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此処に在る理由

第5話 Lapis Lazuli
「わ、私が…殺される…?」
瑠璃は細かく身震いしながら言った。
「ま、まぁまぁ瑠璃ちゃん、そんなに怯えないで…」弥勒が慰める。「ま、まだそうだって決まった訳じゃねぇんだし」
「そ、そうですよー」湊も加勢する。「きっと考えすぎですよぉ」
「それじゃあ、まだ見つからないっていう瑠璃と琥珀の原石はどう説明するの?」と聖。
「そ、それは…」言葉を詰まらせる湊。
「とりあえず、だ」強い語調で言う祥一郎。「瑠璃、琥珀、お前らは部屋に鍵掛けるなりして用心してろ。まだ犯人が誰かも分からねぇしな」
「そ、それって、まさか…」珠里が不安げに言う。
「ああ…」と祥一郎。「状況から考えても、この中に瑪瑙さんを殺した犯人が居る可能性は窮めて高いんだ」
「え…」食堂に不穏な空気が充満する。
暫(しば)しの沈黙。それを破ったのは、掠(かす)れたか細い声であった。
「…誰、なの…?」
「る、瑠璃ちゃん…?」千尋は、その声の主である瑠璃の方を向いた。
「誰なのよ?!瑪瑙兄さんを殺したのは」瑠璃は立ち上がり、怒りで吹っ切れた様に大声で喚(わめ)く。「名乗り出てよ!兄さんを返して!!」
一同は瑠璃の声に目を丸くしたり鬱向(うつむ)いたりはするものの、瑠璃の呼びかけに答える者は無かった。
「……!!」瑠璃は目に涙を浮かべ、その涙を拭う事なく食堂から駆け出していった。

瑠璃が出て行って少し経ち、今度は大山が食堂に入ってきた。
「検死終わったぞ」大山は右手に紙を持っていた。「…あれ?瑠璃君は?」
「ちょっと、色々あって…」と聖。
「それで?結果はどうでした?」祥一郎が尋ねる。
「ああ、死因は後頭部を殴られた事による脳挫傷で、凶器はあの瑪瑙の原石と見て間違いない」大山は持っていた紙を見ながら言う。「死亡推定時刻は大体昨夜の11時から1時頃だな」
「昨夜の11時から1時か…」と祥一郎。「それじゃあ、一人ずつその時何処で何してたか言ってってもらえますか」
「な、何であたし達が?!」聖が椅子から立ち上がって言う。
「昨夜は口じゃ言えない様なコトしてたんですか?」
「…そういう、訳じゃないけど」椅子に座り直す聖。「昨夜は部屋で記事考えてたわよ。12時前頃に珠里ちゃんにコーヒー持ってきてもらったけど、それ以外は一人だったわ」
「珠里さん、今のホントっスか?」と知之。
「は、はい…」少し怯えた様に言う珠里。「確かに12時前だったと思います…。輝彦様にも12時半頃紅茶をお持ちして、それ以外は一人で厨房に…」
「一人で厨房?」
「今日の食事の下ごしらえをしていたので…祖父と見廻りをして帰ってきてからでしたので、11時半前くらいから…」
「その後真田さんは何処に?」
「私は部屋におりました…」と真田。「私も老いてしまいましたので、夜遅くまで起きられないものですから…珠里と別れてからはずっと部屋で寝ていました」
「私も部屋で寝ていた」と大山。「特にすることも無かったからな」
「私は一人で書斎で本を読んでいたよ」石原が言う。「さっき珠里君が言った通り、12時半頃紅茶を持ってきてもらったよ」
「僕は部屋で寝ていました」琥珀が言う。
「まぁ琥珀君はんな時間は寝とるやろな…」と烈馬。「瑠璃ちゃんはどうやったんやろ?」
「な、なんで瑠璃ちゃんのアリバイまで…?」千尋が怪訝(けげん)そうに尋ねる。
「一応や、一応」千尋を宥(なだ)めて言う烈馬。「千尋ん部屋に来たりとかせぇへんかった?」
「…ううん、別に…」
「てことは、全員にアリバイがねぇってことか…」と祥一郎。
「ん?ちょっと待てよ…」弥勒が言う。
「なんだ?弥勒」
「オイラ達ってさ…」間を溜めてから言う弥勒。「…朝飯食ったっけ?」
「……」呆れ顔の烈馬。「…んなコト雰囲気たっぷりにして言うことちゃうやんけ」

朝食が出来るまでの間、千尋は瑠璃の部屋の前に来ていた。
「瑠璃ちゃん、わたし、千尋だけど、ちょっと部屋に入れてくれない…?」
「千尋ちゃん…」か細い声は小さく震えていた。「…ゴメン、千尋ちゃんを疑ってるワケじゃないんだけど…」
「…ううん、いいよ」千尋は明るめの声を繕(つくろ)って言う。「…あんなことが、あったんだもんね」
「…ね、ねぇ、千尋ちゃん…」
「…なぁに?」
「私、ホントに殺されちゃうのかな…」瑠璃の顔は見えないが、彼女が泣いている事は千尋の聴覚にもすぐ分かった。
「…そ、そんなことないよ」先刻よりもっと明るい声色で言う千尋。「烈馬や、祥一郎くん達が守ってくれるって」
「…ホント…?」瑠璃は悪夢から醒めた子供の様な声で言う。
「ホントだよ」と千尋。「だから、心配しないで」
「…うん」

一方その頃、祥一郎と知之、烈馬の3人は珠里と一緒に廊下を歩いていた。ちなみに朝食の準備は真田がしている。
「それにしても篁君、急に電話を――しかもファックスつきのヤツを使いたいやなんて、どないしたんや?」
「一応、この屋敷に居る連中の経歴とか調べとこうかと思ってな」と祥一郎。「ただ、時哉のオヤジさんはあくまで神奈川県警の刑事だから、北海道やら東京やらに住む人達の事調べられるかどうか心配ではあるんだが」
「それやったら、俺ええ人知っとるで」烈馬が言う。
「え?」
「あ、もしかして"あの人"っスか?」と知之。
「…誰の事だ、それ?」
「あ、こちらにファックスつき電話がございます」案内をしていた珠里が言う。
「珠里さん、この電話とファックスの番号教えてもらえます?」
「え、ええ、いいですけど…」

「はい、こちら警視庁捜査一課ですが」
受話器の向こうから男の声がする。
「あ、すんませんけど金田刑事をお願いしたんですけど…」受話器を持つ烈馬が言う。
「あ、金田は僕ですけど…」
「お久しぶりです、矢吹です」
「矢吹って…」電話の相手は記憶を辿っているようである。「…あ、同人誌の時の」
「そうそう、お元気ですか?」
「おい、誰だよその金田って…」祥一郎が言う。
「すっかり忘れてしもとる読者もおるやろから説明しとくとやな」受話器から口を離して言う烈馬。「俺と麻倉君が巻き込まれてもうた東京の同人誌即売会での殺人事件の時におった刑事さんや。実はあん時に電番教えてもろうたんや」
「誰に向かって言ってるんっスか…」一応ツッコむ知之。
「もしもーし…」受話器の向こうから困った様子の金田の声が聴こえる。
「あ、すんませんすんません」再び受話器に向かう烈馬。「実は…」
烈馬は事情を説明し、経歴の調査を依頼する。
「うーん…どこまで出来るかは分からないけど、島立と一緒に調べてみるよ」と金田。
「おおきにー」そう言うと烈馬は受話器を置く。「あ、ちなみに島立っちゅうんは金田刑事の同僚で、さっき言うた事件でちょっとだけ出てきとった刑事さんやで」
「だからおめぇ誰に言ってんだよ」呆れ顔でツッコむ祥一郎。

朝食は誰も言葉を発する事無く進んでいった。
唯一、激しい吹雪が窓を打つ音だけが食堂に響くのみであった。
言葉は無かったが、その分空気が異常に重く感じられた。

そして、昼食も夕食も同じような空気の中終わり、夜の帳(とばり)が深く降りる。

「…で?」
此処は時哉と弥勒の部屋。
「なんで、矢吹がこの部屋に来るワケ?」
不機嫌そうな弥勒の目の前には、寝支度の道具を持った烈馬の姿があった。
「しゃーないやろ、怖ぁなった瑠璃ちゃんが千尋と一緒に寝たい言うて千尋と俺ん部屋来たんやけど、俺らの部屋は2つしかベッドなかったから俺が出てくことになってんけど、麻倉君らの部屋も2人部屋やし、まさか女の子2人でおるつかさちゃんらの部屋に行くワケにもいかんのやから」
「俺は別にいいけどさ…」と時哉。「弥勒は…」
「…たく、しょーがねぇな」相変わらず不機嫌そうな表情の弥勒。「千尋ちゃんと瑠璃ちゃんの為ならな」
「…あっそ」素っ気無く言う烈馬。「ほなこっちのベッド使わせてもらうで」
「…矢吹よぉ」
「…何や?弥勒君」
「…千尋ちゃん、悲しませねぇようにしような」
烈馬は一瞬耳を疑い弥勒の方を振り向いたが、再び顔を逸(そ)らして言う。
「たまには、カッコええセリフ吐けるんやな」
「…るせぇ」
その様子を見ていた時哉は、小さく微笑った。

「寒いね、暖房入れようか」
千尋はエアコンのリモコンを操作し、暖房を入れる。
「にしても、烈馬には悪い事しちゃったねぇ」明るく言う千尋。「きっと今頃、弥勒くんといがみ合ってるね」
しかし、瑠璃の表情は重い。
「瑠璃ちゃん…」瑠璃の蒼い髪が彼女の悲愴感を浮き立たせているように千尋には思えた。
彼女は何を考えているのだろう。千尋には到底考えもつかなかった。
「ふぁあ…なんか急に眠くなってきちゃったね」と千尋。「そろそろ寝よっか」
「…うん」瑠璃は小さく呟いた。
二人が眠りに堕ちたのは間も無くのことだった。
そして、部屋のドアノブが廻った事に彼女達は気付かなかった。

TLLLL…
内線電話の音で目を覚ました千尋は、やけに痛む頭を押さえながら受話器を取った。「はいもしもし…」
「あ、仙谷様ですか?珠里です」
「あ、おはよーございますぅ…」まだ半ば夢心地の千尋。
「朝食の支度が出来ましたので、瑠璃様と一緒にお越しください」受話器の向こうの相手が言う。
「はい、わかりましたぁ…」受話器を置く千尋。「瑠璃ちゃん、朝ご飯出来たって…」
千尋は、瑠璃が寝ていた隣のベッドを見た。しかし、そこに居る筈の蒼い髪の少女は見当たらなかった。
「…ウソ」千尋にまとわりついていた眠気は一気に吹き飛んだ。
千尋は顔を青くして部屋を飛び出す。そして、左に伸びる廊下を見、右の廊下を見た。
そこには、大きな蒼い石の横で壁に背をもたれている瑠璃の姿があった。
「る…瑠璃ちゃ……」千尋の顔はどんどん青くなってゆく。「…いやあぁぁっっっ!!」
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おまけ
5話。どんどん話は進んでおります。
前回同様今回の副題は「瑠璃」の意味です。虹星の作品でも出ましたよね。
結構シリアスな方向に進んではいるんですが、ちょこちょこギャグが入って程好い感じになっとります(笑)。弥勒の科白最高(笑)。
そして「リアル」以来の登場となる金田刑事。全国に3人も居ないと思う金田刑事ファンには堪らないですな(爆)。「リアル」の時登場人物の名前はみんなマンガから取ってたんですが、金田刑事と島立刑事が推理モノからだったのは後々登場さすからだったんですねぇ。わお。なんちゅう伏線。

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