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きみのて ぼくのて

13 また あした
「…そんなこと、ないっスよ…」
望は、震えた声にはっと顔を上げた。
ガラスの向こうで、知之が双眸から止め処なく涙を流していた。
「トモ…?」
「望ちゃんは、変わってなんかないっス…」
知之は真っ直ぐ望の方を向き、喉を嗄(か)らして言う。
「望ちゃんは、その綾人君って子を死なせたくなくて殴ったんっスよね…?だったらそれは、僕を救ってくれた”望ちゃん”と同じっス…それはただの非行なんかじゃないっスよ」
望はただ、知之を見ているしか出来なかった。
「僕なんか、もっと望ちゃんが変わってしまったんだって思ってたし…でいざ会ってみたら髪の色とかも変わってて…正直先刻まで別人のように思ってたっスけど…」
涙を手で拭いて、知之は望に微笑んで見せた。
「こんな言い方ヘンかもだけど、よかったっス…僕、安心したっス」
望は今まで見たことの無い程の知之の笑顔に一瞬呆気に取られたが、すぐに小さく笑った。
「そう…なら、良かった…」

面会時間の終りが近づいていることが、職員の仕草から見受けられた知之は、席を立った。
「それじゃあ…僕、行くっスね」
「うん…次会えるのは、いつかな」
「それは分からないっスけど、手紙は書くっスよ。…でも、最後に一つ、お願いが」
「お願い?」
知之は、右手をガラスに向かって差し出した。
「次に会う時までのさよならと、友として改めてよろしくの気持ちを込めて、握手を」
望は、知之が好きなあの笑顔を浮かべて、右手を出した。
「うん…トモも、元気で」
二人は、ガラス越しに握手を交わす。互いの皮膚に触れてはいないが、それ以上の”触れ合い”を、二人とも感じた。
薄暗かった部屋が、明るくなったように思えた。

「なんだ、思ったより何ともなさそうな顔してんな」
「え…?」
刑務所を出てきた知之が見たのは、彼の同級生達の姿だった。
「どんな泣き顔で出てくるかと思ってたんだけどな」
「た、篁(たかむら)君…?」
目を点にする知之。
「いやー、お前が結城に会いに行ったっておふくろさんに聞いてさ、気になってみんなで迎えにきたんだけど…」
「まあ、その様子やとあんまり心配することもなかったみたいやね」
「羊谷(ひつじたに)君に、矢吹(やぶき)君まで…」
知之の眸に、またうっすらと涙が滲んだ。
「えっ、おい、どうしたさ?!」
「えっとー…何か俺らヘンなこと言うてもうたか…?」
友人達は、知之の肩に触れたり顔を覗き込んだりする。
「あ、ううん、えっと、そうじゃなくって…」
知之は涙を拭い、小さく笑って言う。
「…嬉しくて…」
一瞬止まった友人達は、笑いだした。
「何さー、冷や冷やさせんなよー」
「そんなことでいちいち泣くんじゃねえよ…」
「ま、何にせよ良かったやないか。とりあえずもうこんな時間やし、何かメシでも喰いに行こか」
「…うん」

望ちゃん、僕は、君に出逢えて救ってもらえたことで、今はこうして友達が出来たんだ。
もしこの先、君や僕にどんなことがあっても、望ちゃんは、一番の友達だよ。
あの時ガラス越しに交わした握手は、絶対忘れないよ。


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