Get Ready?
File2 Respect翌朝、烈馬は始業時刻の30分前だというのに学校の廊下を歩いていた。
(新しいクラス分けの名簿とか用意せなあかんし、部活関係の書類とかもまとめなあかんからな…でもヘンやな、さっき職員室で生徒会室の鍵借りようと思たのに、もう鍵貸し出しとるやなんて…会長は合鍵持ってる筈やから吉良先輩ちゃうやろ?ほな誰が…)
そんなことを考えながら生徒会室の前までやってきた烈馬は、おもむろにドアを開けた。
「…え?」
烈馬が見たのは、パソコンの前に座る男子生徒の姿だった。金髪でつんつんとした頭のその青年は、しかし、烈馬には見覚えの無い人物だった。彼は、烈馬の姿を認めると、人懐っこい笑顔で烈馬を指差した。
「お。もしかしてあんたが、矢吹 烈馬?」
「…そうやけど、君は?此処は一応生徒会のメンバーやないと入ったらあかんのやけど」
「ああ、オレ、その生徒会のメンバーや。2年A組の初瀬川 駿人ってゆうねん。よろしゅうな☆」
烈馬は、駿人と名乗ったその青年の場違いなくらいに屈託の無い笑顔にちょっと圧倒される。
「ああ、どうも…つーか、その初瀬川君は何でこないな時間に此処におんねん」
「んー、どうしても入りたかった生徒会によーやく入れて、浮かれ気分になったから、っちゅうとこかなぁ」
「…は?」
自分と同じ関西弁だが、自分よりテンションの高く掴みどころのない男に、烈馬は若干の疲れを感じていた。
「ああ、オレな、こないだまで1-Dやってん。で、高校入ったら生徒会に入ろ決めててんけど、うちのクラスは結城がさっさと立候補してもうてな。それで昨年度生徒会に入れへんかったから今年こそ入ったろ思てて、運よくライヴァルが居てへんクラスになれてやーっと生徒会に入れたっちゅう塩梅やねん」
「ふーん…」烈馬は駿人の言葉を片耳で聞きながら、書類の整理をしようと棚のファイルを手に取る。
「せやけど、オレが昨年度生徒会入れてても良かった思えへん?」
「…え?」烈馬の手が止まる。
「だってそうやろ?結城なんて、結局数ヶ月であんな事件起こして学校やめてしもて、事実1-Dの生徒会メンバーは長いこと空席やったんやで?せやったら、結城の後釜にオレとか入れさせてもろてもバチは当たれへんと思わへん?いっそ、そんなんやったら結城、生徒会に立候補とかせんといて欲しかっ」
駿人の言葉は、そこで途切れた。
烈馬が、駿人の頬をぶん殴ったからだ。
駿人はその勢いで椅子から転げ落ちる。
「…痛ぇ、何やねんなー、オレ…」
「五月蠅い」烈馬の躰は、小さく震えている。「お前に、結城君の何が分かんねん…っ。彼は彼で、必死で生きててんぞ。そんなヘラヘラした言い草で、罵倒される筋合いなんかあれへん…っ」
「…なーんや」
「…っ?」烈馬は、依然として飄々とした駿人の声に顔を上げた。
「てっきりお前のこと、勉強もスポーツも仕事もかっちり出来るクールなマジメ人間やて思てたけど…」頬に手を当てながら立ち上がる駿人。「ちゃんと感情あって友達想いで、あっついええ奴やん☆」
「…は…?」きょとんとした目で駿人を見る烈馬。
「いや、オレ、こんな性格やから、時々今みたいに言葉で相手を怒らせてまうことがあるんや。気に障ることがあったら何でも言うてくれたら構んし、度が過ぎてたら殴ってくれてもええ」駿人はズボンについた埃を払いながら言う。「せやからまあ、これからよろしゅう頼むわ☆」
「……」曇りない駿人の笑顔に、烈馬は調子を狂わされるような想いを抱いた。それと同時に、昨日うじうじ悩んでいた自分が、下らなく思えてきて、少し笑った。「…ああ、こちらこそ」
とその時、生徒会室のドアが開く。
「あれ?矢吹に…駿人も居たのか」現れたのは、生徒会長の吉良だった。
「あっ、吉良サン!」駿人は吉良の姿を認めると、真っ先に吉良の元に駆け寄り抱きつく。「久しぶりーっ☆」
「ああ、昨日メールした気がするけどな」駿人をてきとうにあしらう吉良。
「…ええっと…もしかして吉良先輩」烈馬は、恐る恐る尋ねる。「昨日言うてた、中学の後輩って…」
「ん?ああ、そうそう。こいつ、俺の後輩。矢吹が生徒会長やってくれるなら、こいつを副会長にしようと思ってる」
「…まさかとは思いますけど、それって関西弁やからとか…」
「違う違う。まぁ半分くらいはそうだけど」笑って言う吉良(そして内心で「違くないやんっ」とツッコむ烈馬)。「ほら、昨日言っただろ?こいつもなかなか使える奴なんだって。な、駿人」
「ああ☆今かて…」駿人はパソコンに繋がるプリンタの排紙口に置かれた紙を取り、烈馬に手渡す。「立派にお仕事しててんで☆」
「これは…新しいクラス名簿?!」目を丸くする烈馬。「え、これ、君が…?」
「おうよっ☆」胸を張ってイバる駿人。
「え、えっと…何時間前から此処におったんや、君…」
「え?んー…5分くらい前からやけど?」
「はぁ?5分でこんな仕事こなせるわけないやろ?!」
「はーいどうどう」烈馬と駿人の間に割って入る吉良。「それじゃあ駿人、この表を打ち込んでグラフ化するのに、どれくらいかかる?」
「えー?」駿人は、吉良が手渡した表(各部活の昨年度の予算一覧)を見て、小さく笑って言った。「…7秒」
「えっ?」自分の耳を疑う烈馬。「な、7秒…?」
「ああ、そんじゃ…」パソコンの前に座りなおす駿人。「…いっちょやったるで」
烈馬は、瞬間、駿人の瞳の色が変わったような気がした。そして次の瞬間、今度は自分の眼を疑いかけた。
眼で追えない程の速度でキーボードを打つ駿人の指、モニターに釘付けの顔。そこには、先程までの“ヘラヘラした”駿人の面影は無かった。まるで、機械にでもなったかのような印象を烈馬は受けた。
「…っし、終わり☆」間もなく駿人が言うと、プリンタが動き出し、グラフを印刷した紙を吐き出した。「こんな感じでええか?」
「…う、そやろ…?」烈馬は、プリントされた紙をまじまじと見つめる。「なんで、あんな短い間でこんだけ完璧な仕事が…?」
「その辺はあれや、企業秘密ってやつ☆」再び満面の笑みを浮かべる駿人。「どや?これでもオレに不満あるか?」
「…い、いや…」言葉に詰まる烈馬。
「ま、そんなわけだから、仲良くしてやってくれよ」吉良は烈馬の顔を見て言う。「な、次期会長さん?」
「えっ…お、おれまだ引き受けるなんて…」部屋を出ようとする吉良を、烈馬は慌てて声で引き止める。
「引き受けるからこんな時間に此処に居るんだろ?」微笑んで言う吉良。「じゃ、よろしく頼むぜ」
烈馬は唖然として、部屋を出て行く吉良を見ていた。“吉良さんも、烈馬のことをじゅうぶん分かってる筈よ。”昨夜の千尋の言葉を、思い返した。そして、再び駿人と二人きりになっていることに気付く。
「…よ、よろしく、な。初瀬川、君…」視界の隅で駿人を見ながら言う烈馬。
「水臭いなぁ、駿人でええよ駿人で」駿人は、烈馬をしっかり見て言う。「な、烈馬」
「…あ、ああ、駿人…君」
その時、予鈴が遠くで聞こえた。