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此処に在る理由

第6話 Amber
一同は瑠璃の見つかった廊下の突き当たりに集まっていた。
「…どうやら脳震盪(のうしんとう)を起こしているだけのようだ」大山は瑠璃の横に跪(ひざまず)いて彼女を視ながら言う。「命に別状は無さそうだ」
「そうですか…」と真田。「命が助かったなら良かったです…」
「どうやらまた、その瑠璃の原石で殴られたみたいだな」と祥一郎。「ちょっと血がついてる」
「とりあえず、どっかの部屋に運んだ方がええやろ」烈馬が言う。「羊谷君、手ぇ貸して」
「あいよ」烈馬と時哉は瑠璃の身体を持ち上げると、部屋まで運んでいった。
「とりあえず皆さん、食堂に集まってください」祥一郎が言う。「一応、また事情聞きたいんで」
一同はその場から動き出した。たった一人を除いては。
「…どうしたの?千尋」つかさが彼女に気付き声をかける。
「…わたし、守れなかった…」千尋はその場にしゃがみ込み、今にも泣き出しそうな声で言った。「瑠璃ちゃんと一緒に居たのに…大丈夫だよって言ってあげたのに…それなのに……」
「そんな、千尋ちゃんの所為じゃないって…」と弥勒。「瑠璃ちゃんは死んだ訳じゃないんだし、元気だしてよ」
「で、でも…」千尋は鼻をすすりながら言う。「昨夜急に眠くなって、二人とも寝ちゃって、気付いたら瑠璃ちゃんが居なくて…非力すぎて虚しいよ…」
「え?」その話を聞いていた祥一郎が言う。「急に、眠く…?」
「うん…」と千尋。「暖房入れて少し経って…瑠璃ちゃんも眠そうにしてたけど…」
「そ、それってまさか…」と知之。
「ああ…多分」そう言うと祥一郎は急いで駆けていった。知之も後を追う。

「おーい、何やってんのさー?」
時哉が千尋達の部屋に入ってくる。ベランダに祥一郎と知之が居る。
「あ、羊谷君…」
「お前らがこの部屋に駆け込んでったって聞いて、どったのかなと思って来てみたんだけど…何か分かったのさ?」
「ああ…」と祥一郎。「さっき千尋は、エアコンをつけたら眠くなったって言ってたんだ。それでもしやと思って来てみたら」
「このベランダにいっぱい足跡がついてたんっスよ」知之が言う。「どう見ても瑠璃さんや千尋さんのとは思えないくらい、大っきな足跡が」
「てことは、それって…」
「ああ、誰かがこのベランダに忍び込んで、エアコンの室外機の中にクロロホルムを垂らしといたんだよ。二人がエアコンをつけたら勝手に寝てしまうようにな」
「なるほど、んで、千尋が寝てる隙に瑠璃を連れ出したってことさね」
「確か瑠璃さんが千尋さんの部屋で寝たいって言い出したのは昨日の夕食の時だったっスから、犯人はそれより後に此処に来てたってことになるっスね」
「でも、この足跡に当てはまりそうなヒトっていったら、矢吹くらいしか…」
「バーロ、矢吹は元々この部屋に居たんだぜ。最初からそのつもりなら無理にでも一緒にこの部屋に居るに決まってんだろが」
「でも、大山さんも真田さんも小柄な感じの人だし…」と知之。「あとは…」
「…かもな」祥一郎はそう言うと、ベランダから部屋の中に入っていった。

「昨夜の夕食の後からのアリバイ?」
食堂には、瑠璃を除く全員が集まっていた。
「ええ、出来れば今朝までのをしっかりと」
「そんなこと言ったって…」と聖。「まさかこの中で誰かと一晩過ごした人なんて、居る?」
首を縦に振る者は居なかった。
「つまり全員アリバイなし、ということですね」
「…そうなるかな」石原は溜め息をついて言う。
「……」琥珀は鬱向いたまま座っていた。
「とりあえず…」とつかさ。「琥珀クンには何もないようにしなきゃね…」
「せやな、虚付(うろつ)いとったら何があるか分からへんな」烈馬が言う。「部屋に鍵かけて…」
「でも瑠璃ちゃんも部屋に鍵かけてた筈じゃなかったかしら?」と聖。「もしかしたら犯人はマスターキーでも持ってるのかも知れないわよ」
聖の視線の先には、真田と珠里が居た。
「まさか金月君、あの2人を疑ってるんじゃないだろうね」石原が言う。
「然(そ)う言う訳じゃないですけど」と聖。「ただそんな可能性があるんじゃないか、って思っただけですわ」
「兎(と)に角(かく)」祥一郎が強い語調で言う。「琥珀を部屋ん中に居させといて、ドアの前はオレ達が見張っとけば、一応大丈夫だろ。オレ達は琥珀を殺す動機なんてねぇし、これでいいだろ」
誰も反対はしなかった。
「あ、でもその前に…」弥勒が言う。
「ん?何だ?」
「オイラ達、まだ朝飯食ってねぇんじゃ…?」
「お前そればっかさね…」呆れ顔で言う時哉。

朝食後、知之達は琥珀と真田と共に、1階の琥珀の部屋にやって来た。
「えーっと、窓の鍵は掛かってるっスね…」と知之。「ドアの他に出入口とかも無いっスね」
「とりあえず、本でも読んで大人しくしときや」烈馬が琥珀に言う。「トイレに行きたいとか、何かあったらすぐドアんトコにおる俺らに言うんやで」
「はい、分かりました…」と琥珀。「…あの」
「何だ、琥珀」祥一郎が聞き返す。
「…ちゃんと、其処に居てくれますよね…?」
「だいじょーぶだって、心配しなくていーよ」湊が明るく言う。
そして、琥珀を除く全員が部屋の外に出た。
「宜しく、お願いします…」琥珀が小さく言う。
「任しとき」時哉がそう言ってドアを閉めると、真田が持っていた鍵の束の中の1つの鍵でドアに施錠した。
「…よし、ちゃんと掛かってんな」弥勒がドアノブを廻して確認する。
「それじゃあ私は此処で…」真田はそう言って立ち去ろうとした。
「ちょっと待った」と祥一郎。
「え?」立ち止まる真田。
「その鍵の束、ちゃんと全部の部屋の鍵がくっついてるんですか?」
「え、そ、その筈ですが…」
「ちょっと貸して下さい」祥一郎は鍵の束を半ば強引に受け取る。「部屋って、全部で幾つあるんですか?」
「えーっと…」と真田。「確か30室だったかと…」
「2、4、6…」鍵を数え始める祥一郎。「っておい、28個しか鍵ねぇじゃん!」
「えっ?!」驚く一同。
「1つがわたし達の部屋だとして…」と千尋。「もう1つは何処の鍵…?」
「この鍵の束って普段何処に置いてあるんですか?」烈馬が尋ねる。
「いつも厨房のところに置いてありますが…」
「それってまさか誰でも持ち出すことが出来るってことですか?」と湊。
「…そうなりますね」と真田。
「…麻倉、ちょっと真田サンと一緒に何処の鍵がねぇのか一つ一つ当たってみてくれ」
「う、うんっス」祥一郎から鍵の束を受け取った知之は、真田と共に無い鍵を探しに出た。
「あ、あのー…」それと同時に、珠里がやって来た。
「どうかしましたか、珠里さん」弥勒は瞳を輝かせて珠里に言う。
「この期に及んで何ナンパしとんねん」弥勒をしばき倒す烈馬。
「…で、どうしたんですか?」そんな遣(や)り取りは他所(よそ)に、珠里に尋ねる千尋。
「あ、矢吹様にお電話が入ってるんですけど…金田様という方から…」
「おっ、やーっと来たんやな」と烈馬。「ほな、ちょっと俺行ってくるわ」
「あ、じゃあオレもついてく」祥一郎が言う。
「ちょっとぉ、レディー3人を置いてくつもりぃ?」つかさが言う。
「何かあったら、そこの女好きの野球部員に言うたらどうにかなると思うで」そう言って烈馬と祥一郎は珠里について立ち去っていった。
「…誰のコトだよ、おい」と弥勒。
「まぁまぁ」宥める羊谷。
「ま、そういうことなんでよろしくお願いします」と湊。
「ああ、オイラが命を賭けてでも守って差し上げます」ナンパモードに突入する弥勒。
「はいはい、勝手にやってなさい」どうして突然シリアスな場面でギャグになれるんだろう、と思うつかさであった。

「もしもし、お電話変わりました矢吹です」受話器を取って言う烈馬。
「あ、えーっと、とりあえず一通りの事は分かったから、今からファックスでそっちに送るよ」
「おおきにー」
「あ、それと1つ気になることがあったんだけど」
「ん?何ですか?」
「今から送るのにも書いてはおいたんだけど、その石原 輝彦って人、2年前に医療ミスで女性を一人死亡させてるんだ」
「えっ?!ホンマですか?」
「うん、それがきっかけで医者を辞めることになったらしいんだ」
「その時の被害者のコトとかは分かってないんですか?」
「一応名前は玉置 真里菜(たまき まりな)さんって言うことは分かってるんだけど…詳しい事はまだ…」
「ほな、それが分かったらまた知らせて下さい」

「ふーん…あの人がそんなことをねぇ…」
琥珀の部屋に戻る途中で、祥一郎はファックスで送ってもらった資料を読みながら言う。
「ああ、もしかしたらその事件が今回の動機なんとちゃうか、と思うんやけど」
「でもなぁ…他の人もそれなりに怪しいし」
「そうなんか?」
「ああ。まずは医者の大山サン。実は石原サンの妻の十子(とうこ)さん――まぁ瑠璃や瑪瑙サンの母親だが――と婚約する程の仲だったらしいぜ。でも結婚する予定日の3ヶ月前に突然石原サンに乗り換えたらしい。その所為か大山サンには妻も子供も居ねぇみてぇだ」
「へぇー…そりゃ確かに怪しいなぁ」
「次に記者の金月サンだけど、このヒトはいわゆる天涯孤独ってヤツで、両親は彼女が3つの頃に行方を眩(くら)まして、兄弟も別の施設で育てられたらしく今じゃ何処に住んでるかどころか生死も分からねぇらしい。一時は地方議会の議員をしてた祖父の家で小間使い同然に暮らしてたこともあるくらい金に困ってるようだぜ」
「なるほど…大変やな」
「それと執事の真田サン。本人も言ってたが、父親が石原サンの父親の秘書をしてた事から石原家に勤めるようになったんだが、実はあのヒト国立の医大を出てんだよ。でも何故か医者にならずにここで使用人をし出したんだと。ちなみに当時同じく此処で使用人をしていた飾磨(しかま)って女性と結婚し、その子供に出来た子供が珠里サンっていう訳だ。その珠里さんは、実は瑪瑙さんと仲が良かったみてぇだぜ。彼女がしてるネックレスは瑪瑙さんが送ったモノらしいし」(ちなみにこの場に珠里は居ない)
「ふーん…そういや、その瑪瑙さんには殺されるような理由とかは無かったんか?」と烈馬。「…瑠璃ちゃんにも」
「瑠璃には特にそういうのは無かったみてぇだぜ。成績も優秀で、新聞部として積極的に活動してるらしい。ただ瑪瑙サンは、少し前に大学で同じ学部の女性と何か問題を起こしたらしいぜ」
「問題、ねぇ…あ、ほなあと琥珀君については何か無いんか?」
「ああ、此処に来る前何処に居たかとか全然分かってねぇらしい。アイツの母親は死んでるらしいし、名前だけじゃ流石に、な」
「まぁしゃーないか…あ、琥珀君の部屋に着いたで」
と、その時だった。
「うわぁっっ!!」
部屋の中から、琥珀の叫び声がした。
「おっ、おいっ、どうした、琥珀!」部屋の前に居た弥勒が声をかける。祥一郎と烈馬も駆け寄る。
「おい、琥珀、琥珀!どうした、返事しろ、琥珀!!」祥一郎は懸命にドアを叩きながら言った。
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おまけ
6話。
もう副題が「琥珀」の意味だなんてことは言わなくても察して戴いてると思いますが(笑)。

数名人の名前が出てますが、やっぱ全部宝石に関係してるのですよ。
医療ミスで亡くなった玉置 真里菜さんは姓が「玉」、名は「アクアマリン」の「マリン」にaを足してみました。
石原さんの奥さんの十子さんは、トーコ→torko→トルコ→トルコ石。若干強引。
真田さんの奥さんの飾磨さんは、宝石は飾りだし、磨いて輝くもの、みたいな。

にしても金田さん調べるの速いなぁ、と思った方は大勢居るかも。
実は彼の知り合いにフリーのルポライターさんが居るのです。だから多分其の人にお願いしたんでしょうねぇ。ちなみにその人は今後出てくる予定ありますのでお楽しみに(笑)。

今回もやっぱし弥勒はギャグキャラ。大変ですな(笑)。

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