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Final Harmony


第3話 Complex
「ええっ?!不知火先生を殺した犯人がわかっただって?!」
ロビーに集められた一行は、一様に驚きの表情を見せていた。
「ああ、そうさ。不知火先生を殺害した犯人は、この中に居るのさ」
「そ、それって、誰なんですか…?」恐る恐る訊く甲斐。
「それは、このダイイング・メッセージが教えてくれたさ」
そう言うと時哉は、何やら知之に目配せしたかと思うと、一行に1枚の写真を見せた。
「こ、これは…不知火先生の手…?」車椅子から背伸びして写真を漸く見て言う井手。
「ああ。不知火先生を殺害した犯人は、甲斐先生が出かけている間に犯行を終え自分の部屋に戻っていなければならなかったから、かなり急いでいたのさ。そして、不知火先生を刺した後すぐ自室に戻ったわけだけど、不知火先生は致命傷を負いながらもまだ生きていて、このメッセージを残したってわけさ」
「で、でもなぁ…」と佑也。「これが一体何を示してるっていうんだよ?」
その時、知之が生徒の部屋の方から、キャスターのついた1台のキーボードを持ってきた。「羊谷君、持ってきたっスよー」
「おう、サンキュ」時哉の前にキーボードを運び終えた知之にいう時哉。「一応みんな音楽やってる人間だからわかると思うけど、ピアノやギターには"コード"っていうモンがあるのさ」
「コード?」首をかし傾げる羊谷刑事。「寒い時に着るヤツか?」
「それはコートさ…」呆れ顔をしながらも一応ツッコむ時哉。「3つから4つの音を重ねたモノのことさ。日本語で言う"和音"さ」
「確かにそれは知ってるけど…」と湊。「でも、それがどうしたの?」
「さっきの写真を見れば分かるけど、不知火サンはキーボードの3つの音を押さえているのさ。つまり、元プロピアニストの彼はコードでダイイング・メッセージを残したのさ」
「じゃあ、このコードが犯人の名前を指してるとでも言うの?」と稲垣。
「そうさ」そう言うと時哉はキーボードに向かう。「ちなみにこのキーボードは12号室にあったヤツを持ってきたんだけど、不知火サンが押さえてたのは、レのシャープ…」時哉はその音を押さえる。ロビーには昂(たか)らかにピアノの音が響く。
「次はソ…」別の指で更に鍵盤を押さえる。ロビーには重なった2つの音が響く。
「そして最後に、ラのシャープを加えると…」3つの音が重なって響いた。それを聴いてはっとする佑也。
「あっ、これって、もしかしてデーシャープのメジャーか?!」
「で、デーシャープのメジャー…?」わけがわからないという顔の羊谷刑事。
「さっすがユーヤさん」と時哉。「通常コードは、アルファベットで一番下にあり元となる音(根音)を表し、音の重なり方で"マイナー"とか"セブンス"とかをくっつけるさ。で、このコードはデー(もしくはディー)シャープメジャーのコードってわけさ」
「で、でも、それが何だって…」と羊谷刑事。
「簡単なコトさ」時哉は講師室から持ってきたホワイトボードに文字を書き始めた。「コードを書き表す場合、根音をまず書き、音の重なり具合によって文字を添えるのさ。例えば"マイナー"なら"m"、"セブンス"なら"7"という風にさ。で、"デーシャープメジャー"を書き表す場合だけど、"メジャー"は一番基本的なコードだからかも知んないけど、正確には"M"と書かなきゃいけないんだけど、これを省略して、何も添えないのが慣例になってるのさ。つまり、"デーシャープメジャー"は…」言いながら文字を書く時哉。「根音である"D#"だけを書くことになって…」
「あっ!も、もしかして…」何かに気付いたらしい湊。
「そう、"D"はドイツ語読みの"デー"にして、"#"を似た字形の漢字として捉(とら)えて逆にすると…」
ホワイトボードに書かれたのは、"井デ"の文字であった。
「そ、それじゃあ、まさか…」
「ああ、犯人は、"井手"展彦サン、あんたさ!」
その瞬間、その場の全員の視線が井手に集まった。井手は一瞬たじろいだが、然程(さほど)表情を変えず言った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ…まさかそんなことで僕が犯人だと言うんですか?確かにそのコードはD#ですけど、だからってそれが僕を示しているとは限らないでしょう?そ、そうだ、それに、もしかしたら犯人が僕に罪をなすりつけようとして…」
「罪をなすりつけるのにこんな複雑なメッセージは残さないっスよ」と知之。「だったら、単純に血で"井手"って書くほうが普通だし、第一甲斐先生が帰ってくるまでに急いで現場から立ち去らなきゃいけない犯人がリスクを負ってまでそんなことしないっスよ」
「それに、この犯行は甲斐サンが講師室に居ない時を選ばなくちゃいけないさ。つまり犯人は甲斐サンが出て行ったのが窓から見えた人間だけ。俺達が9号室でその姿を見てたんだから、犯人は同じ側の部屋に居た人ってことになるけど、この中で俺達以外にそれに該当するのは井手サンしか居ないのさ」
「で、でも、犯人が急に思い立って、甲斐先生に関係なく殺そうと思ったとしたら…」反論する井手の表情には、少し焦りが見え出した。
「じゃあ井手サン、なんであんたは、不知火先生の死体を見た湊ちゃんの悲鳴が聞こえてすぐ、講師室に駆けつけたのさ?」
「え?」時哉の質問の意図がわからず戸惑う井手。「そ、そりゃあ彼女の悲鳴が聞こえたからに…」
「んじゃ稲垣サンに聞くけど、あなたは湊ちゃんの悲鳴聞こえたさ?」
「え?あたし?」急に話を振られて驚く稲垣。「いいえ…あの醍醐君が入ってくるまで何にも気付かずにドラムの練習してたから…」
「あっ!!」その瞬間、羊谷刑事は何かを閃いたような顔になった。「それってもしかして…」
「そうっスよ」と知之。「ここは音楽教室っス。周りの迷惑にならない様に、部屋には全部防音装置が施されてて、窓も2重にしてるっス。つまり、湊ちゃんが悲鳴をあげたとき、一番近い部屋に居た稲垣さんですら聞こえなかったそれを、一番遠い部屋に居た井手さんに聞こえる筈ないんっスよ」
「恐らくあんたは、死体が見つかったときに部屋にいたことを強調したくて、騒ぎが起こるのをドアを少し開けて待ってたのさ。で、案の定悲鳴が聞こえたから、何食わぬ顔でここに現れた…。でもその不自然な行動が、逆にあんたを疑うキーポイントになったってわけさ」
「で、でも、証拠がないじゃないか!」焦燥が表情に滲み出ている井手。「そんなに僕が犯人だと言うなら、決定的な証拠を見せてくださいよ!」
「そうだぜトキヤ、こんな車椅子のヤツが人を殺せんのかよ」と佑也。
「その車椅子が、証拠さ」
「何?」時哉の言葉に驚く一同。
「現場にはたくさんの血が残ってた。その血痕の中に、車輪が擦ったような跡があったのさ」
「そ、それじゃあ…」
「そうっス、その車椅子の車輪のどこかに、不知火先生の血がついてる筈なんっスよ」
その瞬間、井手の表情は一気に落胆に変わり、肩の力が抜けたように背凭れに背を垂れた。それは失意と同時に、自白の意を示していた。
「で、でも、どうして井手さんが不知火先生を…?」と甲斐。
「これは想像の話だけど、」と時哉がゆっくり言う。「井手サンは甲斐サンのことが好きだったんじゃないさ?」
「え…」甲斐は驚きの表情を見せたが、井手の瞳にはもっと強いそれが映った。図星だった。
「恐らく、執拗に甲斐サンにセクハラを強要する不知火サンのことが許せなくなって、ついに…」
「…何もかも、お見通しなんですね」
井手はたったそれだけを言い残すと、羊谷刑事と共にその場を立ち去っていった。
「井手さん…」その背中を見送る甲斐の姿は、傾き始めた陽に照らされより悲哀に充ちて見えた。

「ええっ?!ユーヤさんと甲斐サンって付き合ってたさ?!」
だいぶ陽の落ちた帰り道で、時哉が言った。
「ああ、井手が入ってくるだいぶ前からな」と佑也。
「そんな、教師と生徒の恋愛って…」
「別に学校じゃねぇんだからよ…歳だって俺の方が上だし」呆れ顔で言う佑也。しかし、急に表情を変えて言う。「でも…井手がこのこと知ってたら、俺を殺してたのかな…」
「……」返答に詰まる時哉。知之も適切な言葉が見当たらなかった。
「別に、殺さなかったんじゃないですか?」
「え?」沈黙を破った湊の言葉に、3人は驚いた。
「だってー、佑也さんと甲斐先生が付き合ってて幸せだったら、井手さんも多分安心できたと思いますよぉ。譬え自分のことを好きじゃなくても、好きな人が幸せで居るなら、それでいいんじゃないですか?」
「な、なるほど…」湊の言葉には3人とも納得した。
「だからもしかしたら、井手さんは佑也さんと甲斐先生が付き合ってるの知ってて、それなのにセクハラなんかをする不知火先生が許せなくて殺しちゃったのかもね」
「アイツ…そこまで梨紗子のことを…」と佑也。「あ、それじゃあ俺こっちだから」
「あ、またライヴやる時は誘ってくれさ」
「ああ、じゃあな」佑也はそう言うと、路地を入っていった。

「それにしても、さっきの麻倉先輩と羊谷先輩の推理スゴかったですねーっ!」今日最初に会った時のようにはしゃいで言う湊。「まるで探偵モノのアニメ見てるみたいでしたよーっ」
「ま、まぁ、友達にそーゆーの得意なヒトがいるから…」湊のテンションに圧倒される知之。「あ、そうだ湊ちゃん、今度僕達の学校で文化祭あるんっスけど、来るっスか?」
「え?いいんですかぁ?!絶対行きますよぉ」満面の笑みを浮かべる湊。「ありがとうございますっ!!」
「う、うん…」さっきよりも更に増した湊のテンションに、知之はただ呆れるばかりだった。

「ねぇねぇみかん、みるく」
その夜、湊は自分の部屋のベッドの上に腰掛けていた。膝の上と、ベッドの上には猫が1匹ずつ居た。
「今日ねぇ、わたし麻倉先輩に久しぶりに会えたんだよぉ」
猫に話し掛けるが、応答はない。でも、湊にとってそんなことは関係なかった。
「でねでね、麻倉先輩ってばデートに誘ってくれたの。これって、絶対両想いだよねぇ」
みかんと名づけた茶色の猫を撫でながら、湊は半ば独り言に近い言葉を発し続けていた。
「麻倉先輩高校言っちゃったでしょ?だからもう諦めかけてたんだけど、やっぱ運命ってあるんだよね、きっと。あ〜、文化祭何着て行こっかなぁ…」
しかし、やはりみかんとみるくは何も言わなかった。
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