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Nostalgia

File3 Luge und Wahrheit 〜うそとほんと〜
「えー、被害者は寺林 久彦(ひさひこ)、17歳。この秀文高校の2年生。死因は鈍器のようなもので後頭部を2度殴られたことによる脳挫傷、その凶器は血のつき具合などから見て、この生物準備室に置かれたガラス製の灰皿と見てまず間違いないだろう。致命傷は恐らく2度目だな。出血の具合から見て、左目は死後何か尖ったもの、たぶん机の上の万年筆で潰されたものと考えられる。死亡推定時刻は午後1時前後、昼休み中だな」
それほど広くもない生物準備室に、神奈川県警の刑事や検察官が何人も入る。その中に、時哉の父である羊谷 惣史警部が居た。
「なるほど、ね」そしてもう一人、霞 春彦警部。「で、第一発見者がそこに居る朝霞 純也(じゅんや)君というわけですね」
「あ、はい…」朝霞が答える。
「君が寺林君の死体を発見したのは5時限目の授業中とのことですが、どうして君はそんな時間にこの部屋に来たのですか?」
「あ、えっと…」朝霞が答えようとした瞬間、別の声が重なった。
「生物の岡村に頼まれたからさ」
「え?」朝霞が振り向くと、そこには時哉が居た。祥一郎たちも一緒である。「羊谷君?」
「これはこれは皆さんお揃いで。そういえば此処は君たちの通う高校でしたね」と霞。「それで、頼まれた、とは?」
「5限が始まってすぐ、生物の岡村センセがその朝霞に、授業プリントを持って来忘れたから取りに行ってくれと頼んだのさ。朝霞が一番廊下に近い席だったからって。そうだったよな、朝霞」
「うん…生物室か生物準備室、どっちにもなかったら職員室の岡村先生の机の上って言われて。生物室は授業やってなかったから色々探してみたけど見つからなかったから、この生物実験室に来てみたんです」朝霞が言う。「ノックしても応答ないし、電気もついてないみたいだったけど、鍵は開いてたからドアを開けてみたんです。そしたら…」
「そうですか」と霞。「ちなみに朝霞君、君は殺された寺林君と面識は?」
「え、それってぼくが疑われてるってことですか…?」戸惑う朝霞。
「一応、形式的なもんだ」羊谷警部が付け加える。
「そうですか…?」不審そうな表情で言う朝霞。「ええと、ちょっとぼくは見覚えないです…」
「形式的ついでにもう一つ」と羊谷警部。「君は今日の昼休みどこに?」
「そうですね…テニス部の練習でテニスコートに居ました…」

「…妙だな」
生物準備室の床に片膝をつき、床をじっくり見ている祥一郎。床をこすり、その指に視線を遣る。
「え?何がっスか?」知之が尋ねる。
「凶器は此処にあった灰皿だった。確かに此処の床にはその灰皿にもともとあったであろう吸殻は散乱してた。だが…」
「そうか、あまり灰が見当たらないさ!」時哉が言う。
「そういうこと。吸殻は見たところタバコ2、3箱分はあるし、此処の入り口から廊下の途中まで、灰の足跡が残ってたくらいだ。床に灰がこんなに少ないのは不自然だ」
「流石にタバコには詳しいっスね…」知之がツッコむ。
「うるせえ」
「犯人がふき取ったんやろか?」と烈馬。
「さあな…だが、凶器にそんな吸殻だらけの灰皿を使い、足跡まで残してるあたり、これは突発的な犯行だったのかも知れねえ。あと気にかかるのは、犯人はどうして寺林の左目を潰したかってことだが…」
「あの怪談話と関係あるんじゃない?」
「え?」祥一郎はドアの入り口に立つ男子生徒を見た。黒髪だが、少し赤色っぽい感じでもある。
「あれ、お前…」と時哉。
「1-Eの井上(いのうえ)だよ。井上 暁(さとし)」生徒は名乗る。
「怪談話って何のことだ?」祥一郎が尋ねる。
「あ、僕聞いたことあるっスよ」と知之。「なんでも秀文(ウチ)には七不思議みたいなものがあるらしいっス。音楽室のピアノが夜中ひとりでに鳴り出すとか、体育倉庫で跳び箱に押し潰されて死んだ生徒のすすり泣きが聞こえるとか…」
「どこにでもそんなんあるもんなんやな…」烈馬が言う。「でも俺、そないなもん聞いたことないで」
「僕も最近聞いたんっスけどね。全部は知らないっスけど」
「君が知らない中に一つ、こんなのがあるんだよ」井上が言う。「その昔、この生物準備室で首を吊って死のうとした生徒が居たんだけど、その紐がほどけて落下し頭を打って死亡、そしてたまたま机の上にあったコンパスが彼の左目に刺さって左目が潰れたんだ。それ以来この部屋には夜中、左目が潰れた生徒の亡霊がうろつくって話だよ」
「うわ…今回の事件に似てるっスね…」
「ほな犯人は、その怪談話になぞらえて寺林サンの左目を…って」後ろを向く烈馬。「聞いとるか?君ら」
「…き、きき聞いてるさっ…!」慌てた顔で言う時哉。「な、なぁ、篁っ」
「…っ、たりめぇだろ…」顔を伏せて言う祥一郎。
「怖いんだ?」井上がきっぱり言う。
「違ぇよっ!!」声を揃えて怒鳴りつける祥一郎と時哉。
「…ま、いいけどね」呆れ顔で言う井上。「あ、そうそう、もう一つ、とっておきの情報があるんだけど。ていうかそっちが本題?」
「情報?」
「いや、君らが事件のこと調べてるって聞いてさ」井上は何処か芝居がかった感じで言う。「おれ、5限が始まるちょっと前にこの辺通りかかったんだよ。そしたら、この部屋の前から慌てて出てきた奴が居てさ」
「何だって?!」
「ああ、あれは確か、1-Cの立川って言ったかな。廊下は走らないで歩いてたけど、どうにも焦ってる感じだったよ」
「祐介が…?」時哉は戸惑う表情を見せる。

「な、なんで左目が…?」
立川は一人、狭い部屋の中で震えていた。
自分は寺林を一度灰皿で殴っただけ。
それだけなのに、何故左目が…
まさか、自分以外の誰かが…?
鼓動が速まる。
「おーい、祐介ー」
急な呼びかけに、ただでさえ過呼吸気味の心臓が飛び出しそうになる。
あの声、あの呼び方は…間違いない。
「俺、時哉だけど。此処居んだろ?」
どうして時哉が、自分が此処に居ると分かった?
まさか時哉は、自分が寺林を殴ったことを知って…?
「お前さー、昔から何かあるとトイレの一番奥の個室に逃げ込んでたさねー。小4の時、お前と亥(い)のアキラが校長室の窓にボールぶつけて割っちまった時も、アキラは逃げちまうしお前はトイレでめそめそ泣いてっし。あん時代わりに俺が怒られたの知ってるさー?」
そう言えばそんなこともあったかも知れない。そう言えば時哉は昔から、妙に記憶力や洞察力に富んでいた気がする。
気がつくと、しばらく声が聞こえなかった。自分が物思いに耽っていただけかも知れないが。
「…祐介、お前…」
急に時哉の声のトーンが下がる。
「寺林の事件に、何か関係してんじゃねえさ?」
胸が刺されたみたいにずきんと痛んだ。
そして、またしばらくの沈黙。
「…なんて、俺の気の所為だよな?お前が、人殺しとかそんなことする筈ねぇもんさ」
再び時哉の声のトーンが明るくなる。
「早く教室に戻らねぇと、担任の風見が心配すんぞ?…あ、だけど」
少し足音がしてから、またちょっとだけ真剣な声がする。
「…本当に何かあったんなら、俺にだけはちゃんと相談して欲しいさ。俺とお前は、昔っからの友達なんだからさ。今度の春休みには一緒に絵取村に行こうぜ。…じゃ」
そして、足音がどんどん遠ざかり、聞こえなくなった。
「…時哉」
思わず声が漏れる。腕が震える。
「…ごめん、時哉ぁ…」
頬を一雫、伝っていった。

「寺林の交友関係その他を洗ってみたんだが」
羊谷家のリビング。コンビニ弁当を前にする惣史と、スポーツ飲料を前にする風呂上りの時哉。
「何か分かったのさ?」時哉が椅子に腰掛けながら言う。
「寺林は部活動にも所属しておらず、友人関係は窮(きわ)めて稀薄だった。だが、恐らく唯一奴と関係があるらしい生徒が一人浮かび上がったんだ」
「ふーん…誰さ?」
「…1年C組の、立川 祐介だ」
「…え?」時哉は、飲んでいたスポーツ飲料のペットボトルを床に落としそうになった。
「寺林の父親が社長を務める会社で、立川の父親が働いてる。その関係で子供同士にも交友があった、というが…」
「…何かあんの?」
「寺林は立川に金銭を要求していた、いわゆるカツアゲってやつをやってたらしいんだよ。寺林はアルバイトもしていないのに、最近妙に羽振りがよくなったらしいし」
「…カツアゲ…」
「いや、俺もな、昔お前と仲良くしてた辰のユースケが犯人だなんて思いたくもないが、今のところ最も有力な被疑者なんだよ。井上という生徒の目撃証言もあるしな…」弁当を食べ終え、ゴミ箱に放り込む惣史。
「…祐介は、そんなことしねぇさ」椅子から立ち上がる時哉。「それと」
「それと?」
「ゴミはちゃんと分別しろっての」ゴミ箱から先程惣史が棄てた弁当ガラを拾い上げる時哉。「幾らO型だからって大雑把(おおざっぱ)すぎさ」
「B型のくせに几帳面だな、お前は」鬱陶(うっとう)しそうに時哉を見る惣史。

時哉に気づかれた。
一番大切な、そして一番知られたくなかった相手に。
ただでさえ、時哉の父親は警察の人間であるというのに。
「どうしよう…」
一人呟いてみても答えは出ない。
父親はしばらく帰ってこない。一人暮らしも同然の広い部屋の中で、ソファーに身を寄せていた。
と、その時だった。
トゥルルル…
空虚な部屋に、電話の音が高らかに響いた。
重い身体を起こし、電話に出る。
「…もしもし、立川ですが…」
「祐介クンダネ?」
「…え?」
機械を使って変えたような不気味な声。受話器を持つ手が震える。
「だ、誰…?」
「君ガ今日ヤッタコトヲ知ッテル人間ダヨ」
「な、何の、ことだ…?」
「コウ言エバ分カルカナ。アノ寺林ッテ男ノ左目ヲ潰シタ人間サ」
「なっ…?!」


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おまけ
3月の話なのに七不思議とか出てきてますが大丈夫ですか?(爆)
なんとなーく「金田一」ぽい雰囲気がところどころ出てきているような気がw(ぉ

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