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共犯者


第1話 朝朗(あさぼらけ)
「ったく…折角のデートがおじゃんになった上にわざわざ先輩の所まで連れてけか…」
「だーかーらー、今度ちゃんと埋め合わせするって言ってるじゃん」
午前9時の住宅街は意外と静かだった。夏休みの真っ最中だから、家族連れで旅行に出かけているところも多いのだろう。そんな街角を歩くカップルがいた。
「今度って言うてもなぁ、千尋、俺達は明日からしばらく文化祭の準備があんねんで。生徒会やから結構ハードなんやからな」
「だからさ、文化祭終ってから。二人で"蜉蝣(かげろう)時代"でも観に行こうよぉ、烈馬」
「文化祭終ってからやったらあの映画終っとるやろ?」
「あ、そっか…」千尋と呼ばれた女はうつむいて言った。「あーあ、こんなことなら授業ちゃんと出とくんだったなぁ」
「ホンマやで」烈馬と呼ばれた男が言う。「出席日数足りひんからってだけで追試にかかるなんてアカンやろ?それに、あれ位の内容やったら俺が教えたったのに」
「烈馬は理科が得意だからそんなこと言えるんでしょー?わたしは理数全然ダメなんだからぁ」と千尋。「それに、烈馬だって期末テストで忙しそうだったからさぁ…」
「ったく…ま、その依子サンっちゅう先輩んトコでみっちり勉強しとくんやな。俺は今日物品の買出しに行かなアカンからな」
「わかってるって。あ、ここだよ、依子先輩のマンション」
2人は足を止めた。そこは3階建てのマンションで、いかにも女学生が住んでいそうな感じの建物だった。
「あれ?なんやあの部屋…」烈馬は3階の真ん中の部屋を指差して言った。「窓ガラス割れてんで…窓開いとるし」
「え?依子先輩の部屋って確か3階の真ん中だって言ってたんだけどな…、何かあったのかな」
「ちょっと行ってみよか」
2人は階段を上り、その部屋のドアまでやって来た。表札のところには確かに"本郷 依子"と書かれた紙が挟まっていた。
「依子せんぱーい?わたしです、千尋。いないんですかー?」千尋はドアベルを鳴らしながら呼びかける。
「おかしいな」と烈馬がドアノブを廻しながら言う。「窓から見た限り、電気は点いてたはずやねんけど…鍵はかかっとるし」
「あなた達、どうしたの?」2人は唐突に声がした方を向いた。そこには、箒(ほうき)と塵取りを持った30過ぎの女性がいた。
「あ、ここに住んでる本郷さんに会いに来たんですけど、電気が点いてるのにドアに鍵がかかってて…」と千尋。
「妙ねぇ、あのコそんなだらしないふうには見えないんだけど…ちょっと待ってて、今合い鍵で開けるから」その女性は着ていたエプロンのポケットから鍵の束を取り出し、その中の1つを用いて目的の部屋のドアを開けた。
「あ、ありがとうございます」千尋はその女性に礼を言うと、部屋の中に入った。烈馬も後に続く。
「依子先輩、どうしたんですか?」千尋は、玄関から真っ直ぐのところにあるリビングに横たわっている女性を見つけた。依子である。「先ぱ…」
千尋はその瞬間、言葉を失った。烈馬は千尋の様子に気づきすぐ彼女のところへ駆けつけた。
「どうしたんや、千尋…お、おい、依子サン?依子サン?!」
烈馬は依子の頬を数回叩いてみたが応答はない。彼はすぐ彼女の手首を掴み、自分の指を充て、脈を確かめた。
「…千尋、急いで救急車呼べ」
「え?」
「依子サン、死んでるで」

「ふぁああぁぁ…おはよ」
ここは麻倉家のリビング。階段を降りてくる一人の青年がいた。篁 祥一郎である。
「あ、おはようっス…って、もう10時廻ってるっスよ」リビングのテーブルに座っていた彼の弟、麻倉 知之が呆れながら言う。
「10時?へぇ…今日はオレ早起きだったんだな」
「…そうっスか」知之は祥一郎へ向けていた視線を元に戻し、祥一郎の方を見ずに言った。「あ、そうそう、朝ごはんならそこに目玉焼きとサラダ置いてあるっスよ。パンは自分で焼いてくださいっス。母さんは今日出版社の人と打ち合わせに行ってるっス」
「あぁ、そう言えばんなこと言ってたなぁ…あのヒトも翻訳家の仕事増えてきたみてぇだし」祥一郎は台所のトースターにパンをセットし、目玉焼きをレンジに入れ温め始めた。「そういえばオメー、まさかそれ宿題か?」
「そうっスよ」麻倉は視線をノートや問題集の方に向けたまま答える。「兄さんも同じの出たっスよね?」
「そう言えばそんなのあったような…」冷蔵庫から牛乳を取り出しながら言う祥一郎。
「あったような、って、まさかまだ全然やってないっスかっ?!」冷や水をぶちまけられたかのように顔を上げる知之。
「まぁ、なんだったらオメーの写しゃいいしな」
「…そーゆー時だけ兄さん面(づら)っスか(^^;)」
と、その時、麻倉家の電話が鳴る。この二人だけの時はほぼ暗黙の了解の如く知之がとることになっていた。
「はいもしもし麻倉ですが…」
「あ、麻倉君?俺、矢吹やけど」
「あ、矢吹君っスか。何の用っスか?」
「ちょっと悪いんやけど、五十鈴(いすず)町の住宅街まで来て欲しいんや」
「え?五十鈴町っスか?」
「あぁ、実はな、千尋の先輩が殺されたんや」
「えっ、ええええええええぇぇぇぇぇぇっっっ?!」
祥一郎は、こんがりとした狐色に焼きあがったパンにバターを塗っていた彼の手からバターナイフが落ちる程知之の声に驚いた。
「お、落ち着け、麻倉君…」ちょっと呆れ顔で言う烈馬。「でな、その人の死体の第一発見者が俺と千尋やねん。で、捜査に来たんが羊谷君の親父さんやったからな、麻倉君や篁君にも来てもらって捜査に協力してもらいたいって言うてな」
「そ、そうっスか…(^^;)」いつの間にか刑事である羊谷にそれ程信頼されているのだと知之は思った。「それじゃあ、篁君にも連絡入れてそっち行くっスね。五十鈴町のどのへんっスか?」
祥一郎と知之が双子の兄弟という事は、本人たちと知之(と祥一郎)の母である汐里しか知らないことである。知之は現場の住所をメモに控えると、電話を切った。
「ったく…あんだったんだよ、さっきの大声は」レンジから目玉焼きを取り出しながら祥一郎が言う。
「それが、なんか矢吹君の…じゃなくて千尋さんの先輩が殺されたらしくて…」知之は詳細を祥一郎に言う。「ってことなんっスよ。だから一緒にそこに行くっス」
「ってちょっと待てよ、オレまだ着替えてねぇし朝飯だって…」


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