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Pinch Kicker

第3話 a night memory
堀江は、練習を終えるといつもの帰り道である河川敷を自転車で走っていた。
「…麻倉、か」
堀江は、結局1時間前に倒れこんで帰宅を余儀なくされた知之が言った言葉を思い返していた。
「…確かにアイツはサッカーの経験も知識もないけど、もしかしたら…」
その時、ふと彼は河川敷の公園に一人の青年の姿を見た。一瞬、彼は自分の眼を疑った。やけに眩しい灯りの下で一人サッカーボールを追っている、麻倉 知之がそこに居たのだった。
「ふーん、案外シンは強い奴なんやなぁ」
「え?」堀江は後ろを振り向いた。

「…やっと少しずつリフティング出来るようになってきたっス…」
知之は足にボールを落とし、蹴り上げた。1度目は足の上に戻ってきたが、2度目はあさっての方向に飛んでいってしまった。
「あっ…」知之はボールを追いかけようとした。しかし、その方向に2人の青年が立っているのを見た彼は、思わず足を止めた。「え…」
「まーったく、スポ魂マンガでも読みすぎたんとちゃうか?こんな夜中に一人で練習やなんて」サッカーボールを拾い上げて言ったのは、桜庭だった。隣には堀江も居る。「ま、俺はそーゆーキャラ好きやけどな」
「ど、どーして桜庭先輩と堀江先輩がココに…?」
「たまたま通り掛かったんだよ」と堀江。「この河川敷は僕の帰り道だしね」
「俺もそんなトコや」と桜庭。「どや、上達したか?」
「…余り…」
「まぁ、気にすることはないって」と堀江。「上達の速度なんて人それぞれだし、リフティングは僕も未だに苦手だしね」
「え?そうなんっスか?」
「ああ。10回出来たらスゴイって感じだよ」
「何やったら、俺たちが何か練習手伝ったろか?」
「え、でも…」
「気にせんでええって。俺は、体動かすん好きなんやから」
その時、一行の後ろから声がした。
「あれ?堀江先輩たち何やってるんですか?」自転車に乗った岩代だった。
「…練習メンバー1人追加やな」桜庭が笑って言う。

「ほい、ボカリ」
一通り練習を終え、電車の鉄橋の柱に凭れかかっている知之に、桜庭がドリンクを手渡す。
「あ、す、すみません…」受け取る知之。「でも僕、財布持ってないっス…」
「ええってええって。それは俺からのオゴリや。さっきひとっ走りして買うてきたんや。岩代の分もあるで」
「あ、ども」岩代も受け取る。
「僕のは?」と堀江。
「この上に自販機あるから自分で買うてきたら?」笑顔で言う桜庭。
「あ、そう…」
知之は、ドリンクの蓋を開け口に流し込んだ。
「あ、おいしい…」
「え?麻倉、ボカリ飲んだ事ないのか?」と岩代。
「あ、うん…でも、こんなおいしいなんて思わなかったっス…」
「ま、その美味しさは君の頑張りも入ってるんやろけどな」と桜庭。「少しずつやけど、ちゃんと進歩はしてるしな」
「そうっスか…?」
「ああ、最初に比べたらだいぶ」
「最初が殆どゼロだったもんな」岩代が笑って言う。
「非道いっスねぇ…」
その時、柱に凭れかかっていた堀江がくすっと笑った。
「なんや堀江、気色悪いなぁ」と桜庭。
「気色悪いって言うなよ…」呆れ顔でツッコむ堀江。「いや、僕が中1の時を思い出したんだよ」
「え?」
「実は、僕も中1の頃この河川敷で夜遅くまでサッカーの練習してたことがあるんだ。レギュラーどころか碌に練習にも参加させてもらえなくって、すごく悔しくて、で、みんなを見返してやろうって思って毎晩必死でここで練習してたんだよ」
「そうなんっスかぁ…」
「今じゃ我が秀文高校サッカー部のキャプテンですけどね」と岩代。
「だから、君を見てるとなんか5年前の僕と重ねてしまうんだ」凭れていた背中を起こして言う堀江。「君には、ぜひガンバって欲しいんだよ」
「…まーったく、なんかオイシイとこ全部堀江に持ってかれてもーたなぁ」笑って言う桜庭。「さてと、そろそろ練習再開すっか」
4人はまた練習を始めた。
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