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Masquerade

File1 冗談か、或いは寓言か
「なんか、色々どたばたしてるうちに帰る日になっちゃったっスねー…」
地下鉄の駅のホームに、3人の青年と1人の少女が立っている。
「あ、でも僕、楽しかったですよ。麻倉さんや篁さんや、皆さん優しくしてくれましたし。わざわざ見送りにまで来てくださって本当にありがとうございます」
青紫色の長い髪の青年、悠樹がお辞儀をしながら言う。
「いえいえー、またよかったら遊びに来てくださいっス」
黒く短い髪の青年、知之は悠樹に微笑みかける。その横で彼の兄、祥一郎が眠そうにあくびをしている。
「それにしても、なんでわざわざ帰りは地下鉄なの?行きと同じルート(前作「トライ・トーン」を参照のこと)でも良いんじゃ…」
もう一人の少女、深穂が怪訝そうに言う。
「あ、実は地下鉄のほうが新横浜まで早く安く着くんっスよ。乗り換えも無くて済むし。行きのあのルートは暗号で示しやすかっただけっスから…」
その時、4人の後ろから男の声が聞こえた。
「あれ?麻倉さんと篁さんじゃないですか?」
「え?」
振り向くと、そこには見慣れた男性の姿があった。唯一の違和感は、彼がラフな、というかさえない私服姿だということだった。
「勝呂刑事じゃないっスか。どうしたんっスか?」
「あ、僕は今日非番で、ちょっとこのへんまで来てたところなんです。皆さんは?」
「僕は遊びに来てた友達の悠樹君たちを見送りに…」

『間もなく、2番線に小南台(しょうなんだい)行きが参ります。黄色い線の内側までお下がりください』

「あ、もう電車来るっスね」
「わたし、地下鉄なんて初めてだわ」
間もなくホームに電車が滑り込んできて、ドアが開く。
普通に開いたドアから乗り込んでいく、筈だった。
しかし…
「誰か!その人つかまえて!!」
「ふぇ?」
開いたドアから、1人の男と数人の女が雪崩れるように出てきた。条件反射的に知之が男の体をつかむ。
「あ、あのー…一体何が…?」
「その男痴漢よ!誰か警察呼んで!」
1人の女が叫ぶように言う。
「あ、えーっと…」
申し訳なさそうに声と警察手帳を出す勝呂。
「僕が、その警察なんですが…」

駅の一室に移動した一同。神奈川県警の柏木と霞もかけつける。
「それじゃあ、この男性が3人の女性のお尻を触るなどした、ということですね?」
「はい、間違いないと思います」
栗色の長い髪をしたOL風の女性がきっぱりと言う。
「で、ですから、私はやっていないんです…っ!!」
身の丈180cmはあるスーツ姿の男が冷や汗をかきながら訴える。
「あー、はいはい。じゃあとりあえず、あなたから詳しい話を聞かせてもらっていいですか?身分を証明するものも提示して」
柏木の言葉に、男は懐から名刺入れを取り出しながら言う。
「は、はい…私は、中川 弘明(なかがわ・ひろあき)と申します…この1つ前の駅にある取引先から終点の会社まで帰る途中だったんです…確かにこの人達の後ろに立ってはいましたが、痴漢なんてやってません…」
中川は名刺を柏木たちに手渡す。名前の上には会社名、下にはローマ字の名前が記されている。
「車内で、あなたは手に何か持っていましたか?つり革や、手荷物とか」
霞が尋ねる。
「あ、右手に鞄を…混み合っていてつり革は持てなかったんですが…」
「なるほど…では次の方」
「あ、私は三ッ沢 舞(みつざわ・まい)です。空港から来たばかりなのでパスポートくらいしかないんですけど」
黒いショートヘアの女性が、鞄からパスポートを取り出して言う。
「空港から?」
と勝呂。
「あ、友達とスペインに旅行に行ってたんです。友達とは途中の駅で別れたんですけど。で、右手でキャスターバッグの取っ手を持ってて、左手でつり革を持っていました。そしたら、この1つ前の駅を出たあたりからお尻を触られて…」
「そうですか…じゃあ次、あなたは?」
3人の女性の中で最も背の低い、茶髪で小柄な人物が、定期入れの中から慎重に何かを取り出す。
「えっと、私は片倉(かたくら)っていいます…これ、専門学校の学生証なんですけど…」
「ええと…片倉 美和(みわ)さん、ですね。服飾系の専門学校ですか」
写真入りの学生証を見ながら、勝呂が言う。
「はい、高校2年の時に学校やめて専門学校に入ったんです…私は専門学校からの帰りで、最初の駅からずっと乗ってました…確か右手で座席の手すりを握っていました。荷物は肩からショルダーバッグをかけていただけなので、左手は空いてましたけど…」
「彼女の言ってることはホントだと思います。あたしはつり革を両手で持ってたんですけど、すぐ右横のあたりから彼女の手が見えましたから」
栗色の長い髪の女性が強気なふうに言う。3人の中で最も背が高く見える。と言っても160cmもないほどではあるが。
「ええと、それじゃああなたは?」
「あたしは…っと、会社に名刺置いてきちゃったな…免許証でいいですか?」
財布から自動車の運転免許証を取り出す。受け取る霞。
「えーっと…蒔田(まきた)さん、で良いですか?」
「よく間違われるけど、あたしは蒔田(まいた)だから。蒔田 あざみ。ここから4つ先の駅にある会社から家に帰るところでした」
「え?今昼の2時だけど、こんな時間に?」
柏木は腕時計を見ながら不思議そうに尋ねる。
「たまたまそういうシフトだったんです。おかしいですか?ちなみにその三ッ沢って子はあたしの次の駅で乗ってきて隣に立ってたと思います。その痴漢男は覚えてないけど、この1つ前の駅って一気に人が乗ってくるから、その時だったんじゃないかしら。触られ始めたのその駅過ぎてからだったし、振り向いたら男の人はそいつしか居なかったから、そいつが触ったに違いないと思って」
「だから、違いますって!第一、私には妻も子供も居るんですよ?そんなことするわけないじゃないですか」
中川は必死で弁明する。
「そんなの関係ないわよ、いいかげん白状しちゃえば?」
蒔田も詰め寄る。
「まーまー、お二人とも落ち着いて…」
なだめながら言う勝呂。
「そう言えば…三ッ沢さんの左手の薬指には指輪があるけど、あなたも既婚者?」
柏木が聞く。
「あ、これはただのファッションです。一緒に旅行した友達もあいにく女の子だし」
「そうですか…他のお二人は?」
「あたしはとりあえず彼氏は居ますけど?」
「私はまだ結婚できる年齢じゃありませんから…」
強情な言い方の蒔田とうつむいたままの片倉。対照的な二人だな、と勝呂は思った。
「…あ、ちょっと目薬さしてもいいですか?急に目が痛くなって…」
まぶたを押さえる蒔田。
「え、あ、どうぞ…大丈夫ですか?」
と勝呂。
「ええ…この季節にはよくあることですから」
蒔田は目薬を取り出し、目にさし始めた。
「あ、すみません、じゃあ私も、薬飲んでもいいですか?こっち帰ってきてから偏頭痛が非道くて…」
三ッ沢が鞄から薬とペットボトル入りの水を出して言う。
「ええ、構いませんよ」
警察手帳に何やらメモをしながら言う霞。
「それじゃあちょっと…あっ!!」
三ッ沢の手からペットボトルが落ち、中の水が隣に座っていた片倉のロングスカートにかかった。
「す、すみません、手が滑っちゃって…今拭きますね!」
三ッ沢は鞄からハンカチを取り出した。
「ちょっと、それブランド物のハンカチじゃん!そんなので拭いたら勿体ないよ、あたしのティッシュ貸したげるから」
そう言うと蒔田は、鞄からいくつものポケットティッシュを取り出し、片倉のスカートを拭き始める。
「あ、えっと大丈夫です…自分で出来ますから…」
片倉は恐縮そうに蒔田に言い、ティッシュを受け取って自分で拭いた。

「んー……」
「どうしました?麻倉さん」
部屋の隅で様子を見ている4人。
「いや、なんかヘンな感じがするんっスよ…なんか、違和感っていうか、中川さんが痴漢の犯人じゃないみたいな気が…」
「なんだ、お前気付いてなかったのか」
「えっ?!」
祥一郎の澄ましきった表情に、他の3人は目を丸くする。
「…じゃあ悠樹、お前勝呂刑事あたりにトイレの場所聞いてみな」
「え…?」


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おまけ
はいどーも、久々の第1話です。
途中に外伝2本を挟んでたので、なんかこういうふつーの話を書くのが逆に難しかったです(笑)。
しかも実は、元々このタイミングで書こうとした話を1回ボツにして、違う話を組み立てなおしてたりしたんで、短い話の割に結構難産でした。
悠樹と深穂が居る必然性のあるお話を、ということで書いてたんですが、随伴させるのをこの2人にしようと決めるにもちょっと時間かかりました。
まぁ知之は当然なんですけど、祥一郎にしようか時哉にしようか烈馬にしようか考えあぐねておりましたのですよ。
まぁ時哉は前作出しゃばったし次回作も多分出てくるし、烈馬は外伝で勇者とかさせたので(笑)、口数少なくてやりづらいけど祥ちゃんにしときました。
予想通りセリフすっげー少ないですけどね(苦笑)。
まぁそれ以上に深穂ちゃんがしゃべってないけど(爆)。

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