inserted by FC2 system

共犯者


第4話 波及
ここは伊達の住むマンションのリビング。伊達と、後ろに髪を結った女性がいる。
「で、話って何なんですか」伊達が言う。
「わざわざ、あたしの口から言わなきゃいけないワケ?」
「言わなきゃ分からないですよ、環さん」
「ホントは分かってるんでしょ?あたしが昨夜、依(より)ちゃん家(ち)の近くで何を見たか」
「……」環と呼んだ女性にそう言われ、黙り込む伊達。煙草のビニールの包装を剥がす手はかなり震えている。
「あたしねぇ、依ちゃんから"ストーカーに悩んでる"って相談されてたんだ。で、昨夜も実は依ちゃんに電話で相談されててね、で、"怖いから家に来て欲しい"って言われたの。そしたら、あんた達があんなコトしてたのよねぇ」環は、伊達から貰った値の張るルビーの指輪が輝く右手で、髪を掻き揚げながら言った。
「…できれば、そのこと黙っててもらえますか…?」震えた左手で持つ紙マッチで漸く煙草に火をつけた伊達の声はかなり弱々しくなっている。
「そぉねぇ…ま・タダでとは言わないわよね?」
「え…?」
「だってあんた達、一応医者の息子なんでしょ?金くらい幾らでも出せるはずじゃない」
「で、でも、僕の父さんの病院はもう経営が苦しくて…」
「別に無理しなくていいのよ?あたしが警察にタレ込むだけだからねぇ」
その時、それまでずっと黙って台所で話を聞いていた男が、ワインボトルとグラス3つを乗せた盆を持ってリビングに来た。
「…で?幾ら欲しいんだよ」彼がワインのコルク栓を開けながら言う。
「そうね…大体1人当たり500万ってトコかしら」
「…わかった」男は3つのグラスにワインを注ぎながら言った。
「お、おい…」伊達が戸惑った表情で言う。
「その代わり、警察(サツ)には一言もしゃべるなよ」
「それは約束するわよ、なんだったら契約書でも書く?」環は背後にあったメモを取ると、指輪をしていない方の手で文字を書いて、それを千切(ちぎ)って男に渡す。「これでいいでしょ?」
「ああ」男はグラスを伊達と環に渡した。自分の手前にもグラスを置き、ワインを飲もうとした。
「ちょっと待って」
環は男を制するように言った。
「もしかしたらこのワイン、毒でも入ってるんじゃないでしょうねぇ」
「ハハ、そんなバカな」笑って言う男。「なんだったら、これと交換するか?」
「…どうやら毒は入ってないみたいね、でも念のため」環は男の手前にあるグラスを自分のそれと取り替えた。
「じゃ、乾杯でもするか」男はそう言い、自分のグラスを掲げた。環と伊達も同じくグラスを持ち、グラスを交わした。3人とも何の躊躇(ためら)いもなくグラスを口につけた。
「…ぐっ…!?」伊達はいきなり口から血を吐き出した。
「ちょ、ちょっと一也、どうし…」環も次の瞬間血を吐き出し、呼吸が苦しくなり始めた。「…あ、あんた…」
何も言わずその様子を見ている男。その口唇にはやや笑みらしきものも含んでいるように見えた。

しばらく喘(あえ)いだが、環も伊達も間も無く動かなくなった。
男は念のため二人の手首に自分の指を充て、二人の脈拍が完全に潰(つい)え去ったのを確認した。
彼は幾つかの細工をした後、その部屋を去っていった。

「服毒死していたのは会社員の伊達 一也さんと専門学校生の山科 環さん。ワインボトルに毒が入っていなかったので、グラスに仕込んでおいた毒を二人で飲んだものと思われます。死亡推定時刻は今朝1時頃。ボトルやグラスから2人の指紋が出たことからみて、恐らく心中でしょう」
翌朝、伊達の部屋には前日依子の部屋にいたように数人の警官がいて、駆けつけた祥一郎たち4人の男子高校生に勝呂刑事が説明する。
「心中の動機ってわかってんのさ?」と時哉。
「ああ、テーブルの上にワープロ打ちの遺書があったからわかってる」と羊谷刑事が言う。「どうやら二人は本郷 依子殺害の犯人らしいんだ」
「…え?」実はすごく眠たそうな表情だった祥一郎だったが、その言葉を聞いてはっとした表情を見せた。「本当(マジ)かよ、それ」
「ああ、トリックも君が説明した通りだった。例の煙草の吸殻から検出された唾液からほぼ同じ人物のものだろうと推測できたしな」
「さすがっスね、篁君!」知之は祥一郎を笑顔で賛(たた)えた。
「…もう一人の環って人、名前からして女の人だろ?」祥一郎が尋ねる。
「ええ、割とスマートな女性でしたけど…」と勝呂。
「何か不満そうやなぁ…」烈馬が祥一郎に言う。
「気付かねぇか?じゃあ、例のトリックで依子さんの部屋に石を投げつけたのは誰だと思う?」
「え?そりゃ社会人野球でピッチャーやってる伊達さんじゃないと命中させにくいと思うっスけど…」と知之。
「じゃあ、首を締める為の紐を引っ張り上げたのは誰だ?」
「そんなの、もう一人の環ってヒトに決まって…」時哉は言いかけて何かに気付いた。「え?それって…」
「そーゆーことだよ」祥一郎が言う。「女性である環さんがあの力の要るトリックが出来る訳ない。かといって環さんが窓に石を投げつけたと考えるのも不自然だ。つまり…」
「犯人は別にいるってことっスね?」
「まぁ、石を投げたほうは恐らく伊達さんだろうな。多分、伊達さんの口封じのためってトコかな」
「じゃあ環さんは?」
「多分だけど、事件のことで脅迫でもしてたんじゃねぇかな。伊達さんの父親は医者なんだろ?」
「なるほど、有り得るな」と羊谷刑事。
「恐らくその時に、このメモ帳に契約書か何かでも書いたんだと思うぜ」祥一郎は足元に置かれたメモ帳を拾い上げた。「ほら、比較的新しく紙を千切った時の残りも少し残ってるしな。生憎(あいにく)何が書かれてたかは読めねぇけど」
その時、彼らにとって見覚えのある男が現場に現れた。
「すみません、伊達と環が死んだって連絡があったんですけど…」
「あぁ、佐久間さん…」と羊谷刑事。「残念ですが、二人とも…」
「そう…ですか」鬱向いて見せる佐久間。
「すいません、佐久間さん」
「え?」佐久間は声がした方を向いた。祥一郎だ。
「伊達さんと環さんはどういう関係だったんですか?」
「伊達と環の関係?別に、ただの恋人同士だけど」
「それじゃあ、たとえば伊達さんが依子さんを殺害するとしたら動機はあると思いますか」
「え…?」一瞬戸惑ったような佐久間。「さぁ…俺には見当はつかないな」
「じゃあ、あなたには動機はありますか」
祥一郎のその言葉に、佐久間よりも周りの人間が愕いた。
「ちょ、ちょっと篁…」時哉は止めようとしたが、佐久間は言った。
「別に俺はいいですよ。どーせ調べられたら分かんだから」落ち着いた様子で続ける佐久間。「俺、依子に振られたんですよ」
「振られた、っスか?」
「ああ、だからそれを俺が根に持ってて殺すって考えられてもしょうがないですね。ま・俺はそんなヤツじゃないけど」
「そうですか…」祥一郎はテーブルに置かれた、殆ど中身の残ったままの煙草の箱を拾い上げた。「あ、そうそう佐久間さん、この煙草、誰のか知ってますか?」
「え?それは…確か伊達のだと思うぜ」
「佐久間さんは煙草吸いますか?」間髪を容れず祥一郎が問う。
「いいや、俺は伊達と違って煙草は吸わないぜ。ほら、TVとかで"煙草を吸う人は癌(がん)になり易い"とかって話題になったことがあったでしょ?俺、父親が医者だからそーゆーの敏感になって。同じ医者の息子の伊達は全然気にしてねぇみたいだったけど」
「じゃあ、これの点け方は知らないですよね」祥一郎はポケットから薄い紙を折り畳んだようなものを拾い上げて言った。
「ん?それは…」佐久間はそれを受け取って言う。「ただの紙マッチじゃないか…幾ら何でも点け方くらい知ってるさ」
佐久間は紙マッチを一枚取り出すと、それに火を点けて見せた。彼はそれをすぐにテーブルの上に置かれた灰皿に押し付けて火を消した。「これが、何か?」
「いや、別に…」祥一郎は素っ気無くそう言ったが、その唇には薄(うっす)らと笑みが混じっていた。

去りゆく佐久間を見ながら、知之が言った。
「なーんかあの人犯人っぽくないっスか?ムチャクチャ怪しいっスよ」
「犯人っぽいじゃねぇよ」と祥一郎。「恐らく、犯人はあの人だ」
「えっ…?!」一同が一斉に愕いた。
「羊谷刑事の話だと、殺された依子サンには佐久間以外に怨まれそうな宛てはねぇんだぜ?それに、あの人はヒントを残してくれたみてぇだしよ」
「ヒント?そんなのあったさ?」と時哉。
「すみません鑑識さん、ワインのボトルからは誰の指紋が出たんですか?」祥一郎はまだ部屋を捜査していた鑑識員に呼びかけた。
「え?」突然呼ばれびっくりする鑑識員。「えっと…伊達 一也さんの右手の指紋がボトルの首の部分とほぼ中央部分にありました。通常ワインを取り出して注ぐ時に持つところにちゃんとありました」
「それじゃあ、グラスからはどうでした?」
「グラスにも、伊達 一也さんと山科 環さんの右手の指紋がしっかり残されていましたよ」
「それが何なんや?大しておかしいトコはないんちゃうか?」烈馬が言う。
「本当に、おかしいトコはなかったのかな」
「え?」祥一郎の意味深なセリフに、訳がわからないといった様子の烈馬。「それって、どういう…?」
「ヒントは、あのメモ帳とこの2つの紙マッチ…犯人の佐久間は随分初歩的なミスを犯したんだよ」

その時、知之がふとぼそっと言った。
「ところで…なんで篁君紙マッチなんか持ち歩いてるんっスか?」


最初に戻る前を読む続きを読む

inserted by FC2 system