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きみのて ぼくのて

2 AMBIVALENCE
「結城(ゆうき)君って何処から転校してきたの?」
「んっとね、千葉の海沿いのあたりだよ。父さんの仕事の都合でこっちに来ることになったんだ」
「お父さんは何の仕事してるんですか?」
「公務員だよー。具体的には何だかボクもよく分からないんだけど」
「でも大変だろ?中3の2学期に転校なんて」
「んー、まぁそうだけど、毎日アクアライン使って通学ってわけにも行かないしねー」

口から出任せ。
というか、こんな質問どうだっていい。
『結城 望』も、その設定も、あくまでフィクションなのだから。

「きょうだいは居る?」
「ううん、一人っ子だよー」

また嘘。
…まぁ、兄貴が死んでしまったから、半分嘘でもないと言えるだろうが。

「それじゃあ、高校はどうするの?」
「うーん…家の近くにある高校でいいかなって思ってる。何って言ったっけ、えーっと…あ、秀文(しゅうぶん)高校ってとこ」

これはまぁ本当だ。
俺は兄の死の真相を探るために、神奈川の高校に潜入することにした。
そして、より自然になるように、この貝塚(かいづか)中学校に編入したのである。
それにしても…

「好きなアイドルとかは?」
「そうだねー、ああ、辻越 希依加(つじごえ・きいか)ちゃんとかかなー」

(転校生ってこないめんどいもんやったか…?)
笑顔で答えつつも、少々うんざりしてきた俺は、ふと窓の方を見た。
(…ん?)

窓際の、一番後ろの席。俺の席も一番後ろだから、真横ということになるのだが。
そんな目立たない席に腰掛けて何か本を読んでいる、これまた目立たない男子生徒。
これといって特徴も挙げられないような感じの男だったが、何か惹かれるようなものがあるような気がして、俺はそれとなくそいつを見ていた。

「…あ」
そいつは俺からの視線に気付くと、急に本を閉じたかと思うと、そそくさと教室を出て行った。
(何なんや、あいつ…)
普通ならここで、ヘンな奴、とか失礼な奴、とかいう感想を持つのだろう。
だが、俺はその目立たない男のことがどうにも印象強く思えていた。

その鈍色(にびいろ)の瞳は、どこか、兄の死を知った時の俺の雰囲気に似ていたから、かも知れない。

「わざわざ案内してくれてありがとうね、委員長」
購買の袋を手に、俺は学級委員の男(周囲が”委員長”と呼んでいたので俺もつられて呼び始めたのだが)と2人で廊下を歩いていた。
「ううん、また分からないこととかあったら聞いて。まぁあんまり大きい校舎じゃないからすぐ覚えちゃうかな」
”委員長”は眼鏡越しでもその爽やかさが充分伝わるくらいの笑顔で言った。
(あー…こいつ絶対「いい奴」やな。3年連続委員長やらされてそうや)
そんなことを内心呟きながら、俺はふと視線を横にやった。
階下への階段と階上への階段。そして…

「あっ…」

「え?何?」
”委員長”の声で、一瞬離れた心を我に戻す。
「…あ、いや、別に…」
そして咄嗟(とっさ)に気持ちを立て直すと、俺は尋ねた。
「そう言えば、この階の上って何があるの?」
「上?此処は3階建ての3階だから、上は屋上だよ。一応解放はされてるけど、あんまりみんな行かないかな」
「へー…そうなんだー…」
そうして教室に辿りつこうとした時、俺は思い出したように言った。
「あ、ごめん、先生のトコに行かなきゃいけないの忘れてた。ホントに案内してくれてありがとね、じゃあ」
「え?ちょ、結城君?」
俺は踵(きびす)を返すと、購買の袋を握り締めて走っていた。

(何やってんねん、俺は…)
屋上へ向かう階段を駆け上がりながら、俺は自分に呆れていた。
さっき階段に目をやった時、教室で見たあの男子生徒が階段を上っているのを見たのは事実だ。
だが、だからと言って何故自分も同じところへ向かわねばならないのか。
(…まさか俺、あいつに一目惚れでもしたっちゅうんか…?)
阿呆なことを考え出すのはやめようとした時、目の前に扉が現れた。
鉄製の重い扉を開けると、そこには何も無い屋上が広がっていた。
(あいつ、こんな所でなにを…)
見廻すと、貯水槽のようなものが一つあった。
俺はゆっくりとそいつに近寄ると、その陰をちょっと覗いてみた。

「え…」
膝の上に弁当箱を広げて座っていた彼は、ふと覗き込んできた俺の顔を見上げた。

それが、俺とトモ――麻倉(あさくら) 知之との出逢いだった。


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