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Nostalgia

File6 Gedachtnis 〜あの日〜
「いいじゃん、おれにくれたって」
「やだ、こいつは俺のさ」
長髪の子供と、茶髪の子供。名前が読めないくらい錆びきったバス停の前。
「そんなこといつどこで誰が決めたんだよ、ケチ」
茶髪の子供が抱えている仔猫に、長髪のほうが手を伸ばす。
「この猫が棄てられてるのを見つけたのは俺さ」茶髪のほうがそれをひらと躱(かわ)す。「最初に見つけた奴は何やってもいいって決まってんのさ」
「そんなことあるか」
長髪が更に茶髪に飛びかかろうとして、茶髪が尻餅をついたその時。
「やめなよ、二人ともっ!!」
長髪と茶髪が声のした方を向く。もう一人、少年が立っていた。
「ユースケ…?」茶髪のほうが、きょとんとした顔で小さく言う。
「その子だって生きてるんだから、そんな物みたいに扱うなんて、かわいそうだよ…」ユースケと呼ばれた少年は、涙目で言う。「だからトキヤもアキラも、やめてよ…」
「……っ」長髪のほうが、バツが悪そうにうつむきながら立ち去って行った。
「あ、えっと…」座った状態のままの茶髪の少年が笑みを作って言う。「わ、悪かったさね…」
「う、ううん、いいよトキヤ…」目をこすりながら言うユースケ。
「でも、だからと言ってこいつを此処に置き去りにするわけにもいかないしなー…よく考えたらウチ、親父が猫好きじゃねえしさ」トキヤと呼ばれた少年は、仔猫の頭を撫でながら言う。「あ、そうだユースケ、お前こいつの世話できるさ?」
「え、ボクが…?」
「ああ」立ち上がって言うトキヤ。「ユースケなら、きっとこいつを大切にできると思ってさ」
「え、そ、そうかなぁ…」怪訝そうな顔のユースケ。
「おうよ、俺が言うんだから間違いねえってさ」にかっと歯を見せて笑うトキヤ。「根拠は特にねえけどさ」
「うーん…」少し考え込むユースケ。「じゃあ、飼ってみようかな…」
「よっし決まりさっ!」そう言うとトキヤはユースケに仔猫を手渡す。「そうと決まれば、まずは名前からさね」
「名前?そっか…」仔猫を受け取るユースケ。「じゃあ、ボクがユースケだから、ユージにしようかな…」
「うん、いいんじゃねえさ?」トキヤはユースケの抱く仔猫の顔を笑顔で撫でながら言う。「今日からお前はユージさっ」
「ふふっ、よろしくね、ユージ」ユージに微笑みかけて言うユースケ。

「さよならだね、ユージ…」
茶髪の子供が抱えるユージの頭を、ゆっくりと撫でるユースケ。その後ろには、多くの荷物を積んだトラックがアイドリングしている。
「転校しても、時々はこっちに来いよ」トキヤが言う。「あと、手紙とかもよろしくさ」
「もちろんだよ」笑って言うユースケ。「アキラも、ユージのことよろしく頼むね」
「…うん」アキラと呼ばれた子供は、ユージを抱いたまま俯いて言う。
「あ、それじゃあそろそろボク、行くね」ユースケはトラックの助手席のドアを開け、乗り込む。
「あ、ユースケ!」
「え、何?トキヤ?」
「いつか、また会おうさ」ユースケに手を差し伸べるトキヤ。「約束さ」
「…うんっ!」ユースケはトキヤの手を握り締めた。

いつか、また…

ふっと、瞼が開いた。
「あれ、ここは…」
どこかのオフィスの机で寝ていたらしい。肩には毛布がかかっていた。
カーテン越しにでも陽射しが分かる。そして、目の前にはノートパソコン。
「…あ、そうか、俺…」
「あ、起きた?」
「ん…」ドアの開く音と、声のした方を向いた。「あ、柏木サン…」
「まだ寝てていいわよ、ゆうべは殆ど寝ずにこの県警に居たって羊谷警部から聞いてるっスから」
「いや…起きるさ」上体を起こす時哉。「今何時?」
「そうね、だいたいね…6時半くらいね」腕時計を見て言う柏木。「あ、じゃあ今コーヒー入れてもらってくるわね」
「ああ、どうも…」
まだ目が覚めきっていないのだろうか、先刻見た昔の光景が妙に脳裡に焼きついて離れない。
「…祐介…」
呟いて、ノートパソコンのディスプレイに目をやった。

「ふーん、それじゃあまだそのパスワードは解けてないってことね」
コーヒーカップ片手に言う柏木。
「うん…」ようやく目が覚めてきたらしい時哉。「この“君と約束した優しいあの場所を”って言うのが、俺と祐介の共通の故郷である絵取村って集落のことかと思って、何度もEtoriとかEtorimuraとか入れてみてんだけど…」
キーボードのE、T、O、R、Iを人差し指で順番にゆっくりと押し、最後にEnterキーを押す。しかし画面は、パスワード欄が空欄に戻った以外には何の変化もない。
「ハズレってことね…他に思い当たる言葉はない?」
「一晩かけて思い当たる言葉を片っ端から入れてみてはいるんだけど、全然さ」ため息をつく時哉。「これは多分、祐介が俺に残した最後のメッセージだと思うのさ。祐介は確か親父さんがパソコン関係の会社に働いてて、祐介自身もパソコンには詳しい筈だから…なのに、なんで…」
「まあ、まだ色々決まったわけじゃないし、ゆっくり考えてみたらいいんじゃない?」柏木はコーヒーカップを置き、コンビニのビニール袋を取り出して言う。「菓子パンあるけど、朝ご飯に食べる?」
「あ、すんません…」袋を受け取る時哉。「そう言えば、祐介の件で何か分かったさ?」
「ああ、それなら今警部たちが調べてて…」
「おう、起きたか時哉」
ドアが開く。惣史と祥一郎、知之と烈馬が入ってくる。
「なんだ、篁たちも捜査してたのさね」と時哉。
「やっぱりほら、羊谷君にはショッキングなことだったっスから…」知之が言う。「ゆうべから此処に居たって聞いて、僕らもガンバろうって思ったっス」
「そっか、ありがと」カレーパンを一口齧(かじ)る時哉。「で?何か分かったさ?」
「ああ」惣史が警察手帳片手に言う。「立川 祐介の死因は青酸カリ。死体の脇に転がってたペットボトルから同じ毒と立川の唾液が少量見つかったことから、あのペットボトルを飲んで死んだとみて良いだろう。死亡推定時刻は午後10時前後。そのノートパソコンに遺書らしき文書が残っていたこと、ボタンの取れた学ランが家にあり例のボタンについた指紋が立川のものと一致したこと、その他状況証拠から、立川が寺林・蛭田の両名を殺害し、罪悪感に駆られて自殺したと…」
「ちょ、ちょっと待つさっ!!祐介はそんな…」
「待つのはお前だ羊谷」祥一郎が言う。「今のはあくまで表面的にはそう見えるっつー話だよ」
「え?」
「ああ、そうだとすると不可解な点が幾つか出てくるんだ。例えばいつぞやの事件と同じだが、その毒物を入れてた容器が発見されていないこととか、その遺書がワープロ打ちな上に妙なパスワード欄があることとか…」と祥一郎。
「それに、烏丸 亮子(りょうこ)、死体発見時に一緒に居たあのチワワの主婦だが、彼女も妙な証言をしている」惣史が言う。「彼女は立川の家の前に住んでいるんだが、犬の散歩に出ようと10時過ぎに家を出た時、宅配便員風の人物が立川の家の前に居たと言うんだ。しかも、宅配便のトラックらしきものは近くに無い上に、その人物はドアを開けて家の中に入っていってしまったと」
「確かに妙な話さね…」コーヒーを飲み干す時哉。「俺達が行った時玄関の鍵は開いてたし、宅配便の荷物なんか見つかんなかったし…」
「霞警部は立川君の自殺っちゅうことで事件解決の方針らしいんやけど…」烈馬が眉をひそめて言う。「どうも俺らには、この事件にはまだ何かウラがあるんちゃうかと思えてしゃあないねん」
「そのへんをはっきりさせるためにも」立ち上がって言う柏木。「そのパソコンのパスワードのこと、突き止めなきゃいけないってわけね」
「…らしいさね」時哉は再びノートパソコンに向かう。「でも、一体このパスワードは何なのさ…?ぜってぇ絵取村のことだと思ったのに」
「ちょっとその文面見せてもらっていいか?」祥一郎が時哉の傍に移動する。「えー何ナニ…“立川 祐介から羊谷 時哉まで/君と約束した優しいあの場所を”か…」
「確かに羊谷君たちの故郷のことっぽいっスけど、違うんっスか?」
「ああ、ゆうべこれを見つけた時から何回もEtoriとか入力してんだけど、どうやらダメみたいさ」
「…なあ、羊谷」
「ん?何さ?」
「お前、古文の授業ちゃんと聞いてるか?」
「…は?」


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おまけ
ええと、前半は時哉の回想だったりして、なんでもないよーな第6話なんですが、ごろごろネタやら何やらが転がってます(笑)。
サザンが居たことは気づいたと思いますが、あと回想シーンに出てくるネコの名前は「恋ネコ」のよーじとも引っ掛けてるんですよ。
あと遺書の中には三枝夕夏 IN dbが居たりもしますしね。
ちなみに此処だけの話、回想シーンにはヒントも転がっています。よーく読んでね。

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