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File2 思いがけない邂逅
「はぁ、何とか間に合ったっスね…」
人混みの中を掻き分け、知之達は本堂の前に特設された舞台の前に辿り着いた。
「羊谷先輩達が出店で立ち止まってたからですよー」息を切らしながら言う湊。
「いや、こーゆーの久々だったからさ、ついつい」と時哉。その手には綿飴と焼きそばと射的の景品があった。「ほら、取り敢えず間には合った訳やし」
「1分前切ってるけどな…」祥一郎が腕時計を見ながら言う。「んで?その新年の舞いってのはホントに此処で合ってんのか?」
「まぁこんだけヒトが居るんだからそうでしょ」とつかさ。「…あ、出てきたわよ」
一同は舞台の上に眼を遣った。真っ白な装束に身を包んだ2人の少女が、両手に扇を持って優雅な舞いを披露していた。厚めの化粧をしているがまだ知之達と同じかもっと若いくらいなのだろう、身長も150cm程度のようだ。何百人と居る観衆は皆、その巫女の舞いに魅了されていた。
「うわー…ホントに綺麗ですねー…」湊はため息をつく様に言った。
「ホンマ、なんやこっちまでうっとりしてくるなぁ」
「これ、500年前からずっとこうなんっスかね?」
「この舞い自体は江戸時代中期頃かららしいよ」
「へぇー…って、え?」知之はその解説者の方を見た。「あ、先刻の…」
「あ、先刻は…」相手もどうやら今そうだと気付いたらしい。「妻の初美がホントにごめんよ。あ、僕は小柳 元って言うんだ」
「いえいえ、ホントに大した怪我じゃなかったっスから」笑って言う知之。「ところで先刻の…江戸時代がどうとかっていうのは…?」
「ああ、江戸時代に全国的な飢饉があって喘いでいた或る年の元日に、当時この神社の巫女だった2人の女性がこんな風に舞いをしたんだ。そうすると立待ち、穀物が實(みの)って飢饉が解消したんだそうだよ。それ以来この神社では、毎年元日に2人の巫女が舞いを披露するのが恒例行事になったんだってさ」
「へぇー…歴とした由来があるんやなぁ…」と烈馬。「ところで、なんで小柳さんはそない詳しゅう知ってはるんですか?」
「ああ、僕や先刻一緒に居た千賀子や三木はこの辺りで生まれ育ったんだよ。小学校の社会科の授業で教わったんだ。ちなみに初美は此処に来るのが今日が初めてらしいけどね」
「そうなんですかぁ…」千尋が言う。
「確か此処の神社の神主は変わった苗字だったんだけど…何だったかな」
「確か神主って、吉田センセの奥さんのお兄さんだったわよね」とつかさ。「じゃあ吉田じゃないわけね」
「うん、確かそんな苗字ではなかったと…あ、もうすぐ舞い終わるよ」
舞台上の2人の巫女は、扇を畳み丁寧なお辞儀で舞いを終え、舞台袖に去っていった。観客の拍手はしばらく止む事がなかった。
「ふぇ、もう終わったのさ?」時哉は林檎飴を頬張りながら言う。
「…あんた先刻林檎飴なんて持ってたっけ?」呆れ顔で言うつかさ。
「買いに行っとったんかい…」と烈馬。「それにしても、あの巫女の顔どっかで見たことあるような気がするんやけどなぁ…」

「此処で毎年お雑煮を只でご馳走になれるのよ」
つかさの案内で一同は、テントの下に多数の長机と椅子が並んだ休憩所に着いた。此処もかなり人で混み合っていた。
「まぁ確かに先刻から歩き詰めだから、ちょっと此処で休もうか」千尋は椅子に腰掛ける。
「それじゃ、あたし7人分のお雑煮もらってくるわね」つかさは鞄を椅子に置いて言う。
「あ、じゃあ僕もついて行くっスよ」と知之。「7人分なんて1人じゃ持ちきれないっスから」
「じゃあ私も行きますー」湊が挙手して言う。
「んじゃ頼むわ、俺もだいぶ疲れてもーたから」と烈馬。3人は大きな鍋が置かれた方に向かった。
「あー、お雑煮ってどんなんだろ、楽しみさv」時哉は備え付けの割り箸をもう手にしている。
「…お前、まだ喰えんのか?」呆れ顔の祥一郎。
「え?こんくらい普通じゃないさ?」呆気羅漢(あっけらかん)と言う時哉。
「…悪ぃけど見てるこっちが気持ち悪く…あ」
「ん?何や?」烈馬は祥一郎の視線の先を見た。「お、あれってもしかして先刻の巫女とちゃうか?」
「あ、ホントだー」と千尋。「隣に居るのは神主さんかな?」
「さり気に後ろに居んの吉田だな」祥一郎が言う。「マジで親戚だったのか…」
「あ、こっち来るみたいさ」
2人の巫女は参詣客に丁寧にお辞儀をして廻っていて、祥一郎達の座っている長机のところにもやって来た。
「明けましておめでとうございまーす」と千尋。
巫女は黙ってお辞儀をし、立ち去ろうとした。
「あのー、ちょっといいですか?」烈馬は巫女の一人、髪の長い方に話し掛けた。巫女は顔を伏せるようにしてそれを振り切ろうとした。
「お、おい、矢吹…?」巫女の後ろに居た吉田が烈馬を制止しようとするが、烈馬は巫女の顔を間近に見ることとなった。
「あーっ、矢っ張り君は…!」烈馬が大声を挙げようとした瞬間、巫女は彼の口を手で塞いで言った。
「…ちょっと黙れ、矢吹…」

 
「ええっ?!じゃあ巫女って、弥勒君と寿美ちゃんだったんっスか?!」
雑煮を持ってきた知之が驚いて言う。
「…ああ」髪の長い方の巫女、女性の格好をした弥勒 秀俊がそっぽを向いて言う。
「私達、この神主の敏樹おじさんの甥と姪でね」髪の短い方の巫女、寿美が言う。「私の他に女の子が居なかったから、私が3歳くらいの時から2人でずっとこれやってるんです」
「へー、神主の甥と姪ね…」祥一郎が雑煮を啜(すす)りながら言う。「…っておい、待てよ、てことは…」
「あっ、それじゃあ弥勒と吉田っ…」驚きの余り教師の名前を呼び捨てにしかける時哉。「…吉田、先生って…」
「ああ…俺とこいつは正真正銘の親子だ」
「何いいぃぃっっっ?!」一同は再び驚嘆に沸いた。
「た、確かに吉田先生って弥勒君に妙に優しいような気がしとったけど…」と烈馬。
「あ、じゃああたしらがクリスマスの時に見たのって…」つかさが言う。
「ん?お前ら、オイラと親父がレストランに居たの見たのか?」
「ちょ、ちょっとっスよ…」苦笑いする知之。
「にしても…黙っとったらホンマに女の子にしか見えへんで…」烈馬は秀俊を凝視しながら言う「馬子にも衣装っちゅうんはホンマやな」
「ま、孫が、何だって?」秀俊は頭から?マークを生やす。
(…やっぱ分かんねぇんだな)祥一郎は心の中で呟いた。
(絶対矢吹君、弥勒君が分からないと思って言ったっスね…)知之も心の中で言った。
「んで?アンタそのカッコいつまでしてるの?」とつかさ。
「…一応、6時にもう1回舞いがあっから、それまではこのまんまだよ」
「お客さんへのサービスもありますからね」寿美が言う。「でも私はこのカッコ好きだけどなぁ」
「お前は女だからだろ…」と秀俊。
「あ、そろそろこんな時間か…」神主の敏樹が言う。「秀俊、寿美、私は本堂の方に戻るから、お客さんにきちんと挨拶しておきなさい。陣也君、後は頼んだよ」
「あ、はい…」いつも生徒には手厳しい吉田が敏樹に素直に従っている姿は、生徒らにとってちょっと滑稽なものであった。「…お前ら何笑ってんだ」
「い、いえ…別に…」時哉は気不味そうな表情をした。

出店の立ち並ぶ参道を、巫女姿の秀俊と寿美は吉田と共に、参詣客にお辞儀をして歩いている。
「…にしても、ホントに秀俊クンにこんな一面があったなんて驚きだよねー」その様子を見て千尋が言う。
「さてと、おもろいモン見れたし、俺らもどっか行こか」伸びをして言う烈馬。「…って、まだ何か喰うんかい!」
「…ふぇ?」時哉は、たい焼きの屋台の列の最後尾に並んでいた。
その時だった。
「きゃあああぁぁぁっっっ!!」
「えっ…?」たい焼きの屋台の向こう側から、女性の悲鳴が聞こえた。
「な、何?」驚く湊。「屋台の向こう側はあんまりよく見えないですー…」
「屋台の隙間も通れそうにねぇな…くそっ」祥一郎は参道の人混みを分けて走り出した。
「ちょ、ちょっとにい…篁君!」知之はつまづきそうになりながら跡を追う。
祥一郎は何とか屋台列の端に辿り着き、更に速度を上げて悲鳴のあった方へ向かう。
「……?」其処には大きな老木があり、その下にコート姿の女が倒れていた。その傍らには着物姿の女も居た。「先刻の…」
「あ、あの…初美さんが…」着物姿の女――先刻千賀子と呼ばれていた女だが――は怯えた表情である。
「え?」祥一郎はコート姿の女に眼を遣った。初美という名らしいその女の足には、一本の破魔矢が刺さっていた。若干出血もしているようだが、意識はまだあるようだ。「お、おい…これってどういう…?」
「わ、分かりません…私が此処に来た時にはもうこんな状態で…」
「おい、どうした千賀子?!」彼らの背後から、元やもう一人の男性――確か三木と呼ばれていた――、それと知之らも駆けつけた。「は、初美?!」
「おい千尋、急いで救急車を」と烈馬。
「いや、この程度なら応急処置でも何とかなるだろう」三木はそう言うと、初美の足に近付き応急処置を始めた。
「え?あなたは一体…」知之が言う。
「俺は医者だ、これくらい何とかなる」三木はポケットの中から包帯を取り出して言う。「動脈はやられてないみたいだな」
「でもお前、どうして包帯なんか…」と元。
「こういうことがあった時の為に、一応恒に持ってんだよ」
「……」祥一郎はその様子を見詰めていた。
「おーい、大丈夫ですかー?!」
「え?」振り向くと、其処には吉田と2人の巫女が駆け寄ってくるのが見えた。「あ…」
「あ、お前ら…」巫女姿の秀俊が思わず声を上げてしまった。
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おまけ
秘密ってのはこういうことだったのですよ。ええ。
クリスマスの時にもこそーりと(あんまこそーりでもないが)伏線張ってみたりして。実は秀俊の初登場話である「ライヴァル」で寿美の名前を出した頃にはもうこの設定決まってました。
ちなみに補足。「秀俊」にも「寿美」にも「敏樹」(神主さん)にも共通してるから分かると思いますが、この一族は名前に「とし」を入れなければならないという仕来りがあるんです。(吉田センセに入ってないのは彼が入り婿だから)
それを頭に入れてこの神社の名前をもう一度ご覧下さい。…はい、そうです。「千神社」。この時点で既に「とし」が入ってたのですよ。けして被害者のご主人の元さんと引っ掛けて「元ちとせ」なんてつまらない冗談をかます積もりは無いのです。(爆)
あ、ちなみに今回の人名は正月っぽい漢字や言葉を1〜2個含んでるのですよ。小柳 初美→「初」、小柳 元→「元」、三木 正彦→「正」&「みき」(お神酒)、新田 千賀子→「新」&「賀」
あ、あと第1話で明らかになった祥一郎のおみくじ気にするキャラと、今回明らかになった時哉の大食いキャラは今回思いついて入れちゃいました。(爆)

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