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Meaning of Edge


プロローグ 〜枯れ葉の舞う丘で〜

「兄貴、兄貴!」
中学生くらいの若い少年が、坂道を駆け上がっていた。
その発端は、今朝受けた少年の兄からの電話だった。

――もう、耐えられない…――

少年は、兄がずっと好きだった丘の上にある銀杏の木へ向かっていた。
もし兄が、よからぬ事を考えているとしたら…
行き先はそこ以外考えられなかった。

もう少し走れば、その銀杏の木が見える…
頼む、無事でいてくれ…そんな想いが少年の心を埋め尽くした。
だが…
その銀杏の木の枝からつるしたロープに首をかけて死んでいるのは、少年の兄だった。
少年は自分の目が信じられなかった。
目の前の光景が嘘であってほしいと願った。
しかし、目の当たりにしているのは幻でもなんでもなかった。真実だった。
「あ…兄貴…」
少年の瞳からは、涙があふれだした。

第1話 〜発端〜

「おい結城、これそっちに運んどいてくれや」
「はっ、はい…」
普通の教室よりも遥かに狭い部屋の中に、秀文高校生徒会のメンバーはいた。
生徒会長の高砂を始め、1年生から3年生まで10数人が、次の全校集会の事に関して話し合っていた。
「まず高砂センパイから挨拶があって、その後野球部とラグビー部の表彰だよな」2年の保原が言う。
「野球部と…何部でしたっけ?」黒板に書記をしている1年生結城が尋ねる。
「ラグビー部や。お前人の話全然聞いてないやないか」副会長の3年生白戸がダメを出す。
「す、すみません…」
ここはいっつもこんな感じだ。

ミーティングを終えたメンバーはそれぞれ帰路に着く。
「あーあ、また白戸センパイに怒られちゃったよぉ」結城が黒板を消しながら愚痴る。
「ま、しょうがないさ。そーゆー日もあるものさ」結城の同級生の羊谷が言う。
「それにみんな忙しいっスからね。いらだってるっスよ」こちらも同級生の麻倉がいう。この3人は生徒会を通じて親しくなったのだ。
「あれ?そーいえば篁クンは帰っちゃったのかなぁ」と結城。
「あ、確かにいないっスね…」と麻倉。
「いつもだったらここで本読んでるのに、珍しいさ」羊谷もいう。
3人の言っている篁 祥一郎という人物は、彼らの同級生である。生徒会のメンバーではあるが、いつもミーティングには参加せず、この生徒会室で推理小説を読んでいるのだ。
始めは会長の高砂や副会長の白戸に注意されていたが、だんだん彼らも諦めてもう何も言わなくなったのである。
「図書館に本借りに言ったんとちゃうか?」もう1人生徒会室に残っていた1年生、矢吹が言う。
「あ、そうかもしれないっスね…」
「あ、そうや結城君、鹿取サンが言うとったんやけど、文化祭関係の書類のファイルなおしといてくれやと」と矢吹。
「はーい、わかったよ」そう言うと結城は机の上に置いてあったファイルをもとの場所に戻した。
「矢吹、あのファイル壊れてたさ?」と羊谷。
「え?いや、別に」
「ふーん…」

結城たちと別れた麻倉は、ちょっと篁のことが気になって図書館に行ってみた。
案の定、篁祥一郎は図書館の一角で本を読んでいた。
「篁君、とりあえず生徒会室には行っといた方がいいと思うっスけど…」
相手は何も答えない。
「篁君?」
「…つまんねぇんだよ」
「へ?」
「とりあえず何かに所属しておけば、それなりの"事件"とかに出会えるかと思ってたんだが、あの生徒会じゃ、何も起きねぇだろ?だから、オレは行かねぇんだ」
「…はぁ」
イマイチ麻倉には篁の心理がわからなかった。
「とりあえず、たまには来といてくださいっスよ」
麻倉はその場から立ち去った。

麻倉が下駄箱で靴を履いていると、羊谷が現れた。
「よっ、マクラ」
"マクラ"は羊谷が麻倉につけたあだ名である。最初「麻」を「ま」と読み間違えたからなのだが。
「羊谷君、僕さっき篁君に会ったっスよ」
「へぇ、何か言ってたさ?」
「なんかわけのわかんないことを言ってたっスよ…。"事件とかがおきないから生徒会には顔を出さないんだ"って」
「イカれてんのかねぇ、あの人は」
「あ、そういえば羊谷君、昨日の理科のノート貸してくれないっスか?ちょっと居眠りしてて…」2人は話しながら下校した。

そんな麻倉と羊谷の会話を影から聞いていた人物がいた。
「…丁度いい…。だったらその欲求を満たしたるわ」
不思議な笑みを浮かべながら、呟いていた。

翌日。
結城と麻倉のクラスの教室に、3年の鹿取がやって来た。
「鹿取センパイ、どうしたんですか?」
「あ、ちょっと悪いんやけど、お前らでちょっと書類整理しといてくれへんかな」
「書類整理っスか?」
「ああ、ちょっと分量が多いから、隣のクラスの羊谷とか矢吹とか、あとあのミステリマニアの…何だっけ…」
「篁クン?」
「そうそう、その篁とかも使ってええから。じゃ、頼んだで」
そういうと鹿取は去っていった。

「おいおい、何が"ちょっと分量多い"や…。ムチャクチャ多いやないか」
生徒会室に置いてあったその書類は、枚数にしただけでも軽く100枚は超えるものだった。
「一体何考えてるさ、鹿取センパイは」
「グチグチ言ってもしょーがないよ、とりあえずやらなきゃ」
結城の言葉で4人は動き始めた。

「ところでマクラ、篁には来るよう言ったさ?」
「とりあえず言ったっスけど…来るっスかね」
「あの人は来ないんちゃうか?」
「来なくても終わらせるだけ終わらせとかなきゃ、また白戸センパイに怒られちゃうよ」
「せやな…。さっさと片付けとこか」

しばらくして…
「ねぇトモ、今何時?」
「えっと、4時25分っスけど…何かあるっスか、望(ぼう)ちゃん」
"トモ"は結城が麻倉を呼ぶ呼び名で、"望ちゃん"は麻倉が結城を呼ぶ呼び名である。"トモ"は"知之"、"望ちゃん"は"望"からである。
「あ、ちょっと風見先生に呼ばれてるんだ、4時半に来いって」
「へぇ、それじゃそろそろ行けば?後は俺たちが終わらせとくさ」
「ゴメンね、じゃ」
結城は部屋を出て行った。

ここは社会科室。校舎の2階、真ん中辺りにある部屋である。
割と広い部屋だが、放課後になると人気(ひとけ)はない。
「おーい、手紙読んだでー…おーい」
この部屋に一人の生徒が入ってきた。
「おーい…人呼び出しといて遅れるやなんて…」
彼は、彼のよく知る教師に手紙で呼び出された。それほど深い交流というわけではないのだが。
「一体何の用やねん…」
その時、後ろから近づいてくる足音が聴こえた。
「あ、ようやく来たか。人呼び出しといて何で遅れ…」
彼は、そこにいた人物が彼を呼び出した人物でないことを知った。そして、その人物の瞳がいつもとは違うモノを秘めていることも。
「な、なんやお前か…。何の用や、俺を呼び出すなんて」
相手は何も答えない。だが、その並々ならぬ視線で彼をにらんでいるだけだ。
「何か言えや!」
相手はたった一言、ある人物の名を口にした。その言葉は、彼にただならぬ動揺を与えた。
「ま、まさか、お前…!!」
次の瞬間、相手は彼の心臓目がけてナイフを突き刺した。それは見事に彼の体に刺さった。
「ぐっ…」
彼は、自分が死んでいく感覚を知った。2年前、アイツが感じたのとよく似ているであろう感覚を…

ついにやってしまった。
生まれて始めての、"殺人"という体験を。
まさか人がこんなにあっけなく死んでしまうとは思わなかった。
念のため、相手の手首に指を当ててみる。脈はない。本当に殺してしまったのだ。
手もナイフも、あらかじめ用意しておいた服も血で真紅に染まっている。
これで、最初の殺人は完了だ。あとは"仕掛け"だけ…
オレは次の準備に取り掛かった。

結城が去ってしばらくした生徒会室に、篁がやって来た。
「あれ、篁君…」
「来いって言われたからな、とりあえず来たぜ」
「…あっそ」
「まぁせっかく来たっスから、とりあえずこの書類の整理してくださいっス」
麻倉は結構終わりかけている書類整理の一部を篁に手渡した。
「…こんなにあんの?」篁が受け取った書類は大体10枚くらいもあった。
「これでも全体の10分の1くらいやで」
「…マジ?」

暫くして。
「…そう言えば結城は?アイツもいるんだろ?」
「あ、結城ならさっき出て行ったさ。何でも、風見先生に呼ばれてるからって」
「風見が?んなわけねーだろ」
「え?なんでや?」
「風見は今日、母親の3回忌で田舎に帰ってるんだよ」
「…え?」
「もしかしたら結城、テキトーな嘘ついて帰ったんじゃねーか?」
「そんなわけ…ないと思うっスけど」
その時、矢吹が言った。
「…とりあえず探そうや」
「は?」
「結城君、とりあえず与えられた仕事はちゃんとやる人や。サボったりすることはないと思うんや…。な、麻倉君」
「…うん」
「それに、書類整理も今俺がやってるのでラストさ。後は俺がやってっから、3人で探してくればいいさ」今度は羊谷。
「よし、それじゃ俺と麻倉君と篁君で探してみようや。もしサボってたとしても、校内にいる可能性がないとも言えへんしな」
「…好きにすれば」
麻倉、矢吹、そして半ば気だるそうな篁の3人は、部屋を出て行った。

3人はまず下駄箱に向かった。
「誰か結城君の出席番号知ってるか?」
「僕知ってるっスよ。えーっと確か、D組の47番っス」
「Dの47…あ、靴はまだあるな」
「まだ校内にいるってことっスね」
「ほんなら3人で手分けして探そうか…。麻倉君はこっちの教室のあるほうの教棟、俺と篁君は向こうの特別教室のある教棟や」
「OKっス」
3人は別々に結城を探し始めた。

「望ちゃん、いたら返事して欲しいっスー!!」
麻倉は各教室を見回っていた。結城は見つからない。
「一体、どこいったっスか?」
と、その時、前方から声が聞こえた。
「あれ?麻倉か?」
前を見ると、そこには3年の熊谷がいた。
「熊谷センパイ、望ちゃん…結城君見てないっスか?」
「結城を?いや、見てないけど」
「そうっスか…」
「結城がどうかしたのか?」
「あ、いや別に…」麻倉はその場を立ち去った。
「……」その背中を熊谷は見つめていた。

「おーい、結城ー…」
篁は特別教棟の1階を探していた。あらゆる教室を覗いてみたが、やはりいない。
「まさかここにはいねぇよな…」篁は美術室を覗いてみた。
と、そこには2年の保原と大日向がいた。
「あ、篁じゃん…何か用?」と大日向。
「いや、結城を探してんだけど、いなくって…」
「結城?なぁ郁人、お前見かけた?」
「別に…生徒会室にいるんじゃないか?」と保原。
「んじゃも一度生徒会室に戻ってみっか…そんじゃ」
篁は美術室を後にした。

篁は生徒会室に戻ってみた。
「どう?結城はいたさ?」書類整理を終えていた羊谷が尋ねる。
「いや…ここに戻ってきてんじゃねぇかと思って」
「戻ってないさ。ホントにどこ行ったさ…」
その時、2階から声が聞こえた。
「おい、誰か来てくれや!!」

篁と羊谷は声のした2階へ駆けつけた。社会科室の前に矢吹がいた。
「どうしたさ、矢吹」
「この部屋の中に、結城君が…」
「何だって?!」羊谷と篁はドアについているガラス窓から中を見た。
そこには、真っ赤なシャツを身にまとって倒れている結城の姿があった。傍らにはナイフも落ちていた。
「まさか結城…」篁が呟く。
「そんなわけないさ!早くこのドアを…」羊谷は取っ手に手をかけた。だがドアには鍵がかかっているらしく、開かない。
「くっ…」
その時、麻倉もその場にやって来た。
「ど、どうしたっスか?まさか望ちゃん、そこに…?」
「あ、マクラ、今すぐ職員室にいる先生を誰でもいいから呼んでくるさ!この社会科室の合鍵と一緒に」
「え?なんでっスか?」
「何でもいいから、早く!!」
「う、うん…」麻倉は職員室に向かって走っていった。

数十秒後、麻倉は英語の教師である柚木を連れて戻ってきた。
「柚木先生、鍵を早く」羊谷はかなり焦っている様子だ。
「は、はい…」柚木は鍵を差し出した。羊谷はすぐにその鍵を取ると、ドアの鍵穴に差し込んだ。
「よし」羊谷は乱暴にドアを開けた。そこにはさっき見たのと同じ結城の姿があった。
「結城、結城!目を開けるさ!!」羊谷は結城の身体を起こしながら叫んだ。
「…ん…?」結城はゆっくりと目を開けた。
「望ちゃん…」麻倉はほっとした表情だ。他の人たちも同じだ。
「ど、どしたの、みんな…、痛っ…」結城は頭をさすりながら身体を起こす。
「どしたのじゃないさ!一体、何があったさ?こんな血まみれになって…」
「わかんない…この部屋に呼び出されて、ここに来た途端後ろから何かで殴られて…うわっ、何なの、この血…?!」
その時、ふと部屋の向こう側を見た柚木が叫んだ。
「きっ、きゃあぁぁっっ!!!」
「ど、どうしたんや、柚木先生?」
「あ、あれ…」柚木はあるものを指差した。
「なっ…?!」そちらの方を見た全員が驚愕した。
そこにあったのは、胸から血を流して倒れている高砂 楊輔の姿だったのだ。


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