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Meaning of Edge


第4話 〜真相〜

「す、推理…?」結城が聞き返す。
「そう、オレ達分かったんだよ、この連続殺人事件の真相が」と篁。
「し、真相って、もしかして熊谷センパイは…」
「ああ、犯人は熊谷サンじゃない。他にいたんだ」
「じゃあさ、推理マンガみたいに関係者を集めて、その前で犯人を暴いたりとかしない?」
「いや、俺たちはそのつもりはないさ…」羊谷が言う。
「え?」
「それはさて置き、まず、最初の事件。高砂 楊輔が殺されたあの事件だが、オレ、あのトリックに関してずっと違和感を感じていたんだよ」
「違和感?」
「あのトリックを使えば、グランドで練習をしていたソフト部やサッカー部に見られてしまうかもしれねーだろ?そんな危険を犯してまであのトリックを使う必要はないだろ」
「密室にせんでも、現場に結城君が倒れとったらそれだけで疑いを向けさせる事はできるしな」と矢吹。
「疑いを強めたかったんじゃない?密室にしたらそのぶん疑いは強くなるから」結城は反論した。
「まぁ、それは言えるかもしれねぇな。だが、もっとあのトリックには不自然な事があったんだ」
「不自然な事?」
「大きな窓の鍵に傷がついていたのに、小さな窓の周辺には一切傷がついていなかったんだ」
「……!」結城の顔には驚きの表情が一瞬表れた。だがすぐにそれは消えた。
「そ、それのどこがおかしいの?」
「あのトリックを使えば、小さな窓の桟(さん)のどこかに必ず傷がつくはずなんだ。桟のどこかが支点となるからな」
「へ、へー…」
「それに、あの時使われたと思われた窓の2つ隣でオレが実験したほうの窓には、鍵には傷がなかったのに小さな窓の桟にはしっかり傷が残っていたんだ」
「……」結城は何も答えない。
「つまり、あの鍵の傷を残して小さな窓を少し開けておく事で、犯人はあの窓を外から鍵をかけて密室にして出て行った、と犯人は思わせたかったっスよ。あの傷が比較的分かりやすくつけられていたのもその為っス」麻倉が言う。
「そ、それじゃあ犯人はあの密室のどこから出て行ったのぉ?他に出口なんかなかったはずじゃ…」と結城。
「ああ、そうや。あの密室から脱出するんは不可能っちゅうわけや」矢吹が言う。
「え?」
「それもそのはず、犯人はあの密室から出たりしてなかったからさ。犯人はあの部屋に自ら入り、自分で鍵を内側からかけた、それだけさ」
「…つまり、犯人はあの時、殺された高砂センパイ以外であの部屋の中にいた人物ってことになる。そんな人物はたった一人…」篁は指を"彼"に向けて指して言った。
「結城望、お前しかいねぇんだよ!!」
「……!!」結城は驚いた表情で篁を見つめていたが、少し間を置いて口を開いた。
「そ、そんな…、冗談はよしてよぉ…。なんでボクがあの人たちを殺さなきゃいけないのぉ?ボクは犯人に罪を着せられそうになったんだよぉ?」
「そう思わせるのが、お前の算段だったってわけだよ。一旦罪を被り、その後でこのトリックを発見する事でその容疑を晴らし、疑いの目をそらそうとしたんだ」
「ちょ、ちょっと待ってよぉ…。鹿取センパイの背中に日本刀が落ちてきた時、ボクは確かにあの人と同じ校舎裏にいたんだよ、篁クンたちと一緒に。なのにボクがどうやって鹿取センパイの背中に日本刀を落とせるっていうのぉ?」
「確かに、一見無理そうに見えるけど…、トリックを使えば不可能は可能になるんや」と矢吹。
「トリック?」
「お前はあの時、トイレに行くと言って10分ほど抜け出していた。あの間に予め屋上に呼び出しておいた熊谷サンに青酸カリ入りの飲み物でも飲ませて殺した。そして、熊谷サンの懐から懐中時計を盗み出し、その代わりにあの遺書を入れたんだ。そして、熊谷サンの死体の手を少しはみ出させて、その腕に予め用意しておいた長い糸を滑車のようにかけておいた。糸は片方の先端に輪を作っておき、輪のあるほうが地面に十分届く長さにしておいたんだ。もう片方にはとりあえず何かを重しとして結わえ付けておく。
その後階段を下り校舎裏へ行き、その輪に丈夫そうな木の枝をひっかけ、その枝を時計のどこかにかけておく。あの時計、見かけによらず案外重みがあるから、そのまま放置しても全然大丈夫だったってわけだ。
今度はまた屋上へ登り、重しの変わりに例の日本刀を結わえ付ける。こうしておけば、あの時計を熊谷センパイの物だと知っている鹿取センパイがあの時計を取り上げ木の枝を除(の)ければ、支えを失った日本刀は落下し、ちょうど鹿取センパイの背中に突き刺さるって寸法だ。
あとはちょっと走るのが遅い振りをしてわざと遅れをとり、その間に糸を回収すればトリックの出来上がりってわけだ」流れるように推理を述べつづける篁を、結城はただ見つめていた。そして、篁が言い終わると、結城が言った。
「…動機は?」少し声が震えているように聴こえた。
「ボクが、どうしてあの4人を殺さなきゃいけないの?例の衣笠比呂って人の自殺にボクが何か関係してるとでも言うの?」
「いや、ただ関係してるなんて思ってねーよ」
「え…?」
「お前、事件の前の日に矢吹にこう言われたんだってな。『文化祭関係の書類のファイルなおしといてくれや』って。」
「え?そ、それがどうかした?」
「そう言われたお前は、迷わずファイルをもとの場所に戻した、そうだよな」
「そ、そうだよ…、それが何か?」
「昨日矢吹がこう言ってたのを、お前も聞いていたはずさ。"なおす"は関西弁ではもとの通りにするという意味を持つってさ。事件の前の日も、矢吹は関西弁でそう言ったさ。なのにこの街にずっと住んでいるはずのお前が、どうして矢吹の言った"なおす"を理解してファイルを元に戻せたさ?」羊谷が言った。
「……!」結城の表情にはやや焦りが見えた。そして、篁が言う。
「それはお前が関西に居た事があったから、いや、関西出身だからだろ?結城…いや、衣笠比呂の弟、拓斗」
その一瞬に、結城の顔には様々な表情が映った。かまわず篁は続ける。
「昨日、麻倉に衣笠拓斗のことを調べてもらった。そしてその写真を見た時、オレは自分の目を疑ったよ。なんせ、そこに映っていたのはお前によく似た金髪の男だったんだからな…」
結城は色の消えたような瞳で、篁のほうを見つめていた。その顔には、いつもののんびりとした結城望は一切いなかった。4人の男を殺害した、衣笠拓斗そのものだった。
「…望ちゃん」
唐突に、麻倉が言った。
「僕は、まだ望ちゃんが犯人だとは信じられないっス…。だけど、篁君たちに促されてここに来たっス。無実なら望ちゃん自身で反論するって。でも…、もし望ちゃんが犯人だとしたら、素直に自首して欲しいっスよ…。わざわざこんなところに望ちゃんを呼び出したのも、その為っス…」今にも泣きそうな表情の麻倉。
「マクラ…」羊谷が呟く。

「ふふふ…」
いきなり、結城は笑い出した。
「あははははは…」笑い声は徐々に大きくなる。
「望ちゃん…?」
「あははは…、まさか、まさか本当に事件解いてまうなんてな…。篁、どうやらオレ、お前を甘く見すぎたみたいやわ」
"結城"の口から出る関西弁。その場にいた全員が驚いた。
「そうや…、オレがあいつらを殺した衣笠拓斗や」そう言うと、彼は頭の毛を掴んだ。次の瞬間、彼の黒髪は、結わえられた長い金髪に変貌した。
「…望ちゃん…」麻倉の顔は一瞬にして曇った。
「なぁ篁、いつからわかっとったんや?オレが犯人やて」
「熊谷の懐から出てきた遺書を、お前が素手で掴んだときかな。あの動きがやけに不自然に思ってたんだよ。あれ、熊谷の懐に遺書を入れるときに指紋がついてしまっていたことに気付いていたから、それをカムフラージュする為に素手で触れたんだろ?」
「フッ、何もかもお見通しってわけか…」視線を低く落とす衣笠。
「動機はやっぱり、2年前の衣笠比呂の自殺さ?」羊谷が聞く。
「そうや。あの4人は、オレの兄貴を殺したも同然やからな」
「お兄さんを…、殺した?」
「鹿取の言うとった通り、兄貴は柘植ノ丘の銀杏の木の枝にかけたロープに首を吊って死んだんや。その日の朝、兄貴は苦しそうな声でオレに電話をしてきた。"もう、耐えられない…"てな。オレは直感でその銀杏の木に走っていった。兄貴はすでに死んどって、その足元にはオレに宛てた遺書があったんや。」
「遺書…?」
「そこには、高砂たちが兄貴にしてきたむごい仕打ちの全てが綴られとった。鹿取の言っとった塩酸の件かて、ホンマは4、5回あったんやで。遺体の身体中には、傷あとや火傷のあと、アザが数え切れへんほどあった。そして、遺書の最後にはこんな言葉があったんや。
――高砂たちに対して憎しみを抱いてしまう前に、命を絶ってしまおうと決意した。拓斗、ゴメンな――
その言葉を見た瞬間、オレの中に初めて"殺意"の炎が燃え出したんや。何度も消そうとしても消せへん業火がな…
あとはお前らの推理どおりや。高砂を殺し、白戸を殺し、熊谷と鹿取もな…。お前らには、勝手な感情だけで人を4人も殺したバカに見えるかもしれへんけどな」
言葉を吐き出した衣笠に、篁は一瞬不思議な何かが過(よぎ)るのを感じた。気のせいかとも思ったが、その「何か」の正体はすぐ現れた。
「オレなぁ、ホンマは5人の人間を殺す予定やったんや…。高砂 楊輔、白戸 徹、熊谷 和志、鹿取 守嗣…そして、哀しみと怒りでとんでもない行動に出てしまった、この衣笠 拓斗自身をもな!」
そう言うが早いか、衣笠は屋上に張られた金網で唯一空いている穴へ駆け出した。
「衣笠!!」篁たちは衣笠を追いかけた。が、"結城"では足の遅い振りをしていたらしい衣笠の速さに、誰も追いつけなかった。衣笠は穴を抜け、そのまま屋上から飛び降りた。
「望ちゃーん!!」麻倉が半ば涙声で叫ぶ。
「衣笠…」篁たちは屋上から下を見た。そこには、大きな緩衝材(クッション)に横たわっている衣笠の姿だった。
4人は階段を駆け下りて衣笠の落ちた地点へ来た。
「衣笠!」矢吹が呼びかける。
「…ど、どういうコト?」衣笠自身、今の状況を理解できていない様子だ。
「サンキュ、オヤジ」羊谷が呼びかけた先にいたのは、羊谷の父だった。
「オレと羊谷が相談して、刑事さんにこの緩衝材を用意してもらったんだよ。もしかしたら自殺をしてしまうかもしれない、じゃあここに緩衝材を用意しておこうってな」篁が説明する。
「ったく、こんなこと勝手にしたら、始末書何枚書かされることか…」羊谷刑事がぼやく。
「始末書で人の命救えたんだからいーじゃないさ」息子の羊谷が言う。
篁は、衣笠の元へ歩いて来た。
「なぁ衣笠、オメー、オレ達にはオメーの想いがわからねーと思ってるようだけど、それは違うぜ」
「え…?」
「麻倉の両親が離婚した話、オメーも聞いてたろ?実は羊谷も、母親がいねーんだ」
衣笠は驚きの表情を見せた。
「そうさ。6年前におふくろは事故で死んださ。だから、家族の誰かが欠ける哀しみとかは理解してるつもりさ」
「僕もそうっス…。ずっと父さんがいなくて、淋しかったっス」
「俺は、両親のどちらもおらんのや」矢吹が言う。
「…ホント?」
「ああ、3年前に病死したんや。それ以来、姉ちゃんと2人きりで暮らしてきたんや。篁君も、似た境遇なんやで」
「オレは早くに親が離婚して父親に引き取られて、その父親は4年前に死んだんだ。まぁ、オレは矢吹と違って兄弟はいなかったけどな」
衣笠はうつむいた。
「わかるか、衣笠。オレ達はオメーの気持ちを理解できる存在だったんだ。もっと早くお兄さんのことを話してくれてたら、オメーはこんなことしなくても済んだんだ」
少し間をおき、衣笠は顔を上げて言った。
「…ボク、本当は死にたくなかった…。あんな一瞬の感情で、死ぬのなんてホントはいやだった…。みんな、ホントはボクの事わかってくれてたんだね…。なんで、もっと早く気付けなかったんだろ…。バカだよ、ボク…」
衣笠の頬には涙が伝っていた。その表情は、4人を殺した事を悔いているようにも見えた。

衣笠拓斗は羊谷刑事に連れられて、パトカーに乗っていった。
「なぁ…」突然、篁が言う。
「ん?何?」
「衣笠拓斗にとって、"結城望"はどんなヤツだったんだろうな」
「…俺は、衣笠が全然違う性格である"結城"を演じているとも思ったんだけどさ、本当は"結城"も衣笠だったんじゃないかって思ってるさ」と羊谷。
「あの時見せた"衣笠"の性格の方が、作り物やった、やな。俺も、そう思ってる」矢吹が言う。
「望ちゃん、本当は自分の殺人をどこかで止めて欲しいって気持ちがあったんだと思うっス…。だから、"死にたくなかった"んじゃないっスかね…」
「…いつか、帰ってこいよ」走り出すパトカーに向かって、篁は小さく呟いた。

エピローグ 〜もうひとつの真実〜

それから数日後…
「えっ?!オレの父親とお前の母親は元々夫婦だっただって?!」
篁は受話器に向かって大声を上げるほど驚いた。
「そっ、そんな大声上げないでくださいっス(^^;)」電話の相手、麻倉が言う。
「大声を上げずにいられるかっての!それ、本当か?!」
「昨日こっそり母さんの昔のアルバム見てたっス。そしたら、その中に離婚した僕の父さんの写真があって、それが篁君に本当にそっくりだったっスよ。しかも、その写真は何かスポーツの試合での写真みたいだったんっスけど、父さんのしていたゼッケンに"篁 祥之"って文字があったっス。"篁 祥"まで篁君と全くおんなじ字だったっス」
「それじゃマジで…?」

篁は翌日、再び麻倉家へ訪れ、麻倉の母、汐里に事の次第を問いただした。汐里は少し躊躇った表情を見せたが、顔を上げて答えた。
「…ええ、そう。あたしの別れた夫は篁 祥之。あなたの父親よ」
「ってことは…、僕と篁君って…」
「そっ、兄弟なの。しかも双子」
「ふっ、双子ぉ?!」篁と麻倉の声が重なった。
「全然似てないけどね。戸籍上はれっきとした双子なのよ。祥一郎の方が兄」
「ホント、全然似てねーな」篁は少し呆れたように言う。
「僕、ずっと一人っ子だと思ってたっスよ…。あ、そうだ、これから"兄さん"って呼んでいいっスか?」
少し考えた後、篁は少し笑って言った。
「やめろ、気持ち悪ぃから」


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