inserted by FC2 system

共犯者


第5話 矛盾
「何なんや、その初歩的なミスっちゅうんは?」烈馬は怪訝(けげん)そうに訊ねる。
「簡単なコトだよ」祥一郎は2つの紙マッチを烈馬に放り投げる。「この2つの紙マッチの違い、分かるか?」
「違い…?外装(パッケージ)は全然違(ちゃ)うけど…」烈馬は訳が分からないと言った表情で2つの紙マッチを開けた。「…ん?」
「何さ?何かあったさ?」時哉と知之はその紙マッチを覗き込む。「…何さ?千切り取られたマッチが全然逆さ」
時哉の言う通り、片方は左側から半分ほどのマッチが千切られていたが、もう片方は一番右のマッチだけが千切られていたのだった。
「これって、どういう…?」不思議そうに訊く知之。
「利き手だよ」きっぱり言い切る祥一郎。
「き、利き手…?」
「ああ。その1本だけ千切られてる方は、さっき佐久間が千切り取った方だよ。奴は右利きだから、特に何も考えなければ右からマッチを使うのは当然の行為ってことになる」
「確かに、右利きなら右側の方が千切り易いんやな」試しに1本千切ってみる烈馬。確かに佐久間が千切った左隣――右から2本目――のマッチを千切った。
「じゃあ、もう片方は?」
「もう片方は、伊達サンのだよ。ほら、この煙草の横に置いてあったんだ」
「てことは、まさか伊達サンは…」
「そう」と祥一郎。「伊達サンは佐久間と違って左利きだったってコトになるんだよ。そして、山科サンも左利きのはずだ」
「え?何でっスか?」
「このメモ帳だよ」祥一郎はメモ帳を拾い上げて言う。「ほら、さっき言ったろ?契約書か何か書いたんじゃないかっていうコレだよ」
「それがどうしたって…あっ!」何かに気付いたらしい時哉。「これも左右の違いってヤツさ?!」
「その通り」と祥一郎。「右利きの人間が千切ったとしたら、こんな風に右上あたりに千切り残しがあるわけねぇからな」
「で、でも…」知之が言う。「もしそれを千切ったのが佐久間サンなら佐久間サンが右利きってことに…」
「書いてあった内容がバレないように千切ったって言いたいなら論外だぜ?指紋がつかないように紙を千切るのはムリがあるからな。だったらメモ帳を丸々持ってった方が簡単だし確実だ」
「でも篁君、佐久間サンが右利きで、伊達サンと山科サンが左利きだってコトが分かったからって何になるんや?」と烈馬。
「さっき鑑識の人が言ってたじゃねぇか、"ボトルの首の部分に伊達サンの右手の指紋が残っていた"、"グラスには伊達・山科それぞれの右手の指紋が残っていた"って」
「あっ!!」一同は祥一郎の言わんとしていることに気付いた。「それじゃあ、つまり…」
「ああ、つまり犯人の佐久間は、二人だけがボトルやグラスに触れたことにするために二人の指紋をつけたが、二人の利き手は佐久間と逆だったから、佐久間は間違えて右手の指紋を残してしまったってわけだ」
「なるほど…」感心する一同。
「ちなみに伊達サンが自殺じゃない証拠も、ちゃんとあったんだぜ」
「え?どこにそんなのが…?」
「この煙草だよ」テーブルの上の煙草を拾い上げる祥一郎。
「それって、佐久間サンが伊達サンのだって言ってたヤツさ?」
「ああ。だが、この中身は…」時哉らに中身が見えるように持ち替える祥一郎。
「…なるほど?今から自殺しようっちゅう人間が、新しい煙草を買うてるわけないってことやな」
「ついでに、死ぬ直前に買ったとしたら恐らくどこかのコンビニかどっかで目撃情報が取れるはずだ。死亡推定時刻は午前1時頃、そんな時間に煙草の自販機は使えるわけねぇからな」
「よし、それじゃあ佐久間 哲朗に事情聴取だ」羊谷刑事は勝呂刑事らを連れて出て行く。祥一郎たちも後続して行った。

その時、知之が叉ぼそっと言った。
「それにしても、どうして篁君、深夜は煙草の自販機使えないなんてこと知ってるっスか?」

 
それから数日後、とある遊園地にて。
「ねぇねぇ烈馬!次あのスプラッシュコースターっていうの乗りたい!」千尋は180cmはある烈馬のその腕を掴んで言う。
「ちょ、ちょっと待てや…俺…ちょっとアカンて…」実はこの数分前まで、二人は連続8廻転が売り物のジェットコースターに乗っていたのだった。「少し休もうや…」
「まーったく、烈馬ってばそんなにジェットコースター苦手だったなんて」
「…千尋が頑丈なだけやて…うっ」烈馬は嘔吐を催しかけた。
「ちょ、ちょっと烈馬ホントに大丈夫?」千尋は烈馬の広い背中をさする。「どっかベンチにでも座る?」
「ハナっから大丈夫やなんて言うてへんて…ううっ」

「ふぅ…やっと落ち着いてきたわ」千尋の持ってきていた水筒の水を3分の2ほど飲み干して言う烈馬。
「ねぇ、烈馬…」
「ん?何や?」さっきまでのはしゃぎまくっていた千尋とは違う千尋が、その声に存在していたのに烈馬は気付いていた。
「佐久間ってヒトさ、何で依子先輩殺したの?」
「え…」烈馬は決めていた。生徒会の用事をすっぽかしてここに来たのは、事件の事で落ち込んでいた千尋を元気付ける為であるということを。そして、事件の事は一切口にしないでおこうと。
「ねぇ、何で…?」千尋の瞳は、涙はなかったが愁いを帯びていたように見えた。
「佐久間はな、依子サンに振られた腹いせに彼女を殺したて言うてたって、羊谷刑事から聞いたで」烈馬は敢えてありのままを話した。その方が千尋が救われるかもしれないと思って。「依子サンに何百万もの金を貢いどった佐久間は、突然依子サンから交際打ち切りを言われどうしようもなく腹が立ったらしいわ。で、依子サンが伊達サンに乗り換えたんやと勘繰った佐久間は、伊達サンを利用して依子サンを殺し、その罪をまるまる伊達サンに着せて殺すつもりやったそうや。せやけど、山科サンに目撃され脅されたから、伊達サンと山科サンの共犯っちゅうことにして二人まとめて殺すことにしたんやって」
「非道い、そんなの…」
「ま、佐久間も今は3人を殺した事を反省しとるらしいから、素直に罪を認めて刑を受けるつもりらしいで」
「……」烈馬は千尋を見た。先程までの憂いを帯びた瞳に、薄ら涙の色が滲んできた。
「そ…」一瞬烈馬は躊躇ったが、言った。「そんなに哀しい顔すんなや。依子サンも犯人が捕まって悦んでるやろし、千尋がそんな顔してたら、依子サンかて哀しくなってまうで」
「……」千尋は依然鬱向いたままだ。
「…それに」烈馬はそれまで態(わざ)と明るく言ってきたが、ゆっくりとした調子で言った。「俺かて、千尋がそんな顔してたら、その…、哀しくなってまうやないか…」
「…烈馬…」千尋は烈馬の顔を見上げた。「…烈馬ぁ…」
千尋は次の瞬間、烈馬の肩に抱きつき、寄り添った。
「ありがと、烈馬…」千尋は、それまで堪えていたのとは別の類の涙を、止め処なく溢れ出させていた。烈馬は、千尋の肩を静かに抱きしめてやった。

夕暮れの朱(あか)が遊園地を包み始めた頃、二人は遊園地内のあるレストランの前にいた。
「なんかここの料理がムッチャうまいらしいで。テレビで言うてた」
「そうなんだぁ…なんか高そうだけど、まぁいっか。烈馬のおごりだし」千尋はレストランの中に入っていった。
「そういえば俺財布ん中大丈夫やろか…って、ちょっと待てや千尋」烈馬は千尋を追いかけるようにその中に入っていった。

「ねぇ烈馬ぁ、わたしお腹空いちゃったよ」
遊園地のゲートを出た直後、千尋が言った。
「俺もや」呆れ顔の烈馬。「俺、テーブルマナーとかそういうのさっぱりわからへんからなぁ…。ナイフとフォークでメシ喰ったん初めてやわ」
「わたしもだよ、お蔭でぜーんぜん食べられなかったよ…"鶏肉の香草炒め"って言われて、骨付きの鶏肉が出てくるなんて思ってもみなかったもん」
「…なぁ、千尋」烈馬が足を止めて言った。
「え?何…?」千尋は、烈馬の言い方がちょっと真剣味を帯びていたのに気付いた。「もしかして…烈馬…?」
烈馬は、千尋の方に向き返って、笑顔で言った。
「俺の知ってるうまいラーメン屋かどっかで、もう一回晩メシ喰うか?」


最初に戻る前を読む

inserted by FC2 system