Get Ready?
File3 People Get Readyその日の放課後。3年C組の教室。
「すみませーん、“推理研究部”って此処であってますかー?」
ビラを片手にドアを開ける時哉。後ろに烈馬、知之、祥一郎、秀俊が続く。教室の中には3人の男子生徒と1人のスーツ姿の男が居た。
「おっ、来たな?名探偵ども」3人のうち一番がたいのいい男子生徒がにやりと笑って言う。
「ほーら、ボクの言ったとおりちゃんと来たじゃん」メガネをかけた男子生徒が、ノートパソコンを叩きながら言う。
「いらっしゃい、ようこそ、この“推理研究部”へ」もう1人の男子生徒、茶髪で顔立ちの整った人物が、一同に手を差し伸べて言う。「篁君に麻倉君、羊谷君に矢吹君に弥勒君?」
「えっ…なんで、俺たちの名前知ってんのさ…?」
「こう見えても推理研究部をつくるくらいのミステリ好きだからね」茶髪の男が言う。「秀文高校やその周辺で起こった事件に次々と巻き込まれ、それらを解決しているキミ達のことは、部を結成する前から知ってたよ」
「おれ達いつの間にそないな有名人になってたんや…?」
「まぁそうじゃなくても割と君達は目立ってるけどね」唯一スーツ姿の男が言う。「よくキャラの立ってる子ばかりだから」
「あれ、えーっと…古文の両門先生?」と知之。「もしかして此処の顧問って両門先生なんっスか?」
「ああ、そうだよ」両門と呼ばれた男は、男子生徒たちに目配せする。「ほら、君達も自己紹介なさいな。流石に勝手に名前知られてるって状態は彼らも気持ち悪いでしょ」
「そうですね」茶髪の男子生徒が立ち上がって言う。「僕は、一応この部の部長をやってる3年C組の千石 隆則。宜しくね」
「俺は3-Aの十日町 健造だ」がたいのいい男子生徒。「まぁ、副部長だな」
「ボクは2-Bの徳丸 訓生だよ」メガネの男子生徒が言う。「昨年度C組だったから篁は覚えてるだろ?」
「……」徳丸の顔をじいっと見る祥一郎。「…悪ぃ」
「あっ、ほ、ほら、篁君って他人にあんまり興味ないから…はは」無理くりフォローする知之だが、それはそれで若干失礼な気がする。
「それはさておき」時哉が言う。「俺らの名前知ってるってことは自己紹介は省略していいんだろうけどさ、此処って具体的に何する部なんすか?見たとこなんもしてなさそうに見えっけどさ」
「んー…まぁ、色々だね」千石が座って言う。「とりあえず今度の連休に合宿をしようと考えているけどね」
「合宿…?」
「ああ。ちょうど俺の親戚が伊豆に別荘みたいなもんを持ってて、連休の間使っていいって言われたもんでな」十日町が言う。「まぁ交流会をかねて合宿でもするかっつー話になったわけだ」
「宿舎代はかからないし、そんなに人数居ないから交通費も安く済んで、費用はせいぜい1人あたま5000円くらいの予定だよ」と徳丸。「折角だからみんな参加してよ」
「あー…悪いんやけど」烈馬が恐る恐る言う。「おれ参加でけへんわ。連休は生徒会の仕事が詰まっとるし」
「オイラも無理だな」秀俊は割ときっぱり言う。「その頃は野球部の練習がだいぶキツイ筈だから」
「えー、うっそー?」残念そうに不満そうに言う徳丸。「他のみんなは?来るでしょ?」
「特に用事とか無かったら是非参加してよ。僕ら、キミ達の話とか聞きたいんだ」千石が言う。
「そこまで言うんだったら、じゃあ…」と知之。
「マクラが行くんだったら俺も行こっかな」時哉が言う。
「…この流れはオレも行く流れなんだろ…?」祥一郎は、知之からの熱い視線に眼を背けながら言った。
「よっし、そんじゃ篁と麻倉と羊谷は参加決定ね!」そう言うと徳丸はパソコンのキーボードを叩き始める。
「ところでさぁ」時哉が尋ねる。「さっき“そんなに人数居ない”つったけど、この部って今のところあんたら3人だけなんすか?」
「あ、設立した時点ではこの3人だったんだけど」千石が言う。「さっき、キミたちより先に1人新入部員が来たんだよ。ちょっとトイレ行ってくるって出てったんだけど…そろそろ戻ってくるんじゃないかな」
と、ちょうどその時、教室のドアが開いた。漆黒の長い髪をした、女生徒が入ってくる。
その“闇色”とも言うべき瞳は、凛としていながらもどこか憂いのようなものを感じさせ、彼女の雰囲気全てをどこか幻想的なものにさせていた。
「ああ、岩満君。ちょうどいいところに来た」千石はその女生徒に微笑みかけて言う。「紹介するよ、彼女がさっき言った新入部員の岩満 恭子君だ」
「岩満…?」ぽつりとつぶやく秀俊。
「ん?どうした?」その声に反応する時哉。「弥勒の知り合いさ?」
「あ、いや、実はな…」時哉に耳打ちしようとした秀俊は、その周囲に烈馬や知之や祥一郎が居ることに気付いて口を噤む。「…って、何なんだよお前ら…」
「何なんだよつってもよ、その態度は気にならざるを得ないだろ」と祥一郎。「ほら、話してみろ」
「ったく…」秀俊はしぶしぶ言葉を続ける。「…これは、オイラの親父(※秀文高校数学教師の吉田陣也)から聞いた話なんだけどよ。今年から女子生徒を入れることになったんだけど、それはあくまで新入生、つまり新1年生に限定するつもりだったんだ。だが、そんな中で唯一、新2年生として編入届けを出してきた女子が居たんだよ」
「じゃあもしかして、それがあの岩満さんっスか?」
「ああ。でも、1人だけ2年生に女子を入れるのは、他の2年生(男子)との折り合いとか受験したくても出来なかった2年生女子からの批判とかが色々面倒臭そうだったから、教師陣はそれを受理しないようにしようと考えたんだ。つっても、何の理由立てもなく追っ払うのも気不味いから、教師陣は一計を案じた。めちゃめちゃ難しい編入試験を受けさせて、それに不合格にさせてしまおう、ってな」
「んー、まぁ非道い話っちゃ非道い話だけど、学校側の気持ちもわかんなくはないさね」
「試験問題はそれこそ非道い問題だったらしい。難関大学の入試問題の改題だったり、解が1通りに決まらない問題だったり、制限時間がどう考えても足りないような設定だったり、あの手この手で合格を阻止しようとしてたんだと」
「くあー、その卑怯さ、まるで弥勒君みたいやな」
「は?ど、どういう意味だよ矢吹っ!!」
「ま、まぁまぁ…」しれっとした態度の烈馬に逆上する秀俊をなだめる知之。「そ、それで?それからどうしたんっスか?」
「あ、ああ…で、まぁそんなこんなで問題作って解かせてみたら、意外にも設定時間を3分の1くらい残して終わったんだ。てっきり諦めてしまったんだろうと思って、教師陣が採点してみたら、なんとこれが全科目満点だったんだよ。解き方は完璧だし、中には教師の用意してた模範解答よりもスマートな解法のものまであった。これはもう編入を拒否する理由が無い、てか寧ろ、こんな優秀な奴をこの学校の生徒に出来るならばそれはそれで良いんじゃないかってことになって、結局教師陣は岩満の編入を許可したんだそうだ」
「へぇー…そりゃまた、鼻につくくらい良く出来た奴なんさね」
「ああ…オイラもそんな女はタイプじゃねえし」
「な、何を本人を目の前にして言ってるんっスか…」時哉や秀俊に対し、呆れ顔の知之。
「それで?岩満君は合宿に来てくれるのかな?」千石が岩満に尋ねる。
「そうね…彼らは来るのかしら?」岩満の声は、少し低めでとても落ち着いたふうだった。それがまた、彼女の謎めいた雰囲気を増幅していた。
「ああ、全員ではないが、今のところ篁君と麻倉君と羊谷君の参加が決まっているよ。それが?」
「いえ…」岩満は、知之たちのほうに目をやって言う。「それじゃあ…私も行かせていただこうかしら」
「……?」祥一郎は、岩満の視線が自分に向かっているように感じた。
「ほんと?良かったー、じゃあこれで8人目だね。女の子ー♪」嬉しそうにパソコンに入力する徳丸。
「…宜しく、お願いしますね?」岩満は、祥一郎のもとへ歩み寄って言う。「篁、さん?」
「え…?」眼を丸くする祥一郎。「な、なんでオレ…?」
「ふふ…」岩満は小さく笑うと、祥一郎に背を向けて歩き出す。
「んー…彼女、篁君に気ぃあるんちゃうか?」嫌らしく微笑んで祥一郎に耳打ちする烈馬。
「…さあな」
祥一郎は気分悪そうに言葉を吐きつつも、この1年で何かが起こるのではないかという奇妙な胸騒ぎを僅かに抱いていた。