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此処に在る理由

第4話 Agate
「さっきは…ごめん」
瑠璃の部屋。雪が強く、窓から差し込む筈の琥珀色の代わりに、部屋の中には琥珀色の髪の少年が居た。
「いいんですよ、瑠璃姉さん」琥珀は、10歳とは思えない程落ち着いて言う。「そう思われたって、仕方な…」
「違うの」琥珀の言葉を、瑠璃は遮るように言った。「…違うのよ、琥珀」
「違うって、何がです?」
「私、確かに琥珀が最初に来た時は正直戸惑ったの。さっき、大山さんが言った事も少しは考えたりして…。でも、譬(たと)えもしそうだったとしても私の"弟"なんだから、今は長い事憧れてた"弟"を可愛がろう、って、そう…思ったんだ」
「そう、ですか…」琥珀はちらと部屋の置時計を見て言った。「もうすぐ、夕食の時間ですよ」
「…私、後から行くから、琥珀は先に行っててくれる…?」
琥珀は小さく頷くと、瑠璃の部屋を静かに出た。
「……」ドアの外で暫く立ち尽くした琥珀は、再び歩みを進めた。

「あ、瑠璃ちゃん…」
瑠璃が食堂の前の廊下にやって来ると、丁度食堂に入ろうとしていた千尋が声をかけた。烈馬も隣に居た。
「千尋ちゃん…」
「どうしたの瑠璃ちゃん、何か顔色悪いけど…」
「え?そ、そうかな…」瑠璃は平静を装う。「ふ、吹雪が強いからじゃないかな」
「あー、そう言や先刻から強い吹雪吹いてんなぁ…」烈馬が言う。「折角の奇麗な景色やのに」
「この時期にこんなに吹くなんて珍しいなぁ…」と瑠璃。「あ、それじゃそろそろご飯食べようか」
「そうね」3人は食堂のドアを開けた。
「あら、遅いわね」ドアに一番近い席に座っていた聖が言う。
「え?聖さん帰られたんじゃなかったのですか?」と瑠璃。
「あー、あたしもそのつもりだったんだけど、この吹雪でしょ?あたし自分の車で来てるんだけど、これじゃ車出せないからね…」
「まぁいいじゃないっスか」聖の隣に座っていた知之が言う。「新聞記者の人とお話なんて滅多に出来ないっスし」
「あれ?」その向かいに座る時哉が言う。「マクラのお袋ってルポライターか何かじゃなかったさ?」
「ううん、翻訳家っスよ。洋モノの小説を訳したりとかしてるんっス」
「へぇー、そうなのか」長いテーブルの一番奥に座っている石原が言う。「それは丁度良かったじゃないか、なぁ瑪瑙」
「え、ええ…」その近くに座る瑪瑙が畏(かしこ)まった表情で言う。「そうですね…」
「え?それってどういう…」知之の隣にちゃっかり座っている湊が言う。
「瑪瑙兄さんは今大学の文学部に居るんですよ」瑪瑙の横に座る琥珀が言う。「特に文章を書く方を専攻しているんです」
その時、真田と珠里が食事を載せた台を動かしながら食堂に入って来た。
「うわっ、美味そーっ!!」大声を上げた弥勒の頭を、烈馬が小突く。「痛っ…何しやがるっ、矢吹」
「下劣」烈馬は弥勒の方を見ずに言った。
「まぁでも、実際ホントに美味しそうね」つかさは目の前に食事が運ばれてくるのを見ながら言う。
「ところで…」大山が言う。「私の隣が空いてるんだが、誰か来てないのか?」
「え?」着席している人の顔を一通り見る知之。「あ、篁君…」
「まーったく、アイツ何やってるのさ」と時哉。「こんなに美味そうな料理が並んでるってのにさ」
「悪かったな、羊谷」丁度ドアを開けて言う祥一郎。
「あ、来たのさ?」苦笑いをしながら言う時哉。「お前の分貰おうかなとか思ってたのに」
「残念でした」祥一郎は澄まし顔で席に座る。
「さて、全員揃ったことだし、戴くとするか」石原が言った。

料理はとても美味しい。わたしは正直にそう思ったけれど、何処となくそれを口に出してはいけない様な気がした。
みんなが黙っていたからじゃない。
ふと見た瑠璃ちゃんの――瑠璃ちゃんだけじゃなくて、琥珀くんや瑪瑙さんも含めての雰囲気が、何となく重く感じたから…。
それが何を意味するのか、わたし達が知るのはもう少し後の事であった。

一夜明けた。吹雪は昨日より更に強くなった様に思えた。
昨夜同様食堂に向かっていた知之達に、珠里が息を切らしながら駆け寄る。
「ど、どうしたんっスか、珠里さん」
「た、大変なんです…」まだ呼吸の整わない珠里。「展示室の原石が…」
「展示室の、原石…?」一行は展示室に向かって走り出した。

「非道い…」展示室のショーケースを見た千尋は思わず声を上げてしまった。
ショーケースは割られ、中にあった3つの原石が跡形も無く姿を消していたのだ。
「これは、いつ…?」烈馬が珠里に聞く。
「昨夜11時頃祖父と見廻りに来た時は確かにありましたから、それ以降かと…」
「でも、誰が一体こんなコトを…?」と弥勒。
「…とりあえず、全員を食堂にでも集めてみるか」
「え?」祥一郎の提案の意図が分からず、つかさが言う。「どうして?」
「この吹雪ん中、足跡や水滴さえ残さずに厳重な屋敷に忍び込んで原石を盗んで逃げてくなんて芸当、そうそう出来たモンじゃねぇが…」と祥一郎。「犯人が元々屋敷の中に居た人間なら簡単だ。そしてもしかしたらソイツはもう逃げてるかも知れねぇぜ」
「なるほど…」真田が言う。「それじゃあ、早速皆様を食堂にお連れ致します」
「お願いします」

「ちょっとちょっと、どういうコト?」まだ寝巻き姿の聖が、不機嫌そうに言う。「あたし達をこんな朝っ原から呼び出して…」
「そうだよ瑠璃君」と大山。「朝食は8時だと聞いているんだがね」
「まぁまぁ大山」石原が言う。「何か事情があったんだろう」
「瑪瑙さん以外みんな居るみたいですけど…」湊があくびをしながら言う。「何かあったんですかぁ?」
「ええ、実は…」瑠璃が言いかけた時、真田が真っ青になって食堂に入って来た。
「どうしたんですか?真田さん…」と祥一郎。
「め、め…瑪瑙様が…」言葉を何とか紡ぎ出す真田。「噴水で、お亡くなりに…」
「な、何だって?!」

一行は吹雪の中、庭の噴水にやって来た。其処には、既に血の気が引いた石原 瑪瑙の肢体が揺蕩(たゆた)っていた。水は血で薄い赤色に染まり、彼の緑色の髪の毛と絡まって宛ら本物の瑪瑙の様になっていた。
「め、瑪瑙兄さん…」瑠璃は言葉を失い、その場に座り込んだ。琥珀は瑠璃を只見ているだけだ。
「瑪瑙様だけ見つからなかったので、庭の方を見て廻っておりましたら…」真田が言う。「瑪瑙様の、死体が…」
「どうやら、頭を何かで殴られた様だな…」大山が死体を見ながら言う。「血は後頭部から出ている様だ」
「ふーん…てことは、凶器はコイツってことだな」
「え?」大山は、祥一郎が指差した方を見た。「こ、これは…」
噴水の脇に置かれていたのは、展示室から紛失していた瑪瑙の原石であった。
「ホンマや、少し血ィついとるで…」と烈馬。「ちゅうことはこれは、殺人…?」
「と、とにかく警察に連絡しなくちゃ…」聖が言う。「珠里ちゃん、電話のトコまで案内して」
「は、はい…」聖と珠里は館の中に入っていった。
「とりあえず大山さん」と祥一郎。「ちゃんとした死因と死亡推定時刻、調べてもらって構いませんか?」
「あ、ああ…それは構わんが…」少し戸惑った様な表情の大山。「君は、一体…?」
「あ、心配しないでください」と時哉。「コイツ、幾つも殺人事件とか解決したことあるからさ」
「そ、そうなのかい?」石原が突然目の色を変えて言う。「だ、だったら、瑪瑙を殺した奴を、い、一刻も早く見つけ出してくれ…! か、金なら幾らでも出すから…!!」
「え…」祥一郎は石原の態度に驚き少し言葉を失う。「あ、別に金はいいですから…」
「頼む、頼むから…」石原の祥一郎に泣き縋(すが)る様子を、琥珀は冷めた視線で見ていた。

「ええっ?!警察はしばらく来れない?!」
検死をしている大山を除いて食堂に集まった一同は、聖の発表に驚きの声を上げた。
「ええ…この吹雪では車もヘリコプターも出せないそうよ…」と聖。「当然こっちから車で向かうのも無理。この近くは他に民家も無いし、隔離された様なモノね」
「そ、そんな…」
食堂に澱(よど)む雰囲気が漂う。
「あ、あのー…」
「ん?どしたの、湊ちゃん」とつかさ。
「失くなった原石って、3つあったじゃないですか。てことは、もしかして…」少し躊躇(ためら)いがちに言う湊。「あと2人、原石で殴られて殺されるかも知れない、ってことですか…?」
「な…?!」一同は驚嘆の声を上げる。
「…確かにそうだな」と祥一郎。「しかも、瑪瑙の原石で瑪瑙さんが殺されたってことは、だ」
「る、瑠璃ちゃんと琥珀くんも…?!」
「え…?」瑠璃の顔色が、一気にその髪の様に青くなった。
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おまけ
4話です。1人目の犠牲者出ました。
副題の「Agate」は「瑪瑙」の意味です。

汐里って実は翻訳家だったのですよ。
いや、今まで数回そうであることは出してるんですけど。この際はっきりさせとこと思いまして。

食事のシーンの「わたし」は千尋です。
意外と分かりづらいみたいですが、一人称が「わたし」なのは今回登場する女性陣の中で千尋だけなのですよ。

ちなみに、吹雪で外部と隔離というのは元々無い設定でした。
でも途中までの段階で虹星に「北海道なんだから雪降らせればいいのに」と言われ、じゃあ折角だから吹雪かしちまえということで(笑)。

なんか烈馬と弥勒って、○ルバの由希と夾みたい、とか言っちゃダメです(笑)。

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