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お別れの日にうたう歌

File2 幼年期の終わり
「さてと、そんじゃ5回戦やりますかー」
時哉が宣言するように言う。
「んじゃとりあえず弥勒、カード宜しくさ」
「ああ…」
秀俊は一瞬祥一郎に目配せをし、そしてカードを配り始める。
「っと…7位はお前だったな、麻倉」祥一郎は、知之にカードを1枚差し出す。「一番良いカードをくれよ」
「分かってるっスよ…」未だに“麻倉”と呼ぶ祥一郎に、知之は嫌そうな顔をしてカードを渡した。
「そんじゃ始めるぞ」時哉とのカードの交換を終えた秀俊が、スペードの3とダイヤの3を出した。
「んじゃ、遠慮なく」秀俊の隣に居る祥一郎はそう言うと、ハートの2とジョーカーを出す。
「うわー、これは流すしかないわね」とつかさ。
「てかいきなり勝負に出たなぁ…」烈馬は言いつつ場を流す。「ほな、次篁君どうぞ」
「ああ…これで、どうだ?」
一同は、その刹那固まった。
出されたのは、4枚の8だったからだ。
「かっ、革命…っ?!」千尋が言う。「しかも8だから、誰も覆すことは出来ないでそのまま流れて篁君の番で…しかも…」
「ああ…オレの残りは1枚だから…」祥一郎は、最後にクラブの4を出して高らかに言う。「オレの、勝ちだぜ?羊谷」
「…ああ、そうらしいな」手札を放り投げる時哉。「…お前、気付いたんさね」
「ああ」祥一郎は小さく笑った。「…お前の仕組んだいかさまのことならな」
「えっ、いかさまっ?!」騒然となる一同。
「あー…やっぱいかさまやったんか」苦笑して言う烈馬。「せやけど、一体どうやって?見たところ羊谷君は何も変わった言動はしてへんみたいやったけど…」
「そりゃそうだろ。だって…」祥一郎はわざとらしく間を置いて言う。「このトリックに必要なのは、弥勒の存在なんだからよ」
「み、弥勒先輩の…?」不思議そうに秀俊の方を見る湊。
「ああ。実は、マジシャンに憧れた弥勒は、いつしかとある能力を身につけちまったんだよ」
「能力?」千尋が言う。「何、それ?」
「…好きなカードを、好きな相手に自由に配ることが出来る能力…?」
「え?」千尋は、思わぬ声の主のほうを向いた。知之だった。
「いかさまをするって言うんだったら、たぶんそういう能力なんじゃ…」
「ご明察」と祥一郎。「羊谷は弥勒と仲がいいからな。何かの時にその能力を知り、今回それを利用させてくれるよう予め言っておいたんだ。羊谷に一番良いカードが、それもあまり不自然にならない程度に廻るように、な」
「ほな、さっき俺と買い出しに出た時に“ついでに”トランプを買うたんも、計画の一部やったっちゅうことか」烈馬が言う。
「でも、それって随分危なっかしい話じゃない?」とつかさ。「いくら秀俊クンにそんな能力があっても、彼が配る側に廻らないと意味が無いでしょ?誰か違う人がその役になっちゃったらどうするつもりだったの?実際最初の1回は違う人が配ってた筈だし」
「配る役を大貧民に任せるだけで済むだろ、そんなの」祥一郎はすぱっと言う。「このいかさまで必要なのは、最初の1回で羊谷が大富豪(又はそれに近い上位)になり、弥勒が大貧民になってカードを配る役になることだ。実力で大富豪になるのは大したもんだが、実力で大貧民になるのはさほど難しくない。自分が上がりそうになったらパスをすれば良いだけの話だからな」
「あー、あん時感じた違和感はそれやったんやな…」烈馬が納得した表情で言う。
「違和感って、何のことっスか?」
「ほら、この1個前のゲームで、最後に君と弥勒君が残った時のやりとりや。あのゲームん中で、羊谷君が8を3枚とか出しよったから、俺何となくもう1枚の8を誰が持ってるんか見てたんや。でもあの時点でその8は出てへんかったから、君と弥勒君のどっちかが持っとるんやと思た。で、もし麻倉君が持ってたんやったら、残り2枚で自分の番に来たわけやから、当然8を先に出して勝ってしまうに決まっとる。せやけど麻倉君は8やのうて7を出した。この時点で、8を持っとったんは麻倉君やのうて弥勒君やっちゅうことになる。実際麻倉君のもう1枚のカードも8やなかったしな。そして、弥勒君が8を持ってたんやったら、7を出されたら当然8で切って自分が勝つ筈や。せやけど、弥勒君はそうせんとパスした。あれは、よっぽど弥勒君が要領悪い奴か、そうやなかったら、わざとビリになろうとしてるとしか考えられへん。そういうことやろ?」
「ああ。それでいかさまに気付いたオレは、ちょっと羊谷の鼻を明かそうと思って、さっき弥勒が部屋から出た時に頼んだんだよ。オレに2と3と4と1枚ずつ、8を4枚配るようにな。それと、麻倉にジョーカーを渡せと」
「そっか、僕と篁君とでカードを1枚ずつ交換しなきゃいけないから、篁君の3と僕のジョーカーが当然入れ替わって、さっきみたいに勝つことが出来たってことっスね」
「さてと」祥一郎は、時哉に微笑みかけて言う。「何か言うことはあるか?羊谷」
「…いいや」自嘲気味に言う時哉。「流石は篁さねー。俺がちょっと場を盛り上げたろーと思って用意したトリックも、簡単に見抜いちまうんだからさ」
「バーカ、バレバレだっつの」
一同を、どっと笑いが包んだ。

と、その時、玄関のドアが音を立てた。程なく、部屋のドアが鳴る。
「おや、君達来てたのか」現れたのは、時哉の父、惣史の姿だった。
「あ、オヤジ。おかえり」
「お邪魔してますー」千尋が軽く会釈する。
「ああ…そうだ、時哉」
「んー?何さ?」妙に真面目そうな表情の惣史に、時哉は不真面目そうに答える。
「あとで、時間あるか?…ちょっと、話したいことが、あるんだ…」
「…先天性無精子症…」
「え?」ぽつりと零した時哉の言葉に、惣史をはじめその場に居た全員がきょとんとした。
「…そのことだったら、わりぃけど、もう知ってるさ」
「え、な、何だよ、その先天性なんとかって…」弥勒が戸惑いの声を上げる。
「先天性無精子症。文字通り、生まれつき精子が生成されへん体っちゅうことや」烈馬が言う。「精子がでけへんから、当然…子どももでけへん」
「えっ…」と湊。「それじゃあ、もしかして…」
「ああ…本当は、16歳になったのを期に、時哉にだけ伝えようと思っていたんだが…」躊躇いがちに言葉を紡ぐ惣史。「お前は、俺たちの子どもではないんだ」
「…莫迦さね、子どもってのは、大人が思うより“感度”が高ぇんさ。今俺が、オヤジが話そうとしたことを見抜いたみたいにな」時哉は、テーブルの上に散らばったトランプを集めながら言う。「オヤジもおふくろも、すごく優しかったけど…優しすぎさ。他の家と“何か”が違うって、ガキの頃から何となく感づいてたさ。で、いつだったか、こっそりオヤジの定期健康診断の結果を盗み見て、先天性無精子症だと知ったんさ」
「……」何の言葉も出さず時哉を見続ける惣史。
「俺が暗がりダメなのから考えて、もしかして俺はどっかに捨てられてたのを拾われて来たんじゃないかって、ずっと思ってた」笑みを浮かべつつも、時哉は少しずつうつむいてゆく。「…それでも、オヤジもおふくろも優しくて、とてもそうかどうかなんて訊けなかった。俺の思い違いかも知れないし、ずっと心の底に秘めとくつもりだった…それなのに」
惣史は、時哉の手元のトランプに水滴が落ちるのを見た。
「…なーんで、言っちゃうかなあ…。もう、知らないフリとか、出来ねぇじゃん…」
「…悪いな…」惣史は、おもむろに口を開く。「だが…これは、あいつの…可南子の願いだったんだよ」
「え…?」顔を上げる時哉。その瞳は、濡れていた。「おふくろ、の…?」
「ああ…“いつまでも隠しておきたいけど、そんなわけにもいかないものね。あの子がわかってくれるくらいの歳…うん、16くらいかな、それくらいになったら、私たちの口から話してあげましょ。あの子を疵付けることになるかも知れないけど…でも、それがあの子のためになる筈だから。”それが、可南子の想いだったんだ」
「…勝手だよ、そんなの」呟くように言う時哉。
「ああ、こんなのは俺達の勝手だとは思う。でも…それが俺達“親”ってものだからな。だから…」
「分かってる。分かってたさ。けど」時哉は、眼を押さえて言う。「…やっぱり今はショックだから、泣かせてよ、今だけ…すぐに笑うから…すぐまた、オヤジ達の“子ども”になるからさ…」
「ああ…やっぱりお前は、まだまだ俺と可南子の“子ども”だ」
惣史は小さく笑って、時哉の肩を抱いた。こんなに子どもみたいに泣きじゃくる時哉の姿を見るのは、知之たちにとっても初めてだった。

「羊谷君、ずっとお父さんのことを“オヤジ”って呼んでたっスね」
帰り道。何となく静かな雰囲気が漂っていた。
「そうだね…うん、多分あの二人なら大丈夫だよ。きっともう、何があっても“親子”で居られるよね」と千尋。
「明日、また羊谷君ちに行ってみよか」烈馬は、オレンジ色の空を見上げて言った。
「ああ、そうだな…」祥一郎は、遠くを見て呟く。そして、知之の方を見る。「…お前も行くだろ、知之」
「えっ…」知之の思考回路は、一瞬固まった。少しのタイムラグを置いて、微笑む。「…はい!」
「あれ?祥一郎クンって知之クンのこと名前で呼んでたっけ?」つかさが首を傾げて言う。
「何となくだよ何となく」相変わらずつれない表情で躱す祥一郎。「んなこたどうだっていいだろ」
そんな祥一郎の姿を見て、知之は、小さく笑った。

次の日、時哉の部屋の机の上には、買ったばかりのピアッサーの空きケースがあった。
「…ありがと、おふくろ。でも、そろそろ俺、マザコンやめることにするさ。俺には、それでも受け容れてくれるような友達が居るから。ありがと、そんじゃ、またな」
時哉はそっと、知之から貰ったピアスを耳につけた。それは、鈍色に輝いた。


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おまけ
はい、いかがだったでしょうか、この急転直下なムードの変わりよう(笑)。
とりあえず前半の大富豪のくだりから行きましょうか。
このへんは正直、マンガ「スパイラル 〜推理の絆〜」を意識しました。
時哉のお誕生日話だなぁ→じゃあ時哉にバラすかぁ→でもそんだけじゃ何だし、ちょっとは推理っぽいとこも入れたいなぁ→じゃあ何か知性のぶつかり合いみたいなゲーム入れるかぁ→それってスパイラルっぽいなぁ、みたいな感じ。
弥勒っちがカードを自在に配れるのも、清隆さんみたいな感じだし。まぁ本家スパイラルよりは遙かに質が落ちますが(笑)。
なお、今回のタイトル・サブタイトルもそれにちなんで「スパイラル」のサブタイトルから持ってきました。
タイトルの「お別れの日にうたう歌」は第71〜72話(コミックス14〜15巻収録)から。時哉にとってある種「お別れ」なのかなぁ、と思って最初につけた仮タイトルなんですが、別に他に思いつかなかったのでそのまま決定となりました。仮タイトルはふだん最初のほうを書いてる段階でつけちゃうんですが(PCで保存する都合から)、そのまま決定になるのは最近では割と珍しいかも。
第1話「たったひとつの冴えたやり方」は第20話(コミックス5巻)。ちょうどこういう知的駆け引きを繰り広げてるところなのでいいかなぁと。第2話「幼年期の終わり」は第46話(コミックス10巻)。うまいこと前半・中盤・後半から1個ずつ選べてちょっと満足(笑)。
ちなみに本家ではタイトルを色んなところから持ってきているので、ここではいわゆる「孫引き」という形になっちゃうわけですね。「たったひとつの〜」はジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの、「幼年期の〜」はアーサー・C・クラークの小説のタイトルらしいです。「お別れの日に〜」の出典は不明。検索かけてもわかんないので、たぶんオリジナルでつけたタイトルなんじゃないでしょうか。

さてさて、続いて時哉っちと父さん母さんのくだり。誕生日に時哉にバラす、っていうのはホントに前々から決めていまして。
色んなパターンを考えました。全然知らなくて号泣とか、ふつうに笑い飛ばすとか。でも、キャラに任せて書いてたらこんな感じでおさまってしまいました。キャラの力ってすごい。うん。
でもまさかピアスを開けてしまうとは僕も思ってませんでした。お前が書いたんだろ、と思われるかもですが、自分でもびっくりしてるのですよ。まぁうまいこと「お別れの日に〜」というタイトルに悖らない感じになったからいいかな。
とか色々書いてると、祥一郎が知之を名前で呼んだことなんぞどうでもいい感じになってますね(笑)。まぁ新学期までに呼ばせたろーとは思ってたんですが、祥一郎のすることはよく分かりません。お前が書いたんだろと思われるかもですが(以下同文)。
なお惣史サンの「先天性無精子症」は、ちょうどこないだとある連ドラで使われてたそうですね。全然知らんかったけど。

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