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お別れの日にうたう歌

File1 たったひとつの冴えたやり方
「“麻倉”って呼ぶの、やめてくださいっス」
「…は?」
3月30日の朝。散らかった祥一郎の部屋で、知之が言う。
「…お前、いきなり何言ってんだ?つーかお前もさっさと出る準備しろよ。お前もあいつん家行くんだろ?」
寝間着姿の祥一郎は、着替えを引っ張り出しながら軽く配う。
「僕、ずうっと考えてたんっスよね。2人きりのとき僕はずっと“兄さん”って呼んでるし、兄さんも母さんのことは“母さん”って呼ぶようになったじゃないっスか。それなのに、僕のことはいつでも“麻倉”って呼ぶのはヘンじゃないっスか?曲がりなりにも兄弟なんだし、それっぽい呼び方とかしてもいいんじゃ…」
「んなこと言ってもな…」頭を掻きながら面倒そうに言う祥一郎。「オレにしてみりゃお前は“麻倉”だし、別に不自由ねえだろ。どうせ人前じゃ同じように呼ぶことになるんだしよ」
「で、でも…」
「つーか、一応オレ今から着替えるんだけど。お前も自分の部屋戻って着替えろよ。ちんたらしてっと置いてくぞ」
「あ、う、うん…」
知之は淋しげに部屋を出て行った。ドアを閉める音はかなり小さかった。

「おー、マクラに篁も来たさねー」
所変わってこちらは羊谷家の玄関。勢いよくドアを開けた時哉の顔はほころんでいた。
「お誕生日おめでとうございますっス、羊谷君」
「おめっとさん」
人懐っこい笑顔で言う知之と、相変わらずの仏頂面で言う祥一郎。
「さ、上がって上がって。他の奴らももう来てっからさ」
「あ、はいっス…あれ?何か美味しそうな匂いが…」
「あー、ちょうど今料理をしてもらってんのさ」
「“してもらってる”かよ…」
「え?」
呟くようにツッコむ祥一郎に、知之はきょとんとしていた。

「あー…そう言えばお正月の時もそうだったっスねー…」
台所を見た知之は、先程の会話の意味をすぐ理解した。
「まあわたしも薄々予感はしてたけどねー…」台所でフライパンを操っている千尋が苦笑しながら言う。
「まさか、また食材を大量に買い込んであるだけだとは思わなかったけど」その隣で言うつかさ。
「ま、まあ…それはそれっつーことでさ」笑って逸らかす時哉。
「それにしても、色々買ってある割に微妙に材料が足りないなんて、或る意味不倖ですよね」こちらも苦笑いしながら湊が言う。
「え?何か足りなかったんっスか?」
「うん、塩とか醤油とか大抵切らしててさ」と千尋。「だから今、烈馬と秀俊クンに買いに行ってもらってるの」
「…よりによってその2人かよ…」祥一郎がぽつりと言ったその時、玄関のチャイムが鳴った。
「あ、丁度来たみたいさね」時哉がドアを開けに行く。そして数秒後、二人の喧々囂々とした声が台所にまで届いた。

「はっぴばーすでーとぅーゆー♪」
7人の歌声に続いて、時哉はケーキの上にささった16本の蝋燭を吹き消した。
「おめでとーっ!!」
「いやー、ここまでやってもらえるなんて、ありがとうさ」
満面の笑みを見せる時哉。ちなみにケーキも千尋たちの手作りである。
「それにしても、羊谷君もこれでようやく16歳なんやなー」烈馬が言う。「こん中(高1組だけね)で一番誕生日が遅いなんてちょっと意外な気ぃするよな」
「誰が5月生まれと思えねえくらいチビッコだとおっ?!」
「んなこと誰も言うてへんよ」
突っかかる秀俊(5月5日生まれ)を、40cm上から見下げて言う烈馬。
「ま、まあまあ…(ていうか僕も4月生まれに見えないんだろうけど…)そんなことより、僕羊谷君にお誕生日プレゼント買って来たんっスよ」
知之(4月20日生まれ)は鞄から小さな箱を取り出し、時哉に渡す。
「おっ、ありがとーマクラw」浮かれた声で言う時哉。「開けてみてもいいさ?」
「うん、もちろんっスよ」
「わー、何かな、中身」時哉は鼻歌混じりで包装を解き、箱を開ける。「…これ、は…」
中に入っていたのは、銀色に輝く小さなピアスだった。
「ほら、羊谷君ってシルバーのアクセサリー好きじゃないっスか。だからこういうの喜ぶかなって思って…」
「あ…ああ、うん、ありがとな」
知之は、時哉の笑顔がどこか引きつっているような気がした。
「つーか、羊谷ってピアス開けてたか?うちの高校、校則で禁止されてるだろ」
祥一郎が呟くように言った瞬間、知之は驚き、時哉はそれ以上に胸をドキッとさせた。
「確かにわたしも時哉クンがピアスつけてるの見たことないけど…」と千尋。
「え、そ、そうなんっスか…?」おろおろしながら訊ねる知之。
「…あ、ああ…悪ぃけど、ほら…」
時哉は耳に掛かった髪をかきあげ、耳たぶを見せる。それはとても綺麗で、ピアスの穴など全く開いていなかった。
「あ、ご、ごめんなさいっス…僕、知らなくって…」
「いや、マクラが謝んなくていいって。ブレスレットかなんかに加工して使わせてもらうからさ。俺、自分でアクセ作んのも好きだし」
時哉は笑って、知之の頭に手を置いた。
「それにしても意外ねー。あんだけシルバーのネックレスだのブレスレットだのジャラジャラつけてる時哉クンが、ピアスはしてないなんて」とつかさ。
「ああ。ほら、ピアッサーって痛えらしいしさ」自嘲気味に言う時哉。「それに…折角親から貰ったこの躰を、疵付けたくねえのさ」
「あっ…」知之は思わず声を漏らした。
彼らのうち何人かは知っている。時哉は、彼が思っている「両親」の子ではないということを。そして、それは時哉自身知らないということを(「ライヴァル」参照)。
「こんなこと言うとさ、なんかマザコンみてえに思われるかもしんねえけど…でも俺、7年前におふくろ亡くしてから、自分を疵付けるようなことは絶対しねえって心に決めたからさ…」時哉は愁いを帯びた笑みで言う。「…あっ、わ、悪ぃ、なんかしんみりさせちまったさね。さ、ケーキ喰おうぜケーキ♪」
真相を知る知之と祥一郎は、ふと顔を見合わせた。

「つーかこの家、ゲームとか何か遊ぶもんとかねえわけ?」
料理がだいたいなくなった頃、祥一郎がぽつりと言った。
「あれ?篁先輩も前いらしてましたよね?」湊が怪訝そうに訊ねる(「Family tale」参照)。
「いや、あの時祥一郎クンはほとんどこたつで寝てたからねぇ…」とつかさ。
「あ、オイラさっき買い出しに行った時、ついでだからトランプも買ってきといたぜ」秀俊はそう言うと、ビニール袋の中から未開封のトランプを取り出した。「これで何か遊ぼうぜ」
「あ、いいっスねー」知之が言う。「何がいいっスかね?ポーカーとか?」
「いや、ポーカーじゃ8人一気に遊べねえさ」時哉は人差し指を立てて笑う。「ここはやっぱり定番の…」

「うげっ…オイラ今度も大貧民かよ…」
一通り片付けたテーブルの上に散らばるトランプ。そして、それを囲む8人。
「なんっか弥勒って、こういうの弱いよな」一抜けした時哉が笑って言う。「さて、そんじゃ大貧民さん、カードのディールもお願いして宜しいですか?」
「うー…いくら大富豪だからって人遣い荒えよっ…」
そうは言いながらも、秀俊は泣く泣くカードをかき集めてまとめ始める。カードを切る手捌きはなかなかに素早い。
「うわー、プロのディーラーかマジシャンみたいっスねー」感心の表情で言う知之。
「まあな。昔マジシャンに憧れたことがあってさ」秀俊はそう言いながら、てきぱきとカードを8人に配り始める。
「だったら“大富豪”の勝ち方も覚えといたほうがええんちゃうか?」にやりとする烈馬。
「うっせえっ!ほら、配り終わったからさっさとカードの交換とかしろっ!」

時哉と秀俊の間で2枚ずつ、祥一郎と湊の間で1枚ずつ交換が行われ、ゲームが始まる。
ちなみに、ここで行われている“大富豪”では、いわゆるローカルルールのうち「8切り」(場に8が1枚でも出されたらそこで場が流れる)、「スペ3返し」(ジョーカー1枚が出されたらスペードの3で場を流すことが出来る)、「階段」(同じスートで数字が連続したカードが3枚以上あれば一度に出すことが出来る。4枚以上で革命)、「都落ち」(大富豪は一抜け出来なければ一気に大貧民に格下げされる)が採用されている。「10つけ」「イレブンバック」「しばり」などは適用されない。なおトランプにはジョーカーが2枚含まれ全部で54枚。8人でやっているので1人あたりの枚数は6〜7枚である。
などと細かいルールを説明しているうちに、あっという間に試合は進み、時哉・祥一郎・烈馬・つかさ・千尋・湊の順に上がって行き、残るはどちらも2枚ずつを残した知之と秀俊。知之の番である。手札はハートの5とクラブの7。
(んー…やっぱこういう時は大きい数字のほうから出すのがセオリーっスよね…?でも弥勒君が8持ってたら…いいや、もう当たって砕けろっス!)
そう考えて、知之は恐る恐るクラブの7を出した。
「うっわー…パスだわ」と秀俊。
「…え?」何人かが同時に声を出した。
「あ、それじゃあ僕上がりっスね!」知之はハートの5を出して勝ちあがる。と言っても7位、貧民ではあるが。
「ちっくしょう、またオイラが大貧民かよー…」秀俊は自分の手札を捨て山に混ぜると、しぶしぶカードを集める。「…あ、ごめん、ちょっとトイレ借りていいか?」
「ああ。んじゃちょっと休憩すっか」と時哉。「トイレはドア出て左の突き当たりさ」
「おっけ、ありがと」そう言うと秀俊は部屋から出て行った。
「にしても、これで羊谷君が4連勝か…」烈馬が時哉を見ながら言う。「…いかさまとかやないやろな?さっき8を3枚出した時とかちょっと怪しく思ったんやけど」
「そんなこたねえさ。偶然偶然」時哉は笑って言う。「それに、いかさまだって言うならそれなりに証拠とかねえとさ」
「…ちょっとオレ電話かけてくる」祥一郎も席を立つ。
「え?」祥一郎の言動に、知之はどこか不可解な感じを憶えていた。

「ふう…」
トイレからすっきりした表情で出てくる秀俊。と、その道を遮るような影。
「ど、どうしたんだ?篁…?」
「…なあ、弥勒」その影の主、祥一郎は、秀俊の肩に手を当てると、不敵な笑みを浮かべて言った。「マジシャンって、すげえよなあ?」
「…えっ…」


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おまけ
時哉君の誕生日話でございます。
一応年度的にはラストの誕生日になります。
知之と祥一郎が4月なのにやってないのは、シリーズ第1話がそれより後の話だったから。
5月の弥勒っちや6月の湊ちゃんをやってないのは、初登場がそれより後の話だったから。
ということにしておいてくださいw
時哉がピアスしてないとか、祥一郎が「麻倉」と呼ぶとかっていうのは、割と意識してた設定でした。
ちなみに「大富豪」(「大貧民」ともいう)はどれだけメジャーなのでしょう?友達でついこないだルールを知った子(21歳)も居るくらいなので、ちょいとどきどきなのですが。

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