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偽りの銃弾


File3 〜空白の時間〜
程無く、千葉県警の刑事や監察らがやって来た。
「つまり今までの話をまとめるとこういうことですね」千葉県警刑事の堀内がメモを取った警察手帳を見ながら言う。「今日の昼間、たまたま被害者の高浜さんに砂浜で出会い、夜中彼の部屋に電話をかけたが応答が無く、気になったあなた達はこの彼の部屋にやって来て、ドアに灰皿が挟まり鍵がかかっていなかったので部屋の中に入った。すると部屋の中で死亡している彼の死体を発見した…。間違っている点はないですね」
「はい…」峰岸が言う。
「堀内警部補」高浜の死体の横にしゃがんでいる鑑識員が言う。「詳しい事は解剖してみないと解りませんが、恐らく死因はショック死…銃を撃たれたことによるショック死かと思われます」
「死亡推定時刻は?」堀内が訊く。
「恐らく…今から1〜2時間前と思われますので、9時半から10時半頃ではないかと…」
「9時半から10時半か…皆さんはその頃どちらに?」今度は篁達の方に向いて訊く。
「わたしは…」眼鏡をかけた海瀬が言う。「9時前に麻倉君達の部屋に電話をかけて、それからホテルの自分の部屋のテレビでドラマを見てました…。で、ドラマが終ってから――9時50分頃だと思うんですが――、ホテルの売店に飲み物やおつまみを買いに行きました」
「差し支えなければ、その電話の内容を教えてもらえますか」
「大した事じゃないですよ、ただ10時からわたしの部屋で一緒にトランプでもしないかって。ヒマでしたから…」
「なんでまた1時間後に?」
「そのドラマをひとりで見たかったっていうのもあるし、あと同じ部屋に泊まってる麻那美がそれ迄に戻ってくるかなって…」
「磯貝さんはどうしてその時部屋にいらっしゃらなかったんですか?」堀内は磯貝に訊く。
「あ、あの、8時半頃部屋に戻ってきたらドアの下の隙間にメモがあったので…」
「メモ…?」
「はい…9時にホテルのプールに来てくれって、支配人の邑井さんから…」
「え?」現場に朱牙と共に来ていた邑井が驚いたような声をあげた。「私はそんなメモ書いた覚えはないですけど…」
「でも私はちゃんと受け取りましたよ?」と磯貝。「そのメモは捨ててしまいましたけど…」
「叔父さんからなら僕もメモがドアの下に挟まってたよ」峰岸が言う。「僕はプールじゃなくタクシー乗り場の方に来いって…」
「どういうことなんですか、邑井さん?」堀内が尋ねる。
「い、いや、私は本当に知りません…現に9時頃は黄君と一緒に仕事をしてましたし…」
「本当ですか?」と堀内。
「邑井さんは確かに僕と一緒でした」朱牙が言う。「晩ご飯食べ終わった8時半頃から死体見つかったって連絡受けるまでずっと僕達従業員と一緒に支配人室で仕事を…」
「てことは誰かが邑井さんの名前を使って磯貝さんと峰岸さんを呼び出したって訳か…」と篁。
「二人とも呼び出された場所に行ったんですか?」堀内が尋ねる。
「ええ、私はプールの方に行きました…いつまで経っても邑井さんが現れないので、10時半頃自分の部屋に戻りました」
「僕もタクシー乗り場にいましたよ。僕は11時近くまで待ってましたけどやっぱり誰も来ませんでした」
「峰岸さんもその後海瀬さんの部屋に?」
「はい、部屋に戻ったら松浦の置き手紙があったので…"今海瀬のいる1113号室で飲んでるから戻って来次第お前も来い"って」
「じゃあ松浦さんは海瀬さんの部屋にいたんですね?」
「ああ…」松浦が言う。「俺も9時前にヒロから電話もらってたからな」
「松浦君は確かに10時過ぎに来ました」と海瀬。「ねぇ、麻倉君」
「は、はい…」と麻倉。
「それまで松浦さんはどこに?」堀内が尋ねる。
「部屋で音楽聴きながら本を読んでたよ。これでも大学院生だからな」
「君達はみんな一緒に行動していたんだね?」堀内が篁達に訊く。
「大体はね」とつかさ。「部屋に帰ってきてすぐだから9時前頃かな、あたしと千尋は大浴場の方に行ったけどね」
「俺達も交代でシャワー室に入ったりしてたけど大体一緒だったさ」羊谷が言う。「10時に海瀬…先生のトコに行ってからは海瀬先生と一緒だったしさ」
「皆さんは高浜さんと一緒に食事をなさってたようですが、何時頃別れたんですか?」と堀内。
「大体8時半頃やったと思うで」と矢吹。「それから俺たち、海瀬サンたち、高浜サン、邑井サンと黄サンがそれぞれ別々に帰って行ったんや。海瀬サンと松浦サンはみやげ物を買いに他の2人とは別方向に行ってたみたいやけどな」
「ああ、それは確かだ」松浦が言う。「4人分のみやげを夕食後に俺とヒロがまとめて買うのはいつものことだからな」
「邑井さんもお食事一緒だったんですか?」
「たまたま彼らと同じ"蓬莱"で食事をしていたんですよ。私と黄君は毎日あそこで食事してますから」と邑井。
「ということは…」堀内は手帳を見ながら言う。「8時半に自室に戻った高浜さんを殺害出来たのは、松浦さん、海瀬さん、磯貝さん、峰岸さんの4人ということになりますね」
「え…?」
「だってそうでしょう?このホテルにいる人間のうち、高浜さんと面識のあったのはあなた方4人とこの高校生6人、それに邑井さんと黄さんの12人。で、高校生6人と邑井さん、黄さんにはアリバイがあるんですから、残りはあなた方4人ということに…」
「ちょっと待ってくださいよ、刑事さん」と松浦。「確かにそうですけど、俺たちだって高浜さんとそれ程親しいってわけじゃない。今日初めて会ったんだから」
「そうですよ。今日初めて会った人なのに殺したりするはずないじゃないですか」磯貝も反論する。
「それに、高浜さんは銃で撃ち殺されたんでしょう?銃ってそう簡単に用意できるような代物じゃないですよ」と峰岸。
「そうね、わたし達を疑うんだったら先にそういうこと把握しておいてもらわないと」と海瀬。「というわけでわたし達は部屋に戻ってもいいですか?」
「…まぁ、いいでしょう。とりあえず、硝煙反応の検査だけ受けてください」
篁はふと帰ろうとするその4人を見た。
「あれ…?」
「え?どしたの?」千尋が訊ねる。
「いや…何か違和感が…」
「違和感?」

4人が部屋に戻ったあと、篁がふと言った。
「…もしかしたら、たまたま初めて会ったって訳じゃないかもしれねぇな」
「え?どういうことっスか?」
「つまり、犯人はあの中にいて、予めここで高浜さんと落ち合う事にしてたんだよ。だから…ん?待てよ、もしかしたら…」
「もしかして、犯人の目星でもついたんか?」と矢吹。
「いや、まだ決定的な根拠も何もねぇから何とも言えねぇな」篁は徐(おもむろ)に現場である706号室に入って言った。「何か証拠でもあればいいんだけどなぁ…」
「コラ、君たちもそろそろ部屋に戻りなさい」堀内が篁を制した。
「しゃーねぇなぁ…折角事件解決に協力してやろうと思ってんのに…」
「え?」
「あれ、知らないんだ?祥一郎クンって今迄幾つか事件解決したことあるんだよ」つかさが自慢気に言う。
「秀文高校の事件とか、氷上島の事件とか聞いたことないさ?刑事さんなら知ってると思うんだけど」と羊谷。
「あぁ、その事件なら聞いたことありますよ、確か篁っていう高校生が…って、まさか…」堀内は篁の顔をまじまじと見つめて言った。「まさか、本当に君が…?」
「まぁな」篁は素っ気無く言う。
「んじゃ、そういう訳だから現場見させてもらいますね♪」と千尋。一行は堂々と現場に入っていった。

死体の顔には布がかぶさられていたので、千尋やつかさも怖(お)じ気ずくことなく見られた。死体の横に跪(ひざまず)いて篁はよく死体を視た。「…濡れてるな」
「え?」麻倉も死体に近寄る。「あ、ホントっスね、少し湿ってるっス…」
「死亡推定時刻でも狂わそうと思たんとちゃうか?」と矢吹。
「いや、それはないですね」堀内が言う。「死体を水で濡らしても死斑や死後硬直に直接の影響は出ませんからね」
「そういえば…」つかさが言う。「高浜さんってこの部屋で殺されたんでしょ?その割には血の匂いとかあんまりしないね…」
「そういやそうだな…気づかなかったさ」
「ん?てことは…」篁はふと立ち上がり、シャワー室にやってきた。
「ちょっと、どーしたの?」千尋が言う。他のメンバーも後続する。
「血の匂いがしねぇってことは血を洗い流したってことだ。カーペットが敷かれたあの部屋で殺されたならそんなことは無理に近いが…」篁はシャワーを手に取って言った。「もしも現場がここだったら?」
「そっか、犯人はここで高浜さんを撃ち殺して、血をシャワーで洗い流しちゃったんだ」とつかさ。
「でも、ほんならなんでわざわざリビングなんかに移動させたんや?」
「それは多分、後から入ってくるはずのオレたちに死体を見つけやすくするためだろうな。ドアに灰皿が挟まってたのも恐らく同じ理由だろう」
「鍵をかけないことで僕たちが簡単に部屋に入れるようにしたってことっスね」
「あれ…?」部屋を一通り見渡して千尋が言う。「そういえばこの部屋、あれがないね」
「あれって、何や?」
千尋はそのモノの名を口に出した。
「あぁ、そう言えば見あたらねぇさ」
「もしかしてリビングとか別の部屋に持ってったんじゃないっスか?」
「まさかぁ、あんなの他の部屋に持ってく必要なんてないじゃない」
「……そうか」
篁の脳裏に、ある1つの考えが浮かんだ。
「てことは、犯人は…」篁はシャワー室を飛び出し、どこかへ向かって走り出した。
「ちょ、ちょっと篁…?」他の5人も篁を追って出て行った。

そこは1113号室。海瀬と磯貝の部屋である。
「すみませーん、海瀬先生」篁がドアをノックしながら呼びかける。後続の5人はようやく追いついた。
「どうしたの?篁君」ドアを開けたのは海瀬だった。リビングには磯貝、峰岸、松浦もいた。
「あ、ちょっとトイレ貸してくれませんか?今ヤバくて…」
「それならさっきの部屋ですればよかったのに(^^;)」と麻倉がツッコむ。
「別にいいけど…」海瀬はそう言うと、篁達を部屋の中に招き入れた。篁は一直線にある部屋に向かった。
「…やっぱりな」篁は"それ"を手にして言った。
「ちょ、ちょっと兄さん、ここトイレじゃないっスよ?」篁の後を追って来た麻倉が言う。「…あれ?それ、なんで2つもあるっスか?」
「これが証拠になるんだよ」と篁。「これで容疑者は2人に絞られたけど…多分あの人だな」

篁と麻倉がその部屋から出てくると、他の4人はリビングにいた。
「ん?何だ?」篁達もその場にやって来た。
「あぁ、海瀬先生のカメラのフィルムを現像したのが届けられたんだって」と千尋。
「受け取り時刻を何時間も過ぎてたから、係の人が持ってきてくれたの」海瀬が言う。「ちなみに現像に出したのは松浦君とおみやげ買いに行った時だけどね」
「ふーん…」篁はその中の1枚をふと手に取った。麻倉も別の1枚を手に取る。
「あ、そういえば晩ごはんの時も写真撮ってたんっスね。昼間遊んでる時のとかも…あ、これ僕が撮ったヤツっスね」
「そうよ。結構上手く撮れてるね」海瀬が言う。
「…え?」篁は、自分の見ていた写真のある人物に着目した。そして、今目の前にいるその人物と見比べた。「…なるほど」
「ん?何さ?篁」
「ずっとひっかかってた違和感、やっと分かったんだ」
「そ、それじゃもしかして…」
「ああ、ようやく、犯人が分かったぜ」


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