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終わらない明日へ

File1 ignited -イグナイテッド-
「いいわね〜、じゃあ今度はちょっとうつむいてみよっか〜w」
眩暈がしそうなほど煌めくカメラのフラッシュ。
テンションを上げるカメラマンが煽るように放つ声。
そしてその真っ只中でポーズをとる、若い2人の青年たち。
「…なぁ、羊谷君、おれ達なんでこんなことしとるんやったっけ…?」
「…さぁ…」
二人はなるべく表情を崩さないように小さく言った。

話は1時間程前に遡る。
「はー…それにしても、マクラと篁の誕生日プレゼントなんてどうしたらいいか悩むさねぇ」
日曜で混み合った駅前のアーケードを、あちこちぶらつきながら言う時哉。着古した白シャツにチェーンのついたネクタイを締め、チェック柄のボンテージパンツを履き、シルバーのネックレスや指輪やブレスレットをまとった姿は、同伴している烈馬から見れば“じゃらじゃらしててめんどそうやなぁ”という感想を抱くものだった。
「まぁ確かに、篁君のほうはどうしたらええんか分からへんよな…麻倉君のほうは何となしに選べそうやけど」
そんな烈馬は水色のワイシャツにカーキのパンツという、いたってラフだが洗練された雰囲気のファッションをしている。アクセサリーは何もつけていない。
「篁は何考えてんのか分かんねえし、本とか選んでも既に持ってたり読んでたりする可能性あるし…あーっ、何であんなキャラの違う2人が誕生日一緒なんさ!」
「気持ちは分からんでもないけど、そこにあたってもしゃあないやろ…」
苦笑いをして言う烈馬。ちなみに知之と祥一郎が双子であるという事実を彼らは知らない。と、その時、2人の背後から声がする。
「ねえ、あなた達、ちょっと時間いいかな?」
「え?」
2人が振り向くと、そこには中年女性が1人立っていた。中年と言えど肌つやもよく、高級そうなブランドものに身をまとった姿はなかなかに若々しい。
「あ、えっと…」戸惑いながらも答える烈馬。「何の勧誘ですか…?」
「あ、別にそんな怪しい話じゃなくてね」女は懐から名刺を取り出して言う。「私はこういう者なんだけど」
「んー…『ストライク・プロダクション社長 種村 命』…?」名刺を受け取りながら言う時哉。
「ストライク・プロダクション言うたら、寺須 黎(てらす・れい)とか原村 風雅(はらむら・ふうが)とかのモデルが所属しとる芸能事務所ですよね?」
「ええ、よくご存知ね」種村は微笑んで言う。
「あ、彼女が買うてる雑誌を時々見たりするんで…」
「ふーん…で?その芸能プロの社長さんが俺らに何の用さ?」依然訝しげな表情の時哉。
「ああ、そうだったわね」2人の目をしっかり見ながら種村は言う。「あなた達、雑誌に出てみない?」
「…は?」時哉と烈馬は途端に揃ってきょとんとする。
「えっとね、うちが出資して発行してる“フリーダム”っていう雑誌があるんだけど、その雑誌の中で、街角で見つけたイケてる男の子の写真を掲載するコーナーがあってね。そこに、あなた達にも出てもらおうかなと思って」
「え、おれ達ってイケてたんですか…?」更に驚いた表情の烈馬。
「俺はともかく矢吹は隠れイケメンだからさー」
「隠れイケメン?おれが??」
「自覚ゼロみたいだけど、こないだ入学した女子達からもう羨望の眼差し受けてるさ」時哉は笑って言う。「“ねえねえ、あの矢吹ってセンパイ、イケメンだし頭いいしスポーツできるし、次期生徒会長らしいよお。カッコいいよねぇ”ってw」
「…そ、うなん…?」烈馬は急にどぎまぎしながら尋ねる。
「ま、そんなワケだから、もしあなた達が良かったら撮らせてもらいたいんだ。撮影料とかも出すし、時間あったらこの後うちの会社まで来てもらえないかな?」
「んー、まぁ俺は別にいいっすけど…矢吹は?」時哉はそう言いつつ烈馬の方を向く。
「お、おれが、イケメン…??」烈馬はショーウィンドウに映った自分の顔をまじまじと不審そうに見つめていた。「どこが…?」
「あ、じゃあ2人で行くさ」錯乱している烈馬を無視して、時哉は種村に告げた。

「はい、2人ともお疲れ様〜w」
撮影用の部屋から出てくる烈馬と時哉と、ガタイのいい男性カメラマン。女言葉を使ってはいるが、彼は大和田 昶というれっきとした男である。
「いや〜、最近撮ったシロートの男の子の中じゃ、かなりイイ感じだったわよw」
「あ、ども…ありがとうございます…」苦笑いをして言う烈馬。イケメン呼ばわりされるのがまだしっくり来ないらしい。
「それじゃあアタシ、ちょっと現像して見せてあげるわね。今撮った写真見てみたいでしょ?」
「え?此処で現像できるさ?」時哉が尋ねる。「てゆうか俺、今時こういうのって全部デジタルの使ってんのかと思ってたさ」
「アタシはアナログ派なの。だから昨年このビルに事務所が移転した時もわざわざビルの中に現像室を作ってもらったくらいだしね」そう言うと大和田は、ふと廊下の遠くを見渡す。「あっ、飛鳥ちゃん!ちょっと来て〜」
「え、あ、はい」廊下の向こうに居た若い女性が、3人の元に近付いてくる。「どうしました、大和田さん?」
「今って社長アノ時間よね?」
「ええ…社長室にいらっしゃいますけど…」
「じゃあ悪いんだけどさ、アタシ今からちょっと現像するから、この子たちに事務所の中あれこれ見せてあげてよ。社長が連れてきた子たちなんだけどさ」
「あ、はい、分かりました」飛鳥と呼ばれた女性は真面目そうに答えると、2人の方に向いて言う。「あ、わたしは社長の付き人をさせてもらってる新條 飛鳥と申します。よろしくお願いします」
「あ、ども…」
「それじゃあ飛鳥ちゃん、あとは頼んだわね〜w」大和田は廊下を歩いて行ってしまった。

「ほな、このビルは2階から4階まで全部『ストライク』のもんなんですか」
3階の廊下を3人で歩きながら言う烈馬。
「はい。2階には事務室や控え室、4階には暗室や社長室、そしてこの3階には撮影室や音楽練習室があるんです」
「音楽練習室もあるんさ?へー、いいなぁ」
「あ、でも移転してきた時に簡単な防音を施しただけですし…」飛鳥はふと窓の外を見ながら苦笑して言う。「今日は日曜だからやってないですけど、最近は隣でビルの建設工事が始まっちゃったのであんまり使えないんですよ」
「あー、ホンマですね」烈馬も窓の外を見る。「でも、モデル事務所やのになんで音楽練習室が?」
「あ、それはですね…」廊下に貼ってあったポスターを指差して言う飛鳥。「今度、うちの事務所から音楽グループを売り出すことになったんですよ。まぁ元々社長は音楽関係の仕事もしたかったみたいなんですけどね」
「へぇー、“アースエンジェル”ってゆうんさね」時哉は女性3人が写ったポスターをしげしげと眺めつつ言う。「ん?この左の人どっかで見たことあるような気が…」
「3人とも、元はうちの事務所でモデルをやってたんですよ」と飛鳥。「だからテレビや雑誌で見た事があるかも知れませんね」
「あーホンマや、これ現役高校生モデルの高槻 マリアやし…こっちはこないだドラマ出とった加賀美 明日葉やん」
「ホントになんでも詳しいさね矢吹は…」
「あ、ちょうど今3人ともこの事務所に来てますから、もしよかったら会ってみますか?」
「えっ、いいんですか?」
「ええ、3人とも夜のラジオ収録まで時間空いてる筈ですし…2階の控え室に居ると思いますんで、こちらへどうぞ」
時哉と烈馬は飛鳥に言われるがまま、階段を下りていった。

「うわー…目の前に有名人がおる…」
烈馬は思わず呆然としてしまった。
3時15分。此処はビルの2階にある控え室。2人の(素人の)高校生の前には、“アースエンジェル”の3人が私服姿で座っている。
「へぇー、相変わらず社長ってば、いい感じのイケメン連れてくるじゃーん☆」3人の中で一番若い雰囲気をもった、金髪をツインテールにした女が2人に近寄って言う。「あっ、知ってるかもだけど高槻 マリアって言いますっ。よろしくねっ☆」
「え、あ、ど、どうも…」
「ちょっとマリア、しゃしゃりすぎだよ」ショートカットの茶髪の女はそう言うと、笑って2人に握手する。「あたしは木皿 あすら。よろしくー」
「しゃしゃってないよー、ナチュラルハイなだけだもんっ」
「あすらも十分しゃしゃってると思うけど?」少しウェーブした黒い長髪の女は、立ち上がらないままで言う。「あ、私は加賀美 明日葉。よろしく」
「へー、なんかすっげえなぁ」時哉は興奮した様子で言う。「なんか、俺らまで有名人になったみたいさ」
「ホンマやなぁ…不思議な気分や」烈馬はまだ少しぼうっとした感じだ。
「折角なんだしさ、そんなとこで突っ立ってないでマリアたちとお話しましょ☆」マリアが2人を強引に椅子に座らせる。「どうせ大和田サンの現像が終わるまで暇なんでしょ?」
「んじゃお邪魔させてもらうさー」
「あ、そう言えば飛鳥」明日葉が言う。「なんか事務室の飛鳥の机の上に、ファックスしといて欲しいって紙が置いてあったわよ」
「あ、そうなんですか?」飛鳥はそう言うと、部屋の片隅に置いた鞄から手帳と財布を取り出して言う。「それじゃあわたし、ちょっとコンビニまで行ってきますね」
「え、事務所にファックスくらいあるんと…」不思議そうに言う烈馬。
「ああ、最近ファックス調子悪いんですよ。だからファックス使う時は正面のコンビニのを使わせてもらってるんです」
「あ、コンビニ行くんだったらさ、プリン買ってきてよ」あすらは飛鳥に小銭を渡しながら言う。「いつものおっきいやつ」
「分かりました。じゃあ行ってきますね」小銭を受け取った飛鳥は、そそくさと部屋を出て行った。
「もお、そんなにおやつ食べてたら太っちゃうよー?」マリアがあすらに不満げに言う。
「いいのいいの、あたし食べても太らないタイプだから」
「そういうこと言ってられるのも今のうちよ?」明日葉はポーチを手に取ると、椅子から立ち上がる。「ハタチ過ぎたら色々気を使わなきゃいけないんだから」
「そんなこと言っといて、またタバコ吸いに行くんでしょう?」とあすら。「そっちの方がだいぶ身体に悪いと思いますけど」
「これは精神安定剤(クスリ)みたいなもんよ。じゃ、すぐ戻るから」そう言うと明日葉も、控え室を出て行く。
「…もしかして、明日葉さんだけちょっと年上なんさ?」時哉が少し声を潜めて尋ねる。
「てゆうか3人ともトシばらばらなんだよねー」とマリア。「明日葉さんが24で、あすらちゃんがハタチ。んでマリアはぴっちぴちの17歳だよ☆」
「へー、ほなおれ達とあんま変わらへんっちゅうことですね」烈馬が言う。「ちなみに飛鳥さんも割と若そうやったけど、彼女はお幾つなんですか?」
「飛鳥は確か19かな。あたしの1個下だった筈だから」あすらはちょっと微笑んで言う。「てかもしかしてキミ、飛鳥のこと気になってたりするわけ?」
「え、いや、そういうわけやなくて…」
「そうそう、そんなことないって」すっかり打ち解けた雰囲気の時哉は、小指を立てて言う。「矢吹にはちゃーんとコレが居るんだからさ」
「えーっ、彼女居るんだあ、マリアショック〜」甘い声で残念そうに言うマリア。「マリア、ちょっぴり狙ってたのにぃ」
「もう、相変わらずイケメンには目がないんだから…」

3時30分。
「あれっ、やだ、ストッキング伝線してるじゃない」あすらはふと、自分の足下に目をやって言う。
「あちゃー、ホントだねえ」マリアもあすらの足を見て言う。「でもロングスカートだったらバレないと思うよ?」
「いやよ、伝線したまま履いてるなんて気持ち悪いじゃない」
「飛鳥さんに電話して買ってきてもらえばいいさ」と時哉。「まだコンビニに居るかも…」
「そうね、じゃあちょっと電話して…」デコレーションの煌めく携帯電話を手に取るあすら。
「電話しても無駄じゃない?」丁度その時部屋に戻ってきた明日葉が、ドアを閉めながら言う。「飛鳥のことだから、どうせこの鞄の中にケータイ入れたまま出てってるわよ」
「え?まっさかー…」あすらもドアの近くに行き、飛鳥の鞄の中を探る。「あ、ホントだ、ケータイ入ってる…」
「随分飛鳥さんと親しいんですね」烈馬が明日葉に言う。
「そうだよー、明日葉さんと飛鳥ちゃんってきょうだいみたいに仲良しなんだもんねー」とマリア。
「まあ、ね…」明日葉は先程まで自分が座っていた椅子に戻る。「明日も飛鳥の部屋でパーティでもしようかと思ってるし」
「仕方ないなぁ、じゃああたしちょっと行ってくるわ」あすらは自分の財布と携帯電話を手に取る。「あのコンビニだったらストッキングくらいあるわよね?」
「えー、びみょくなあい?」マリアが言う。「一応駅前まで行ったほうがいいんじゃん?」
「そうかなぁ…じゃあとりあえず行ってくるわ」あすらは駆け足で控え室を出て行った。

3時45分。
「すみません、遅くなっちゃいました」息を切らして控え室に入ってくる飛鳥。「…って、あれ?あすらさんは?マリアさんも…」
「あすらさんやったら、先刻(さっき)ストッキングが伝線してもうた言うて買いに行きましたよ」と烈馬。「マリアさんはたった今トイレに」
「そうですか…じゃあとりあえずこれは此処に置いときますね」飛鳥はテーブルの上にコンビニのレジ袋を置く。中には大きなプリンとプラスチックのスプーンが見える。
「全く…外に出るんだったらケータイくらい持ってでなさいよ」明日葉が言う。
「あれっ、またわたし忘れてました?!」飛鳥はドアの傍に置かれた鞄を見る。「あー、ホントだ、すみません…」
と、その時再びドアが開く。大和田がマリアと談笑しながら入ってくる。
「あ、カメラマンさんさ」と時哉。「現像出来たんさ?」
「ええ、お待たせ」少し疲れたような表情で大和田は言う。「けっこうよく撮れてるわよ〜w」
「うんっ、マリアも今そこで見せてもらったけど、すっごいカッコよかったよー☆」そう言うとマリアは、手に持っていた写真を烈馬と時哉に見せる。
「わー、ホントさ、まるで別人みたいさね」写真をまじまじと見ながら言う時哉。「ありがとうさ、大和田さん」
「え、でもこの写真もらってしもてええんですか?」烈馬が尋ねる。
「ええ、一度現像してしまえば後は幾らでもいいしね」と大和田。「何だったらもう2、3枚あげられるわよ」
「彼女さんにあげたら喜びますよお?」マリアは嬉々として烈馬に言う。
「いや、いらんやろこんなの…」顔を赤くしてつぶやく烈馬。
「何恥ずかしがってんのさ」時哉は笑って言う。「雑誌が出たら日本中の人に見られるんだぞ?」
「えっ…あっ!そ、そうやった…」余計に恥ずかしがる烈馬。
「最初に話受けた時点で分かってたんじゃなかったの?」明日葉がツッコむ。
「さて…じゃあ社長んとこに見せに行きましょうか」と大和田。「飛鳥ちゃん、そろそろアレ終わってるわよね?」
「そうですね、もう大丈夫だと思います」飛鳥は腕時計を見て言う。「もう4時前なんで」
「ん?社長さん何か用事でもしてるんさ?」時哉は怪訝そうに言う。
「いえ、そうではないんですけど…」飛鳥は遠慮がちに言う。「社長はその、競馬が好きなので…」
「け、競馬??」
「社長は毎週日曜の3時から1時間は社長室に閉じこもって競馬番組に見入ってるの」と明日葉。「その間は社長に話し掛けるだけでも怒鳴られるのよ」
「色々こだわりのあるひとだからねえ、あの人は」マリアが言う。「社長はハーブも大好きだから、社長室にはハーブの鉢植えもたくさん置いてあるんだよ」
「折角だからアナタたちも社長室までついて来る?」大和田のその言葉で、2人は4階の社長室に行くこととなった。

「社長?社長?」社長室のドアを叩きながら言う大和田。「ちょっと、居るんでしょう?」
「おかしいですね…テレビの音も聞こえますし、時間的にはまだ居る筈なんですけど…」腕時計を見て言う飛鳥。「まさか中で寝てたりするんじゃ…」
「…なんか、嫌な予感がするのは俺だけさ…?」時哉が烈馬に囁く。
「いや…」烈馬も真剣な顔つきで言う。「大和田さん、入ってみましょう。中で何か起きとるかも知れへんから」
「そ、そうね…」烈馬の物言いに圧倒されたのか、大和田は言われるがままドアノブをひねる。「鍵は、開いてるわね…」
ゆっくりと開いたドアの向こうには、大きな机があり、その上に置かれた小型のテレビがコマーシャルを大音量で響かせていた。そして…
「おいっ、あの机の下に見えんの、血じゃないさ?!」
「まさか…っ!!」
烈馬と時哉は机の向こう側に駆け寄る。そして、顔が蒼褪める。
「た、種村さん…」
「…死んどるな…」
二人が目にしたのは、机に背を向ける形で血の海に斃れている種村 命の変わり果てた姿だった。


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おまけ
せっかく前回「新章突入!!」みたいな感じの入りしといて、あんまり変わり映えしない感じでごめんなさい(苦笑)。
今回は烈馬&時哉がメインのお話です。一応知之&祥一郎の誕生日話ではあるんですが。
てゆうか今回のゲストキャラは女性ばっかしですな。
唯一の男性である大和田さんもあんなだし(笑)。
そしてなんだかんだでえらく久々の「殺人事件」でございます。
最近は暗号の話や簡単なトリック当ての話ばっかで、なかなか人が死ななかったものですから(笑)。
事件のヒントも、あるシカケへの布石もいっぱい散りばめております。よーく踏まえて第2話へどうぞw

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