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Good-bye Summer Vacation


「悪ぃ、お願いだから、宿題手伝ってくれ!!」
「ダメったらダメっスよ!こーゆーのは自分でやんなきゃ意味ないんっスから」
ここは知之の部屋。勉強机の隣に置かれた椅子に腰掛ける知之と、カーペットの布かれた床に土下座する祥一郎。
「んなこと言ったってよぉ、あと2日しかねぇのに全部終わるわけねぇだろぉ?」
「あと2日になるまで溜めとく方が悪いんっスよ…」呆れ顔の知之。「僕はもう終わったっスよ」
「オメーが終わってるだろうから頼んでんじゃねぇかよ」と祥一郎。「ほら、オレ達兄弟だろ?」
「んな時だけ兄さん面しないでくださいっス…」
「わぁったよ、1つだけでいいからよ、1つだけなら手伝ってくれるだろ?ほら、この通りだ」再び土下座する祥一郎。
「…まぁ、1つくらいならいいっスけど…」渋々了承する知之。
「マジ?!あーよかった…それなら何とか間に合うかもしんねぇ」ホッとした表情の祥一郎。
「…で?どの宿題やればいいんっスか?」
「えーっと、美術」
「……えぇっ?!

「…ったく、どーして僕が兄さんの分まで美術の宿題しなくちゃいけないんっスか…」
夏休み最後の8月31日の金曜日、電車で30分かけて、遙々海水浴場に来た知之は、余り人が居ない辺りに腰掛けて、画板に広げた画用紙にデッサンをしていた。
「だってよ、他の宿題は答え写したりすりゃ何とかなるけど、美術だけはどうにもなんないだろ?」祥一郎の言葉が思い起こされる。「あ、オメー静物画だったんだろ?だったらどっか海にでも行って風景画描いて来てくれよ。似たデザインじゃバレちまうだろ?」
全く自分勝手なんっスから…とブツブツ言いながら、知之は鉛筆を走らせ海水浴場の風景を描いている。
と、その時。
「あれ?麻倉君?」
知之はびっくりして振り向いた。そこには、海水パンツ姿の烈馬と、ビキニ姿の千尋が居た。
「やっ、矢吹君と千尋さん…」
「こんなトコで知之クンに会うなんて偶然だねー」と千尋。「絵、描いてんの?」
「あ、う、うん、ちょっと…」どぎまぎする知之。
「なんや、麻倉君、美術の宿題まだやったんか?」と烈馬。「俺は宿題終わったから千尋とここに泳ぎに来たんやけど…」
「あ、あの…」まさかホントの事なんて言えるわけない。知之と祥一郎が兄弟だなんてことは2人は知らないからだ。「あ、もうちゃんと描いてあるんっスけど、ちょっと納得いかなかったからもう1枚描いてみることにしたんっスよ」
「へぇ…随分凝ってるんやな、麻倉君も」関心げな烈馬。「俺はテキトーにテーブルの上に花瓶置いて描いただけやで」
「まったく烈馬ったら…」笑い合う烈馬と千尋。「あ、それじゃあわたし達そろそろ泳ぎに行ってくるね」
「ほんならなー」そう言って烈馬と千尋は去っていった。
「…ふぅ」どっと疲れた気分で、知之は再び鉛筆を走らせ始めた。

朝10時頃乗った電車と反対向きの電車に、知之が乗ったのは陽も傾き始めた頃だった。
「はぁ…なんとか描き上げたっス…」座席に凭れ、他の誰が見ても疲労困憊な表情の知之。本当は知之は、車輌と車輌の連結部に立っているのがスゴク好きだが、今はそんな余裕はない。少しでも休みたいのだ。
その時。
「あれ?知之くん?」
「…ふぇ?」知之は背凭れに乗せた頭を起こし、声の主を見上げた。「…つっ、つかささんっ?!」
「なーんかムッチャクチャ疲れてるみたいだねぇ…何かあったの?」
「え?う、ううん、そんなことないっスよ」してみせる作り笑いも引き攣っている。ホントはムチャクチャ疲れてるっスよ〜(汗)
「そぉ?なんか色々荷物あるみたいだけど…」知之の膝の上に置かれた、画板や絵の具など画材を入れた大きな鞄は、気付かない方が不自然だった。
「あ、こ、これは…」必死で適切な言葉を探す知之。「あ、母さんが仕事で要るっていうから買ってきたんっスよ…」
「へぇー…翻訳家の人も大変なんだねぇ」納得するつかさを見て、嘘吐くのが上手になってる自分に気付く知之。
「と、ところで、つかささんは何でこの電車に?」話題を逸らそうと試みる。
「あ、ちょっとママとパパと3人で墓参りにね。パパの仕事の都合が合わなくて、結局こんな夏の終わりになっちゃったってわけ。あたしだけちょっと冷房が寒すぎるからこっちの車輌に移ってきたんだ」
「へぇー…そう言えば僕墓参りなんて行ったことないっスね」
「そぉ?知之くんのお父さんかお母さんの親戚って長生きなんだね」
「うーん…お父さんの方は分かんないっスけど…」そりゃ両親が離婚してからは父方の親戚なんて知るわけがない。
「あ、ゴメン、そろそろあたし降りなきゃ」
「え?まだ最寄り駅じゃないんじゃないっスか?」
「このあとママとパパと晩ご飯食べに行くんだ。次の駅の近くに美味しい中華料理屋さんが出来たっていうから、行ってみようってことになってるんだ」
「そうなんっスかぁ…じゃあ、いってらっしゃいっス」
「うん、じゃあまたね」つかさは笑顔で隣の車輌に移った。
「…ふぅ」知之は疲れきった躰を再び背凭れに寄せた。「家族と3人で食事かぁ…そんなことないなぁ、僕…」
そんなことを思っている時、車輌間のドアが開いた。
「あっ、ケータイ忘れたっ!」そんな声を聴いたかと思うと、知之は視界につかさが再び入ってくるのを知った。
「ゴメンね、ケータイここに置き忘れててさ…」とつかさ。「って、随分疲れ顔だけど…」
「ふぇ?…はっ、あっ、そっ、そんなことっ、ないっスよっ…!!」知之は必死で笑顔を繕ったが、さっきよりも拗れているのはつかさにも感じ取れた。

「ただいまぁ…」
知之が自宅に至り着いたのは、もう街灯の薄灯りに蛾が集まり始める頃であった。
「お帰り、知之」温かい声で迎え入れる汐里。
「おぉ、遅かったじゃねぇか麻倉」祥一郎も顔を出す。しかし、彼の口に多量のご飯粒が含まれているのは一目瞭然だった。
「…一生懸命描いたのにそんな対応…ない…っスよ……」知之は、視界が暗くなるのを感じた。そして、彼の躰は玄関に崩れ落ちた。

次に知之が目を醒ましたのは、光眩しい朝であった。
「…ん…?もう朝っスか…?」ベッドに横たえられた躰を起こす。奇妙な程に疲れは感じなかった。そして、ふと枕元の時計に目をやる。「えーっと…8時20分っスか……ふぇっ?!8時20分!!?」
知之はベッドから跳ね起きると、大慌てで着替え始めた。秀文高校の始業時刻は8時30分なのである。
そして、彼は鞄を片手に自室を飛び出し、階段をドタドタと駆け下りた。そして、一目散にドアに向かい、靴の踵もひしゃげたままでドアを開けようとした。その瞬間、知之は大きめの誰かの躰にぶつかった。
「…えっ?」知之は顔を上げ、その人物が誰であるか確認した。烈馬であった。後ろには時哉や千尋、つかさ、そして祥一郎の姿もあった。皆私服であった。「や、矢吹君…?」
「ど、どーしたんや麻倉君そない慌てて…」目を丸くして言う烈馬。「おまけに制服やし…」
「ど、どーしたって言われても、学校に遅れるかも知れないから…って、何でみんな制服じゃないんっスか?!」
「何でって言われても…」と時哉。「別に今日日曜だから私服でもいいんじゃないさ?」
「え…日曜?」
「そうだよ…」とつかさ。「今日は9月2日、日曜日だよ?」
「…ふぇ?」

そう、知之は31日の夜に倒れてから、1日をぶっ飛ばして2日に目を覚ましたのである。勿論、1日の始業式ならびに授業は欠席して。
「だってオメー、幾らやっても起きねぇんだからよ」2日の夜、祥一郎が言った。
「それじゃあ、1日に提出する宿題はどうなったんっスか…?」
「あぁ、熱出したってことにしといたから大丈夫だ。明日でいいってよ。あーあ、羨ましいぜ、オレなんか結局数学間に合わずに吉田にゲンコツ喰らわされたのによぉ」
「…羨ましくなんかないっスよ」呆れ顔でため息をつく知之。「一体誰の為に倒れるまで海に居たと思ってるんっスか…」

ちなみに、その後開催された秀文高校文化祭で、美術室で行なわれた催しに展示された作品の中に、祥一郎が自分名義で提出した静物画があったことを、知之はその日まで知らずに居たのであった。勿論、美術教師も友人達も、それが知之が自分用に描いたものであるなんてことは知る由もなかった。

おしまい
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