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とわのうた

オープニング


「それに、今に、電子空間で手も握れるようになる。肉体的な感触のレスポンスが欲しいというのは、人間の贅沢な欲求だが、多少のエネルギーの無駄遣いで解決する。やはり、小事な問題だ」
森博嗣「すべてがFになる」より

ある博士の手記1
「ついに…ついに完成した…。これこそ私たちの“幻想”を現実にするシステム…。この“幻想”の中に生きれば、私たちは永遠の存在にもなれるだろう…。そこには不都合は存在しない。この世界を支配するのは私だ。私の気に入らない全てを予めリジェクトしてしまえばいいだけの事…。この世界に生きることが、人類の、新たな、そして永遠の繁栄の始まりかもしれない…。そうだ、この事実を世界に広めなければ…。もはや私たちは、“神”からも自由であると…」

ある博士の手記2
「だめだ。私が生み出したこの“幻想”の世界にはリアリティが足りない。もっとリアリティを…例えば接触を、感涙を、痛みを、歓喜を、恐怖を与えなければ、私が生み出そうとしている世界は字義通りの“幻想”に終わってしまう…。まだだ…私はまだ、死ぬわけには…」

ある博士の手記3
「そうだ、そうすればよかったのだ。私はなんと愚かだったのだろう。私に永遠の生命などあるわけが無い。ならば私が、この“幻想”の世界に飛び込もう。そうしてその世界の中で研究を続ければいいじゃないか…。そうだ、なぜもっと早くこの事に気が付かなかったのだ…。そうだ、そのためには私自身が“生きる”ための準備をしなくては…」

ある博士の手記4
「…今日で私はこの世界に別れを告げる。私が作り出したこの完全なる“幻想”の世界で、私は永遠を手に入れるのだ。私の世話をしてくれる人格も作り上げた。親しき仲間にも連絡をした。彼らもその気になれば、私と同じこの世界にやってくるだろう。この利権は何とかという日本の会社にくれてやった。そのうち、この世界とは別の世界が生まれて、人々はそこで暮らすだろう。さあ、この醜き不条理な世界に、別れを…そして新たな、永遠の世界へ…」

悪魔の独り言(もしくは神のため息)
「人間に世界を作ることなど出来るわけが無い。全てが“現実”に象られているなどというのは妄想だ。幻想だ。絵空事なのだ。…その事をあの男に分からせてやる必要がある。さあ、あの男が最も嫌った“不条理”を、あの男が生きるただの機械の中に放り込んでやろう…。さあ、身を持って知るがいい。お前の“永遠”を終わらせてやろう…。“鮮血”の名の下に悔やむがいい…。己の愚かさを、浅はかさを、無意味さを…」


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