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此処に在る理由

第7話 End of Sorrow
ドアを叩きながら声をあげる祥一郎。
「アカン、合い鍵持ってる麻倉君に今携帯掛けてんけど、真田サンと一緒に3階におるらしいで」烈馬が言う。
「くそっ、仕方ねぇな」と祥一郎。「おい、ドアを体当たりで破るぞ」
「お、おう」時哉、烈馬、弥勒の3人も参加し、4人でドアに体当たりを始めた。
「ちょっと…何かあったの?」琥珀の部屋の3つ隣にある部屋から聖が出てくる。大山と珠里も騒ぎを聞きつけ廊下に現れた。
「琥珀くんに何かあったみたいで…」千尋が3人に説明する。
その時、大きな音を立てて勢いよくドアが開いた。
「琥珀っ!」一同は部屋に入る。彼らの視界に飛び込んできたのは、ガムテープのくっついた割れた窓ガラスと部屋中に残る幾つもの大きな足跡、そしてベッドの上で頚許(くびもと)を押さえ咳込(せきこ)んでいる琥珀の姿であった。
「琥珀くん!」千尋が駆け寄る。「無事だったのね」
「は、はい…」まだ苦しそうに咳込んでいる琥珀。「突然誰かが入ってきて、僕の首を…」
部屋中を見渡す祥一郎。そして何かを確認すると、すぐさま窓から飛び出し雪の降る庭に出て行った。
「お、おい、篁!?」時哉も彼の後を追いかけて出てゆく。
「ど、どうしたのよ、あの二人…」訝しげな聖。
「多分犯人を追いに行ったんや」と烈馬。
「え?」珠里が言う。
「犯人はきっと、窓ガラスにガムテープを貼ってガラスを割る音を消して、この部屋に侵入し琥珀君を殺そうとしたんや。せやけど琥珀君の叫び声を俺らに聞かれ、ドアを破ろうとしたから仕方なく窓から逃げたってトコや。この部屋にその犯人がおらんっちゅうんがその証拠。つまり篁君達は、雪に残った足跡を追って犯人を探しに行ったっちゅうこっちゃ」
「な、なるほど…」と大山。
「あっ、矢吹君!」
「え?」声のしたドアの方を向く烈馬。其処には知之と真田が居た。「麻倉君」
「こ、これは一体どういう…」部屋の状況に驚く真田。
「あ、実は…」真田に説明しようとした烈馬は、部屋に居る人物の顔を一通り見廻し、あることに気付いた。「…ま、まさか…」

一方、足跡を追っている祥一郎と時哉は、館の隣にある小さな納屋(なや)でそれが途切れていることを知った。
「てこたぁ、此処に犯人が居るってことさね」と時哉。
「おい、開けろ!」祥一郎は納屋のドアを叩いて言う。「…鍵掛かってるみてぇだな」
「はぁ、1日で2度もドアに体当たりなんかするなんて思ってもみなかったさ」
二人はドアに体当たりを始めた。数回の後、ドアが勢いよく開き、二人は勢い余って納屋の中に飛び込む。
「痛っ…」何かにぶつかった祥一郎。視線を上げそれが何かを見た。「なんだ、この生温か…」
「お、おい、どうしたさ、たかむ…」時哉も"それ"を見た。「うわあっ?!」
其処に在ったのは、石原 輝彦の首吊り死体であった。
「い、石原サン…?」驚きを隠せない時哉。「てことは、犯人はまさか…」
「…ん?」祥一郎は、石原の死体の手が何かを握っているのを見た。「…これは、鍵…?」
祥一郎は指紋をつけないようにハンカチを充ててその鍵を死体の手から取ると、開け放たれた納屋のドアに行き、その鍵穴にそれを差し込み廻してみた。次の瞬間、鍵はカコンという音を立てて廻った。
「お、おい、それってまさか…」と時哉。
「ああ…見たところこの納屋には子供くらいしか通れなさそうな小さな窓があるだけだし、ドアの鍵は死体の手に握られていた…この納屋は密室だったんだ」
「それじゃあ、やっぱ石原サンが…」その時、時哉は納屋の中で或るモノを見つけた。「お、おい篁、これ…」
「ん?」祥一郎も近寄る。「これは…琥珀の原石…?」

「石原さんが、こんなことに…」
納屋に来た聖が言う。他の人々も集まっている。
「まさか、石原がこんなことをするとは…」と大山。
「それじゃあ、瑪瑙様を殺したのって…」珠里は手で顔を覆いながら言う。
「あ、真田サン…」祥一郎が死体の握っていた鍵を出して言う。「無かった鍵はたぶん、これです」
「こ、これは…?」
「この納屋の鍵。石原サンの死体が握ってたんです」
「あ、道理で何処の鍵が無いか分からなかった訳っスね」と知之。「館の中の部屋は全部確かめたのに分からなかったから、何んでだろうって思ってたんっスよ」
「でも、どうして石原さんが自分の子供たちを…?」湊が言う。
「たぶん…」と琥珀。「僕達は結局、お父様の宝石コレクションの一部に過ぎなかったんでしょうね…」
悲しそうな瞳をする琥珀に、一同は言葉を失くした。

千尋は、琥珀の部屋の真上にある瑠璃の部屋に居た。
頭に包帯を巻かれた瑠璃は、ベッドの上で瞳を閉じて横たわっている。
(目が覚めたら、琥珀くんが殺されかけてて……そんなこと知らされるなんて、瑠璃ちゃん可哀想…)
千尋の視界が揺れ始めた。そしてその揺れた視界の中で、千尋は瑠璃の目が開くのを視た。
「…あ、ち、千尋ちゃん…?」
「る、瑠璃ちゃん…」千尋の頬に、一筋の水が流れ出す。「瑠璃ちゃん…」
千尋は、瑠璃の華奢(きゃしゃ)な躯(むくろ)を抱き寄せた。
「ち、千尋ちゃん…?どうしたの…?」瑠璃は当惑しながらも、千尋の躰を軽く抱いた。

「…そう、そんなことが…」
千尋に総てを聞いた瑠璃は、思いの他薄い反応を示した。
「瑠璃ちゃん、あんまり悲しくないの…?」思わず聞いてしまう千尋。
「…あのヒトが父親だっていう実感が、余り無いからね…」瑠璃は雪の止んだ窓の外を見ながら言う。「まさかこんな事するなんて、夢にも思わなかったけど」
「…そう、なんだ…」
瑠璃よりも、千尋が悲しい瞳をしていることを、千尋は気付いていた。

一方、こちらは聖の部屋。
「……」椅子に腰掛け、手帳の中に挟んだ写真を空ろ気な眼で見つめている聖。そして、その写真と先刻(さっき)目の当たりにした石原の死体が頭の中で交錯する。
「あのー…」ドアの外から声がした。
聖は手帳を閉じて机の上に置き、いつの間にか瞳に宿っていた小粒の涙を指で拭うと、ドアを開けた。「あ、珠里ちゃん」
「あ、コーヒー、お持ちしました…」心なしかコーヒーカップはカタカタと音を立てて細かく揺れている。
「あ、わざわざありがとう」聖はコーヒーカップを受け取る。「…そう言えば、もう吹雪止んだわね」
「そう言えばそうですね…」と珠里。「それじゃあもうお帰りになりますか?」
少し考えた後、聖は言った。
「…ううん、もう少し居るわ。コーヒーありがと」
珠里は慇懃にお辞儀をして、部屋の外へ出た。そして、不穏な眼差しで閉じたドアを少し見つめると、その場を立ち去って行った。

「おい、篁」
他の面々が屋内に帰り、知之ら男5人だけが残った納屋で弥勒が言う。
「あんだ?」
「石原さんは自殺したんだろ?だったら、何んでおめぇらコソコソ何んか調べてんだ?」
「…確かに、瑠璃の部屋のベランダにあった足跡や琥珀の部屋にあった足跡、其処から此処に続く足跡はその大きさから言って石原サンのモノとも思えるが、可笑(おか)しいと思わねぇか、弥勒」と祥一郎。「瑪瑙サンは頭を原石で殴られて殺され、瑠璃も頭を原石で殴られたんだぜ。なのに琥珀は首を締められ、石原サンも首吊り…。これは不自然だろ」
「うーん…」難しい顔をする弥勒。「確かにちょっとヘンかもなぁ…」
「それに、瑪瑙サンの時も瑠璃の時も、原石はそのヒトの傍にあっただろ?なのに琥珀の原石だけ、この納屋の中にあったってのもどうも引っ掛かんだよなぁ」
「…何言いたいわけ?おめぇ」訝しげな表情の弥勒。
「全く…」祥一郎と同じく探し物をしている様子の烈馬が言う。「随分と稚拙な頭しとるんやな」
「あぁ?何だと矢吹」
「まぁまぁ弥勒…」プッツン来ている弥勒を、時哉が制する。
「要するに…」知之が言う。「篁君達は石原さんも他殺なんじゃないかって思ってるんっスよ。そうっスよね?」
「…ああ、まぁな」祥一郎はやや視線をそらし気味に言う。
「…他殺?」時哉の制止から逃れ落ち着いた弥勒が言う。「でも、此処の鍵って石原さんの死体が握ってたって先刻言ってたじゃねぇか」
「だからこーやって、ドアや窓以外の出入口とかがねぇか探してんだよ」と祥一郎。「鍵が床に落ちてたとか言うなら窓から投げ入れればすぐだが、死体が握ってたとなると話は別。確かに部屋の中に首吊りで余ったらしいロープやカッターは落ちてたが、此是等(これら)をつかって密室を作るなんて芸当、そうそう簡単な話じゃねぇよ」
「ふーん…」と弥勒。「…で、あの窓はヒトが通れるよーなモンじゃねぇのか?」
「ああ、多分大の大人が通れるモンじゃ…」時哉はそう言いながら弥勒の顔を凝視(み)る。「…でも、実験はまだしてないさねぇ」
「お、おい…」弥勒の頬に冷汗が垂れる。「まさか…」

「痛ててててっっ!!」
納屋の窓から上半身を乗り出し、痛さに苦悶している弥勒。
「おー、半分出たさ」と時哉。「もーちょいガンバったら全身通るかもさ」
「無理無理!これ以上出せねぇよっ!」
「ほんなら俺がこっちから引っ張ったろかいな」納屋の外に居る烈馬が、弥勒の腕を掴み引っ張る。
「痛ってぇっ!!やめろ矢吹っ!」
「あーすまんなぁ」と烈馬。「身長140cmの君やったら通れると思たんやけどなぁ」
「145だっ!」恐らく本当に怒っている弥勒。
「ね、ねぇ兄さ…じゃない、篁君…」知之が言う。「この様子だと弥勒君でも通れないみたいっスよ…?やっぱり他に抜け道とかトリックが…」
知之は祥一郎を見た。彼は、弥勒らの様子をじっと見ている。
「…兄さん?」
「…そういうことか」
「え?」突然言葉を発した祥一郎に驚く知之。
「…だから琥珀の部屋の窓はわざわざガムテープを貼って割られていたんだ
その時、一同の背後から声がした。
「矢吹せんぱーい!」
「…湊ちゃん?」弥勒の手を浅(あっさ)りと離すと、烈馬は何やら書類らしきものを持って駆け寄る湊の方へ来た。「どないしたんや?」
「はぁ、はぁ…」よっぽど急いで走ってきたのか、息を切らしている湊。「…これ、金田ってヒトから届いたファックスだそうですよぉ…」
「え?金田刑事から?」烈馬は湊から書類を受け取ると、それを見た。「…おい、篁君!」
「何んだ?」近寄る祥一郎と知之。
「これ…此処に書いてある子供の…」書類の一部を指差す烈馬。それを覗き込む祥一郎と知之。
「あっ」思わず声を上げる知之。「こ、これって…」
「…やっぱりな」
「え?」目を点にする烈馬。
「分かったぜ、この事件の真相がな」

そんな決め科白(ぜりふ)の後ろで、弥勒は「うわぁっ、今度は戻れねぇっ!」と悶(もだ)えていたのだった。
そして其れを見た湊は、(やっぱり弥勒先輩はギャグキャラですぅ…)と思ったとか思わなかったとか。
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おまけ
7話。大詰めになってきましたよ。
誰が犯人だと思いますか?
ちょっとずつ施した罠に引っ掛からない様に(笑)。

大詰めとはいえやっぱり弥勒はギャグキャラ。(爆)
140cmと言われて怒鳴るシーンとか個人的にすごく好き(笑)。

さぁ、次は解決篇でございますです。
予想は当たってるかな?と楽しみにしながらご覧下さいませ。

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