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Nostalgia

File7 Wirkliche Absicht 〜本当の想い〜
「古文の授業が、一体どうしたって言うのさ?」
「あー、なるほど」知之と烈馬は同時に、ひらめいた顔をした。
「え、分かってねえの俺だけさっ?!」
「羊谷君、十二支っちゅうんはな、方角を表したり、十干(じっかん)と合わせて年を表したり、色んなことが出来るもんなんや」と烈馬。
「そうなのさ?へー…で、それで?」
「で、十二支が表せるものの一つに、時刻があるんっスよ」知之が、机上のメモ用紙に図を描きながら言う。「最初の子(ね)の刻(こく)が午前0時前後2時間、次の丑の刻が午前2時前後2時間…っていう風に」干支と時刻の相関図
「あー、確かにこんな図どっかで見たことあるかも…」
「この文章の重要なところは二つあってな、一つは勿論“君と約束した優しいあの場所を”ってやつだ。これは絵取村のことを表していると見て間違いないだろう」と祥一郎。「もう一つはその前にある“立川 祐介から羊谷 時哉まで”ってくだりなんだよ。“羊谷 時哉へ”じゃなくて“羊谷 時哉まで”って書いてあるのがミソで、ここにお前らに該当する十二支を入れて読むと“辰から未(ひつじ)まで”になるよな」
「そ、そうか!」語調を荒げる時哉。「つまりこれは、辰の刻から未の刻まで、言い換えれば午前7時ごろから午後3時ごろまでを意味してたってことさね!」
「そういうこと」と祥一郎。「きっと、それ以外の時間にパスワードを入力すると、それがあってるかどうかに関係なく無効になるようになってんだ」
「それじゃあ、7時まで待って入力すれば…」
「あ、でも…」知之が携帯電話の時刻表示を見ながら言う。「もう7時1分っスよ?」
「え、いつの間に…?」と時哉。「まぁいいか、そんじゃ今ならパスワード入れていいってことさね」
「だな」
一同の視線がパソコンに注がれる。
「ええと…E、T…」ゆっくりとキーボードを打ち始める時哉。「O、R、Iっと…」
Enterキーが押されると、画面の文書は先程までの短く味気ないものからは一転して、とても長い文字列が現れた。
「これは、まさか…」
「祐介の…本当の遺書…」

時哉へ
キミがこれを読む時、ボクはもうこの世には居ないだろう。
キミに何も言わず、こんなことをしてしまって、本当にごめん。
本当はキミに言いたかったことがたくさんあったんだけど、どうしても言えなくて…
本当のことを書くね。

ボクは、寺林先輩に脅迫され、お金をとられていた。
彼の父親は、ボクの父さんの勤める会社の社長なんだ。それで、金をくれなきゃ父さんをクビにすると言って…
ずっとボクは彼に言われるがままにお金を渡していたんだけど、ついにあの日の昼休み、僕は…
寺林先輩をあの部屋にあった灰皿で殴って殺してしまったんだ。
本当はあの瞬間のことはよく覚えていない。でも確かに、ボクは寺林先輩を一回がつんと殴った。
急いで指紋とか消して教室に戻ったんだけど、すぐに彼の死体が見つかった。
野次馬に混ざって一応僕も見に行った。そうしたら、彼の死体の左目が潰れていた。
怖くなって逃げ出してトイレに駆け込んだ。あの時キミにドア越しに話しかけられた時、ちょっとだけホッとしたけど、とてもどきどきしていた。
誰が彼の左目を…そう思っていたあの日の夕方、電話がかかってきた。
左目を潰した者だ、そう名乗ってた。ボクが先輩を殺したことを、奴は気づいていた。
そして、バラされたくなければと脅され、ボクは言われるがままに蛭田って人を殺した。
そして今度は、ボクにこのペットボトルの水を10時までに飲めと…
多分この中には毒が入ってるんだ。ボクは自殺を強要された。
すごく迷った。キミはきっと、ボクのやったことに気づいているだろうから、本当のことを言って助かろうかとも思った。
だけど脅されたなんてことは誰も信じてくれないだろうし、キミにどう思われるのか怖かった。
だからボクは、これを飲んですべてを終わらせることに決めた。

時哉、本当にごめん。
一緒に絵取村に行く約束も、もう叶わない。
だからどうか、ボクのことを忘れないでいて欲しい。
こんなことをするボクだけど、どうか…

ありがとう、そして、さようなら。

立川 祐介

しばらく、誰も声を出せなかった。
「…これは、本当に…?」呟くように言う知之。
「あんなややこしいパスワード組まれとったんやから、嘘やとは思えへんけどな…」
「…くそっ!!」
机に、時哉の拳が一回強く叩きつけられる。そして、二度三度。
「とっ、時哉…?!」
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ…くそったれえええぇぇぇっっっ!!」
「羊谷君、落ち着いてっ…」
「俺の、俺の所為だ!俺がもっと早く気づいてたら…いや、俺はとっくに気づいてた。気づいてたのに…うわあああぁぁぁぁっっっっっ!!!」
机上のものを掻き回し、悶(もだ)えるように喚(わめ)く時哉。
と、その時。
「時哉、こっちを向け」
「……え」時哉が声の主の方を向こうとした瞬間、彼の頬に一発の拳が叩きつけられた。床に崩れる時哉。
「ちょ、羊谷警部っ?!」驚いて立ち上がる柏木。一瞬静まり返る部屋。
「…な、何だよ、オヤジ…」時哉は頬に手を当てながら立ち上がる。
「お前がそうやって自暴自棄になるのは勝手だがな…」拳の主、惣史は、時哉をまっすぐ見据えて言う。「そんなことを、死んだ立川が望んでるとでも思うのか」
「……!!」時哉の眼が一瞬見開いた。
「彼は、お前になら分かるパスワードを使って、お前にだけ宛てた遺書を遺したんだ。それだけお前を想っていたってことに気づかない程、お前を愚かな男に育てた覚えはねえぞ」
「……」うつむいたままの時哉。
「それに、この部屋そんな荒らされても困るしな」煙草を取り出し火をつける惣史。「証拠品のパソコンもあることだしよ」
「…ごめん」零れるような声で言う時哉。
「…さ・て・と」場違いな程明るい口調で言う烈馬。「ほんならまあ、立川君の弔(とむら)い代わりっちゅうわけでもないけど、捜査の方やっていきましょか」
「そうっスよ、そういうのは羊谷君には似合わないっスもん」微笑んで言う知之。
「…ま、そういうこった」ぼそりと言う祥一郎。
「みんな…」時哉は顔を上げて言う。「そうさね、此処でぐずぐずしてたら、祐介に笑われちまうさ。アイツのためにも、この事件、ぜってー解決してやるさっ!!」
「そうそうその意気だよ」ご機嫌な表情で言う柏木。
暗い雰囲気に落ち込んだ部屋が、一変笑顔で歓声に包まれ始めた。
「オヤジ」時哉がふと、惣史の方を向いた。
「何だ?」
「…ありがと」爽やかな程の笑顔で言う時哉。「先刻の一発、効いたさ」
「……」煙草の煙を吐き出す惣史。「さあな、何のことだか」
時哉は、ふっと笑った。「…オヤジらしいさ」

携帯電話の着信音が鳴る。制服のボタンをとめる手を、そちらに向ける。
ディスプレイには「朝霞 純也」の文字。
「もしもし…」
「あ、池上先輩。朝霞ですけど」
「何ですか?」
「今日って、練習あるんですか…?あ、いや、ぼくは行けるんですけど…」
電話の向こうの声は不安そうだった。
「そうですね…蛭田のこともありますし、今日は日曜ですし、期末試験も近いですし、休みにしても構わないんですけど…とりあえず僕は行きますよ」
「わかりました、んじゃイノッチとかにも伝えておきます」
「まぁ、来れる人だけでいいですけどね。岡村先生は多分来ませんし。よろしくお願いします」
「はい、それじゃあ学校で」
電話を切ると、思わずため息が一つ出た。
「蛭田、か…」


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おまけ
このシーン書いてる時は、僕自身もなんか気分が落ち込みそうになりましたね(苦笑)。
他人のだし小説のだしと言っても遺書は遺書だし。むう。
さて、第7話になってよーやく容疑者の一人の池上先輩が顔を出しました。遅っ(爆)

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