねずみ地蔵」(決して「ねずみこぞう」にあらず)は、松山にある「たぬき地蔵」の模倣。ねずみにした理由は何となく。
弥勒が湊を口説こうとした時、烈馬がピコピコハンマーを取り出してますが、これは100%ギャグですよ(笑)。虹星に深く追及されたのですが、深ーく考えずさらっと流してってくださいな。
電車の中でやってるゲームの名前を明記してないのはワザとです。地方によって「大富豪」と「大貧民」に分かれるので。冴戒は「大富豪」派です。
「電車の連結部」は実はシリーズ全体におけるキーワードのひとつなのですよ。過去の作品を読み返すと気付くかと。

2話がどうしてこんな中途半端なトコで切れてるのか、それは次を読めば分かります(笑)。

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