共犯者
その時、知之が叉ぼそっと言った。
「それにしても、どうして篁君、深夜は煙草の自販機使えないなんてこと知ってるっスか?」
それから数日後、とある遊園地にて。
「ねぇねぇ烈馬!次あのスプラッシュコースターっていうの乗りたい!」千尋は180cmはある烈馬のその腕を掴んで言う。
「ちょ、ちょっと待てや…俺…ちょっとアカンて…」実はこの数分前まで、二人は連続8廻転が売り物のジェットコースターに乗っていたのだった。「少し休もうや…」
「まーったく、烈馬ってばそんなにジェットコースター苦手だったなんて」
「…千尋が頑丈なだけやて…うっ」烈馬は嘔吐を催しかけた。
「ちょ、ちょっと烈馬ホントに大丈夫?」千尋は烈馬の広い背中をさする。「どっかベンチにでも座る?」
「ハナっから大丈夫やなんて言うてへんて…ううっ」
「ふぅ…やっと落ち着いてきたわ」千尋の持ってきていた水筒の水を3分の2ほど飲み干して言う烈馬。
「ねぇ、烈馬…」
「ん?何や?」さっきまでのはしゃぎまくっていた千尋とは違う千尋が、その声に存在していたのに烈馬は気付いていた。
「佐久間ってヒトさ、何で依子先輩殺したの?」
「え…」烈馬は決めていた。生徒会の用事をすっぽかしてここに来たのは、事件の事で落ち込んでいた千尋を元気付ける為であるということを。そして、事件の事は一切口にしないでおこうと。
「ねぇ、何で…?」千尋の瞳は、涙はなかったが愁いを帯びていたように見えた。
「佐久間はな、依子サンに振られた腹いせに彼女を殺したて言うてたって、羊谷刑事から聞いたで」烈馬は敢えてありのままを話した。その方が千尋が救われるかもしれないと思って。「依子サンに何百万もの金を貢いどった佐久間は、突然依子サンから交際打ち切りを言われどうしようもなく腹が立ったらしいわ。で、依子サンが伊達サンに乗り換えたんやと勘繰った佐久間は、伊達サンを利用して依子サンを殺し、その罪をまるまる伊達サンに着せて殺すつもりやったそうや。せやけど、山科サンに目撃され脅されたから、伊達サンと山科サンの共犯っちゅうことにして二人まとめて殺すことにしたんやって」
「非道い、そんなの…」
「ま、佐久間も今は3人を殺した事を反省しとるらしいから、素直に罪を認めて刑を受けるつもりらしいで」
「……」烈馬は千尋を見た。先程までの憂いを帯びた瞳に、薄ら涙の色が滲んできた。
「そ…」一瞬烈馬は躊躇ったが、言った。「そんなに哀しい顔すんなや。依子サンも犯人が捕まって悦んでるやろし、千尋がそんな顔してたら、依子サンかて哀しくなってまうで」
「……」千尋は依然鬱向いたままだ。
「…それに」烈馬はそれまで態(わざ)と明るく言ってきたが、ゆっくりとした調子で言った。「俺かて、千尋がそんな顔してたら、その…、哀しくなってまうやないか…」
「…烈馬…」千尋は烈馬の顔を見上げた。「…烈馬ぁ…」
千尋は次の瞬間、烈馬の肩に抱きつき、寄り添った。
「ありがと、烈馬…」千尋は、それまで堪えていたのとは別の類の涙を、止め処なく溢れ出させていた。烈馬は、千尋の肩を静かに抱きしめてやった。
夕暮れの朱(あか)が遊園地を包み始めた頃、二人は遊園地内のあるレストランの前にいた。
「なんかここの料理がムッチャうまいらしいで。テレビで言うてた」
「そうなんだぁ…なんか高そうだけど、まぁいっか。烈馬のおごりだし」千尋はレストランの中に入っていった。
「そういえば俺財布ん中大丈夫やろか…って、ちょっと待てや千尋」烈馬は千尋を追いかけるようにその中に入っていった。
「ねぇ烈馬ぁ、わたしお腹空いちゃったよ」
遊園地のゲートを出た直後、千尋が言った。
「俺もや」呆れ顔の烈馬。「俺、テーブルマナーとかそういうのさっぱりわからへんからなぁ…。ナイフとフォークでメシ喰ったん初めてやわ」
「わたしもだよ、お蔭でぜーんぜん食べられなかったよ…"鶏肉の香草炒め"って言われて、骨付きの鶏肉が出てくるなんて思ってもみなかったもん」
「…なぁ、千尋」烈馬が足を止めて言った。
「え?何…?」千尋は、烈馬の言い方がちょっと真剣味を帯びていたのに気付いた。「もしかして…烈馬…?」
烈馬は、千尋の方に向き返って、笑顔で言った。
「俺の知ってるうまいラーメン屋かどっかで、もう一回晩メシ喰うか?」