Nostalgia
File7 Wirkliche Absicht 〜本当の想い〜時哉へ
ボクは、寺林先輩に脅迫され、お金をとられていた。
時哉、本当にごめん。
ありがとう、そして、さようなら。
キミがこれを読む時、ボクはもうこの世には居ないだろう。
キミに何も言わず、こんなことをしてしまって、本当にごめん。
本当はキミに言いたかったことがたくさんあったんだけど、どうしても言えなくて…
本当のことを書くね。
彼の父親は、ボクの父さんの勤める会社の社長なんだ。それで、金をくれなきゃ父さんをクビにすると言って…
ずっとボクは彼に言われるがままにお金を渡していたんだけど、ついにあの日の昼休み、僕は…
寺林先輩をあの部屋にあった灰皿で殴って殺してしまったんだ。
本当はあの瞬間のことはよく覚えていない。でも確かに、ボクは寺林先輩を一回がつんと殴った。
急いで指紋とか消して教室に戻ったんだけど、すぐに彼の死体が見つかった。
野次馬に混ざって一応僕も見に行った。そうしたら、彼の死体の左目が潰れていた。
怖くなって逃げ出してトイレに駆け込んだ。あの時キミにドア越しに話しかけられた時、ちょっとだけホッとしたけど、とてもどきどきしていた。
誰が彼の左目を…そう思っていたあの日の夕方、電話がかかってきた。
左目を潰した者だ、そう名乗ってた。ボクが先輩を殺したことを、奴は気づいていた。
そして、バラされたくなければと脅され、ボクは言われるがままに蛭田って人を殺した。
そして今度は、ボクにこのペットボトルの水を10時までに飲めと…
多分この中には毒が入ってるんだ。ボクは自殺を強要された。
すごく迷った。キミはきっと、ボクのやったことに気づいているだろうから、本当のことを言って助かろうかとも思った。
だけど脅されたなんてことは誰も信じてくれないだろうし、キミにどう思われるのか怖かった。
だからボクは、これを飲んですべてを終わらせることに決めた。
一緒に絵取村に行く約束も、もう叶わない。
だからどうか、ボクのことを忘れないでいて欲しい。
こんなことをするボクだけど、どうか…
しばらく、誰も声を出せなかった。
「…これは、本当に…?」呟くように言う知之。
「あんなややこしいパスワード組まれとったんやから、嘘やとは思えへんけどな…」
「…くそっ!!」
机に、時哉の拳が一回強く叩きつけられる。そして、二度三度。
「とっ、時哉…?!」
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ…くそったれえええぇぇぇっっっ!!」
「羊谷君、落ち着いてっ…」
「俺の、俺の所為だ!俺がもっと早く気づいてたら…いや、俺はとっくに気づいてた。気づいてたのに…うわあああぁぁぁぁっっっっっ!!!」
机上のものを掻き回し、悶(もだ)えるように喚(わめ)く時哉。
と、その時。
「時哉、こっちを向け」
「……え」時哉が声の主の方を向こうとした瞬間、彼の頬に一発の拳が叩きつけられた。床に崩れる時哉。
「ちょ、羊谷警部っ?!」驚いて立ち上がる柏木。一瞬静まり返る部屋。
「…な、何だよ、オヤジ…」時哉は頬に手を当てながら立ち上がる。
「お前がそうやって自暴自棄になるのは勝手だがな…」拳の主、惣史は、時哉をまっすぐ見据えて言う。「そんなことを、死んだ立川が望んでるとでも思うのか」
「……!!」時哉の眼が一瞬見開いた。
「彼は、お前になら分かるパスワードを使って、お前にだけ宛てた遺書を遺したんだ。それだけお前を想っていたってことに気づかない程、お前を愚かな男に育てた覚えはねえぞ」
「……」うつむいたままの時哉。
「それに、この部屋そんな荒らされても困るしな」煙草を取り出し火をつける惣史。「証拠品のパソコンもあることだしよ」
「…ごめん」零れるような声で言う時哉。
「…さ・て・と」場違いな程明るい口調で言う烈馬。「ほんならまあ、立川君の弔(とむら)い代わりっちゅうわけでもないけど、捜査の方やっていきましょか」
「そうっスよ、そういうのは羊谷君には似合わないっスもん」微笑んで言う知之。
「…ま、そういうこった」ぼそりと言う祥一郎。
「みんな…」時哉は顔を上げて言う。「そうさね、此処でぐずぐずしてたら、祐介に笑われちまうさ。アイツのためにも、この事件、ぜってー解決してやるさっ!!」
「そうそうその意気だよ」ご機嫌な表情で言う柏木。
暗い雰囲気に落ち込んだ部屋が、一変笑顔で歓声に包まれ始めた。
「オヤジ」時哉がふと、惣史の方を向いた。
「何だ?」
「…ありがと」爽やかな程の笑顔で言う時哉。「先刻の一発、効いたさ」
「……」煙草の煙を吐き出す惣史。「さあな、何のことだか」
時哉は、ふっと笑った。「…オヤジらしいさ」
携帯電話の着信音が鳴る。制服のボタンをとめる手を、そちらに向ける。
ディスプレイには「朝霞 純也」の文字。
「もしもし…」
「あ、池上先輩。朝霞ですけど」
「何ですか?」
「今日って、練習あるんですか…?あ、いや、ぼくは行けるんですけど…」
電話の向こうの声は不安そうだった。
「そうですね…蛭田のこともありますし、今日は日曜ですし、期末試験も近いですし、休みにしても構わないんですけど…とりあえず僕は行きますよ」
「わかりました、んじゃイノッチとかにも伝えておきます」
「まぁ、来れる人だけでいいですけどね。岡村先生は多分来ませんし。よろしくお願いします」
「はい、それじゃあ学校で」
電話を切ると、思わずため息が一つ出た。
「蛭田、か…」