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File1 一月一日
携帯から着信メロディが流れる。
「誰だよ、こんな忙しい時に…」
着信表示の番号は見慣れぬモノであったが、取り敢えず通話ボタンを押す。
「もしもし…」
「あ、弥勒君っスか?僕っス、麻倉っス」
「あー、麻倉か…」秀俊は服に袖を通しながら言う。
「明けましておめでとうっス」電話の相手はとても楽しそうだ。新しい年というのがそんなに楽しいんだろうか。
「あ、ああ…おめっとさん」とりあえずそう言うが、秀俊にとってこの1月1日というのは別に祝福する様な日ではない。「ところで、オイラお前に携帯の番号教えたっけか?」
「あ、羊谷君が教えてくれたんっスよ。弥勒君も誘った方がいいかなと思って」
「誘うって、何に?」
「あ、僕たち今から初詣に行くんっスよ。つかささんと篁君と羊谷君と矢吹君と千尋さんと湊ちゃんとで」その声は先刻(さっき)に増して楽しそうである。「今電車で行ってるトコなんっスけど」
「ふーん…」弥勒は素っ気なく言う。「悪いけど、オイラ今日は付き合ってる暇ねぇんだ」
「そうっスかぁ…」何処か残念そうに言う知之。「親戚廻りか何かっスか?」
「んー…ま、そんなトコ。ところで、お前ら何処に初詣行くんだ?やっぱ学校から近い広安寺(こうあんじ)とか?」
「ううん、つかささんがお勧めしてくれた千歳(ちとせ)神社に行くんっス」
「ち、千歳神社だぁ?」素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げる秀俊。「そ、其処だけはやめとけ…悪いコト言わねぇから」
「え?なんでっスか?」
「なんでって言われても…」言葉に詰まる秀俊。「…とっ、とにかく千歳神社だけは…」
「あ、もう着くから切るっスね。それじゃあまた学校で」
「あっ、お、おい…」携帯からはツーツーという音だけが聴こえていた。「…ったく、アイツら…」
「お兄ちゃん」部屋の外から、妹の声がする。「着替え終わった?」
「お、おう…」秀俊は携帯の電源を切ると、襖(ふすま)を開けて部屋から出て行った。

「うわー…結構ヒト居るねー」
千尋が思わず声を上げてしまう程、千歳神社への参拝客は多かった。
「何でも500年近く続いてるらしいよ」とつかさ。「それに、此処には最高の見物があるからね」
「何さ、その見物って」時哉が尋ねる。
「すっごく綺麗な2人の巫女が新年の舞いっていうのを披露するの。あたし昨年見たケド、ホンットに綺麗なんだよ。秀俊クンだったら絶対に萠えると思う」
「ふーん…」と祥一郎。「うわ、縁起物の屋台もすげぇ並んでんな…」
「ホントだー、向こう側見えないですねー」湊が言う。「あ、この縁起飴おいしそうですー」
「弥勒君も来れば良かったのにっスね」と知之。
「あんなん来んでええっちゅうねん」烈馬が言う。「あ、本堂の方におみくじあるみたいやで」
「折角だから引いてみようか」嬉しそうに言う千尋。
「俺パス」祥一郎が言う。「別にそんなんいいじゃねぇか」
「えー、折角だから引いてましょうよー」と湊。
「そうっスよ、もしかしたら良い事書いてあるかもっスよ」知之が言う。
「良い事書いてなかったらどうするよ」
「まぁまぁ、取り敢えず行ってみようさ」
と、その時。
「…うわっ?!」知之がその場で派手にすっ転んだ。
「お、おい麻倉君?!」驚く烈馬。「急にどないしたんや?」
「痛てて…何か今後ろから押されて…」
その時、後ろから男の声がした。
「だ、大丈夫かい?」
「あ、えーっと…」知之は振り向いて言う。「あなたは…?」
「あ、僕は先刻君を押しちゃったヒトの夫で…」
「ちょっと元、何やってんのよ」前からブラウンのコートを着た女が来て言う。
「初美」元と呼ばれたその男は言う。「何って、君がこの子を押しちゃったんだろ?」
「ヘンなこと言わないでよ、あたしそんなことしてないわ」
「何言ってるんだ、僕と千賀子はちゃんと見てたんだぞ」
「そんなこと言って、その千賀子は何処にも居ないじゃない」
「ちょ、ちょっとはぐれただけだよ、もうすぐにも…」振り向く元。「あ、ほら」
その方向には、着物姿の女とスーツ姿の男が走ってこちらに向かってきているのが見えた。
「おい、また痴話喧嘩してんのかお前ら」男の方が言う。「こんなトコで見っともないだろ」
「だって正彦、元ったらあたしが男の子突き飛ばしたって言うのよ?」
「いえ、現に初美さん、その子押しちゃってましたよ…」女の方が言う。
「ちょっと、千賀子までヘンな言い掛かりつける気?」初美と呼ばれた女は逆上して言う。
「あ、あのー…」知之は場の雰囲気に思わず挙手して言う。「ぼ、僕だったらそんな大した怪我じゃないんでいいっスよ…」
「え?で、でも…」千賀子と呼ばれた女が言う。
「本人がそう言ってんだからもういいじゃない」と初美。「ほらさっさと行きましょ。ショップの初売り始まっちゃうわ」
そう言うと初美はさっさと先に進んで行ってしまった。
「ちょ、ちょっと初美…」元は知之の方を向いて言う。「ホントにごめんね、初美っていつもああだから」
そして元達も初美について行ってしまった。
「…何なのさ、アイツら」と時哉。
「さぁ…?」

本堂のおみくじ売り場にも、沢山のヒトが並んでいた。
「ホンマに混んどんなー…」と烈馬。「あ、でも此処の列は他より空いとるっぽいな」
「じゃあ此処にしようぜ」祥一郎が言う。「さっさと引いてさっさと出よう」
列に並ぶ7人。そして数分後、彼らの番が来た。
「すみませーん、おみくじお願いしまー…」係の男性に掛けた烈馬の声が止まった。「…え?」
「ん?どうしたさ、矢吹?」時哉が尋ねる。
「よ、吉田先生…?!」
「は?吉田がこんなトコに居る訳ねぇ…うわっ、ホントさっ!!」時哉も目を丸くする。おみくじの係員は、烈馬の担任である吉田だったのだ。
「や、矢吹に羊谷…?」吉田も吉田で驚いた形相である。「麻倉に篁も…お前ら、如何して…」
「如何してって、只初詣しに来ただけだぜ」と祥一郎。「アンタこそ、こんなトコで何やってんだ?教師が神社のバイトなんて聞いたことねぇぞ」
「え?このヒト先生なんですかー?」湊が言う。「先生がこんなトコに居ていいんですかー?」
「シーッ、お前らちっとは黙れ!」宥める吉田。「こ、これには歴とした事情があんだよ」
「何っスか、事情って?」
「此処の神社の神主はな、俺の嫁の兄なんだよ。で、その付き合いで仕方なーくこんなことやってんだ。だから断じてこれはバイトとかではないんだっ」
「…ホントかなぁ」苦笑いする千尋。
「まぁそれでいいんじゃない?」笑って言うつかさ。「どうでもいいけど、さっさとおみくじ引きましょうよ」
「ま、ほなとりあえず学校や他の生徒には秘密にしときますから」烈馬はそう言うと、吉田に100円玉を渡しておみくじを引いた。
「だから違うっつーの」吉田の弁明は、結局誰の耳にも届かなかった。

「ふーん、俺は中吉かぁ…」
おみくじ売り場から少し離れた木の下。時哉がおみくじを見て言う。
「わたしは小吉だってさ」と千尋。「あっ、でも恋愛は"今恋人が居る人は持続するでしょう"だってぇ」
「あ、俺のんも似た様なコト書いてんで」烈馬が言う。「末吉やったけどな」
「そんじゃ二人は今年も仲良くやってくってことさね」と時哉。「…あれ?どうしたのさ、篁?なんか鬱向(うつむ)いてっけどさ」
時哉は祥一郎が手にしたおみくじを覗き込んだ。そして、目を丸くした。
「凶?!」
「えっ、マジっスか?!」知之も覗き込む。他の面々もそのおみくじを垣間見た。「うわ、ホントに凶っス…」
「…ホントに凶ってあるのね」とつかさ。「あたし初めて見たわ」
「まぁ所詮おみくじやから、そない気ぃ落とさんと」烈馬が言う。
「うるせぇ、んな励ましは要らねぇよ!」苛立つ祥一郎。「だからおみくじなんて引きたくなかったんだ」
「まぁまぁ…」と湊。「あ、私、悪いおみくじは木に結べば良くなるって聞きましたよー。私も吉であんま良くないですから、一緒に結びましょ」
「…あぁ」祥一郎は湊に連れられて木にそれを結び始めた。
「…意外とこういうの気にするタイプやったんやな」と烈馬。「あ、そう言えば麻倉君とつかさちゃんはおみくじどないやったんや?」
「あ、そう言えばまだ見てなかったっス…」おみくじを広げる知之。「…あっ、大吉っス!!」
「おおーっ」驚きの声を上げる一同。ちなみにその瞬間、祥一郎は知之の方を睨みつけた(笑)。
「うわー、すげぇなマクラ」と時哉。「おっ、恋愛なんか"片想いの人は今年が大チャンス"って書いてるさ」
「えっ?!」知之はその箇所を凝視した。「ほ、ホントっスか…?」
「良かったなぁ麻倉君」と烈馬。
「え?知之クンって誰か好きなコ居るの?」つかさがきょとんとした顔で言う。
「えっ…」知之は言葉を失くした。「ま、まぁ居たらいいなぁ、みたいな感じっスね…ははは」
「ふーん…そうなんだぁ」とつかさ。
時哉と烈馬と千尋は、"本当にこのおみくじ通りになるのかぁ?"という表情で顔を見合わせた。
「あ、そういやあたしのもまだ見てなかったわね」つかさも徐(おもむろ)におみくじを開く。「…あ、あたしも大吉だ」
「何ぅっ?!」おみくじを結び終えた祥一郎は、つかさのおみくじに駆け寄った。「この倖福せ者コンビめぇ…」
「ほらほら落ち着け、篁…」と時哉。「あ、恋愛は"身近な人に告白されるかも"だってさ」
「身近なヒトかぁ…」つかさは周囲を見廻す。
「えっ…」つかさと眼が合った瞬間、知之の心臓は大きな鼓動を1つ打った。
「…誰だろね?」
知之をはじめ、その場に居た大半がつかさのその発言にずっこけた。
「バイト先の先輩はこないだ彼女出来たって言ってたし…隣の家の高月さんはおじいさんだし…烈馬クンには千尋が居るしなぁ…」
(相変わらず無頓着やなぁ…)烈馬は心の中で呟いた。

「…あと3分か…」
秀俊は壁の時計を見て呟いた。
「お兄ちゃん、いい加減諦めたら?」寿美が言う。「毎年のことなんだからさ」
「…はぁ」
「ほら、そろそろ行くよ」
「うー…」服の端を寿美に引っ張られながら、秀俊は或る場所に向かった。
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おまけ
100%お正月話でございます。
つっても書いたの4月頃なんですけどねぇ^^;
ちなみに僕はあんまこういう感じの初詣行ったことないんで、よく分からず書いてるシーンも数箇所ありますので(爆)。
おみくじのシーンは書いてて面白かったです(笑)。

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