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雪月花

第2話 Relief of Heart
「すみませーん」
山道の中でようやく見つけたコテージのインターフォンを早速押す祥一郎。
暫く経ってドアが開いた。中から、20代程の若い男性と、彼より少し年上に見える長髪の女性が出てきた。
「あ、えーっと…君達は?」男性が言う。
「すみません、ちょっと道に迷ってしまって…少し休ませてもらっていいですか?」
「え?道に迷ったって…この山道をこの吹雪の中で?!」女性の方が言う。
「は、はい…」
「それは大変だったでしょう?ほら、上がって上がって」とその女性は言う。「先生もきっと快く受け入れてくれるわ」
「せ、先生…?」

「いやー…こんなトコで坂野先生に会えるなんてびっくりですよ」
先程の女性に淹れてもらったコーヒーを飲みながら言う祥一郎。
「いやいや。こちらこそ私の事を知っている人に会えるとは」ソファーに座った白い髭を生やした男性が言う。
「な、なぁ篁、このヒト誰なんだ…?」耳打ちする弥勒。
「ああ、このヒトは有名な脚本家で、坂野 昭如先生だよ」祥一郎が言う。「ほら、おめぇも見たことあるだろ、"灰色の夢"とか"スピカ"とか」
「あー、あの七瀬 睦美(ななせ・むつみ)が出てたヤツ…」と弥勒。「そんなスゴいヒトんトコに来ちまったのか、オイラ達」
「いやいや、照れるじゃないか」と坂野。「そう言えば君たち、名前は何というのかね」
「名前、ですか…?」弥勒は訝しげな顔をし、祥一郎の方を見てから言う。「弥勒…秀俊ですけど」
「弥勒?弥勒って、弥生の"弥"に革偏(かわへん)に力の"勒"という字かね?」
「は、はい…」
「そうかそうか」急に嬉しそうな顔になる坂野。「それじゃあ、君は?」
「あ、オレは篁 祥一郎っていいます」
「篁 祥一郎、か…」先程までの笑顔が少し曇る。「…流石に、そんなに上手くは行かないか」
「は?」訳が分からないという表情の祥一郎。
「あ、いや、気にしないでくれ」元の表情に戻る坂野。「ところで、君たちはこの後どうするつもりかね」
「え?えーっと…」と弥勒。「とりあえずホテルに連絡入れて、吹雪が止んだらホテルに戻ろうかなって…」
「それは難しいかも知れないわよ?」
「え?」先程祥一郎と弥勒を迎え入れた女性が言う。「どういうことですか?えーっと…」
「あ、私は坂野先生の秘書の長谷 美佳子よ」彼らが飲み干したコーヒーカップを下げながら言う。「難しいかもっていうのは、さっき先刻天気予報で言ってたんだけど、山梨県一体は明日の昼頃までは吹雪が続くみたいだからよ」
「そ、そうなんですか?」弥勒が言う。「それじゃあ、どうしようかな…」
「じゃあ今日は此処に泊まっていけばいいよ」先程出迎えた男性が言う。「いいですよね、坂野先生」
「ああ、勿論だとも」坂野が言う。「確か大葉君の隣の部屋が空いていただろう、其処に案内してあげなさい」
「あ、ありがとうございます」二人は丁寧に頭を下げた。

「へぇー…それじゃあ大葉さんは、坂野先生の弟子ってことですか」
先程の男性――大葉 純に部屋まで案内してもらっている途中、祥一郎が言う。
「まぁそんなトコになるかな」笑って言う大葉。「坂野先生の手掛けたドラマ――先生のデビュー作の"Moon"ってドラマなんだけど――に憧れて、3年前に無理言って付き人をさせてもらってるんだ。時々僕が書いたのを坂野先生に見てもらったりして。でも全然ダメだって言われるんですけどね。あ、此処が君達の部屋だよ」
「うわ、結構広い部屋じゃないですか」と祥一郎。
「たまたま此処が空いてたんだよ。丁度ベッドも2つあるしね」大葉が言う。
「そう言えば…」と弥勒。「此処には坂野さんと長谷さんと大葉さん以外に誰か泊まってるんですか?」
「ああ、この向かいの部屋に東城(とうじょう)テレビの水谷プロデューサーが居て、その隣には女優の神山 文香さんが居るんだ。今日はドラマの制作決定のお祝いを兼ねて、この坂野先生の別荘に遊びに来たってワケ。まぁ、この吹雪だからスキーも出来なくなっちゃったんだけどね」
「神山 文香って、今度坂野先生が手掛けるドラマの主演をやってる若手の女優でしたっけ?」祥一郎が言う。
「よく知ってるね」と大葉。「いつも坂野先生は主演を七瀬さんにするのに、今回は突然神山さんに変えたんだよ。余り有名なヒトじゃなかったけど、今回のことでかなり話題を呼んだみたい。僕も正直それまで知らなかったしね」
「ふーん…」弥勒が言う。「あれ?坂野さんと長谷さんは何処に泊まってるんですか?」
「2人とも1階だよ。此処は2年前に先生が建てた別荘なんだけど、先生は何かあった時に長谷さんに託(ことづ)けられる様にって長谷さんの部屋を隣にしたんだ」
「へぇー…」と祥一郎。「あ、そうだ、ホテルに電話しとかないと…麻倉達(アイツら)今頃心配しきってやつれてっかもしれねぇし」
「そ、そうだな…」弥勒が言う。
「あ、じゃあ電話は1階の階段脇にあるんだ。案内するよ」

階段を降りていると、3人の耳に男の大きな声が聞こえた。
「全く分からん奴だなお前も!だから何度も言ってんだろが」
3人は何事かと思い階段から下を見下ろすと、電話口に一人の男性が立っているのを見た。
「大葉さん、あのヤニ臭いヒトは…?」祥一郎が尋ねる。
「さっき言った、東城テレビの水谷 貴之プロデューサーだよ。また部下のヒトを怒鳴りつけてるみたいだ」
「テレビのプロデューサーっていうのは、怖いモンなんだな…」弥勒が呟く。
「まぁみんながみんなああじゃないけどね。あ、電話終わったみたいだよ」
厳(いか)めしい表情で水谷が去っていくのを見送った3人は、電話口に向かった。

「はいもしもし…麻倉様、ですか?」
「え?」ホテルのフロントが受話器の向こうの相手に言った言葉に、知之は反応した。
「えーっと…ただいま麻倉様は部屋にいらっしゃらない様ですが…」
「あっ、麻倉は僕っス!」大声で言い、フロントに向かう知之。 フロントは、電話の相手に少し言った後、知之に受話器を渡した。「篁様とおっしゃる方からです」
「…え?」知之は受話器を受け取り、少し躊躇いがちに言う。「もしもし…」
「おー、麻倉」受話器の向こうから聞こえたのは、紛れもなく祥一郎の声であった。「やつれてねぇだろーな」
「に、兄さん…」知之の涙腺は一気に緩んだ。そして次の瞬間、溜め込んでいたモノが一気に爆発した。「…今まで何やってたんっスか!」
「……麻倉君?」少し離れたロビーに居た烈馬達にも、その叫びは聴こえた。
「…痛ってぇ」電話の向こうの祥一郎は、耳が少々キンキン来ていた。「…其処まで怒鳴るこたぁねぇだろ」
「…だって、だってぇ…」知之の声は先程より小さくなったが、その代わり涙腺は緩みっぱ、洟(はなみず)は溢れっぱで顔はくしゃくしゃになっていた。「心配…したんっスよぉ…僕も、みんなも…」
「…ったく」溜め息をつく祥一郎。「オレも弥勒も、大丈夫だから、心配すんな」
「う、うん…」啜(すす)り声雑じりの知之。「今、何処に居るんっスか…?」
「ああ、ちっと遭難しちまったんだけどよ」
「遭難っっ?!!」再び知之の声のヴォリュームが最大になる。祥一郎の横に居た弥勒や大葉にもその声は届いた。
「…てめ、オレの耳可笑しくしてぇのか…?」祥一郎に300のダメージ(笑)。「…他人様(ヒトさま)の話は最後まで聞け」
祥一郎は、未だギンギン鳴る聴覚を庇(かば)いながら、相手が誤解し三度(みたび)大声を出さない様に出来るだけ詳しく自分達の状況を説明した。
「あ、そういうワケなんっスね…」ようやく落ち着いたらしい知之。「よかったっス、兄さん達が無事で」
「明日には吹雪止むと思うから、その後大葉さんにそっちまで連れてってもらうから」と祥一郎。「あ、そうだ弥勒、おめぇも何か言っとけよ」
「え…」ちょっと驚いた表情の弥勒。「い、いや、オイラはいいよ…」
「千尋とか矢吹とかに何か託けしてもらっとけって、ほら」知之は、受話器の向こうで受話器の受け渡しが行なわれたのを聞いた。
「も、もしもし、麻倉…?」少し震えながら言う弥勒。
「弥勒君、無事っスか?」と知之。「何んか声がいつもと違うっぽく聴こえるっスけど」
「オイラは元々風邪引いてたんだって…」弥勒は少し咳払いをして言う。「と、とりあえず、他の奴らにも"大丈夫だ"って伝えといてくれ…」
「それだけっスか?千尋さんとか矢吹君とか結構心配してるっぽかったっスよ」
「…そう」意味深な間合いを置いて言う弥勒。「篁に、代わるよ」
「……?」知之は電話口だけど首を傾(かし)げていた。

「今の電話、篁からだったさ?」
ロビーに戻ってきた知之に、時哉が言う。
「よ、よく分かったっスねぇ…」驚く知之。
「知之クンの反応聴けば誰でも分かるって…」呆れ顔のつかさ。「あんだけ大っきな声で話してたんだもん」
「き、聴こえたんっスか…?」少し顔を朱らめる知之。
「で?篁君は何て言うてたんや?」と烈馬。
「あ、今何とかって脚本家さんの別荘に入れてもらってて、今日は吹雪が止みそうにないから泊まらせてもらうみたいっスよ。で、明日吹雪が止んだら此処に連れてきてもらうそうっス」
「ふーん…とりあえずは無事なんだね」と千尋。「スキー場の人に連絡してくるよ」
「で…」席を立っていった千尋の背中を見ながら烈馬が言う。「弥勒君は何か言うてへんかったん?」
「うーん…調子悪かったのかも知れないっスけど、一言"大丈夫だ"って伝えてくれってだけしか…」
「なんかアイツらしくねぇさ」と時哉。「風邪だったからだけかも知んねぇけどさ」

「はい、はい…そうです」千尋はフロントで、スキー場に電話を掛けていた(スキー場の連絡先を携帯に入れてなかったので)。「お手数おかけしました。はい」
千尋は受話器を置きフロントに礼を言うと、尿意を催したのでトイレの方に向かった。
「…ん」その途中、彼女の視界に、何処かで見覚えのある長い髪が映った。「…え?」
千尋はその方を見た。其処には、彼女にとって見覚えのあるどころではない人物が立っていた。「あ、あなたは…」

電話し終えた二人は、夕食が出来るまで自分達の部屋で休むことにした。
「あー…」未だ少し耳に残響がある祥一郎は、崩れ込む様にベッドに仰向けになった。「…なんか色んな意味でどっと疲れた感じだぜ」
「…そだな」ベッドに腰掛けている弥勒。
「……ん」祥一郎は、弥勒の様子が気になったらしく、その姿をぢっと見ていた。
「……」弥勒は、祥一郎の視線に気付いて言う。「な、何んだよ…」
「…おめぇ、気付かなかったケド少し背ぇ伸びたんじゃねぇか?」
「そ、そんなコトねぇって…」笑顔が少し引き攣(つ)っている弥勒。「そ、そうだ、テレビで天気予報とかやってねぇかな」
「…天気予報ねぇ」祥一郎は躰(からだ)を起こし、リモコンでテレビの電源を入れる。「…あ、やってるぜ」
弥勒は少し安堵した表情で、テレビの画面を見る。「…長谷さんの言った通りだ、今晩はずっと吹雪くみてぇだな」
「まぁ、アイツらには連絡したんだし、今日は此処でゆーっくりしてよーぜ」再び仰向けになる祥一郎。
弥勒は、しばらく窓の外を眺めていた。そして、しばらく祥一郎が何も発言していないコトに気付き彼の方を見ると、彼がすっかり夢の世界に憑(と)り込まれているのを見た。
「……」弥勒は少し口許に笑みを浮かべると、彼の躰に毛布をかけてやった。「…ゴメンなさい」
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おまけ
伏線張りすぎて訳わかんないかも知れないですが(爆)、少し我慢して読んでってください^^;
事件の伏線も、"あるコト"の伏線もいっぱいあります(笑)。

電話のシーンで「祥一郎に300のダメージ」とありますが、これ元々「3000のダメージ」って書いてたんですよ。そしたらゲームに詳しい虹星らに「これは大きすぎる」と言われたので300に訂正したのでした(笑)。
あと「やつれる」(2箇所あります)は元々漢字で書いてたんですが、IEで表示されなかったのでひらがなに直しました^^;

千尋が出会った人物とは…?とか含みを残しつつ次に続くです(笑)。

 
キャラ名由来シリーズ。(爆)
「坂野 昭如」…脚本家の「野坂 昭如」氏から。
「水谷 貴之」…俳優の「水谷 豊」氏から。
「長谷 美佳子」…歌手の「長谷 実果」さんから。
「神山 文香」…歌手の「神山 さやか」さんから。
「大葉 純」…特に由来なし(爆)。
「七瀬 睦美」…女優の「七瀬 なつみ」さんから。

ま、大葉の名前の理由はおいおいわかりますので。

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