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Final Harmony


第1話 Reunion
「あーあ、俺文化祭で弾き語りやりたかったさー」
商店街を歩きながら、時哉は溜め息雑じりに呟く。
「しょうがないっスよ、生徒会の出店が忙しいんっスから…」
彼を宥(なだ)めるように、知之が言う。
「でもそれだけだったらいーけどさ、なーんで俺達が態々(わざわざ)たこ焼き焼いたりかき氷作ったりしなくちゃいけねぇのさ?俺、たこ焼きなんて焼いた事ねぇさ」
「そんなこと言ったら僕も焼いた事ないっスよ?でもちゃんと矢吹君が教えてくれるみたいっスから、大丈夫だと思うっスよ」
「そうじゃなくて、なんでそもそも俺達が焼く事になったのかってことさ!」
「そりゃ、僕達が1年生で下っ端だからじゃないっスか」知之は、烈馬が家から持参したたこ焼き器と、知之の母、汐里が用意したかき氷器を用いた生徒会の出店で、自分たちがたこ焼きを焼く係になったことを納得したように言う。「篁君と矢吹君はかき氷に廻されたんだし」
「なーんで矢吹はたこ焼きじゃないのさ…」時哉はふと、前に見たことのある人影を見つけた。「あ、ユーヤさんさ」
「え?」知之が時哉の方を向いた時には、時哉は既にその金髪の人の元へ駆けていた。知之も取り敢えず追いかける。
「あぁ、トキヤじゃん、久しぶりだな」彼は時哉を見ると、人懐っこい笑顔で言った。「ん?そいつはダチか?」
「ああ、同じ高校の麻倉っていうさ」時哉は彼に知之を紹介する。「あ、マクラ、紹介するさ。この人は、土曜の夜この辺で弾き語りやってるストリートミュージシャンのユーヤさんさ」
「あ、一応本名は醍醐 佑也っていうんだ。よろしくな」佑也は笑って知之に言う。
「あ、どうも…」ちょっと遠慮がちな知之。
「それにしても、ユーヤさんが昼間にこんなトコにいるなんて珍しいさね。いっつも夜はここに居るけど」
「別に俺は夜型人間じゃねぇっつーの」時哉を小突く佑也。「俺は今から音楽教室に行くんだよ」
「音楽教室?」
「ああ、商店街の喫茶店の上にある音楽教室に、週3回行ってんだよ。やっぱ上手くなりてぇからよ」
「ユーヤさんくらい上手ならんなトコ行かなくてもいいんじゃねぇさ?」と時哉。
「俺なんてまだまだだ、オメーの方が上手いくらいじゃねぇか」再び佑也は時哉を小突く。「それに、俺がそこ行くのはそれだけじゃねぇんだぜ?」
「え?他に何があるって…」
「うーん…口で説明するよりも直接目で見たほうが早ぇかもな。よし、ついて来な、俺が案内してやるよ」
「え?え?」時哉が佑也について行ってしまうので、知之は戸惑いながらも二人について行くしかなかった。

「へぇ…全部の部屋が細かく仕切られてるんさね」
喫茶店の入口脇にある階段を登ってきた時哉と知之は、佑也に連れられるままある部屋に入ってきた。そこは10畳程度のところにキーボードと椅子、譜面台にアンプなどが置かれているだけの小奇麗な部屋であった。
「ああ。ここは12室こういう感じの部屋があって、全部防音装置が施されてるんだ。窓も2重になってるしな」と佑也。「で、俺たち"生徒"は予め何曜日の何時から何時までって時間と部屋を決めて、その時間内は自由に使えるって訳なんだよ」
「じゃあ、先生とかは居ないんっスか?」知之が聞く。
「いや、一応2人、不知火先生っていうヒト――この人がこの教室で一番偉いんだけど――と甲斐先生っていうヒトと2人いて、何か教えて欲しい時や何かあった時はこのインターフォンで呼べるんだ」佑也は部屋の壁に取り付けられたボタンを指差して言った。
「ふーん…結構便利さね」
「ああ。しかも結構穴場だから、生徒数も少なめなんだ。だから俺はここで3時間ゆったり練習できるってわけだよ」
と、その時、開け放していたドアから一人の少女が顔を出した。
「あ、醍醐さん来てたんですねー。今日はまだ来てないのかと思いましたよー」
「あぁ、湊ちゃんか」佑也はその少女を見て言った。「さっき、ばったりダチと会ったんだよ。ここ見たいって言うから、見せてやってたんだよ」
「へー…っって、まっ、まさか、麻倉先輩ぃーーっっ?!」
湊と呼ばれたその少女は、知之の顔を見た途端一気に表情を変えた。そして、きょとんとしている知之の手を掴み、声を弾ませて言った。
「やっぱり麻倉先輩だーっ!!久しぶりですー!!元気でしたぁー?!」
「え、えーっと…誰、っスか…?」知之はその少女のことが思い出せず微妙な表情のままである。
「えーっ?!先輩、わたしのこと忘れちゃったんですかぁ!?わたしですよぉ、園川 湊」
「みなと…?」知之は必死で記憶を思い起こす。そして、はっと少女の顔を見て言った。「…あっ!!み、湊ちゃんっスか?!」
「そうですよぉ、やっと思い出してくれましたぁ?」湊は安堵を含んだ笑顔で言う。
「マクラ、そのコ知り合いさ?」と時哉。
「あ、僕の中学の時の後輩で、園川 湊ちゃんって言うっスよ。僕が卒業してからずっと会ってなかったから、すごく久しぶりなんっス」
「へぇー…マクラにもこんなカワイイ後輩がいるんさねー…」
「湊ちゃんは俺と同じ頃この教室に来たんだよ」と佑也。「なんでも市のピアノコンクールで入賞するくらいらしいぜ」
「それ程スゴくないですよぉ」湊は笑って言う。「15人参加して入賞枠は12人なんだもん」
「そう言えば湊ちゃんってピアノ上手だったっスねぇ…僕らの卒業式の時"螢の光"弾いてくれたし」
と、その時。
「きゃっ、や、やめてください!」
ロビーの方から女性の声がした。
「え?何っスか?」知之と時哉は、ドアを出てロビーの方を見た。そこには、若い女性と酔っ払った中年の男性が居た。声の主はその女性のようだった。
「どーせまた不知火先生だろ?」部屋の中に居た佑也が言う。
「え?不知火先生ってココで一番偉いっていう?」と時哉。
「不知火先生ってね、酔っ払ってはいつももう一人の甲斐先生にイヤガラセする悪いクセがあるの」と湊。「あれでも不知火先生って昔はすごく有名なプロピアニストだったんだってー」
「へぇ…あのエロオヤジがねぇ…」と時哉が呆れて言うと、入口から30代くらいの女性が入ってきた。
「あら、不知火先生?何なさってるんです?」彼女は持っていた木の棒で不知火の肩を叩いて言う。
「い、稲垣君…」不知火は彼女の顔を見て若干酔いが覚めたようだった。
「まさか不知火先生、あたしから甲斐先生に乗り換えようとかいうおつもりじゃないですわよねぇ」稲垣と呼ばれたその女性は、独特の"色気"で不知火に言い、付け爪をした手で彼の頬を触る。
「は、ハハハ、そんなワケないだろう…」不知火は引きつった笑顔で言う。「私はただ甲斐君の落としたコンタクトを探してあげてただけだよ、なぁ甲斐君」
「え、ええ…」甲斐は大人しげに言い、ロビーの奥に引っ込んでいった。
「相変わらずすげぇな、稲垣のババァ」いつの間にかロビーの様子の観覧に加わっていた佑也が言う。
「な、何なのさ、あのオバサン…」時哉が言う。
「あの人、稲垣 みきっていって、ママさんバンドのドラムスやってんだけどな、この教室じゃあ不知火先生とアイツが出来てんじゃねぇかって噂が立ってんだよ。あの女、一応あれでも1児の母だぜ?」と佑也。
「"出来てんじゃねぇか"っていうか、完全に不倫してるっスよね…?」知之はふとその時、ロビーとは反対方向の廊下を見た。自分たちと同じようにドアから顔を出している若い男の姿が見えた。男は知之に気付くとゆっくり部屋に戻っていってしまった。
「…?」知之は不可解な表情でその様子を見ていた。

佑也が一人で練習をしたいと言ったため、知之と時哉は向かいの湊の部屋に移ることになった。
「へぇ、"パッヘルベルのカノン"練習してるさ?」時哉は部屋にあったキーボードに置かれた楽譜を見て言う。
「うん、今度学校でやることになって」と湊。
「随分難しい曲やるんさね…ん?」時哉はふと2重になっている窓の外を見て言った。「あれ、甲斐先生どっか行ってるさ」
「え?」知之と湊も外を覗いてみる。確かに、講師の甲斐が一人どこかに向かっていた。「どうしたんっスかね?」
「さぁ…何か買い出しにでも行ったのかなぁ」と湊。「あ、そう言えば麻倉先輩」
「ん?何っスか?」
「先輩って、今付き合ってる人っているんですかー?」
「え゛…?」知之は急な質問に戸惑い、赤くなってしまった。知之はつかさに思いを馳せているのだから。「え…えーっと…」
「もしかして湊ちゃん、マクラのこと好きなのさ?」なかなか答えようとしない知之に業(ごう)を煮やした時哉が横槍を入れる。
「えっ」既に真っ赤っ赤の知之と、少し頬を赤くさせた湊の声が揃う。
「もぉーやだなぁ羊谷先輩ぃ」と湊。「そんなダイレクトな質問されちゃったら、あたしホントのこと答えにくいじゃないですかぁ」
「…え?」知之は、湊の言葉がどういうことを意味しているのか察知した。となると尚更自分が片想いをしていることなんぞ言える訳がない。知之は真っ赤っ赤の頬をなんとか戻しながらキーボードに向かう。「あっ、えっ、えーっとっ、ドはどれかなぁー…」と適当な鍵盤を叩いて紛らわす。
「麻倉先輩…、それ全然違う音ですよ(^^;)」少し呆れた顔でツッコむ湊。「あっ、そっかぁ、先輩あたしのこと好きだからテレちゃってるんですねぇ?」
「…ふぇ?」自分に近寄る湊に、知之は意味不明な焦りを抱いた。
「先輩のそーゆートコあたし大好きなんですよぉ」湊はどんどん近寄る。傍(はた)から見てる時哉は、湊の窮極のプラス思考さに呆れと驚きを感じた。そして、だんだん知之がヤバくなってるのも分かった時哉は、取り敢えず知之を救い出す事にした。
「な、なぁ湊ちゃん」
「え?何ですか、羊谷先輩」湊はごく普通に時哉の方に向いた。
「ピアノ…"カノン"どれくらい出来てるか聞かせてもらっていいさ?あ、ほら俺、湊ちゃんがどれ位上手いのか知らねぇからさ」――こんなんじゃダメかなぁ、時哉は正直そう思っていた、が。
「あ、いいですよぉ☆」――随分単純なヤツ…(^^;

「へぇ…なかなか上手なモンさ」
湊の演奏を聴き終え、時哉は言った。「ちょっとだけミスがあったけど、全然大丈夫だと思うさ」
「ホントですかぁ?ありがとうございますー」湊は満面の笑みを浮かべた。「やっぱり麻倉先輩を想って弾くと格段に違うんだぁ」
「…ふぇ?」――まだ諦めてねぇんだな、時哉は叉湊に呆れる。
と、その時。
「おい、時哉!」急に部屋のドアが開き、佑也の声が飛び込んで来た。
「ど、どうしたさユーヤさん、んなに慌てて…」と時哉。
「どーしたもこーしたもねぇんだ、早く来てくれ!」
「ちょ、ちょっと…」時哉は佑也に引っ張られていった。知之と湊はその後を追いかけていった。

時哉が佑也に連れて来られたのは、「講師室」と書かれた看板のある部屋だった。部屋の前には講師の甲斐がいた。
「ん?ここで何があったさ?」引っ張っている佑也の手を離れた時哉は、甲斐の表情が尋常でない事に気づいた。知之や湊にもそれは理解った。
「とにかく、中見てみろ」と佑也。「それから、親父さんに状況電話してくれ」
「え?それってどういう…」時哉達は部屋の中をゆっくり覗き込んだ。そして、佑也の言葉の意味することを知った。
「きっ、きゃあああぁぁぁっっ!!」湊の悲鳴が響くその部屋の中には、血の海の中で背中にナイフを突き立てられて倒れている講師の不知火の姿があったのだ。
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