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終わらない明日へ

File3 僕たちの行方
「飛鳥が犯人じゃないって…」あすらが言う。「じゃあ、あのメジャーは何だったって言うの?まさかあれは凶器じゃなかったなんて言うつもりじゃ…」
「いいや、種村さんを殺した凶器は間違いなくあの金製のメジャーだと思うさ」と時哉。「でも、それが飛鳥さんの鞄から出てきたことはすなわち、飛鳥さんが犯人ではないということを示してるのさ」
「ど、どういうこと…?」訳が分からないといった表情の大和田。
「もし犯人が飛鳥さんで、自分の持ってたメジャーを凶器にしたんやったら、どこか他のところに捨てるはずや思いませんか?」烈馬が言う。「折角一度ビルの外に出たんやから、捨てるチャンスもあった筈やのに。それを自分の鞄の中に隠すやなんて、心理的に余りにも不自然です」
「犯人がレインコートや手袋と一緒に凶器を捨てなかったこと、そして飛鳥さんの持っていたメジャーを凶器に選んで飛鳥さんの鞄に入れたことから考えれば、犯人は飛鳥さんに疑いが向くように仕向けたと考えるほうが自然さ」と時哉。「まぁ実際は、飛鳥さんのと同じタイプのメジャーを買ってきて細工をし、控え室の入り口付近に置いてあった飛鳥さんの鞄の中のそれと摩り替えたと考えた方が自然だと思うけどさ」
「でも、飛鳥ちゃんが自分に疑いが向くようにわざとそうしたかもだよー?」マリアが言う。
「もしそうなんやったら…」烈馬は懐から、例の葉を取り出す。「こんなもんが種村さんの手の中にあるなんてこと、ありえませんよ」
「えっ、何ですか、それ…」飛鳥が尋ねる。
「これは…種村さんが残したダイイングメッセージです」
「だ、ダイイングメッセージ?!」
「ていうかなんでそんな証拠品をお前らが持ち歩いて…」小さくツッコむ羊谷。
「これは死んだ種村さんの手の中に握られてとったもんで、社長室に置かれたハーブの1つ。種村さんは一度頭を殴られてから首を切られとったから、恐らく最初殴られて意識を失う前にこっそりこれを握ったんでしょう」
「で、でも…」あすらが言う。「その葉っぱが、何を示してるって言うの…?」
「おれの友達で、今ハーブティーの店でバイトしとる女の子がおって、その子に確認取ったんです。この葉はハーブの一種で、学名は“アンジェリカ・ケイスケイ”」
「そんな名前の人、この中には居ないわよ?」大和田が怪訝そうに言う。
「そりゃあこれは学名ですから。この葉っぱには、もっと一般的に知られた和名があるんですよ…“アシタバ”っちゅう名前がね」
「えっ、アシタバって、まさか…」飛鳥は、恐る恐る或る人物の方を見た。「まさか…っ」
「アシタバは、漢字で書くと“明日(あした)の葉”さ。つまり…」時哉はその人物に指をさした。「これはあんたのことを表してんのさ。加賀美 “明日葉”さん」
「……っ!!」明日葉はただ驚いた表情で居る。周囲の視線を痛い程に感じているのか、動搖を隠しきれていない。
「あんた、先刻俺達にこの葉っぱの名前、わざわざ学名の“アンジェリカ・ケイスケイ”って教えたよな?あれは、明からさまに自分の名前を示す“アシタバ”という和名を俺達に知られたくなかったから、違うさ?」更に言葉を浴びせる時哉。「こいつが握られたままだったとこを見ると、あんたは種村さんがこいつを握ってたことを知らなかったんだろうけど、いかにも証拠品っぽくビニールに入ってるこいつを見ればだいたい想像はつく筈だからさ」
「ちなみにこの葉がダイイングメッセージであるっちゅうことはかなり信用性は高い」と烈馬。「これがもし犯人が握らせた偽のダイイングメッセージやとしたら、飛鳥さんに罪を着せようとした細工と矛盾する。仮に飛鳥さんが犯人やとして、実は自分に罪を着せようとしたのは明日葉さんやったっちゅう筋書きにしようとしたんやとしても、血まみれのメジャーから自分が疑われるのとアシタバから明日葉さんが疑われるのとどっちが先か分からんのに綱渡りにも程がある。そんなややこしゅうて不確定な賭けには多分出るんやったら他にもっと策があるはずです」
「そんな、明日葉がそんなことするわけないです!」飛鳥が叫ぶように言う。「それに、わたし達は友達なんです。わたしに疑いがかかるようなことをするなんて、明日葉がするなんて思えません!」
「…飛鳥さんを手っ取り早く容疑者リストから外すためだったとしたら?」
「…え?」時哉の言葉に、飛鳥は目を丸くした。
「考えてもみるさ。血まみれの凶器をそのまま自分の鞄に入れてるなんて、やっぱり不自然窮まりないさ。それにコンビニを調べれば飛鳥さんのアリバイも多分証明される。さっきのマリアさんの発言からすると飛鳥さんには何か種村さんを殺す動機があったっぽいし、明日葉さんは自分が種村さんを殺すにあたって、何よりもまず友達である飛鳥さんが疑われない最善の策を講じたってわけさ。恐らく例のファックスの仕事も明日葉さんが仕組んだものだったのさ」
「せやから先刻飛鳥さんの鞄から凶器が見つかった時の会話で、明日葉さんが犯人やと分かったんですよ。他の3人と違って明日葉さんだけが飛鳥さんを庇おうとしてましたから」と烈馬。「勿論、飛鳥さんが出てすぐに部屋を出たっちゅうことも状況証拠の1つです。飛鳥さんが帰ってきてしまってからやと、メジャーを摩り替えることが出来なくなるかも知れませんから」
「…じゃあ、私が犯人だという物的証拠でもあるの?」明日葉が声を少し震わせながら言う。「今までの話は全部状況証拠にしか聞こえないんだけど」
「それやったら…勝呂さん!」
「はい、見つけてきました!」勝呂が、ビニール袋を片手に控え室に入ってくる。「これですよね!」
「そ、それは、メジャー…?」羊谷が尋ねる。勝呂の持つビニール袋の中には、少し傷のついたメジャーが1つ入っていた。「しかも、新條さんの鞄から出てきたのと同じタイプの…」
「ちょっと、それどこで見つけてきたの?」と柏木。
「あ、これ、隣の工事現場の中にある筈だって矢吹さんたちに言われて探したところ、ばっちりあったんですよ」
「工事現場に?」
「ええ」烈馬が言う。「明日葉さんは飛鳥さんの鞄から“飛鳥さんの”メジャーを抜き取り、のこぎり状に切り込みを入れといたほうのメジャーで種村さんを殺してからそいつを飛鳥さんの鞄に忍ばせた。ちゅうことは、明日葉さんは飛鳥さんが元々持っとっいたほうのメジャーをどこかで処分せなあかんことになります。社長室にも残ってへん、勿論各人の持ち物や他の部屋からも見つかってへんとなると、残る選択肢はかなり少ななる」
「恐らく明日葉さんは、3階の喫煙室のトコにある窓からそのメジャーを放り投げたんさ。丁度その外が日曜で休工中の工事現場だったから、すぐには見つからないと踏んだんだろうさ」時哉は勝呂からメジャーの入ったビニール袋を受け取りながら言う。「だが、既に手袋を社長室のクローゼットに置いてきてしまったってことは、コイツにはまず間違いなく明日葉さんの指紋が付着してるはずさ。そうなれば、こいつが工事現場のほうから出てきたってことも踏まえて、明日葉さんの犯行を裏付ける証拠になり得るんじゃないか?」
「そんな…」飛鳥は戸惑いを隠しきれない。「な、なんで明日葉が社長を…」
「それなんだけどさ、もしかして」時哉が言う。「もしかしてさ…飛鳥さんが元々“アースエンジェル”のメンバーだった、とかじゃないさ?」
「えっ?!」あすらが驚きの声を上げる。「な、なんでキミがそんなこと知ってんの?!」
「知らないけど、予想はつくさ」と時哉。「壁に貼ってあった“アースエンジェル”のポスター、下にポスターを貼り直した跡があったから、何らかの理由でポスターが作り直されたんじゃないかって思ったんさ。それに、“明日葉”と“あすら”、そして“飛鳥”という名前の響きから考えて、もとは“あす”がつく名前の女性3人によるユニットだから“アース”エンジェルって名前だったんじゃないかって思ったんさ」
「…ええ、そうよ」明日葉がか細い声で言う。「或る日社長が、その3人で音楽グループをデビューさせるって言い出したのよ。私自身は別に音楽をやりたいなんて思ってなかったけど、飛鳥はそうじゃなかった。飛鳥はずっと前から社長の付き人をしながらヴォイストレーニングもしてたし、自分で曲を書いて社長に見せたりしてた。だから、“アースエンジェル”でデビューすることは、飛鳥にとって念願の出来事だったのよ」
「明日葉…」飛鳥がぽつりと言う。
「でも、半月前に社長はその飛鳥の想いを断ち切った。突然飛鳥を外してマリアを入れてデビューさせることを宣言して、ポスターから資料から全てを変更した。そして飛鳥はまたただの付き人に戻らされた…」唇をかみ締める明日葉。「一度夢を見させてそこから突き落とすなんて、私にはとても許せなかった。飛鳥は何てことない顔で仕事してたけど、私は無理だった…だから…」
「…まったく…台無しにしてくれたわね…」
「…え?」明日葉の言葉を止めたのは、思いもかけない人物の発言だった。「大和田、さん…?」
「あんたが、そんなことさえしなければ…」大和田は、厳しい形相で明日葉を睨んでいた。
「ど、どういうことですか、大和田さん?」烈馬が恐る恐る尋ねる。
「社長が飛鳥を“アースエンジェル”から外したのはね、飛鳥の夢を弄ぶためなんかじゃない。寧ろ、飛鳥の夢を叶えるためだったのよ」
「どういう、意味…?」明日葉はきょとんとした表情で大和田を見る。
「社長はね、最初から飛鳥をソロのシンガーソングライターとしてデビューさせるつもりだったの。昨年このビルに事務所を移した時にわざわざ音楽練習室を作ったのも、飛鳥のためだったのよ。だけどモデルとしての活動もしてない無名の女を歌手デビューさせてくれるレコード会社はなかなか見つからなかった。だから一旦“アースエンジェル”でデビューさせて知名度を上げてからソロにするつもりで、飛鳥を“アースエンジェル”の一員としてデビューさせることにしたの」
「そ、そうだったんですか…?」目を丸くする飛鳥。
「でも先月、飛鳥のデモテープを送っておいた或る大手のレコード会社が飛鳥をデビューさせたいって言い出してね。だったら“アースエンジェル”でデビューさせる必要も無いからってメンバーから外したのよ。そして、それを明日の飛鳥の20歳の誕生日にサプライズプレゼントとして発表させるつもりだった…」大和田の瞳が滲む。「それなのに、それなのにあんたって子は…」
「そんな…じゃあ、私なんのために社長を殺したの…?」呆然として座り込む明日葉。「なんの、ために…」
「明日葉…」明日葉の傍らに寄り添い抱きとめる飛鳥。彼女の頬にもまた一筋の光が灯る。
しばらく、部屋の中にはすすり泣く声の他には何の音もなかった。

それから数年後、新條 飛鳥が大人気のシンガーソングライターとなっているということを、その時の烈馬と時哉に知る術はなかった。

そして4月20日の午前7時半。
「な、なぁ羊谷君、まじでコレ、プレゼントん中に入れるん…?」
「いいじゃんいいじゃん、折角の記念なんだしさw」
麻倉家の手前で、ブレザー姿の烈馬と時哉は小競り合いをしていた。
「なんかナルっぽくてめっちゃ恥ずかしいわ…」
「いいからいいからwさ、マクラを驚かすために折角わざわざこんな朝っぱらからマクラん家に来たんだし、元気出せってさw」
「元気とかそういう問題やないんやけど…」
顔を赤らめる烈馬をよそに、時哉は知之の家の前に立つ。
「さーて、そんじゃいっちょ…」
時哉がインターフォンのボタンを押そうとしたその時、突如目の前のドアが開いた。
「…え?」
時哉と烈馬は目を疑った。麻倉家から出てきたのは、パジャマ姿で歯ブラシを咥えながらゴミ袋を手にして出てきた篁 祥一郎の姿だったのだ。
「…んあ?おまへらこんなほこへはひはってんは?(=お前らこんなとこで何やってんだ?)」
「何って、君こそ…」烈馬のその言葉に、祥一郎はようやく事態が飲み込めたらしく、思わず歯ブラシを落としてしまう。
「…あ」

「へー、ほな、一人暮らししとった篁君を、麻倉君のお母さんが可哀相に思て拾ったんですかー」
麻倉家の食卓に通された烈馬と時哉。汐里と知之と、彼らにとって予想外だった祥一郎の存在がそこにはあった。
「拾った言うな」不機嫌そうな表情の祥一郎は、素っ気無くトーストを齧る。
「ごめんなさい、びっくりさせちゃうかと思って秘密にしてたんっスけど…」知之は内心で“実は双子の兄弟だって知ったらもっと驚かせることになるんっスよね…”と思いながら言う。「余計びっくりさせてしまったっスね…」
「あ、いや、俺たちのほうこそびっくりさせようとしてこんな時間に来ちゃったのが悪いんだし、気にすんなってさ」時哉はそう言いながら、2つの包みを鞄から取り出す。「まぁでも、2人分の家に廻る手間が省けて丁度良かったさ。さ、ほらこれ、俺たちから2人への誕生日プレゼントさ」
「えっ、い、いいんっスか?!」知之は驚きながらも喜びの表情を見せる。
「ああ、おれ達は今日そのために来たんやから」烈馬はプレゼントを手渡しながら言う。「ほら、篁君も」
「あ、ああ…悪いな」薄い表情の中にも僅かに照れを隠しながら言う祥一郎。
「良かったわね2人ともー」汐里は暢気に言う。ちなみに彼女も勿論2人へのプレゼントを用意しているが、それは夜に盛大なパーティーを催して渡す予定である(笑)。
「折角だから開けてみてくれさw」
「えっ、それは恥ずかし…」
「ん?そんな恥ずかしいもん入れてんのか?」祥一郎は焦る烈馬をよそに包みを開ける。「…これは…?」
「篁のは、来月発売の矢部ゆきの新刊さ」満面の笑みで言う時哉。「ま、勿論現物は無理だから、学校の傍の本屋で予約してきておいたさ。勿論全額俺らが先に払っといたから、篁は発売日になったらその予約用紙を本屋に持ってけばタダでゲットできるって寸法さ」
「なるほど?既に発売されてる本だとオレがもう買ってたり読んでたりするかも知れねーから、確実にオレが読んでない本をってことか」まんざらでもない表情の祥一郎。「よく考えたもんだな、ありがと」
「それじゃあ、僕のほうのコレって…」既に包装を解いている知之が言う。こちらも何かの用紙の控えが入っている。
「麻倉君のはCDの予約用紙や」と烈馬。「麻倉君、アイドルグループの“トライアングル・ガールズ”好きやったよな。せやから、来週発売のニューアルバムを駅前のCD屋で予約してきたんや。こっちも全額払ってあるから、その用紙持ってお店に行くだけでええよ」
「うわあ、ありがとうございますっス!」目をきらきらさせて言う知之。「本当にこのCD買おうと思ってたんっスよ」
「それにしても…別に恥ずかしがるようなところは何処にもないように見えるけど…?」汐里がぽつりと言う。
「あ、なんかもう1つ小さな封筒が入ってんな…」祥一郎はその封筒を手にとって開ける。「…な、なんだコレ…?」
「わっ、羊谷君と矢吹君がすっごいカッコよく映ってるっス!」2人が手にしているのは、先日大和田に撮ってもらった時哉と烈馬の写真だった。“Happy Birthday!”と飾り文字も入っている。「そっか、そう言えば2人とも、こないだプロのカメラマンさんに撮ってもらったんっスよね」
「あれ?君らにその話したっけ…?」自分たちの写真をプレゼントするという行為がこの上なく恥ずかしかったのか、烈馬は顔を真っ赤にして汗をかきまくっている。
「あー、そう言えば千尋がそんなこと言ってたな」祥一郎は無関心そうに写真を眺めながら言う。
「千尋…っ」がくりと膝をつく烈馬。実は既に恋人の千尋にも写真をプレゼントしていたりするのであった。
「あっ、でもでも、すっごいカッコいいっスよ!なんかこう、ホントにプロのモデルさんみたいで」必死にフォローしようとする知之。「ありがとうございますっス」
「さ、そんじゃそろそろ学校行こうさ!」時哉が元気良く言う。「もう1週間くらいガンバればゴールデンウィークさー」
「お前がガンバる理由はそれかよ…」ゆっくりと席を立つ祥一郎。
「あっ、僕まだ朝ごはん食べ終わってないっス!」知之は大急ぎでトーストを口に押し込みながら上着に袖を通す。
「矢吹もそんなにヘコんでないでさっさと行くさー」
「…はーい」ゆーっくりと立ち上がる烈馬。
「そんじゃ…」時哉は3人に目配せする。「せーのっ」
「「「行ってきまーす!!」」」時哉と烈馬と知之が声を合わせて汐里に言う。
「…って、お前もやれって、篁」
「何やるかなんて分かんなかったんだからしょうがねえだろ」
「大体分かるじゃん、空気読むさ」
「若干無茶苦茶な気がするっスよ…」
そんなことを言いながら、4人は玄関から出て行った。
「ふふ、行ってらっしゃい」汐里は微笑みながら、その後ろ姿を見送っていた。


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おまけ
ふぅ、なんとかKeyzっぽいほのぼの友情&家族ストーリーに着地できたぞとw
半ば強引に持ってったところも多いですが、ご容赦くださいませ(苦笑)。
そう言えば、読んでて「何で飛鳥のソロデビューの話を大和田がしてんの?」と思った人も居るかもですが、
実は最初、この告白をするための役(副社長という設定でした)がもう1人居たんですよ。
それがアリバイがどうたらとか書いてるうちに「あ、こいつ入れるとややこしくなる」と思い省いた結果、
こんな大事な話を何故かカメラマンがするという少し不自然な形になってしまったのでした。
ちなみに元々その役が「大和田 彰」って名前で、カメラマンは「楠原 冠太郎」って名前でした(「楠原」は警備員の名前に引継ぎ)。

さて、この話に仕組んだ大きなシカケ、気付いた方はいらっしゃったでしょうか??
おまけページで詳しく説明させていただきます〜→おまけ

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