inserted by FC2 system

きみのて ぼくのて

1 Time goes by
暗くて、長い廊下。
知之(ともゆき)にはそう思えた。
実際には、ちゃんと蛍光灯が燈(とも)っていたし、さほど長い廊下でもなかったかも知れない。
しかし、知之にはそのように印象づいていたのだ。

この、少年刑務所というところに知之がやって来るのは初めてだった。
大体どのようなところか、という話は、友人からの手紙からそれとなく感じ取れてはいた。
しかし、いやむしろ当然ではあるのだが、想像と実際目で見てみるそれとは、多少なりとも差があるものだ。

「こちらでお待ちください」
先導して歩いていた職員に促され、知之はとある部屋に通された。
簡素な椅子、そしてそのすぐ向こうには厚いガラス。ガラスの先にまた一つ扉があった。
知之は椅子に座りながら「狭い」という形容詞を思い浮かべたが、次の瞬間、それも事実とは違うかも知れない、と打ち消した。

彼がこの部屋で待つのは、友人の望(のぞむ)だった。
望はかつて、知之と同じ高校に通っていたが、その高校で事件を起こし、現在はこの施設に収容されている。
知之は友人として彼の無罪を信じたが、皮肉にも、結局彼の犯行を立証したのはその知之たちであった。
それ以来知之は望と手紙のやり取りはしていたが、こうして面会に来るのは初めてであった。
知之としても、此処に来ることになるとは思っていなかった。
昨日、知り合いの刑事から「或る事件」の話を聞かされるまでは。

ガラスの向こう側の扉が2度、高い音でノックされた。
知之は無意識のうちに背筋を伸ばし、じっと扉を見つめる。
そして、徐(おもむろ)に開かれた扉の向こうから現れた人物の姿に、知之は目を丸くさせた。

「望ちゃん…?!」
知之は、思わず息を呑んだ。
目の前――と言っても厚いガラスの向こう側であるが――に居たのは、確かにかつての友人、望だった。
しかし、その髪は後ろで結んでしまえる程に長く伸びきっていて、その色は七輪の炭のように真っ白であったのだ。
しかし望は何事も無いかのように、昔と同じような笑みを浮かべて言った。
「お久しぶり。トモ」
「……」
何も声を出せないでいる知之に、望は椅子に腰掛けながら言葉を継いだ。
「変わってないねー、トモは。安心した」
「…望ちゃんは、変わっちゃったんっスか…?」知之は、ゆっくりと口を開いた。
「どうだろうねー、髪の色は此処に来てすぐ、変わっちゃったけど。…やっぱり、ストレスってあるもんだねー」
事件の前までと変わらない表情、ごく自然な口調を崩さない望。
「…じゃあ、なんで…」
知之は少し肩を震わせると、下げていた視線をガラス越しの友人にキッと向けた。
「なんで、刑務所の中で人を殴ったり出来るんっスか…?!」
知之の眸に光るものを見た望は、少し目の色を変えた。
「…なんで…っ」
「手首、痛む?」
再び俯(うつむ)いていた知之は、自分の右手が左手首に宛(あて)がわれていることに気付いて、さっと手を離して望を見た。
望は、確りと知之を見つめて、言った。
「ちょっと、昔話でもしようか」


最初に戻る続きを読む

inserted by FC2 system