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Masquerade

File2 おまえであったのか、この魂を
「あの刑事さんにトイレの場所を聞くって、どういうことですか…?」
頭にクエスチョンマークを幾つも生やして言う悠樹。
「いいから、聞いてくれば分かるからよ」
「は、はあ…」
戸惑いながらも、悠樹は勝呂のほうへ歩み寄る。
「あ、すみません刑事さん…トイレの場所って分かりますか…?」
「え?トイレですか?ええっと…女性用は確か廊下の突き当たりの左側だったかと…」
「え、あ、あの…ボク、男ですけど…」
「えっ…あ、す、すみませんっ…てっきりユウキって名前の女性のかたかと…」

「あっ…!」

その様子を見て、知之と霞が同時に声を上げた。
「えっ、な、何ですか…?」
きょとんとした表情の悠樹と勝呂。
「…なるほど、そういうことだったんっスね」
「え?な、何が…?」
訳が分からないといった表情の深穂。
「全部つながったっスよ。この痴漢事件の真相、分かったんっス」
「ほ、本当なの?」
と柏木。その横で、霞は小さく笑って様子を窺っている。
「ね、ねえ、ちょっと…さっきから気になってたけど、その子ら何なの?」
蒔田が言う。
「あ、えっと、この人たちはこれまで幾つか事件を解決してまして…すみませんが、少し彼らの話を聞いていただいても宜しいですか?」
「…ふーん…」
蒔田は納得のいかない表情で席に座る。
「まず、中川さんが犯人である可能性は、窮めて低いと思うっス」
「えっ?!な、なんで?!」
騒然とする一同。
「よく考えてもみてくださいっス。180cm以上ある中川さんが、160cmに満たない皆さんのお尻を触ろうとしたら、どう考えても不自然な体勢にならざるを得ないっスよね。もしそんなヘンな体勢になってたら、触られる前に皆さんや他の乗客が気付く筈っス。だから、中川さんはやってないと考える方が妥当っス」
「それじゃあ、私達が触られたのが勘違いだったって言うんですか?!」
「いや、流石に3人が一度に証言してたら疑いようも無いでしょうね」
霞が言う。
「それじゃあ…」
「そのヒントは、さっき三ッ沢さんが水を零した時にあったっス」
「え?あの時に…?」
「はい、あの時に一人、行動が不自然だった人が居たんっスよ」
「行動が、不自然…?」
「あ、もしかして、蒔田さんが大量にポケットティッシュを持ってたことですか?」
と勝呂。
「はあ?!そんなのおかしくないでしょ?あたし、花粉症なんだから」
「え、花粉症…?」
「そうっス、さっき蒔田さんが目薬をさしてたのも、花粉症の症状の一つっス。“この季節にはよくある”とも言ってたっスしね。蒔田さんくらいの若い女性なら、ちょっと街を歩けば大量のポケットティッシュを手に入れることくらいすぐ出来るっスよ」
「それじゃあ…三ッ沢さんかしら」
柏木の言葉に、三ッ沢はびくっとする。
「な、なんで私が…?」
「ほらあなた、片倉さんのスカートに水を零した時、高そうなブランド物のハンカチで拭こうとしたじゃない。あれってちょっと勿体無さ過ぎる気がしたんだけど…」
「そんな、あの時は、あのハンカチしか持ってなかったから…」
「そうっス、あの時三ッ沢さんは、片倉さんのスカートを濡らしてしまった側。あの状況では、ハンカチの値打ちに関係なく自分から拭いてあげようとするのは自然な行動っスよ」
「そ、それじゃあ、誰が不自然な行動をしてたの…?」
「…“行動をしていた”ことが不自然とは限りませんよ」
霞が口を開く。
「え?」
「片倉さん、あなたは蒔田さんがティッシュを出すまで、特に何もしませんでしたね?あれは、どうしてですか?」
「え、そ、それは…」
うつむく片倉。
「いくらあなたが水をかけられた“被害者”の側だと言っても、ふつうはとりあえず自分でも拭おうとするものでしょう?それなのに、あなたは蒔田さんがティッシュを出してからようやく自分でも動き出した。…そう、まるで、ハンカチもティッシュも持っていないかのように」
「それって…女の人にしては珍しくない?」
と蒔田。
「…そっか。じゃあ、あれも聞き間違いじゃなかったのね」
柏木が言う。
「あれ、って…?」
「私が皆さんに既婚者かどうか聞いたわよね?あの時、片倉さんは“私はまだ結婚できる年齢ではない”って言ってたでしょ?」
「そう言えば、そんなことを言ってたような気が…」
と勝呂。
「片倉さんは高2で学校をやめて専門学校に入ったのだから、少なくとも16歳以上のはず。日本で女性が結婚できないのは16歳未満でしょ?」
「あ、そうですね…でも、じゃあなんでそんなことを言ったんですか?もしかして外国のかたとか…?」
「それもありえなくはないっスけど、可能性はもう一つあるっスよ。…片倉さんが、16歳か17歳の男性である場合っス」
「えっ…?!」
蒔田と三ッ沢は、片倉の方を凝視した。
「う、うそ…全然女の子にしか見えない…」
「それじゃあ、まさかこの人…」
「はい…片倉さんが、痴漢の犯人ってことっス。おそらくは元々女性のような顔立ちをしていて小柄だった片倉さんは、自分が女装をしてしまえば痴漢をしてもバレないと考えたんっス。だから片倉さんは、それとなく蒔田さんたちの背後に立ち、更にすぐ真後ろに男性の中川さんが居るのを見計らって、痴漢をはたらいたんっス」
「あれ…でも麻倉さん、片倉さんが蒔田さんたちの後ろに居たっていつの間に知ったんですか?」 悠樹が怪訝そうに尋ねる。
「蒔田さんが言ってたっスよ。自分のすぐ横に片倉さんの腕が見えたって。それを聞いて、女性3人は全く横並びで立っていたのではなく、片倉さんだけ少し後ろに下がっていたって分かったんっスよ」
「なるほど…あれ、でも、僕皆さんの身分証を見せてもらった筈ですけど…」
「片倉さんが見せたのはただの学生証。三ッ沢さんのパスポートのように性別が分かるものでも、中川さんの名刺のように名前の読みかたが分かるものでもありませんよ」
霞が言う。
「読みかたって…じゃあ“みわ”さんじゃなかったってことですか?」
「ええ。蒔田さんが“まきた”ではなく“まいた”であるように、美和という名前も“みわ”の他に“よしかず”という男性名として読むことも可能です。片倉さんが定期入れの中の定期券を見せないようにしていたのも、正しい読み方がバレないようにしたんでしょう。思い出してみれば、片倉さんは一度も自分で自分のフルネームを名乗っていない筈ですし」
「…そうなんですか?片倉さん」
勝呂が片倉に尋ねる。片倉は非常に小さく、そして少し低い声でつぶやくように言った。
「……はい」

「なんか、最後の最後で大変な目に遭っちゃったっスね…」
新横浜駅のホーム。
「いえいえ、でも、本当に麻倉さんも篁さんもすごい人なんですねー…あんなにあっさり事件を解決しちゃうなんて」
「そんな、たまたまっスよ…」
目をきらきらさせる悠樹に対し、どぎまぎした表情の知之。
そして、ホームに新幹線が滑り込む。
「それじゃあ、また氷上島にも遊びにいらしてください」
「うん、悠樹君もまたこっちに来てくださいっス。深穂ちゃんも」
「はい、ありがとうございました」
「それでは、また」
悠樹と深穂は、笑顔で新幹線に乗り込んでいった。そして、発車のベルが鳴り止む。
「…じゃあ、行くか」
ゆっくりと歩いていく祥一郎。
「あ、ちょっと待ってくださいっス…ケータイが…」
知之は服のポケットで震える携帯電話を取り出す。着信表示には“羊谷刑事”の文字。
「え…さっきの事件のこととかっスか…?」
知之は、過ぎてゆく新幹線を見送りながら、通話ボタンを押した。

それが、もう一人の“ユウキ”への再会に繋がるとも知らずに…


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おまけ
えー、まぁこういう話でした。
実は、この話を思いついて構想練ってる時に、ニュースで似たような事件を紹介してて「うわー、まずったな;」とは思ったんですが、まぁいいやってことで強行突破しちゃいました。
まぁ伏線は全部拾った筈なので中身にはあんまり言及せず、細部の話を色々とね。

まず登場人物名ですが、元々このシリーズの舞台が神奈川県であり、今回は地下鉄でのお話ということで、中身に関わる「美和」を除く名前は横浜市営地下鉄の駅名から引っ張ってきました。
中川 弘明→「中川駅」と「弘明寺(ぐみょうじ)駅」
蒔田 あざみ→「蒔田(まいた)駅」と「あざみ野駅」
三ッ沢 舞→「三ッ沢上町(みつざわかみちょう)駅」「三ッ沢下町(みつざわしもちょう)駅」と「舞岡(まいおか)駅」
片倉 美和→「片倉町(かたくらちょう)駅」
ちなみに「蒔田」はホントに「まきた」だと思って命名してから「まいた」だと知ったので、折角だからネタにしました(笑)。
ついでに第1話の駅アナウンスで「小南台(しょうなんだい)行き」って言ってるのは同じく「湘南台(しょうなんだい)駅」のパロディです。

次に今回のタイトル「Masquerade」について。
今回は犯人が「女装」している→「変装」している→「仮装」→「仮面舞踏会」=「Masquerade」(マスカレード)という連想だったりします。
んで、それにちなんで各話のタイトルは、ジュゼッペ・ヴェルディ作曲によるオペラ「仮面舞踏会(Un ballo in maschera)」の劇中曲のタイトルから持ってきてみました。
珍しくこういう洒落たことしてみたくなったのはたぶん「スパイラル」の影響(笑)。

なお最後の一文で次に続く、みたいなことをやってますが、この話の続きは外伝「きみのて ぼくのて」です。本編はこの伏線をぶっ飛ばして次の話に行きますのでご了承くださいまし。

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