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終わらない明日へ

File2 FIND THE WAY
「被害者はこの“ストライク・プロモーション”の社長である種村 命さん、46歳」通報によって駆けつけた勝呂刑事が、警察手帳を片手に言う。「直接の死因は、カッターのようなもので頚動脈を切られたことによる失血死ですが、後頭部に鈍器のようなもので殴られた跡もあります」
「一旦殴って気を失わせてから、首を切って殺したってことね…」柏木刑事が机の上を見ながら言う。「殴ったほうの凶器は、この机に置かれた灰皿と見て間違いないでしょうね。少し血も付いてるようだし」
「それで?その第一発見者は…」羊谷警部が言う。「何故か部外者のお前らだったわけか」
「たまたまその種村さんにスカウトされて此処で撮影してただけさ」その息子、時哉が不平そうに言う。「自分の子どもを疫病神みたいな目で見るのはやめるさ」
「まぁ、別にいいけどな…」と羊谷。「で?死体を発見した時の状況は?」
「撮影してもらった写真の現像が出来たからその報告をっつって、カメラマンの大和田さんと種村さんの付き人の飛鳥さん、それから矢吹と俺の4人でこの社長室まで来たんさ。で、幾らノックしても返事がねえからおかしいと思って、ドアを開けたら机の陰から血が見えたからこっち側に廻ってみたら、種村さんが死んでたってわけさ」
「それじゃあ、被害者を最後に見たのはあなた達?」柏木が尋ねる。
「撮影の前に別れたから大体3時前やったと思うけど、それが最後やったかどうかは分かりかねます」烈馬が答える。「まぁでも、種村さんは3時からずっとこの部屋に閉じこもっとったらしいから、多分そうやと思います」
「閉じこもってた?」
「種村さんは3時からの競馬番組をこの部屋で見てたらしくて、その間は誰も部屋に入れなかったらしいさ」時哉が言う。「ま、テレビの音量がバカでかかったから、誰かがこっそり入っても気付かれなかったと思うけど」
「あ、テレビは警察が来る前に消してしもたけど、他は死体発見時のままにしてますんで」烈馬が付け足す。
「確かに亡くなってからあまり時間は経ってなくて、死亡推定時刻も3時から4時の間くらいのようですね」勝呂が言う。「…あれ?お師匠様、これ…」
「ん?何だ?」
「被害者の手に、何かが握られているみたいなんですけど…」そう言うと勝呂は、死体の握り締められた手をなんとか開ける。「これは…木の葉?」
「…のようだな。この部屋には観葉植物がたくさん置かれているようだし」羊谷がその葉を手にして言う。「もしかしたら、被害者が何かメッセージを伝えようとしたのかも知れないが…」
「とりあえず、事件のあった時このビルに居た人たちに話を伺いましょうか」と柏木。「先程話に出た大和田さんや新條さんを含めて全員、2階の控え室に集めてありますから」

「え?3時から4時まで何処に居たかですって?」
2階の控え室で、大和田が不満げに声を上げる。
「えーっ、それってマリアたちを疑ってるってことですかー?!」マリアも機嫌の悪そうに言う。
「念のためですよ、念のため」と羊谷。
「そうね…特にやましいこともないなら素直に答えればいいんじゃない?」明日葉が言う。「私は2時くらいからずっと、“アースエンジェル”のみんなでこの控え室に居たわよ。一度煙草を吸うために3階の喫煙スペースに行ったけど」
「あ、“アースエンジェル”?」きょとんとする勝呂。
「ああ、明日葉さんとマリアさんとあすらさんの3人による音楽ユニットさ」時哉が説明する。「今度この事務所からデビューすることになってんのさ」
「ふーん…煙草を吸いに出たというのはいつ頃でした?」
「あれは確か…3時20分頃から10分くらいだったかしら。飛鳥がコンビニに行ったすぐ後だったのは確かよ」
「新條さんはコンビニに行かれたんですか?」
「あ、はい…ファックスを使う用事があったのと、あすらさんにプリンを頼まれたので…確か3時15分くらいからだったかと…」と飛鳥。「ちょっとトラブってしまって、30分くらいかかってしまったんですけど…」
「あー、確かにテーブルの上にプリンがありますね」と勝呂。「買ってきてもらったのに、木皿さんは食べなかったんですか?」
「あ、それがあたし、飛鳥がコンビニに行ったあと事務所から出てたんですよ」あすらが言う。「ちょっとストッキングが伝線してたから、駅前のお店まで買いに…帰ってきたのが4時前で、その頃には何かどたばたしてたからそのままだったんです。まさか社長が死んでたなんて思わなかったけど…」
「なるほど…高槻さんは?」
「マリアもずっとこの部屋に居たけど…あ、違う、あすらちゃんが出てった後にちょっとトイレに行ったんだった。3時40分くらいだったかなぁ」とマリア。「で、トイレから戻る途中に大和田サンとばったり会って、そのまま大和田サンと此処に戻ってきたんだよ」
「大和田さんはどうしてこの部屋に?」
「だから、現像出来た写真を2人に渡すためよ」大和田はまだ嫌そうな顔で言う。「アタシは撮影の終わった3時ごろからずっと暗室で現像してて、それが出来て2人を探してたらマリアに会って、2人が控え室に居るって聞いたからマリアについて来たのよ」
「暗室って…確か4階の社長室の向かいでしたよね?」勝呂が言う。
「何よソレ、アタシを疑ってんの?」勝呂に詰め寄る大和田。「言っとくけどね、現像してる間は暗室のドア開けられないんだから。もしアタシが社長を殺しに行ってたら、あんなに奇麗に現像できてない筈よ」
「わ、分かりました…」怯えた表情で声を絞り出す勝呂。
「ま、とりあえず」時哉が言う。「俺と矢吹は撮影が終わってからずっとこの部屋に居たけど、5人の証言は大体間違ってない筈さ。矛盾するとこもなさそうだし」
「警部、1階の警備室に居た楠原(くすはら)さんに話を聞いてきました」控え室に入ってくる柏木。「2時半頃に時哉君、烈馬君と一緒に種村さんが帰ってきて以降にこのビルに出入りしたのは、新條さんと木皿さんだけだったようです。警備室のある正面玄関以外の出入り口は日曜なので施錠されていたらしく、窓は四方向にありますが人が出入りできる大きさのものはないので、他に人の出入りはなかったものと」
「そうか…ということは、だ」と羊谷。「やはり種村さんを殺害したのは、この中の誰かだと見て、まず間違いなさそうだな」
「そ、そんな…」思わず声を出す飛鳥。
「ほな、凶器が見つかれば誰が犯人か分かるんちゃいます?」烈馬が言う。「種村さんの頚動脈を切り裂いた凶器はまだ見つかってへんのでしたよね?」
「そうさね、全ての部屋を捜索して、持ち物検査や身体検査まですれば、すぐ見つかるんじゃねえさ?」
「言われなくてもそうするつもりだっつうの」羊谷は少しイラっとした声で言った。

「うーん…差しあたっての手がかりは、この葉っぱだけかー…」
捜索のあいだ、時哉と烈馬は2階の廊下で待機している。証拠品として小さなビニール袋に入れられた例の葉を、時哉は何となく中空に翳して見る。濃い緑色の大きい葉には、ノコギリ状のぎざぎざがついている。
「状況から見て、種村さんが今わの際に何かを意図して握ったもんか、単に苦し紛れに握っただけのもんなんか、或いは他の誰かが握らせたもんか…っちゅうとこやなぁ」烈馬が言う。「せめて、こいつの名前さえ分かれば何とかなるんやろけど…」
「社長室の鉢植えには、名札とかついてなかったもんなー…社長は全部名前覚えてたってことさね」時哉は諦め顔で言う。「誰かハーブに詳しい人とか居ねえさ?」
「あれ、そう言えば確か…」と烈馬が言いかけた時、2人の視界の外から声がした。
「アンジェリカ・ケイスケイよ」
「へ?」2人は声のした方を向いた。そこには、明日葉とあすらの姿があった。
「その葉の名前知りたいんでしょ?」先程の声の主は明日葉だったようだ。「それはアンジェリカ・ケイスケイ。健康食品にも用いられるセリ科のハーブよ」
「へえ、明日葉さんもハーブに詳しいんさね」
「ええ、社長の影響でね。流石にあそこまで育ててはいないけど」
「それよりその葉っぱなあに?」あすらが言う。「もしかして証拠品か何か?」
「あ、いや、まぁ…」はぐらかす烈馬。「と、ところで2人は、身体検査とかは…」
「終わったわよ、まさかまだちょっと寒いこの時期に素っ裸にされるとは思わなかったわ」明日葉はポーチを見せて言う。「だからちょっと一服してこようかと思ってね」
「あすらさんもさ?」
「あたしは吸わないけど、1人で居るのもなんだし、明日葉さんと話してようかなと思って。今飛鳥とマリアが検査受けてるところだから」
「ふーん…あ、そう言えばちょっと気になってたんだけどさ」時哉が葉っぱを仕舞いながら言う。「あすらさんと明日葉さんって名前似てるけど、どっちか芸名とかだったりするんさ?」
「私は本名だけど…」と明日葉。「あすらも本名なんだっけ?」
「そうだよ。苗字も名前も滅多に居ないからよく聞かれるんだよね」
「親御さんがつけたんですか?」烈馬が何気なく尋ねる。
「ええ…」ふっと、あすらの目の色が変わる。「…“阿修羅”にちなんで、ね」
「えっ…」時哉と烈馬は、一抹の恐怖を感じた。
「…なーんてね」あすらの表情は、もとのそれに戻っていた。「じゃ、またあとでね」
そう言うとあすらと明日葉は、エレベーターに入っていってしまった。
「…何やったんや、今の…ん?」ふと烈馬は、目の前に貼ってある“アースエンジェル”のポスターに目をやった。“CD予約受付中”の文字も書かれている。「なんや、このポスターの下に日焼けの跡ついてんで…?」
「あー、ホントさね」時哉もそれを覗き込む。貼ってあるポスターの後ろに、同じサイズのポスターが貼ってあった跡がうっすらと残っている。「最近貼りかえたみたいさ」
「…あ、そうや」ポスターを見ながら烈馬が言う。「おれ、誕生日プレゼント思いついた」
「え?」
時哉が聞き返そうとしたその刹那、捜査員の1人が2階に降りてきた。
「羊谷警部!社長室で血の付いたレインコートと手袋が!」
「何?!」
羊谷は捜査員に続いて社長室に向かった。

レインコートとビニール手袋は、社長室のクローゼットの中から見つかった。
「血まみれだな…返り血をそうとう浴びたってことだな」羊谷はクローゼットの中を覗きこみながら言う。「ということは犯人の身体や服には血はついてないだろうし、手袋もしてたってことは指紋も期待できねえな」
「そりゃ、頚動脈を切って殺すつもりだったんならそれくらいの用意はしてるだろうけどさ…」羊谷の後ろで、時哉が顎に手を置いて言う。「なーんか、しっくり来ねえさ」
「確かに…」腕組みをして言う烈馬。「こんなもん持ち歩けへんから社長室ん中に捨てたんは当然やけど、せやったら凶器も此処に捨てておけばええ筈や。犯人には絶対凶器が見つからへん自信でもあるんやろか…」
「つーかなんでお前らまでついて来てんだよ」羊谷は時哉と烈馬を追い出しながら言う。「さも当たり前のように現場に入ってくんな」
「別にいいじゃん、いつものことなんだしさ」
その時、社長室に携帯電話の音が響いた。
「あ、俺のだ」羊谷は胸ポケットから携帯電話を取り出す。「もしもし、どうした?」
「…そう言えば、大和田さんのおった暗室ってホンマに目の前なんやな」社長室の手前で立ち止まる烈馬。「先刻来た時には気づかへんかったけど…ほかには物置しか無いんやな、この階」
「ああ…場所的に一番誰にも気付かれないで種村さんを殺しに行けるのは大和田さんだろうけど…」と時哉。「あの写真は確かにちゃんと現像出来てたし、或る意味一番アリバイが確実なのは大和田さんさ」
「大和田さんが現像に行って、おれ達が控え室に行ってからの流れは確か…」烈馬は慎重に考えをまとめながら言う。「まず飛鳥さんがコンビニに行った、あれが3時15分ごろで、そのすぐ後に明日葉さんがタバコを吸いに喫煙スペースに行ったんやったな」
「ああ、喫煙スペースは3階の廊下の突き当たりの窓の手前にあったさ。ほら、撮影室のすぐそばさ」と時哉。「んで、次は3時半ごろにあすらさんが出て行ったさね。それと同時に明日葉さんが帰ってきた」
「で、40分ごろにマリアさんがトイレに行って、飛鳥さんが帰ってきた。マリアさんは45分ごろに大和田さんと一緒に戻ってきて、それから大和田さんと飛鳥さんとおれ達とで社長室に行って死体を発見。あすらさんはそのころ帰ってきたんやったよな…」
「時間的にきつそうなのはマリアさんか?いや、でも大急ぎで事を運べば5分でも何とかなるかも知れねえさ」
「でも彼女は同じく4階に居た大和田さんと出くわしてんねんで?厳密にはもっと時間がなかったと見てええんちゃうか?トイレは3階にもあったけど、ふつうに考えれば2階のトイレを使たんやろし」
「となると明日葉さんかあすらさんか飛鳥さん…ってホントにややこしいくらいに名前似てんなーこの人ら。或る意味この3人で1つのグループ出来そうさね」
「って今はそんなこと関係ないやろ…」と言いながら烈馬は、誰かが階段を駆け上ってくる音を聞いた。
「警部!」現れたのは柏木だった。「凶器が見つかりました!」
「えっ?!」

「私知りません!私じゃないんです!!」
時哉と烈馬が羊谷の後について控え室に向かうと、飛鳥の声が控え室の外にまで聞こえてきた。
「凶器が見つかったっていうのは本当なのか?」部屋に入りながら言う羊谷。
「あ、お師匠様!」勝呂が言う。「新條さんの鞄の中から、これが…」
「これは…メジャーか?」どこにでもありそうな金製のメジャーを勝呂から受け取る羊谷。「これが一体何だって…」
「ちょっと引き出してみてください」
柏木に言われるがままに羊谷がメジャーを少し引き出すと、メジャーには赤い染みがついており、その片側にはのこぎり状の切れ込みが入っていた。
「ま、まさか、これで種村さんの首を…」羊谷は飛鳥の方を見る。「どうして、これがあなたの鞄に入っていたのか伺っても宜しいですか?」
「分かりません…いや、そのメジャーは確かに私のですけど…」飛鳥はしどろもどろに答える。「私はそんな切れ込みとか入れた覚えはないですし、ましてや社長を殺したりなんか…」
「確かに飛鳥はそのメジャーを持ち歩いていたわよ」明日葉が言う。「人の身体のサイズとか色々測るために社長が持ってるように言ってたから。でもだからって飛鳥が犯人なわけ…」
「いや、わかんないよー?」とマリア。「あのコトもあったし、意外に飛鳥ちゃん社長に怨みとか持ってたかも知れないじゃん」
「まぁそこまでは分からないけどさ」あすらが言う。「そんな物的証拠が出てきちゃったんなら、もう決まりなんじゃない?」
「…素直に自白しちゃったほうが早いんじゃないの?」腕を組んだまま言う大和田。
「ちょっ…大和田さんたちまで何を言い出すんですか!」明日葉が声を荒げる。「飛鳥は人殺しなんか出来る子じゃないわ!」

「…そうか、ほな、もしかしたら…」
その様子を見ていた烈馬は、ふと携帯電話を取り出す。
「ん?どこにかけてんのさ?」
「アレに、詳しそうな人に」烈馬はケータイ越しに会話を始める。「あ、もしもしつかさちゃん?今平気?ちょっと聞きたいことがあるんやけど…」

「…もしもし、烈馬クン?今バイト先の店長に聞いてきたけど…」
「…そうか、うん、おおきに」
電話を切ると、烈馬は時哉に言った。
「やっぱり、“あれ”はそういう意味だったさ?」
「ああ…これで謎はだいたい解けた。あとは…あ、勝呂さん、ちょっといいですか?」
「え、どうしました?」勝呂は2人の元に寄ってくる。
「ちょっと調べて欲しいところがあるんやけど…」

「まぁ、ともかく新條さんには署のほうで詳しく話を聞かせてもらいます」羊谷が言う。
「そ、そんな…私じゃないです…」飛鳥は泣きそうな顔をしている。
「そうだ、飛鳥が行ったコンビニを調べれば分かるんじゃないの?」と明日葉。「レシートなり防犯カメラなりに、何か証拠が残ってる筈だし…」
「確かに今調べさせてはいるが…念のためだ」
「いや…飛鳥さんを疑うのはスジ違いさ」
「えっ…?」羊谷は声のした方を向いた。その声の主は彼の息子だった。「まさか、何か分かったのか、時哉?」
「ああ、飛鳥さんは犯人じゃない」時哉は凛とした表情で言う。「犯人は、この中に居る別の人さ」


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おまけ
なんかおんなじようなことをぐだぐだ繰り返してる気がする第2話ですが(苦笑)、一応着実に解決へと向かっております。
お気づきの人も居るかも知れませんが、今回の犯人当ては「あれ」をネット検索なり何なりで調べればあっさり答えが見つかります。
まぁ知りたくない人はそのままで、気になる人はちょちょいと調べてから解決篇へ向かってみてはいかがでしょうか。
「そういえば勝呂さんって惣史パパをお師匠様って呼ぶんだったなぁ」とかうっかり設定を忘れかけていたりもしたんですが、
それよりも何よりも今回大事なのは、えらく久々の登場となったつかさちゃんでございます。
「なーんか最近出番少ないから、今回チョイ役ででも出しておくか」と思ったんですが、リアルにチョイ役ですな(苦笑)。
おっそろしく居ても居なくてもいい役ですが、つかさちゃんファン(居るのかなぁ?)へのファンサービスってな感じですw
ま、そんなわけで色々な伏線の回収にがんばる解決篇をどうぞ。

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