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Final Harmony


第2話 Key-Board-Word
「し、不知火さん?!」時哉は倒れている不知火に近付く。しかし、不知火の背中に生えたナイフや、辺り一面に散らばった血は、確実に彼の命を奪ったことを時哉に知らせる。時哉は急いで携帯電話を取り出し、彼の父親に電話をかけ始めた。
「あ、オヤジさ?俺、時哉」知之も時哉の傍で不知火の死体を見た。その時彼は、不知火の右手が床に置かれたキーボードの上にあることに気付いた。
「これは…?」しかし楽譜も読めない彼にとって、それが何を意味するかはわからない。取り敢えず部屋の外に居る湊と佑也、甲斐の元に向かった。
「ね、ねぇ麻倉先輩…不知火先生もしかして…」と湊が恐る恐る訊ねる。
「…残念っスけど、死んでるっス…」
「そ、そんな…」甲斐や佑也も表情を暗くする。
その時、教室の並ぶ廊下の方から車輪の音がし、間もなく車椅子に乗った一人の男性が現れた。「どうしたんですか?さっきの悲鳴…」
「井手君…」と甲斐。「実は、不知火先生が亡くなって…」
「誰っスか?あの車椅子のヒト…」知之がこっそり訊く。彼にとってその男性は初見ではなかった。不知火と甲斐、稲垣のやりとりをこっそり見ていた時、同じようにその光景を覗き込んでいたのがその男性であったからだ。
「井手 展彦って言って、慶光(けいこう)大の大学生だ」と佑也。「何でも、2ヶ月くらい前に事故で足を骨折したらしくて、それ以来ずっと車椅子なんだとよ」
「ふーん…あ、そうだ佑也さん」
「ん?なんだ?」
「一応、他の生徒の人たちにも言っておいた方がいいんじゃないっスか?」
「ああ、そうだな…でも、今他にここに居る生徒っつったら、あと一人しか居ねぇけどな」佑也はそう言って教室の方に向かった。

警察官である時哉の父、惣史が音楽教室にやって来たのは、それから十数分後のことであった。
「死亡したのはこの音楽教室の室長兼講師の不知火 明義さん、46歳、死因は背中に突き立てられたナイフによる失血死か…。死亡推定時刻は?」羊谷刑事が部下に訊く。
「不知火サンが死んだ時間なら、検死しなくてもわかるさ」と時哉。
「え?」
「不知火サンは、ここに居る甲斐サンがノートやペンを買いに午後3時50分頃出かけるまで生きてたそうさ」
「本当ですか?」羊谷刑事が甲斐に尋ねる。
「あ、はい…」と甲斐。「丁度ここを出る時時計を見ましたから…4時過ぎに帰って来たら、不知火先生が亡くなっていて…」
「なるほど、ということは3時50分頃から4時過ぎ頃までってことだな…」警察手帳にメモを取る羊谷刑事。「その時、ここの教室にいた生徒は?」
「俺とマクラを足して6人さ」時哉が答える。「まぁその内湊ちゃんは、ユーヤさんが呼びにくるまで俺やマクラとずっと一緒に居たからアリバイはあるけどさ。な、マクラ」
「うん、そうっス」
「この講師室は荒らされたり物色されたりといった形跡は見当たらないから外部犯の可能性は薄そうだし、ナイフは背中に刺さっていたから自殺の可能性もない…やっぱり生徒の中に犯人が居るってことか」
「事情聴取すんだったら、もう全員ロビーに集めてるぜ?」
「…オメーだいぶ段取りわかってきたよな」少し呆れ顔で言う羊谷刑事。
「そぉさ?」

羊谷刑事が生徒に事情聴取している間、知之と時哉は現場に居た。
「確かに、この手は少し気になるさ…」知之が指摘した死体の右手を見て時哉が言う。
「やっぱり羊谷君もそう思うっスよね?なんか明らかに偶然じゃない感じっスよね」
「よーく見てみっと、血の跡がこのキーボードのところまで続いて残ってるさ…。多分、不知火サンは刺されてから暫く生きてたみたいさね。で、何らかのメッセージを残す為にここまで這って来たさ」
「てことはやっぱり、このキーボードは不知火さんのダイイング・メッセージってコトっスね?」
「ああ、だけど…」
「だけど?」知之は勿論、このメッセージを時哉が分かってくれると思っているのだ。
「俺、キーボードは全然分からねぇのさ。音名が読める程度で、ギターとキーボードは全然違うからなぁ…」
「…そうなんっスか(^^;)」

「一応、甲斐 梨紗子を含む5人ともに事情聴取し終わったぞ」
羊谷刑事が時哉と知之の所にやってくる。
「なんか収穫あったさ?」
「うーん…あり過ぎて逆に分からなくなったなぁ」頭を掻いて言う羊谷刑事。
「…は?」
「まぁ聞け、順を追って言ってくから」羊谷刑事は警察手帳を見ながら言う。「まずは主婦の稲垣 みきだが、不知火との浮気が夫にバレかかってて夫婦仲がヤバかったらしい」
「まぁあの浮気はバレバレだったけどさ」
「ちなみに彼女はロビーからすぐの1号室にいて、アリバイはなく、ドラムの練習をしている最中に醍醐 佑也が入ってくるまでずっと部屋に居たと言っている」
「え?」と知之。
「ん?どうかしたさ、マクラ?」
「あ、いや…」
「取り敢えず次行くぞ、次は車椅子の井手 展彦。井手は不知火の甥で、この教室にも授業料半額で入ったらしいが、今のところこれと言った動機は見当たらないな。ロビーから見て最も遠い7号室でエレクトーンの練習中で、アリバイはない」
「あの骨折は確か2ヶ月くらい前に負ったものらしいっス。佑也さんが言ってたっスよ」
「ふーん…次は?」
「次は講師の甲斐 梨紗子だが、甲斐は親が大病を患っているとかで、不知火に相当借金をしているらしい。セクハラはその借金のこともあってずっと耐えていたらしい」
「甲斐サンのアリバイは確認取れたさ?」
「いや、彼女が行った文房具店は防犯カメラもなく、今店員に聞いてるところだが…」
「……次は、ユーヤさんさ?」
「ああ、フリーターの醍醐 佑也も、実は不知火に借金をしてるそうだ」
「ユーヤさんもさ?!」
「醍醐の親は楽器店を経営してるんだが、その修築作業にかかる費用を借りてるらしい。醍醐の父親は不知火の友人らしいからな。ちなみに4号室に居た醍醐もアリバイはない」
「ユーヤさんがそんなことを…」
「最後は貝塚中学の園川 湊だが…」
「みっ、湊ちゃんは犯人じゃないっスよ、僕達と一緒に居たんっスから…」
「ああ、確かに園川はアリバイもあるし、大した動機も見当たらなかったんだが、事情聴取の間彼女が座っていた椅子には、何か茶色い動物の毛がついていたんだ」
「動物の毛…?」
「まぁ、何の毛だかはわからないんだがな」そう言って羊谷刑事は手帳を閉じた。
「動機だけじゃ誰が犯人かはわからないってことか…」と時哉。「やーっぱ、あのメッセージを読み取るしかねぇみてぇさ」
「メッセージ?」羊谷刑事が問う。
「あぁ、不知火サンの手がキーボードの上にあったのがどうも気になって…」
「あ、それだったら写真がある筈だ」羊谷刑事は手帳の中に挟んである写真の中から1枚を取り出した。「これだな」
「えーっと、あぁ、これこれ」写真を受け取る時哉。「うーん…押さえてる音は左からレのシャープ、ソ、ラのシャープ…せめてこの音が鍵盤かなんかで弾けたらわかるかも知んねぇさ…」
「じゃあ、このキーボード使ったらどうっスか?」と知之。彼の方を向いた時哉は、彼の足元にキーボードがあるのに気付いた。
「あ、そっか…ここ不知火サンが死んでた部屋だからキーボードあるに決まってるさね」時哉は立ち上がりキーボードに触れようとした。
「おいおい時哉、被害者の触ってたトコに触ったら指紋が…」羊谷刑事が制そうとする。
「だいじょぶだって、1オクターブ上んトコ触っから」時哉は写真に写った3音を押した。「…これは…」
「何かわかったんっスか?羊谷君」
「おいマクラ、関係者たちの名前、ちょっと言ってみてくんねぇさ?」
「名前、っスか?えーっと、醍醐 佑也さんと、稲垣 みきさんと、井手 展彦さん、それに園川 湊ちゃんに講師の甲斐 梨紗子さんっスけど…」
「…なるほど」時哉は笑顔とも余裕ともつかない表情で言う。「わかったさ、犯人が誰か」
「ほ、ホントっスか!?」知之と羊谷刑事はびっくりした顔である。「で、それ、誰なんっスか?」
「うーん…まだ確固たる証拠がねぇから、ハッキリとは言えないけどさ…」
「そうっスか…ん?」知之はふと、まだ拭き取られていない血の海に目をやった。そこに、不可思議な血痕が残っているのに、知之は気がついた。
「こ、この痕…」知之の脳裏を、ある考えが霞(かす)めた。「もしかして、犯人って…」
「何かわかったのさ?マクラ」時哉が尋ねる。
「もしかして羊谷君の推理した犯人って、」知之は時哉に耳打ちして、自分の思案を告げた。「…さんじゃないっスか?」
「え?マクラもそうだと思ったさ?」聊(いささ)か驚いた表情で言う時哉。
「うん、だってこんな血痕が残るのって、アレくらいじゃ…」
「なるほどな…あの人のあの言動、おかしいと思ってたけどやっぱそういうことだったワケさね…。てことは、まだ証拠はアレに…」
「そ、それじゃあ…」と羊谷刑事。
「ああ、犯人が誰か、はっきりとわかったさ」

その時、湊は携帯電話で誰かと話をしていた。
「…うん、そう、まだ時間かかりそうだから…うん、うん…だから、みかんとみるくのこと頼むね…うん…」
(参考)音楽教室の見取り図
見取り図
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