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Nostalgia

File10 Die letzte Wahrheit 〜最後の真実〜
「それで、話って何なんですか?風見先生…」
テニスウェアのまま、上履きだけ履き替えた朝霞と、ノーネクタイでラフな格好の風見が、暗い生物準備室に居る。
「よりによってこんなところに呼び出すなんて…」
「…他の人には聞かれたくない話だったからね」やや低めのトーンで話す風見。「ここなら誰も好んでは来ないだろ」
「それって、どんな話…?」
ただでさえ練習直後の朝霞の背中に、更に汗が湧き出る。
「…純也、お前、本当は…」
その瞬間、生物準備室のドアが勢いよく開き、部屋に眩しさが訪れた。
「…え?」振り向く風見。
「なんだ、こんなとこに居たのか」其処には、時哉と祥一郎、そして羊谷警部の3人が居た。「探したさ」
「ていうか、なんでこんなトコに二人が…」
「ああ、いや…」風見は苦笑して言う。「ちょっと、朝霞と二人で話がしたかったもので」
「あ、それじゃあ俺らはその後でも…」
「いや、構わないよ。俺の用事は後でも構わないし」
「そうですか…?」不審げな表情の時哉。「それじゃ悪いんですけど、風見先生は外に出ておいてもらえますか」
「え?」
「オレ達が話があるのは、朝霞の方だからな」
「え、ぼくに…?」きょとんとする朝霞。
「……」風見はしばらく俯いていたが、顔を上げて言う。「じゃあ、俺もその話聞かせてもらっていいかな」
「いや、でも…」
「君達がどんなことを朝霞に言うのか、気になるからね」風見はしっかりと時哉を見据えている。
「…分かりました」羊谷刑事は静かに言った。「じゃあ、そちらで聞いていてください」
「オヤジ…?」
「…それで?」朝霞がぽつりと言う。「ぼくに、何の用なの?」
「…単刀直入に言うさ」一呼吸を置いて言う時哉。「寺林 久彦、蛭田 正昭、そして立川 祐介…この3人が命を落とした連続殺人の真犯人は、朝霞 純也、お前さ」
「えっ…」目を見開く朝霞。
「……」鋭い目で様子をじっと窺(うかが)っている風見。
「な、何訳わかんないこと言ってるの…?」笑顔を作って言う朝霞。「犯人はあの自殺した立川って人じゃ…?」
「おっと、そのセリフからまず怪しいんだぜ」祥一郎が言う。「立川がゆうべ死んだことなんか、まだマスコミにも流れていない。ましてや奴が自殺だったことなんて、警察関係者くらいしか知ってる筈ないんだぜ?…犯人を除いてな」
「…っ」唇を噛む朝霞。
「祐介はあのノートパソコンにもうひとつ、俺にしか読めないような工夫を施した遺書を遺してたのさ」と時哉。「そこには事件の細かい内容が書いてあったさ、誰かが祐介を脅して蛭田を殺させ自殺に追いやったと」
「宅配便に扮して立川の死を確認しに行った時、玄関の鍵が開いていて直接目で立川の死と遺書の存在を確認できたのを幸運だと思ったかもしれねえが、あれは立川が仕掛けたフェイク。例の遺書の下に本物の遺書があることは、お前も気づかなかったんだろうよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ…何のことだかさっぱり分からないよ」口許に辛うじて笑みを残す朝霞。「それじゃ何、ぼくはあの寺林って人も昼休みに殺したってこと?ぼくはあの日の昼休みはテニスの練習を…」
「それも先刻の事情聴取のおかしな点だぜ」と祥一郎。「あの時、死体発見時の状況を聞いただけなのに、お前は昼休みに練習をしていたというところから話し出した。あれは昼休みには自分にアリバイがあることを強調したかったんだよな?」
「昼休みに寺林を殴ったのは確かに祐介さ。それも遺書に書いてあった。でも遺書には、灰皿で1回殴った、としか書いてない。打撲傷は2つあったのにさ」
「これらを考え合わせた時、オレらはお前の恐ろしいまでの頭の良さに気づいたんだ」
「頭の、良さ…?」
「お前は5限目、岡村に言われてまず生物室ではなく、こっちの生物準備室に足を運んだ。これはたまたま、教室から此処に来ると生物準備室が手前にあったからってだけだろうけどさ。そしてたまたま、倒れている寺林を発見。状況からお前は、誰かが寺林を殴ったものと判断したが、その時点では実はまだ寺林は辛うじて生きていたのさ。だからお前は、寺林を殴った人物を脅して前々から恨みのあった蛭田を殺させる、というとんでもない計画を思いついたのさ」
「そこでお前はまず、灰皿で寺林を殴って息の根を止め、左目を潰した。これまたたまたま最近広まりつつあった七不思議になぞらえるため、そして寺林を殴った誰かが、自分がやってもいないことが寺林に施されているのを見て何らかのリアクションをするのを見、その人物を特定するためにな」
「ちなみに…」部屋の外から、知之と烈馬、そして井上が現れる。「あの七不思議は実はこの井上君が最近広めだしたもんやったんや。こないだ卒業した先輩らが知らんかったから妙に思って調べとったら、七不思議をこいつから聞いたっちゅう生徒が続出してなあ。井上君が“七不思議を知ったのはずっと前のことだ”って証言したんも怪しかったし」
「井上君、実はテニス部と音楽部をかけもちしてて、音楽室の鍵を複製して毎晩こっそり音楽室のピアノを使い、今度ある大会への練習をしてたんっスよ。だから誰も夜音楽室の周りに近づかないようにってあんな噂話を広めたんっス。確かに生物準備室も音楽室から近いし、旧体育倉庫も音楽室の裏手なんっスよね」
「宿直の時にピアノの音が聴こえた気がしたのは、井上がやってたってことか…」と風見。
「意外にかわいらしいとこあるんやなあ」笑って井上の頭を撫でる烈馬。
「…るせぇっ」顔を真っ赤にしてそっぽを向く井上。
「七不思議の発案者と犯人が別人なのは立川の件ですぐ分かったぜ」祥一郎が言う。「もし同一人物なら、立川殺害も七不思議になぞらえる筈。そうしなかったのは、七不思議の中にたまたまちょうどいいのが見つからなかったからだ。ちなみに七不思議になぞらえた理由はあと一つ、寺林殺害と蛭田殺害を同一人物によるものであると強調しておき、蛭田殺害の時刻にアリバイを作っておけば、万が一何かあっても少なくとも自分は疑われないで済むと思ったから。まぁ実際は、立川が学校に来る時はいつでも学ランを着てくる程真面目な男だったために、現場に立川の指紋がついた制服のボタンとかが残ったから、結局無意味になったけどな」
「…でも、さ」黙っていた朝霞が、口を開く。「それってあくまで、立川君が誰かに脅されてたらって前提での話でしょ?もしその遺書ってやつが立川君の嘘だったとしたら?全部立川君が勝手にやったことだとしたら、今言ったことって全部意味ないじゃない。ぼくがやったっていう証拠は何処にあるって」
「証拠なら…此処にあるぜ」
「え?」祥一郎に発言を遮られるかたちになり、戸惑う朝霞。「此処って…この部屋に…?」
「ああ…今でも残ってるが、この床には吸殻が散乱していた。立川が突発的に此処にあった灰皿を凶器に使ったためだ。だが、灰皿っていうのは吸殻だけじゃない、灰も入ってるもんなんだ。だがこの床には灰はそんなに残っていない」
「一つは立川君が指紋を消したりするために歩き廻ったからや」と烈馬。「篁君たちが来た時には廊下に少し足跡が残っとったらしいけど、それは立川君のものや。立川君の上履きの裏にも少量灰が残っとったからな」
「そしてもう一つは、朝霞が寺林にとどめをさしたり目を潰したりしてたからさ」時哉が言う。「お前は上履きの裏は気にして灰を落としてたみたいだが、実はもう1箇所灰が残ってるとこがあったんだ。それは…黒い学ランのズボンさ」
「…!!」顔面に冷や汗が噴き出す朝霞。
「先刻更衣室にあった君の学ランをこっそり見させてもらったっス」と知之。「そしたら確かに、脛(すね)のあたりに灰が残ってたっス。跪(ひざまず)いて作業をしてた時についたみたいっスね。鑑識で調べてもらったところ、それは立川君の上履きについてたものとも、此処に落ちてた吸殻のものとも一致したそうっス。ついでに、腿(もも)のところにはほんの少し血痕もついてたっスよ」
「お前は確かに、生物準備室には入らなかったと先刻証言したさ。じゃあなんで、そんなもんがお前の学ランについてたんだろな」
「朝霞、お前…」井上が呟くように言う。「ホントにそんなこと…」
「…だったら、何?」
「…え?」
「確かにきみ達の言うとおり、ぼくがやったけど、だからどうしたの?」微笑んで言う朝霞。
「ど、どうしたのって…」
「寺林は立川が殺し損ねたから殺したの。蛭田はぼくをいじめて、ぼくを毀(こわ)そうとしてたから。じゃまだから消したの。立川は放っといたらきみ達に全部話しそうだったから口を封じた。それだけ」
「な…」一同は目を見開いて朝霞を見た。風見は朝霞をやはりじっと見ている。
「刑務所行きだろうが死刑だろうが何だって受けるけど?どうせぼくの母親も人を殺して刑務所に居るんだし」
「そ、そうなのか…?」風見が小さく言う。
「ああ、俺も先刻連絡を受けて初めて知った」と羊谷刑事。「朝霞の母親、朝霞 三恵(みえ)は2年前に仕事先の同僚を殺害し現在服役中なんだそうだ」
「そんな…」
「…お前みたいな奴に…」震えた声を出す時哉。
「なあに?」
「お前みたいな奴に、祐介が殺されたって言うのかよ!!俺は、ぜってえお前を許さねえさ!!」
「ふーん…」朝霞の口許は微笑んだままである。「きみも、ぼくのじゃまをするんだ…じゃあ…」
朝霞は机の上にあった鋏(はさみ)を手に取った。
「なっ、何を…っ?!」
「バイバイ、羊谷君」
時哉の方に鋏を向け走ってくる朝霞。逃げ切れない、時哉は眼を瞑(つむ)った。
「ぐあっ…」
「…え?」時哉は痛みの代わりに、誰かの呻き声を聞いて眼を開けた。すると眼前には、胸を押さえて倒れている風見の姿があった。
「かっ、風見サンっ…?!」
「なんで…?」戸惑いを隠せない朝霞。「なんで、あんたが…?」
「…すまなかった、純也…今まで、本当のことを言えずに居て…」
「ほんとの、こと…?」
「三恵の元夫、つまりお前の父親は…俺だ」
「えっ…?!」朝霞の足が震えだす。
「な、何だって?!」
「ああ…」と羊谷刑事。「それも先刻、連絡を受けたところだ」
「知らなかったんだ…三恵が、人を殺してたなんて…」かすれた声を出す風見。「入学式の時からお前のことは気づいてたんだが、どう思われるのか怖くて言い出せなかった…でも、今日こそは正直なことを話して、一緒に田舎で二人で暮らそうと思ってたんだ…」
「風見先生が今年度で退職するっちゅうんは、そういう意味やったんか…」
「そ、そんな…」座り込む朝霞。
「もっと、早く言っておけば、よかったな…そうすれば、純也も、こんなこと…」風見は苦しそうに、だが微笑んで顔を上げる。「でも…さいごにちゃんと、言えて、よかった…子供に、看取られながら、俺、いけるん、だか、ら……」
そして、風見 繁の瞼は閉ざされた。
「…ダメだ、息はもうない」
「風見サン…」
水を打ったような静寂。そして。
「そんな…ぼく、父さんを……?」体中が震え、血のついた手で口許を押さえる朝霞。「う、うわああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」
「朝霞…」

子供のようにひとしきり泣き喚いたら、朝霞 純也はじっと俯いて黙り込んでしまった。
そして、朝霞は県警の車で連行されていった。


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おまけ
ということになっていたのでした。
最後のシーンは書いててつらかったですが、この話を思いついた時点からこうしようとは思ってたのでねー…うむ。
さて、犯人を予想してから第10話に入った方、正解だったでしょうか?
間違ったという人はもしかしたら、僕の仕掛けたでっかなトリックにハマってくれたのかも知れません。
その解説は次のこのコーナーで。

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