Nostalgia
File9 Bald 〜すぐ傍の真実〜15分くらいして、岡村 忠雄が来校した。
「休日に学校に呼び出されるのは好まないんだが」
例によってしわの寄った白衣を羽織った岡村の姿は、惣史にはとても高校教諭とは思えなかった。
「すみませんね、こちらも仕事なもので」と惣史。「事件についてはご存知で?」
「当たり前だろう、私の管理している部屋で事件が起こったということで、校長から直々にお叱りを戴いたのだから」
「あの部屋は普段鍵はかかっているのですか?」
「ああ、かかってたりかかってなかったりするな。かかっていても、鍵は職員室の私の机の上に置いてあったりすることもあって、かかってないも同然かも知れん」
「ああそうですか…」呆れる惣史。「授業プリントを朝霞君に取りに行かせたのは?」
「ああ、つい授業に必要なプリントを忘れてしまってね。たまたま一番廊下寄りの最前列にテニス部員としてよく知る朝霞が居たから頼んだんだ」
「朝霞君は生物室と生物準備室に行ったと言っていますが、結局何処にあったのですか?」
「職員室の私の机の上だった。よく考えればあれは、職員に頼んで増刷してもらっていて、職員がそこに置いていったらしいな」
「ということは、昼休みは職員室には居なかったのですね」
「ああ、校外で食事を済ませていたら予想以上に時間がとられてな、教科書とかは持っていたからそのまま1-Eの教室に行ったんだ」
「そうですか…寺林君と蛭田君についてはどう思っていますか」
「そうだな…どちらも正直素行はよくなかったな。生意気と言うか、不良と言うか。まぁ私自身は殺したいだとか思ったことは全く無いがな」
「随分あっさりと言うもんさ…」ぼそりと呟く時哉。
「ではあと一つ。金曜と土曜の行動を教えてもらえますか」
「金曜は職員会議とやらもあったから、帰ったのは8時を廻っていたかな。土曜は一日中家で研究をしていた。妻には先立たれ子供も自立しているから、証明できる人間も居ないが」
「そうですか、分かりました」
「…で、どう思った?」
カーテンの裏などからぞろぞろと祥一郎、知之、烈馬の3人が現れてくる。
「うーん、結局蛭田先輩殺害の時の朝霞君とかを除いてアリバイもあやふやな人が多いし、特に矛盾したこと言ってたヒトも居なかったと思うっスけど…」と知之。
「いや」祥一郎がすぱっと言う。「二人ほど妙なこと言ってた奴が居たぜ」
「え、マジっスか?」
「ああ…麻倉、お前、勝呂サンと一緒に行って調べて欲しいところがあるんだけど」
「え?何っスか?」
「テニス部の更衣室。それと、矢吹と柏木サン」
「何?」
「職員室に音楽の林(はやし)って先生が居たら、聞いといて欲しいことがあるんだけど」
秀文高校の靴箱。
「おい、今度はどうしたってのさ。急に祐介の上履きを見たいなんて」
「…見ろよ、こいつを」祥一郎は、自分のひとつ前の出席番号の棚にある上履きの裏を時哉に見せた。「やけに黒い点々がついてるだろ」
「え…あ、これってまさか…!」
「ああ、あとは麻倉たちが調べてるアレから出てくれば…」
「篁くーん!!」
廊下を走ってくる音がする。知之と勝呂である。
「どうだった?アレは」
「ぱっと見は色的に分からなかったっスけど、確かについてたっス」
「今鑑識に廻して照合してもらっているところです」
「なるほどな…」祥一郎は腕を組んで言う。
「それじゃあ、分かったのか?」と惣史。
「ああ…犯人は、あのヒトに間違いねえぜ」
「それじゃあ、今日の練習はこれで終わりにしますね」
テニスコートに響く池上の声。
「まぁまだ1時を廻ったところですが、学校でも色々あってごたごたしていますし、みんなも気をつけて帰ってくださいね。それでは、解散」
次々とテニスコートから部員が出て行く。
「あー、おなか空いたー…」と朝霞。「ねえイノッチ、一緒にお昼ご飯食べない?」
「いや…」うつむいて言う井上。「おれはちょっと用事があるから…」
「そう?」
「朝霞ー」
「え?」朝霞は、思いもかけず自分の名前が呼ばれて驚いた。更衣室脇に、風見が立っていたのだ。「風見、先生…?」
「ちょっと、話があるんだけど、いいかな」
「話、ですか…?」
「あ、すみません、池上先輩」
テニスコートに駆けてくる時哉。
「ん?君は先刻の…」ラケットバッグを肩にかついだ池上が言う。「まだ何か?」
「ええと、探してる人が居るんですけど…」
時哉は、或る人物の名を告げた。
「あー、彼だったら先刻練習が終わって、どうやら校舎の方に向かったみたいですけど」
「校舎に?ありがとうございましたさっ」
そういうと、時哉はさっさとテニスコートを後にして走って行った。
「……」池上はその後ろ姿をじっと見つめていた。
携帯電話の着信音。
「もしもし、羊谷だが…え?…何、それは本当か?…分かった」
携帯電話をしまう惣史。
「ん?何か分かったのか?」と祥一郎。
「…いや、ちょっとな」
少し速い足取りで、しかし音は立てないように廊下を歩く。
ポケットの中にあの鍵があることを確認して、2階を目指す。
胸がほんの少しだけ高鳴る。
この角を曲がればすぐだ。
と、その時だった。
「やっぱり。待ってたっスよ」
「来ると思っとったで。君がこの、音楽室に来るっちゅうことはな」
首筋に冷や汗が一筋垂れた。