inserted by FC2 system

Pinch Kicker

第1話 improbable casting
えぇっ?!ぼっ、僕が総体のサッカーに出るんっスかぁっ?!!」
人の居なくなった放課後の学校はとても静かである。その静寂を引き裂くような声は、校舎中に響いた。
「…そこまで驚くなよ、麻倉」その声の主の隣に居る、左足に包帯を巻いた青年が言う。
「だ、だって、んなこと有り得ないじゃないっスか…」麻倉と呼ばれた先程の大声の主は、目を大きく見開いて言う。「僕が高1で一二を争う運動音痴だなんてこと、同じ生徒会の浅倉先輩なら充分知ってるっスよね…?」
「ああ、まぁな…」浅倉と呼ばれた青年が言う。「でも、事情が事情でお前しか代役居ないんだよ」
「…どういうことっスかぁ…?」
「俺、見ての通り足怪我しちまったろ?この怪我じゃとても2週間後の総体には到底出れねぇんだ。でも、既に出場選手の一覧は提示しちゃったから、選手の変更はほぼ不可能」
「不可能なら、なんで僕が…?」
「まぁ聞け。ただな、その選手一覧は選手の名字だけをカタカナで書いてんだよ。てことは、"アサクラ"って名前の奴なら代役はOKってことになる」と浅倉。「で、幸か不幸か秀文の生徒で俺以外に"アサクラ"って名前の奴がお前一人だけ居たってわけだ」
「かなり不幸な話っスね…」と麻倉。「僕に浅倉先輩の代わりなんて務まらないっスよ…それに、生徒会の広報作ってる時に取材したから知ってるっスけど、1回戦の相手はあの県内最強って言われてる風祭商業っスよね?そんなの、僕が出たら足手まといになるだけじゃないっスか」
「まぁ心配すんなって。部員はみんな、初戦に風祭商とあたるって知ってからもうやる気ねぇし、負けても別にお前の所為なんかにゃしねぇからよ」と浅倉。
「…でもぉ…」
「キャプテンとコーチには話しつけてあるから」と浅倉。「明日の放課後、グランドに来てくれ。頼んだぜ」
そう言うと浅倉は、左足を引き摺りながら去っていった。
「ちょっ…」麻倉は独りになった。「…ホントに、どうしよう…」

「お、おいおい…それ、冗談だろ?」
麻倉家の食卓。麻倉 知之の双子の兄である篁 祥一郎が言う。
「冗談だったら、よかったんっスけどね…」鬱向き加減に言う知之。
次の瞬間、祥一郎の表情は堰を切ったように爆笑に溢れた。
「あははははは、マジかよおい…おっ、お前がサッカーで総体に出場だとぉ?ははは、サイコー、マジウケる」思わず席を立ち笑い転げる祥一郎。「ぎゃははは、ひぃ、腹痛ぇ…」
「…そこまで笑うことないじゃないっスかぁ…」さっきよりもっと鬱向き顔を真っ赤にして言う知之。「僕だって分かってるっスよ、そんなの絶対務まらないって」
「うーん…まぁ確かに」彼の母、汐里が言う。「あんた、小っちゃい頃から殆どのスポーツがダメだったもんねぇ…唯一得意なのはアレだけだし」
「ぜぇ、ぜぇ…ま、まぁ」やっと笑いが収まり席につく祥一郎。「どーせ人数の埋め合わせで、期待もされてねぇんだろ?何も案ずるこたぁねぇって」
「…そりゃそうなんっスけど…」
その時、テレビの中では生放送の人気ローカル番組が放送されていた。
「はい、それでは次は"ハナマルエイト"の人気コーナー、"神奈川美少年グラフィティ"です。」局アナが笑顔で言う。「私、重平かなが県内のカッコいい男性に会ってくるというこのコーナー、今日の美少年くんは風祭商業高校のサッカー部のエースです」
「え…?」知之は、流れ始めたVTRに思わず目が行った。
「今日は、風祭商業高校のサッカー部キャプテン、水野 成樹君です。こんにちは」VTRの中で、さっきの局アナがマイクを向けるのは、男の知之から見てもカッコいい背の高い青年であった。
「あ、こんにちは…」水野と呼ばれたその青年が言う。
「水野君は、この風祭商のサッカー部のエースとして人気ですけど、やっぱり毎日すごく練習してるんですか?」アナウンサーが言う。
「まぁ、そうですね…一日3時間は…」
「3時間もですか?すごいですねぇ…」画像はその練習風景に移る。水野が暗くなるまで同じ部員らしき人と練習している光景を、知之はじっくり見つめていた。

次の日の放課後。知之は、グランドに出ていた。
「はぁ…なんか気が重いなぁ…」深いため息をつく知之。「…サボっちゃおうかな」
その時、背後から声がした。「あれっ、麻倉じゃん」
「え?」知之は振り向くと、そこに彼の同級生である岩代が居るのを見た。「い、岩代君…」
「お前こんなとこで何やってんの?確かお前帰宅部だったよな」
「あ…ちょ、ちょっとサッカー部に用事があって…」
「あ、だったらそうと俺に言ってくれりゃいいのに」と岩代。「俺サッカー部だから、連れてってやるよ」
「へ?」知之は唖然としたまま岩代に引っ張られていった。

「堀江せんぱーい」岩代が3年生と思しき青年に声をかけた。
「あ、岩代」堀江と呼ばれた青年が言う。「部費のことなんだけど…」
「その話は後で聞きますから」と岩代。「コイツ、サッカー部に用があるって来たんですけど」
「え?」堀江は岩代が指さした知之を見て言う。「な、何の用?」
「あ、あの…僕…」なかなか自分が"アサクラ"とは言い難い知之。しかし背後から彼の迷いを反故にする声がした。
「あっ、麻倉。やっぱ来てくれたんだ」
「…げ」知之は恐る恐る振り向く。そこには左足を引き摺る浅倉 葉介の姿があった。
「浅倉、お前足怪我してんだから無理に来なくてもいいって…」堀江は浅倉の科白を思い出して言う。「…え?"アサクラ"?」
「…はい」鬱向き顔を真っ赤にして言う知之。
「え、てことは君が浅倉の代わり…?」
「えぇっ?!マジでっ?!」岩代は飛び上がって驚いていた。
最初に戻る続きを読む

inserted by FC2 system