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Nostalgia

File5 Gefuhl 〜予感〜
「さてと、そろそろ遅くなってきたし、帰るかな」
“ライム”の座席から立ち上がろうとする烈馬。その時、入り口の方でドアについたベルが鳴るのを聴いた。
「わー、全然変わってへんなー、此処はーっ」
「伸治(しんじ)、僕らこないだ卒業したばかりだよねぇ…?」
「え?」聞き覚えのある声に、知之は振り向いた。そして、口から思わず声が。「あっ…!!」
「ん?あっ、君はあん時のアサクラ!」店に入ってきた二人のうち、金髪で軽そうな男が知之を指差す。
「桜庭(さくらば)先輩!」立ち上がって大きな声で言う知之。「それと確か…八雲(やくも)先輩も!」
「ああ、君は確か文化祭の時に居た子だね」もう一人の、黒髪で真面目そうな男が微笑んで言う。「お久しぶり」
「なんだ?お前の知り合いか?」祥一郎がぽつりと言う。
「何言ってんのさ篁」呆れ顔で言う時哉。「左の八雲先輩は、文化祭で弥勒の殴られた事件の時に居た野球部の元キャプテン(「ライヴァル」参照)。で右の桜庭先輩は、マクラがサッカーやってた時に居たサッカー部員(「Pinch Kicker」参照)さ」
「あー…そういやこんなヒト居たかも」
「いい加減なやっちゃなぁ…」苦笑いする桜庭。
「二人ってお知り合いだったんっスねー…」と知之。
「ああ、僕と伸治は小学校からの幼なじみってやつでね」と八雲。「君の事は伸治からも聞いてたよ」
「あ、そ、そうっスか…」照れ笑いする知之。
「そういや二人とも卒業したのに、こないなとこでどないしたんですか?」烈馬が訊く。
「ああ、此処はついでだよ」と八雲。「僕も伸治も大学受かったからね、先生たちへその報告に来たんだ」
「そうなんっスか?!おめでとうございますっス♪」満面の笑みで言う知之。
「まあ肇(はじめ)ちゃんはラクショーやったけどなー、俺も同じ大学についてこと思たら大変やったんやで?」と桜庭。「特に俺国語と生物はダメやったからなー」
「そうそう、国語の風見先生と生物の岡村先生には世話になったもんね」八雲が言う。「あの二人が今年度限りで学校やめちゃうなんて勿体無いよね」
「え?そうなんですか?」驚きの表情を見せる烈馬。
「あれ、知らんかった?終業式ん時にでも言うんやろか」と桜庭。「ま、岡村の方はどっかの大学に呼ばれとるとかいう噂やけどな」
「へー…」祥一郎がぼそと言う。「確かにあのナリは高校教師っつーよりは大学教授って感じだわな」
「で、君達は此処で何やってるんだい?」八雲が言う。「確かそこの人、県警の警部補さんでしたよね?例の事件の時はお世話になりました」
「今は警部だがな」小っさくツッコむ惣史。
「それこそご存知ないですか?秀文でまた事件が起こったんやけど…」と烈馬。
「えっ、また?!」大声をあげる桜庭。
「今度はアレっスよ、秀文の七不思議になぞらえられて2人殺されたんっス…」知之が言う。
「え?七不思議?」桜庭は途端にきょとんとした顔をする。「…何や、ソレ?」
「え、何って…」今度は知之がきょとんとした顔をする。
「肇ちゃん知ってる?」
「いいや、僕も初めて聞いたけど…」ちらと掛け時計に眼をやる八雲。「あ、そろそろ行かないと学校閉まっちゃうね」
「あ、ホンマやな」そのままくるりと向きを変える桜庭。「ほんならがんばりやー、探偵君たち♪」
そういうと二人は、“ライム”を後にしていった。
「な、なぁ篁、今の話って…」時哉が小さく言う。
「あの二人の話を信じるならつまり」と祥一郎。「例の七不思議ってのは卒業式のあった2月末の時点では存在してなかった可能性があるってことだ。まぁ3年生は2月になったら学校に来たり来なかったりだから、もっと前から無かった可能性もあるわけだがな」
「それじゃあ…」知之が言う。「誰かが2月か3月になって何らかの理由で怪談話を広め始めたってことっスか…?」
「かも知れねーな…そしてもしかしたらその誰かってのは…」
「この事件の犯人、かも知れないってことさ…?」
「ああ…まだ分からねえけどな…」

早く、早くしないと…
パソコンの隅に表示されている時刻を見た。21時47分。
きっと奴は、何らかの手段で調べに来る筈だ。
それまでには…
だけど、どうしてもこれだけは伝えたい。
彼に。
きっと、これなら大丈夫な筈だ。
もうすぐ。
あと一行。
出来た。
彼なら、これを読んでくれる筈。
お願い。
頼む。
そして、ペットボトルの蓋を開けた。

「……」
公衆電話の受話器を置く。相手の応答はなかった。
電話ボックスから出て、例の家の窓を見た。明かりはついている。
ボックスのガラスで自分の格好を確認してから、空(から)の段ボールを持って部屋に向かう。
家の前で一つ深呼吸をしてから、ドアベルを鳴らす。
「すみませーん、宅配便ですがー。いらっしゃいませんかー?」
ドアノブをひねってみる。開いた。
少し驚いたが、開けて部屋の中を確認する。
「…よろしい」
小さく呟いて、外に出た。
これで、総てが終わった。
午後10時3分。月は雲に隠れていた。

「…どうした、時哉?」
首からタオルをぶらさげ、頭から湯気を発しながら言う惣史。彼の視線の先には、冷や汗を垂らした状態で椅子から立ち上がったばかりといった様子の時哉が居た。
「…風呂、空いたぞ?もう10時廻ったんだから早く…」
「親父…今から、車出してもらっていいさ…?」
「な、なんだ、急に…?」惣史は、時哉の小さな声が震えていることに気づいた。
「なんか、イヤな胸騒ぎがすんのさ…もしかしたらアイツ、祐介に何かあったんじゃ…」
少し考えてから、惣史は口を開いた。
「…分かった」

「祐介、祐介、居るさ?」
“立川”の表札がかかった家の前。インターフォンを数度鳴らす時哉。
「部屋の明かりはついてるが…」と惣史。
「そこの部屋の人、何かあったんですか?」
「え?」声のした方を振り向くと、チワワをつれた40代半ばくらいの女性が立っていた。
「あ、私向かいに住んでる烏丸(からすま)ですけど、先刻宅配便の人が来て何かしてたみたいですよ」
「宅配便が…?」時哉はふっと、玄関のドアノブを廻してみる。「…あ、鍵空いてるさ…」
恐る恐るドアを開け中に入っていく時哉。後ろから惣史と、チワワを抱えた烏丸も何故かついてくる。
「祐介、祐介ー、居たら返事…」
突然、一室の入り口で足を止める時哉。
「ど、どうした、時哉…?」惣史は時哉の肩越しに、部屋の中の様子を見た。「な…」
本人の部屋だろうか、整頓された部屋の真ん中からやや窓寄りに、口から少量の血液を垂らして床に突っ伏した立川 祐介の姿があったのだった。その眼には既に生気が無い。
「きっ、きゃああああぁぁぁっっ!!」悲鳴を上げる烏丸。
「…もう、死んでるな…」立川に近づいて様子を確かめる惣史。「俺は県警に連絡するから、お前はその女をつれて外へ…」
そこまで言いかけて、惣史はふっと時哉を見た。今にも泣き出しそうな怒り出しそうな、しかし感情を何とか抑えようとして口唇(くちびる)をかみ締めている時哉が、其処には居た。惣史にも、今まで見たことの無いような眼だった。
「…俺がする、お前は現場を保存しといてくれ」
惣史はそう言うと、チワワを抱きしめたままヒステリックな声を上げる烏丸を連れながら、携帯電話を取り出して玄関に向かって行った。
「…祐介…」
立川の傍にしゃがみこみ、部屋にあったタオルを立川の顔の上に乗せる。タオルの上に、ぽつりとしみが出来た。
「…祐介、祐介ぇ…っ!!」
今にも立川の体に寄りかかりそうになるくらいうずくまると、時哉の眼からはぼろぼろと涙が溢れ出した。
先刻の胸騒ぎがこんな意味だとは。何故か涙が止まらない。
ふとその時、時哉は足許に、半分ほど中身の残ったペットボトルと、ノートパソコンがあることに気がついた。
手で何とか涙を拭うと、時哉はパソコンの画面に眼をやった。

遺書
寺林 久彦と蛭田 正昭を殺害したのは僕です
ごめんなさい

立川 祐介

薄々感づいていた筈なのに。
突きつけられたくなかった現実を目の当たりにして、時哉の視界は再び涙で塞がれそうになった。
と、その時、文書にはまだ続きがあることに気がついた時哉は、マウスに指紋をつけないようにスクロールバーを動かした。

追伸
立川 祐介から羊谷 時哉まで
君と約束した優しいあの場所を

その謎の文字列の下には、パスワードの入力欄があった。
「な、何さ、これは…?」


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おまけ
久々登場の八雲先輩と桜庭先輩ですよー、覚えてますかー?(笑)
ちなみにサッカー部には他にも堀江先輩や猪狩先輩が居たのに、なんで桜庭先輩にしたのか、と訊かれるかもですが、堀江先輩は八雲先輩とキャラ近いし、猪狩先輩は来なさそうだし(爆)。
まぁ他にも理由はあるのですけどね。
祐介死んじゃうのは僕もちょっぴり切ないですが、Keyzでは割と少ない暗号系の問題も出てきたのでどうぞ楽しんでってくださいな(笑)。

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