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Nostalgia

File1 Wiedervereinigung 〜再会〜
“お父さんへ”
カタカタ…
薄暗い部屋の中で、忙(せわ)しなくパソコンのキーボードを叩く音が響く。
“ごめんなさい”
少年の目は、ディスプレイを凝視していた。ひたすらに、指を動かす。
“僕は、明日”
一瞬彼の手が止まる。そして再びゆっくりと動き出す。
“人を殺してしまうかも知れません”
そして、深いため息が一つ零(こぼ)れた。

「あー、もう3月になるんやなぁ」
校門から校舎までの然程(さほど)長くない道を歩きながら言う烈馬。
「そうっスねー、3年生が卒業しちゃったっスから、人通りもちょっと減ったっスよね」と知之。
「あーでも、工事のおっさんとかがうろうろしてるさ」時哉がふと周囲を見廻して言う。確かに、やや汚れたツナギを纏(まと)い工具を持った人物がちらほらと見える。
「そー言えばさ」彼らの少し後ろを歩く秀俊が言う。「あれって何の工事してんだ?先週くらいから始まったみたいだけど」
その瞬間、烈馬と時哉と知之は顔を見合わせた。そして少しの沈黙のあと、3人を爆笑が包んだ。
「なっ、何だよ…っ」バツが悪そうな顔で尋ねる秀俊。
「べーっつにぃー?何でもないでー?」意地の悪い表情で答える烈馬。時哉も同じような笑みを浮かべる。
「ちっ…」秀俊は知之に詰め寄る。「おい麻倉、お前も何のことだかわかってんだよな?」
「もちろんっスよ、弥勒君が知らないってことが不思議っス。あの建物はー…」言葉を続けようとする知之の口を、大きな手が阻(はば)む。「むぐっ?!」
そして知之の身軽な躰(からだ)は、長身の烈馬に殆(ほとん)ど誘拐でもされているかのように校舎内に運ばれていく。
「おーい、マクラは大事に扱えさー」時哉も笑いながら続く。
「てっめ、意地でも教えねぇ気だなっ?!」真っ赤になって怒鳴る秀俊。
その横を、祥一郎が何もなかったようにすたすたと歩いていく。
「あっ、篁、お前なら何か…」
「ノーコメント」祥一郎はきっぱりそう言うと、少し速めの足取りを少しも緩めずに校舎に入っていった。
「な、何なんだよっ…」

「…で、お前もしつけぇよ」
その日の放課後すぐ。1年C組の教室の、中央後方の席に腰掛ける弥勒と、その後ろの席で彼に詰め寄られている祥一郎。
「だってよ、矢吹や羊谷じゃ教えてくれねぇし、麻倉も今日帰りにパフェをおごるからとか何とかで矢吹に口止めされてるし…」
「パフェで口止めか、あいつらしいな」
「ああ…ってそうじゃなくて」祥一郎の机に身を乗り出して言う秀俊。「だからお前しか手がかり残ってなくてよぉ」
「お前友達とか居ねぇの?」ため息混じりに言う祥一郎。
「そ、そうじゃねぇけど…痛っ」秀俊は後頭部への痛みを感じて振り向いた。其処には、ハリセンを片手に携(たずさ)えた烈馬が居た。知之と時哉も一緒である。
「何やってんねん、弥勒君?」満面の笑みで言う烈馬。「篁君も教えてへんやろなー?」
「お前もお前で執念深いな…」苦笑いして言う祥一郎。「…あ、弥勒」
「何だよ」頭に大きなタンコブをつけたまま不貞腐(ふてくさ)れた表情で言う秀俊。
「後ろ」
「後ろ?」秀俊はまた振り向く。其処には今度は、少し長い黒髪の青年が困ったように立ち尽くしていた。「あ、此処の席…?」
「う、うん…」青年は遠慮がちに言う。
「あー、悪ぃ悪ぃ」秀俊はいそいそと席を立つ。青年も徐(おもむろ)に着席する。
「あ、立川(たつかわ)、週番日誌書いたか?」祥一郎が青年に尋ねる。
「あ、うん…」立川と呼ばれた青年は、机の中から黒い表紙の日誌を取り出す。「これ…」
「えっ、篁君、今週週番だったんっスか?」知之が驚いたように言う。週番とは、各クラス2名が毎週順番に選ばれ、各種雑務をしたりその日あったことを日誌に記したりする当番である。「もう木曜だっていうのに、これっぽっちも忙しそうにしてなかったじゃないっスか」
「ははーん、さては篁君、その子に全部押し付けてサボる気やなぁ?」いつの間にかハリセンをどこかにしまった烈馬が言う。
「人聞き悪ぃこと言うなよ、オレは立川がやりてえって言うから仕方なく…」
「嘘吐け」3人が同時にツッコむ。
「あ、じゃあ立川、オレこれから図書館行くから、日誌の提出と風見(かざみ)への報告、頼むぜ」
「う、うん…」小さくうなずく立川。
「だから少しは自分でやらんかいっ!」と烈馬。「ほんで君も素直に引き受けすぎやっ」
「あ、い、いいんです…ボク、こういうの慣れてますから…」僅(わず)かな笑みを作って言う立川。「…あ、えっと…」
「ん?何?」烈馬は立川の視線が何処かに向かっているのに気づいてそちらを見た。時哉が、立川を凝視しているのだ。「羊谷君、どないしたんや?」
「ひ、羊谷って…それじゃやっぱり…」立川が呟(つぶや)く。
「もしかしてお前…」と時哉。
「辰(たつ)のユースケさ?!」「未(ひつじ)のトキヤ?!」
「…え?」その場の全員がきょとんとした顔で2人を見ていた。

「へー、そんじゃ羊谷と立川は、静岡の同じ小学校に通ってた幼馴染みだったってことか」
秀文高校近くの喫茶店“ライム”に場面が移る。ちなみに今日は生徒会の会合も野球部の練習も無い日である。
「ああ」立川の肩に腕を廻して言う時哉。「親父さんの仕事の都合で祐介(ゆうすけ)が小6で転校するまで、ずっと一緒だったさ。でもまさか、同じ高校に通ってたなんてびっくりさ」
「ボクもだよ、組が違ってたから全然気がつかなかった」と立川。「時哉も静岡離れてたんだね」
「ああ、俺もオヤジの仕事の関係で、3年前にさ」
「そう言えば…」知之が言う。彼の前には、烈馬からの口止め料であるチョコパフェが置かれてある。「先刻(さっき)のアレ、何なんっスか?」
「アレ?」
「ほらあの、“辰のユースケ”とか“未のトキヤ”とかって…」
「ああ、あれさ?あれは、俺らが住んでた集落の習慣みたいなもんさ」と時哉。「その集落、絵取村(えとりむら)って言うんだけどさ、其処には家が13しかなくてさ。そのうちの一つが村の長(おさ)って感じで集落のちょうど真ん中にあって、その家を中心に他の12の家は円を描くみたいにぐるりと立ち並んでんのさ。で、その12の家はそれぞれ干支の動物を祀(まつ)ってる。中心から見て真北にある子安(こやす)って家が子(ね)、つまりネズミで、そのすぐ東にある潮(うしお)は丑(うし)、次の寅岡(とらおか)は寅(とら)って言うふうにさ。で、その集落の子供は干支を冠して呼ばれることが多かったってわけさ。ウチは未だから“未のトキヤ”、祐介ん家は辰だから“辰のユースケ”ってことさ」
「へー、面白い集落なんやなぁ」烈馬が言う。
「まぁな、小っこい集落だけど、風も木も川も空も全部、豊かな自然に囲まれてて、とても暮らしやすいとこさ」
「そんなとこで育ったお前がギターかついでシルバーアクセをちゃらちゃらさせてんのが不思議だよ」秀俊がツッコむ。
「うっさいなー、ギターは猿渡(さるわたり)のおっさんが教えてくれたんだっつの」
「ボクも…」立川が言う。「先刻見た時は半信半疑だったけど、喋り方もギター続けてるのも、昔のままの時哉だから、よかった」
「祐介だって昔とあんま変わってねえさ」
「…変わったよ、ボクは」うつむいたまま言う立川。
「…え?」時哉は、一瞬戸惑う。
「…あ、ごめん、ヘンなこと言っちゃって…」顔を上げ笑顔で言う立川。その瞬間、彼の携帯電話が着信音を鳴らす。「あ、そろそろボク、帰らなきゃ…」
「あ、じゃあ俺、送るさ」
「ううん、大丈夫」立ち上がる立川。「それじゃあ、またね」
小走りで“ライム”から出て行く立川の背中を、時哉は怪訝(けげん)そうに見ていた。

「よぉ、遅かったじゃねぇか」
夕刻だというのに電気のついていない生物準備室。立川と、もう一人男が居た。
「ご…めんなさい、寺林(てらばやし)さん…」
「まぁいいさ、それで悪ぃんだけどよぉ」寺林と呼ばれた男がタバコを吹かして言う。「明日までに10万円、用意してくれねぇかなぁ」
「じゅ、10万…?」
「いいんだぜ、用意できねぇってんならそれでも。だが…」タバコを立川の正面まで近づけて言う寺林。「お前の親父の勤めてる会社の社長が俺の親父だってこと、忘れてんじゃねえだろうなぁ?その気になればお前の親父の首を切ることだって簡単に出来るけど、それでもいいのかなぁ、立川君」
「…わ、分かり、ました…」タバコの煙に咳き込みながら言う立川。「明日…持ってきます…」
「おー、悪いねぇ。んじゃ明日の昼休み、此処で頼むぜ」寺林はそういうと、部屋から出て行った。
「……」乾いた音で閉じた扉を、立川は黙って見つめていた。


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おまけ
時哉の故郷について明らかにしちゃいました。このネタは実は随分前からあったんですよ。
ちなみにこのへんにはやたらと知り合いやら友人やら恩師やらと同じ姓や名の人が転がっていたり…(笑)
普段あんまりやらないようなコトも色々やってます。どきどき。

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