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Nostalgia

File4 Beweise 〜証拠〜
身体中ががくがくと震える。あの潰れた左目が脳裡(のうり)を否応なく過(よぎ)った。呼吸が乱れる。
「な…なんで…」
「マアマア、ソンナニ怯エナイデヨ」電話の向こうの声は無邪気に笑っている。「別ニボクハ君ヲ警察ニ突キ出ソウトカ思ッテルンジャナインダカラ」
「…え?」一瞬の安堵と果てしない悪寒がした。
「ボクハ、君ニオ願イガアルンダ。聞イテクレタラ、君ノヤッタコトハ黙ッテオイテアゲル」
「お、お願い…?」
「ソウ。ソレハネ…」
楽しそうな口調の残酷な言葉に、背筋が凍った。

「あいつ…俺をこんな時間に呼び出すなんて、どういうつもりなんだ…?」
半分くらい作業の進んだ工事現場に、一人の男子生徒が入ってくる。手には缶ビールが一本。
「…ったく、どっからかピアノの音まで聴こえてきて、あの怪談話みたいで気味が悪ぃぜ」
ビールを一気に飲み干すと、缶をぽいと放り投げる。
と、その時。彼は小さな足音を聞いた。
「あー…やっと来たのか?突然こんなとこに呼び出すなんて、どういう…」
振り向くと、其処には見たこともない男が立っていた。
「お前…誰だ…?」
よく見てみると、その手には鉄パイプが握られているではないか。
「ま、まさかお前…?!」
鈍い音と呻(うめ)き声、そして荒い呼吸は、薄気味悪いピアノの音に掻き消されていた。
「…はぁ、はぁ…ええと、あとは…」
彼の輪郭を撫(な)ぜる玉の汗は、3月の寒さには不釣合いだった。

「まったく…昨日事件があったばかりで、校内は十分な警備がなされてはいなかったのですか」
土曜日の朝。校内のはずれにある工事現場の前に、数台のパトカー。そして、嫌味を吐く霞。
「ま、ぐだぐだ言っても始まらねえよ」と羊谷警部。「勝呂、ガイシャの身元は?」
「あ、はい」警察手帳を見ながら言う勝呂刑事。「名前は、蛭田 正昭(ひるた・まさあき)。この秀文高校の2年D組の生徒です」
彼らの目の前には、一人の男子生徒の死体があった。そしてその上には、10段分の跳び箱が積まれていたのである。腹部からは跳び箱で圧迫されたことによると思われる出血まであった。
「それにしても、なんで彼はわざわざこんな手の込んだ殺され方をされたのでしょうね」
「たぶん、“見立て”ってヤツさ」
「ん?」振り向く霞。其処には、時哉らが居た。「…昨日と同じ登場パターンは(読者的にも)面白くないですよ?時哉君」
「其処まで気にする程エンターテイナーでもないもんで」
「で?見立てってどういうことなの?」柏木刑事が言う。
「俺も昨日初めて知ったんだけどさ、このガッコには七不思議ってのがあるらしくて。そのうちの一つに、体育倉庫でバランス悪く置かれてた跳び箱に押し潰されて死んだ生徒のすすり泣きが聞こえるってのがあるんだとさ」
「体育倉庫?」と霞。「此処の建設目的は確か…」
「あ、此処ってもともと、古い体育倉庫だったんっスよ」知之が言う。「でも、今回建設にあたって古い体育倉庫を取り壊したり体育館の横にある新しいほうの体育倉庫に備品を移したりしてたらしいっス。怪談話の舞台はこの古いほうの体育倉庫らしいっスし」
「なるほど、どうりで工事現場の横にまだ少し体育で使う道具が置かれてるのね」と柏木。彼女の視線の先には、キャスターつきのバスケットボール入れや折り畳み式の卓球台などが工事現場の雰囲気とは場違いに置かれている。
「ああ、この跳び箱もたぶんまだあそこにあったもんやったんやろな」烈馬が言う。
「でも…どうやってあんな重たい跳び箱を彼の上に移動させたんですか…?」と勝呂。「あれだけのものを運ぶとしたら、バランスも崩しそうだし…」
「冗談言うなよ」祥一郎がため息混じりに言う。「誰があんなモン一回で運ぼうとするかよ。1段ずつ移動させたに決まってんじゃねえか」
「あ…」恥ずかしそうに俯(うつむ)く勝呂。
「近くに血のついた鉄パイプもあり、蛭田の頭に殴られた痕らしきものもあるから、犯人は蛭田を殴り殺してから怪談話になぞらえるために跳び箱を移動させたって考えるのが妥当だな」羊谷警部が言う。
「ん、あれは…?」時哉は、地面に置かれた角材の脇に何かが落ちているのを見つけ、拾い上げた。「…ボタン?」
それは、金色に塗られたボタンだった。真ん中に“秀文”の文字もある。
「ああ、たぶんそれは学ランのボタンやろな」烈馬が自分の着ている学ランのボタンを指差しながら言う。
「土曜なのにわざわざ学ラン着てきてんだな、お前」と普段着姿(ついでに寝グセつき)の祥一郎。
「え、僕も着てるっスけど…」知之が言う。「休みっていっても、一応此処学校っスし…」
「はー、マクラも矢吹も真面目さねー」と時哉。彼は彼で学校という場にまったく似つかわしくない“オシャレな”服装であったのだが。
「それが犯人のものだとしたら、犯人もそうとう真面目な生徒ってことかしら?」笑って言う柏木。「正確な時間は検死待ちだけど死亡推定時刻はたぶん昨夜9時ごろ、わざわざ蛭田君を殺しに来るためにも学ラン着てきたってことよね」
「ちょっ、ぼ、僕は犯人じゃないっスよっっ?!ほ、ほら、ボタンも何処も取れてないっスしっ…!」慌てふためく知之。
「誰も君だなんて言ってないわよ?」
「まあとにかく、そのボタンは鑑識に廻して、指紋がついてないか見てもらいましょう」と霞。「もっとも、今時哉君の指紋がべったりついた可能性はありますが」
「…俺の指紋とっときゃ大丈夫っしょ?」

「それにしても…」
立川の家。リビングのソファーには、時哉と知之が腰掛けている。
「なんでボクの家知ってるの?それにわざわざボクん家来るなんて…」コーヒーを3杯運びながら来る立川。
「悪ぃ悪ぃ。今どんなとこ住んでんのかなって思ってさ。お茶サンキュ」カップを手に取る時哉。「お前の親父さんの名前思い出しながら電話帳引いたのさ」
「あ、そっか…」立川もソファーに座る。「あ、お砂糖とかミルクとか要らなかった?」
「あー、俺はブラック派なんだけど…」隣の知之をちらと見て言う時哉。「…マクラはたぶん砂糖入れる派だよな?」
「え゛っ?!な、何で分かったんっスかっ?!」ばつの悪そうな顔をしていた知之は、目を点にして言う。
「マクラ基本的に甘党じゃん」笑って言う時哉。「祐介も、甘党じゃなかったさ?」
「あ、ボクは…入れなくなったんだ」立ち上がる立川。「じゃあ麻倉君のぶん持ってくるね。1本でいい?」
「あ、えっと…3本で…」
「それは多すぎねえさ?」

「へー、んじゃ親父さんは今海外出張してて居ねえんだ」
「うん…ここ数年は家を空けてる方が多いかな…」
「ふーん…」時哉は何ともなさそうに部屋をぐるりと見渡す。「…あれ、学ラン椅子にかけてんのさ?」
「え?あ、う、うん…」テーブルの横にある椅子に目を遣る立川。
「面倒でもハンガーとかにかけた方がいいっスよ?放っとくとシワになっちゃうっスから…」極甘(ごくあま)のコーヒーをふーふーしながら飲む知之。
「あ、普段はちゃんとそうしてるんだけどね…」と立川。「どこかでボタン落としちゃったらしくて…」
「え…」時哉は、手に持っていたカップを思わず落としてしまった。「…ってわっ、熱ぃっ!!」
「あ、ちょ、大丈夫っスか?!」自分のカップを置いてから言う知之。「うわー、高そうな服なのに…」
「す、すぐタオル持ってくるね!」小走りにリビングを出て行く立川。
「…祐介…」
知之は、時哉の眼が切なそうに立川を見ているのに気づいた。そしてその時、知之のケータイの着メロが鳴った。

喫茶店“ライム”の一角。
「まず、蛭田の交友関係を調べてみたんだが」と惣史。「蛭田は寺林と違ってテニス部に所属していてな。腕前はそれほどでもないようだが、時々次期キャプテンの池上(いけがみ)という生徒とトラブってたらしい。ちなみに寺林の第一発見者である朝霞 純也や情報提供者の井上 暁もテニス部員であり、あの生物準備室の管理をしとった岡村教諭もテニス部の顧問だ」
「そのセンで犯人が居てもおかしくないってことさね」時哉が言う。
「ああ、まだはっきりとは言えないがな」
「ちなみに蛭田サンと寺林サンの両方に関係のあった人間はおったんですか?」烈馬が尋ねる。
「池上は寺林と同じ2年C組の生徒だし、岡村も2年C組の担任をしているが、それ以上の関係があったかどうかは不明だ。まぁ寺林は以前からあの生物準備室に出入りしていたらしいから、岡村と何らかの関係があったのかも知れねえがな」
「じゃ、じゃあ…」と時哉。「祐介は蛭田とつながりは無かったんさね?」
「あ、ああ…今のところ見当たらないが」
「そうさ…そうに決まってるさ…」
嬉しそうな顔をする時哉を、知之は横目で見ていた。

西日の差す部屋。電話の音。
「…もしもし…」
「ボクダヨ」名乗らなくても、すぐ判別できた。もっとも、相手の名前など知らないのではあるが。
「い、言われたとおりに、したよ…」受話器が震える。
「フゥ、マダマダ甘イネ」
「えっ…?」
「現場ニ学ランノボタンガ落チテイタソウダヨ、指紋ツキデネ」
「なっ、何だってっ?!」思わず、椅子にかけられた学ランに視線が飛ぶ。
そう言えば先刻、時哉があの学ランを気にかけていたっけ…
時哉は、自分のしたことに気づいている。きっと。
そう思うと、膝ががくがくして立っているのもやっとになってしまう。
「マッタク、君ニハ失望シタヨ」電話の相手はため息をつく。「マアデモ、ボクガ君ニシテホシイコトハアトヒトツダケダカラ、構ワナイケドネ」
「えっ…」一瞬安堵の笑みが浮かび上がってくる。「それって、どういう…?」
「簡単ナコトダヨ。今君ノ家ノ郵便受ケニ、ペットボトルガ入ッテル。ソレヲ飲メバイインダヨ」
「え…?」
「アア、アト手紙カ何カアルトイイネ。今度ハ失敗シナイデクレヨ。期限ハソウダネ、今日ノ10時マデッテコトデ。ジャア」
その言葉を最後に、電話は切れた。
急いで郵便受けを見に行く。確かに、500ml入りのペットボトルがあった。
「これって…まさか…」

がちゃん、と公衆電話の受話器を置く男。教諭の、風見である。
「…はぁ…」


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おまけ
ストーリーが一気に加速しております。
霞警部まで読者サービスを気にするようになってますが(笑)。
知之が甘党なのは周知の事実ってやつです(笑)。

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