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雪月花

第5話 Bloody Fullmoon
「こ、この中に居る別の誰か…?」一同は、互いの顔を見合わせる。
「ああ…」と祥一郎。
「で、でも…」と神山。「他に"ジュン"って名前のヒトなんて居ませんよ…?」
「先刻も言ったけど、"ジュン"って言葉を残したかったならアルファベットにする必要はないんだぜ」祥一郎は電話の横に置いてあったメモ帳とペンを取り出して言う。「…ヒントは2つある」
「な、何んだよ、そのヒントってのは」と水谷。
「1つは、ドラマの主役が七瀬 睦美さんから神山 文香さんに代わったコト。2つは、オレ達が此処に来た時、坂野先生に自己紹介をした時だ」
「…よ、よく分からないんだけど」長谷が首を傾げながら言う。
「長谷さんと大葉さんはその場に居たから覚えてると思いますケド…」と弥勒。「坂野先生、オイラの名前を聞いた時は喜んで、篁の名前を聞いた時は何んかがっかりした表情で、"流石に、そんなに上手くは行かないか"って言ってたんです」
「あー、そう言えばそんなコト言ってた様な…」長谷が言う。「確かに、よく分からない表現ね」
「それで…それがいったいどういう…?」と大葉。
「つまり」祥一郎はメモ帳にそれぞれの名前を書きながら言う。「"弥勒 秀俊"はいいが"篁 祥一郎"ではダメ…"七瀬 睦美"よりも"神山 文香"の方が都合がいい…そして"坂野 昭如"、"長谷 美佳子"、"大葉 純"、"水谷 貴之"…」
「…これが、何だって…?」訝しげな表情の水谷。
「じゃあもう一つヒント。坂野先生のデビュー作の名前は"Moon"だった――」
「"Moon"…月?」と神山。「…あっ、もしかして、古い月の呼び名?!」
「…え?」他の3人はよく分からないという表情である。月
「つまり…」神山は、メモ帳に書かれた名前に書き足して言う。「…こういうことですよ」(右図参照)
「なるほど…」と大葉。「つまり、古い月の呼び名に使われる漢字が、僕らの名前に含まれてたってコトですか…」
「そういうこと」祥一郎が言う。「弥勒の名前には"弥生"の"弥"が入っているがオレの名前には入っていない…七瀬さんにも"睦月"の"睦"はあるが、"神無月"の"神"と"文月"の"文"の2つの字が入ってる神山さんの名前を何処かで知った坂野先生は、神山さんの名前の方を気に入ってドラマの主役に抜擢したってコトです」
「なるほどねぇ…」と長谷。「でも、これとあのメッセージと何の関係が…?」
「じゃあ、月の表現の仕方は、これ以外に何がありますか?」祥一郎が尋ねる。
「え?他にって…」長谷は思い出しながら言う。「1月2月っていうのと…あとは英語の…あっ!!」
「そう」祥一郎はリビングにかかったカレンダーを持って言う。「よくカレンダーには、英語の月の呼び名をこうやって頭文字のアルファベット3文字を用いて書いてることがありますよね。今は12月だからDecemberのDECが書いてある…」
「そ、それじゃあ…」神山が言う。「あのメッセージは…」
「そう、1月から12月の中で、頭文字が"JUN"である月はたった一つ。それは…」祥一郎はカレンダーを幾つかめくって言う。「JuneのJUNだ。日本語では6月…旧暦だと?」
無月…」誰かが呟いた。その瞬間、一同の視線はある人物に集中した。
「…つまり坂野先生が死に際に残した名前は大葉さんではなく、"水無月"の"水"を名前に持つ人物、つまり水谷さん、アンタのことだよ」
「……!!」水谷は言葉を失くして鬱向いた。
「坂野先生を殺した犯人はアンタだよな、水谷さん」
「…けっ、そんなコトが証拠になるかよ」水谷は冷汗を少しかきながら言う。「もしかしたら、本当に大葉の兄ちゃんが犯人かも知れねぇだろ」
「証拠なら、他にあるぜ」と祥一郎。「アンタの胸ポケットの中にな」
「…?!」動揺する水谷。
「昨日の夕方はヤニ臭さを漂わす程煙草を吸ってたアンタなのに、今朝になって一本も吸ってない。弥勒が言うには、アンタ今朝、ポケットから煙草を出そうとして已めたそうだな」
「そ、それは…」
「犯人じゃないって言うんなら、その胸ポケットの中の煙草を出してみてくれよ」
「……」水谷はしばらく躊躇った後、何も言わずに胸ポケットから煙草の箱を取り出した。その箱は、少し紅く染まっていた。
「こ、これってまさか…」神山が驚いて言う。
「ああ、血痕だよ」と祥一郎。「恐らく坂野先生を殺した時もシャツのポケットに入れてたんだろう。返り血を浴びたシャツは処分したが、煙草にまで血痕がついてるなんて思いもしなかったアンタはそいつを新しいシャツの胸ポケットに入れちまったんだ。DNA鑑定でもすれば、それが誰の血かは分かる筈だぜ」
「…まさか、こんなのに血がついてたなんてな」頭を垂らす水谷。敗北の意味であることは、その場の全員が分かった。「…いつから、俺が犯人だと思った?」
「長谷さんの悲鳴が聴こえた時、アンタは"坂野に何かあったのか?"って言ったそうだな」祥一郎が言う。「聴こえたのは長谷さんの悲鳴だから、その場で坂野先生だけを気にかける表現は可笑しい。つまりあの時点でアンタは知ってたんだ、坂野先生に何かあったってコトをね」
「…そんなコト言ってたんだな、無意識の内に出たんだろう」
「で、でも…」と大葉。「なんで水谷プロデューサーが坂野先生を…?」
「坂野はな、由希子(ゆきこ)を殺したんだよ」
「由希子って、3年前に亡くなった水谷さんの奥さん…?」長谷が言う。「でも由希子さんは事故で亡くなったんじゃ…」
「ああ…坂野は由希子に何度も関係を迫って、遂には無理矢理自分の蒲団に丸め込んだんだ。由希子はそれを俺に言うことも出来ず、悩んだ挙句遺書を残して、車に飛び込んで死んだんだ…遺書にはその時のことが反吐(へど)が出るくらいにはっきりと書いてあって、最後に"ごめんなさい、貴之さん"って書いてあったんだ」
一同は何も言わず水谷の話を聞いていた。
「本当かどうか坂野に問い正したら、ヤツはあっさりとこう言ったよ、"あれくらいで死んじまう女なんて仕様もない、今度はもっとタフな女にしろ"ってな…」水谷の瞳には薄らと涙が映っていた。「だから、俺は…坂野を…」
水谷は床に蹲(うずくま)り、もう何も言わなかった。
「…吹雪、止んだわね」長谷は窓の外を見て言った。

その後、山梨県警がコテージに駆けつけ、水谷 貴之はその場で逮捕された。
そして祥一郎と弥勒は約束通り、大葉の車でホテルまで送ってもらっていた。
「本当にありがとう」大葉が運転しながら言う。「もう少しで、坂野先生を殺したことになっちゃうところだったよ」
「…大葉さんは…」弥勒が躊躇いがちに言う。「大葉さんは坂野先生を殺そうと思ったことはあったんですか?脚本取られたことで…」
「うーん…確かにそれは口惜しいけど、でもあのヒトは僕の中で憧れのヒトだったからね」
「ふーん…」と祥一郎。「あ、此処です、このホテル」

ホテルの前に停まった大葉の車から降りた祥一郎と弥勒は、ホテルの入口で知之達が自分達を待っているのを知った。
「あっ、に…篁君!」知之が2人に駆け寄る。他の5人も後に続く。
「悪い悪い、心配かけたな」と祥一郎。
「ホンマ、みんな心配したんやで」烈馬が言う。「なぁ弥勒君」
「…あ、ああ」烈馬の後ろに居た弥勒が小さな声で言う。
「ホントに悪かった…って、え?」祥一郎は、自分の瞳を疑った。烈馬の後ろには弥勒。そして今自分の隣に居るのも弥勒…「あ、あれ…どうなってんだ、これ…?」
「あ、こ、これは…」
時哉が言いかけるが、祥一郎の隣に居る"弥勒"がその前に言った。
「…ごめんなさいっっ!!」
「…ふぇ?」祥一郎は、自分の横に居る"弥勒"が深々と礼をし、声も幾分高くなっていることに驚いた。「お、お前…?」
「本当に…」"弥勒"は長い髪を毟(むし)る様に取り、ハンカチで黒い顔を拭って叉言った。「本当に、ごめんなさいっっ!!」
「み、弥勒が…女に変身した…?!」
「あ、あのな、篁…」説明しようとする時哉だったが、彼は祥一郎のパニックが治るのをしばらく待たなければならなかった。

「弥勒の、妹ねぇ…」
ホテルの喫茶店に場所を移し、ようやく状況を飲み込んだ祥一郎が言う。
「そ。コイツは、オイラの妹の寿美(としみ)。今中2」秀俊が言う。
「で、なんでその妹が兄貴のフリなんかしてたんだ?」
「そ、それは…」口篭(くちご)もる秀俊。
「スキーが全然出来へんのを千尋に知られとうなかったからや」烈馬があっさり言う。
「や、矢吹…」焦る秀俊。
「ええやん、とっくに千尋含め篁君以外みんな知ってるんやから」と烈馬。「スキー出来へんのを知られたくなかったから、スキーが出来て声優志望で身長も少ししか変わらへん妹さんに自分のフリしてスキー滑ってもらったんやと。で、弥勒君は遅れてこっそりこのホテルに来とったんやけど、千尋に見つかってしもたっちゅうオチやねん」
「ホンット、このバカなお兄ちゃんのお陰で私、特別に編んだウィッグ(つけ髪)つけて、顔も黒く塗って丸一日過ごさなきゃいけなくなって、遭難した後もなかなか篁さんに言い出せなくてそのまま殺人事件にまで巻き込まれちゃったんですよ」改めて寿美を見ると、ショートカットで快活とした感じがして秀俊とは違う様に祥一郎には思えた。
「なるほどな…確かに何度か可笑しいなとは思ったんだ、背がちょっと伸びた様に見えたし、女物の服を貸してもらった時にちゃんと似合ってたし」
「あの時は大変だったんですよ、ノースリーブだから二の腕までしっかりと黒塗りしなきゃいけなくて…」と寿美。「あーあ、夕食1回おごってくれるなんて条件だけで引き受けるんじゃなかったよー」
「妹っていうのは何処の家庭も大変なんだねー…」千尋が言う。
「いや、多分こんなのは特殊だと思うよ、千尋」つかさがフォローする。
「ま、何はともあれ、無事に帰ってこれたんだからいいじゃないっスか」と知之。
「…でも今から帰らへんと明日の学校間に合わへんのやけどな」烈馬が呟いた。
「えっ、マジ?!」祥一郎は、更に驚いた。

次の週末、秀俊は寿美(となりゆきで祥一郎らにも)に多額の夕食をご馳走したのであった。
勿論、彼の財布の中はあっという間にすっからかんになってしまったのだった。
最初に戻る前を読むおまけ(伏線の説明)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
おまけ
はい、完結編です。細かい伏線の意味がこの辺でよーやくつながるわけですよ。ええ。
なお分かりづらい伏線も多々あったんで、おまけとして伏線を全部説明してます。そちらもぜひどうぞ。

水谷の妻の「由希子」の名前の由来は声優の「水谷 優子」さんから。

秀俊に妹が居るっていう設定は彼の初登場話「ライヴァル」から既にありますが(文中に名前まで出てるんですよ)、実はこういうコトだったんですねぇ。ぷち伏線でした(笑)。
ちなみに寿美が声優志望であるってのは、秀俊の声を真似出来たっていう意味です。

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