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雪月花

第1話 White Wild World
「え?スキーさ?」
秀文高校の学生食堂で時哉が言う。
「うん、そうっス」と知之。「バイト先の小百合さんが山梨のスキー場のチケットをたくさんくれたんっスよ。丁度この期末テスト終わったら土日と連休だから、みんなで行こうかなって思ったんっス」
「へー、スキーなぁ…」祥一郎が言う。「かく言うおめぇはスキーなんて出来んのかよ」
「えへへへ、実は…」嬉しそうな顔の知之。「僕の母さん、スキー大好きだから小さい頃から僕も教わってたんっスよ。だからスキーだけは唯一出来るスポーツなんっス」
「へぇ…意外だな」祥一郎は、嘗(かつ)て汐里が"知之はスポーツはアレ以外ダメだもんねぇ"と言っていたのを思い出した(「Pinch Kicker」参照)。アレとはスキーのことなのだと、今わかった。
「俺も静岡住んでた頃は結構やったモンさ。俺も一緒に行くさ」
「俺も姉貴がスノボやっとったから、スノボやったらまぁまぁ出来るで」と烈馬。「まぁここ数年やってへんから、上手く出来るか分からへんけど」
「意外とみんなやってんだな…」祥一郎が言う。「…弥勒は?」
「えっ、お、オイラっ?!」何故かかなり驚いた表情の弥勒。
「どしたさ、そんなに慌てて…」怪訝そうな時哉。「聞いてなかったさ?スキーの話」
「あ、す、スキーねぇ…」
「あー、分かったで」笑って言う烈馬。「弥勒君、スキーなんてさっぱりでけへんのやろ」
「そっ、そんなことねぇよっ!」声が大きくなる弥勒。
「多分この話したら千尋やつかさちゃんも来るやろなぁ」と烈馬。「女の子の前で碌でもないカッコでけへんからなぁ」
「そんなんじゃねぇってんだよっ!!」思わずテーブルに手をつき、椅子から腰を上げる弥勒。「わあったよ、オイラも行きゃあいいんだろ?行ってやるよ、上等じゃねぇか」
「ふ、二人とも…」困り顔の知之をよそに、この冬が近い時期にも関わらず烈馬と弥勒の瞳の間では熱い火花が散っていた。

そして週末。
ゴーグルをつけた緑色のウェアの青年が奇麗なシュプールを描きながらゲレンデを降りてくる。そして少し寄ろめきながらも無事止まった。
「痛てて…」青年はゴーグルを取り、眼前に居る知り合いの女性達に顔を見せる。「少しミスっちゃったさ」
「でもなかなかカッコよかったよ時哉クン」その女性の片方、千尋が言う。
「そうさ?」笑って言う時哉。「他の奴らも次々降りてくるさ。あ、ほら」
3人の視界の先には、黄色のウェアをまとった長身の青年がスノーボードを巧みに操り自分達の方へやってくるのが見えた。
「あ、あれ烈馬クンじゃない?」もう一人の女性、つかさが言う。
「うん、そうみたいだけど…」千尋は訝(いぶか)しげな表情。「…なんか、止まりそうに見えない…」
千尋の予感どおり、彼は3人の方へ近づいているが、止まるどころか速度がどんどん上がっているように見える。
「わーっ、危ないーっっ!!」彼は叫ぶ。しかし、他の3人の方がよっぽど危ないというものだろう。
危機感を感じた3人は間一髪のところで、迫り来るスキーヤーからよけるのに成功した。
「ふぅ…大丈夫?つかさちゃん」と千尋。
「あたしは大丈夫だけど…」つかさは坂の下方を見ている。「あっちが…」
つかさの指差す方には、建物の壁に激突しばたんきゅ〜状態の烈馬の姿であった。

「…ったく、何んでよけんねん」
ボロボロになりながらも無事生還(?)した烈馬が言う。
「よけなきゃもっと被害拡大してたさ」と時哉。
「久々やったから止まり方分からんなっとったんや…」
「…もっと先に気付くでしょ、普通」呆れ顔で言うつかさ。「さてとっと、次は誰が来るの?」
「次は多分マクラだと思うさ…あ、ほら」
時哉の視線の先には、青いウェアの青年が居た。彼は、鮮やかなシュプールを描きながら、颯爽と彼らの前にやって来た。前2人と違い、しっかりと止まることが出来た。4人とも、予想外の彼のスキーの腕に思わず見蕩(みと)れていた。
「ふぅ」ゴーグルを外し、知之の顔が視えた。
「すっげぇさ、マクラ!」と時哉。「マクラがこんなにもスキー上手いとは思わなかったさ」
「ホントホント」千尋が言う。「誰かさんとは大違い」
「おい…」苦笑いをする烈馬。「ま、でもホンマ麻倉君すごいなぁ」
「うん、見直しちゃったよね」
「ほ、ホントっスか?!」つかさの一言で、あっという間に天に昇った様な心地に浸る知之。
その時、千尋が烈馬に耳打ちした。
「今回の作戦、大成功ってトコかな」
「せやな」と烈馬も小声で言う。「麻倉君の得意分野でつかさちゃんと一気に急接近させてまおっちゅう作戦、むっちゃ上手く行きそうやな」
「わざわざつかさちゃんにバイト休ませて来た甲斐あったね」
「湊ちゃんが受験勉強で来れんなったんは、逆によかったかも知れへんな」
「あ、次来たさ」と時哉。5人は滑り降りてくる赤いウェアの人物を視た。「あれは、弥勒さね」
取り分け上手、という訳ではないが大してミスもないという具合に滑り降り、5人の元にやって来てゴーグルを外した。
「ふーん、そこそこ出来るんやな」面白くない、という感じの表情の烈馬。
「悪かったな、そこそこで」弥勒は少し咳払いをして言う。「風邪気味なんだから仕方ねぇだろ」
「バカでも風邪は引くんやなぁ」いつも通り嫌味を吐く烈馬。
「…るせぇよ」
「え?」烈馬は、いつもならムキになって言い返してくる筈の弥勒の反応が薄かったことに驚いた。
「オイラ、もう1回滑ってくる」そう言うと弥勒は、リフトの方へ歩いていった。
「…どうしたんっスかね、弥勒君」知之が言う。
「さあ…風邪で体調優れないんじゃないさ?」
「…おい」
「え?」一同が振り向くと、黒いウェアを着た祥一郎が滑り終わって其処に立っていた。「あ…お前も居たんだったさね」

午後4時。
「だいぶ陽も落ちてきたっスねぇ…」
「山やからなぁ。風も強うなって来たし…」と烈馬。「俺、もうそろそろホテルに戻ろうと思うんやけど」
「オレはあと一滑りしようと思ってんだけど…」と祥一郎。「弥勒、お前一緒に滑らねえ?」
「…ああ、じゃあ」と弥勒。「他の奴らはどうすんだ?」
「僕もう疲れちゃったっスよ」と知之。他の3人も同じ様な表情だ。
「んじゃ、オレ達後で行くから」祥一郎と弥勒はリフトの方へ向かった。
「じゃ俺達はホテルに戻ろっか」と時哉。「此処のお風呂って露天風呂あるらしいさ」
「えー、そうなんだぁ」千尋が言う。「烈馬、覗かないでよね」
「阿呆、誰が覗くかい」
その横で知之が少し顔を朱らめていたのは誰も気付かなかった。(笑)

リフトを降りた二人は、かなり風が強くなっていて、視界の状態が芳(かんば)しくないのを視た。
「…ちょっとやべぇかもな」と祥一郎。「ま、多分いけるだろ」
「お、おい、行くのかよ」弥勒が言う。
「行かねぇの?」
「だって、こんなに風強ぇし…」
「心配すんなって、そう簡単に遭難なんてしねぇよ」
そして二人は、ゲレンデを下り始めた。

午後5時半。
「…いっくら何んでも遅すぎるやろ」ホテルのロビーで烈馬が言う。
「そうっスねぇ…」と知之。「かなり吹雪いてきたから、遭難とかしてるのかも知れないっスよ…?」
「ねぇ、今ホテルの人を通じてスキー場に確認取ったんだけど」とつかさ。「あの二人、やっぱり戻って来てないみたいよ」
「とりあえずスキー場の人に探してもらうお願いはしたんだけど…」千尋が言う。
「…僕、探してくるっス」立ち上がる知之。
「そんな、危険だよ」とつかさ。
「で、でも…」と知之。祥一郎は彼の実の兄なのである。「…心配なんっスよ」
「それは分かるさ、マクラ」時哉が言う。「だけど、もしお前まで行方不明になったら、篁や弥勒は悲しむさ。それにまだ遭難したって決まったワケじゃないしさ。もしかしたらそのうちひょっこり顔出すかもしれねぇさ」
「そうだよ知之クン」と千尋。「心配なのは、わたし達も一緒なんだし」
「…そう、っスね」もう一度腰を下ろす知之。
「…まったく」と烈馬。「弥勒君、千尋にこない心配かけさしよってからに」

「な、なぁ篁…」
「あんだよ」
「これって、遭難って言うんじゃねぇのか…?」
「うっせぇな、ぐだぐだ言うんならおめぇ一人其処に居ろよ!」
「無茶言うなよ、此処を何処だと思ってんだよ」
「んなこと知るか、俺だって森ん中としか分かんねぇよ」
そう、祥一郎と弥勒は今、草木の生い茂る冬の森の中を彷徨(さまよ)っているのである。いつの間にかスキー場のゲレンデから外れ、こんな山奥に入り込んでしまったのであった。
「…オイラ達、こんなトコで死んじまうのかな」
「気にすんな、おめぇは多分殺しても死ななそうだから」
弥勒は暫く黙って何かを考えた後、口を開いた。
「あ、あのさ…わた」
「あっ!」弥勒の言葉を遮るように祥一郎が言う。
「…え?」
「ほらあれ見ろよ、民家の灯りだぜ」
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おまけ
知之がスキー出来るって設定は実は結構早い段階からありました。誰にでも何んか一つ取り柄があるもんです(笑)。
烈馬とかもスキー出来そうだけど、今回はあえてこんな風に(笑)。
ちなみに千尋とつかさも一応滑ってはいたのですよ。湊ちゃんは中3だから流石にこんなトコ来てたらヤバイかなと思い今回はお休み。

スキー場滑ってて遭難なんてするのかどうか分かりませんが(汗)、その方が面白いのでいいのです。(爆)

さて、実は既に伏線が1つ張ってあったりします。…って此処のは気付き易いですかね。

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